古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第367話

 拳骨を落とされた脳天部分をナルサさんが濡れタオルで押さえてくれている。目の前ではバルバドス師が拗ねてしまって、極甘な紅茶を乱暴に飲んでいる。

 隣に控えるメルサさんの少し怖い微笑みに、癇癪を起こした自分を恥じたのだろう、謝罪してくれた。

 

 本人も親族と揉めていた後継者問題を弟子に簡単に纏められて悔しかったみたいなんだ、本当に子供っぽいんだよな。

 

「お前は今夜泊まっていけよな」

 

「ご迷惑でなければ有り難く泊まらせて貰いますが、明日は魔法迷宮バンクを攻略する予定です」

 

 折角のお誘いだし断るのも忍びない。色々と迷惑も掛けてるし配慮もして貰っている。後でイルメラ達には使いを出して朝帰りすると伝えれば良い。早く『治癒の指輪』を集めたいんだ。

 

「宮廷魔術師第二席になってまで冒険者と兼務なのか?自己鍛練とドロップアイテム集めか……

お前が『王立錬金術研究所』の所長とは驚いたが最適だな、回避率35%のレジストストーンは俺でも作れないぞ」

 

 む、また拗ねないで欲しいのだが……でも七ヶ月前だとバルバドス師には依頼が行かなかったのかな?または魔術師ギルド本部が依頼しなかった?

 

 空間創造から四個の上級魔力石を取り出して一つを握り締める。魔力を込めて構成を組み換える……

 

「これが毒回避率35%のレジストストーンです」

 

 残りの上級魔力石三個も順次錬金してレジストストーンに作り替える。

 

「これが麻痺、それと睡眠と混乱、同じく回避率35%です」

 

 深紅と深緑、それに鮮やかな黄色に薄い青色のレジストストーンをテーブルの上に乗せる。

 一見宝石みたいなのでナルサさんが食い入る様に見ている。驚いたのは冷静沈着なメルサさんまで興味津々だな。どんな女性でも多少は宝飾品には興味が有るんだな、覚えておこう。

 

「全くお前って奴には驚かされっぱなしだ。従来の俺達土属性魔術師とは別物の新しいタイプの魔術師だな。時代の流れは新しい若者の活躍を求めたのかも知れん」

 

「いえ、僕は……」

 

 三百年も前の古代魔術師なんです。ユリエル殿やエロール嬢も僕を未来に位置する魔術師とか言うのですが、全くの逆なんだ。

 

「お前は自分を低く見る癖が有る、謙遜か遠慮か知らんが直せ。それと今日来た本題は例の屋敷の件だな、レレント・フォン・パンデック殿と話したが了承してくれたぞ」

 

「そうですか!有り難う御座います、助かります」

 

 前回会った時は代々引き継がれている屋敷だから朽ちるまで見守るとか言い出すと思っていた。または何かしらの条件を言ってくると考えていた。

 三百年近く前の屋敷だし、魔術師ならば色々と欲しがる秘密も有ると考えるからだ。

 

「お前、少し前だがあの屋敷を物欲しそうに眺めていたそうだな。その少年魔術師が出世して宮廷魔術師となり英雄として凱旋した。曰く付の屋敷の持ち主として相応しいってな」

 

「二ヶ月近く前になりますが、前を通った時に気になって見ていたのです。隣に屋敷を構えていたパンデック殿に話し掛けられた事は覚えています」

 

 向こうも覚えていたのか、物欲しそうじゃなくて懐かしいなんだが言わない方が良いな。そうか、譲ってくれるのか……

 手を付けていなかったカップを取り、紅茶を一口飲む。苦味の中にも甘さを感じるストレートでだ。僕は甘党ではないのだが、紅茶用の白砂糖に蜂蜜は僕の分まで用意されている。

 

「曰く付きだが、宮廷魔術師第二席のお前なら大丈夫だろう。その代わり、条件ではないが隣の屋敷も一緒に買って欲しいそうだ。

一族の言い伝えとして屋敷が朽ちるのを見守っていたが、相応しい主に引き継ぐのだ。維持費の掛かる貴族街に住むより領地に戻るってさ」

 

「それは構いませんが、両方で幾らでしょうか?」

 

 貴族街に屋敷二つとなれば金貨二十万枚以上、いや三十万枚を越えるかな?先方の言い値だし値切る事は出来ない。

 

「曰く付きが金貨十万枚、隣の屋敷が金貨十五万枚だな。曰く付きは当然相場より安い、隣の屋敷は相応な値段だな」

 

 合計金貨二十五万枚か、払える金額で良かったが家具や備品も考えれば総額で金貨三十万枚に近い。もっと稼がないと駄目だ、家長って辛いな……

 

「隣の屋敷は俺が買ってやる。師匠として弟子の出世祝いだ。養子縁組の話も流れたし問題は無い。此処だけの話にすれば大丈夫だ。

フィーネも俺の財産の総額は知らないからな。お前に屋敷を贈っても目減りしないのが、三十年宮廷魔術師を勤めた俺の財力だ」

 

「そんな無理をさせられません!」

 

「弟子は師匠の言う事を黙って聞くんだ。俺の面子の為にそれ位はさせろ」

 

 三十年も宮廷魔術師として勤めていたならば金貨十五万枚なら問題無いのかも知れないが、そこ迄して貰う義理が無い。

 

「ですが……」

 

「頑固者だな、その誠実さは美徳だが弱点でも有るぞ。俺はお前に恩が有る、ナルサの事も妾二人の事もだ。フレネクス男爵の顔を潰さずに養子縁組の件は五年以上引き伸ばせた。良く出来たお前が俺の弟子という事で恩恵も大きい。

お前は俺に恩返しもさせないつもりか?」

 

 思わず言葉に詰まる。今回の件はそこまで重要だったのか。深く受け止めてくれたバルバドス師の気持ちを無下にする事は出来ないな。

 

「有り難う御座います」

 

 深く頭を下げるしかない。本当に良い師に巡り会えたものだ、バルバドス師もサリアリス様も……

 

「お前は頑固だな。明日にでも先方に話を通しておくから後は直接行って話してこい。金貨十五万枚はお前から預かった前金として既に渡してある、これが証文だ」

 

「重(かさ)ね重(がさ)ね有り難う御座います」

 

 これで貴族街に屋敷を構える件は目処が立った。早目に引っ越しの準備を進めよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バルバドス師の屋敷に泊まる事になった。前回同様に、軽い夕食の後に飲む事になった。前回バルバドス師は先に酔い潰れたが、今回も既に酩酊してグラグラ揺れている。

 

 甘党だけあり、ベースをワインにしたカクテルを飲んでいる。ドライ・シェリーにスイート・ベルモット、それにオレンジ・ビターズを合わせた『アドニス(美少年)』だ。

 だがベースワインのドライ・シェリーはフォーティファイド・ワイン、つまりアルコール強化ワインだから度数が強い、だから酔いが早い。

 僕は単純にワインを炭酸で割り色々なフルーツ果汁を絞ったシュプリッツが気に入っている。色々な組合せが楽しめるから。

 

「そろそろお開きにしますか?大分酔いが回ってますよ」

 

 もう限界に近いだろう、後一杯か二杯で潰れるだろうな。メルサさんもナルサさんも笑顔で控えているが、僕に大量にお酒を勧めるのは控えて欲しい。

 既にバルバドス師の二倍近くは飲んでいる。トイレに行く時に水属性魔法でアルコールを分解しているから平気だが、もうお腹はタプタプだ。

 

「いやら、お前は全然酔ってないろ!」

 

「僕はバーナム伯爵の派閥では一番の酒豪ですよ、未だ飲めますが楽しく飲める範疇は越えました」

 

「嘘ら!れんれん平気らないか?」

 

 メルサさんにアドニスを二つ作って貰い、一つをバルバドス師に差し出し自分の分は一気に飲み干す。

 競争心を刺激されたバルバドス師も一気に飲んで……テーブルに突っ伏した、撃沈だ。

 

「ふむ、頑張りましたね。最後に赤ワインに炭酸とレモン果汁を絞ったシュプリッツを下さい」

 

 側に控えるメルサさんに最後の一杯をお願いする。同じ炭酸割りだがスパークリングワインと違い、シュプリッツは多彩な組合せが出来て楽しい。

 たまに失敗もするけど、新しい発見に犠牲は付き物だと諦めて新しい組合せに挑戦出来る。

 

「はい、分かりました。リーンハルト様は本当に酒豪ですわね、二倍はお勧めしたのに全然酔われてないです」

 

「本当に残念です、折角介抱する予定だったのに失敗です」

 

 何故ナルサさんは拗ねているんだ?メルサさんも残念そうにしてるし?

 

「いや、酔って女性に介抱される趣味は無いよ。それは紳士として恥ずべき態度だと思う。その、自宅でなら良いけど招かれた先では駄目でしょ?」

 

 目の前に酩酊して撃沈した我が師が居たので言葉を濁す、僕も魔法で酔い醒ましをしてるから半分反則かな?

 

「ご主人様を酔わせて介抱する事は、メイドの特権です」

 

 なにその男らしい発想?酔わせて介抱とか下心満載で駄目だろ!

 

「性悪なメイドは要りません。淑女は淑(しと)やかにするから淑女なんです」

 

「メイドは空気と思って下さい、貴族のお嬢様方とは違います。それに嬉しかったのです」

 

「リーンハルト様が私達の為にフレネクス男爵に意見してくれた事が、本当に嬉しかったのです。私達は只のメイドです、無理をする必要は無かった筈なのに……」

 

 ああ、そういう事か。宮廷魔術師で伯爵で侯爵待遇な僕が、彼女達の事でフレネクス男爵をやり込めたのが驚きだったんだな。身分社会だから平民のメイドの為に何かしてくれる事が珍しく嬉しかったのか……

 

「バルバドス様と君達の関係はさ、深読みしないけど親密だろ。有る意味、我が孫娘と同じと言ったんだ。弟子として師匠の気持ちを考えて行動するのは当たり前だ、そして僕もメルサさん達は嫌いじゃないから」

 

 邪推すれば、バルバドス師とメルサさんは若い頃に男女の関係だったかも知れない。その孫娘だから自分の孫娘と同じと言った……

 だから好き者貴族に彼女を弄ばれるのが嫌だと感じたんだ、甘い考えだが嫌なモノは嫌だ。

 

「ご主人様……」

 

 いや、ナルサさん。未だ屋敷も手に入れてないし引き取ってもないから、ご主人様は早いって!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、バルバドス師は二日酔いで起きられなかったので、朝食を頂いて帰る事にした。今日は昼間は魔法迷宮バンクの九階層を攻略、早目に切り上げて魔術師ギルド本部に向かう。

 明日の昼間はモリエスティ侯爵夫人のサロンに呼ばれている、帰ったら祝いの手紙の返信だ。明後日は王宮に出仕して、セイン殿達宮廷魔術師団員の自己鍛練の成果の確認だ。

 暇を見付けてレレント・フォン・パンデック殿に挨拶に行かないと……

 

「思った以上に忙しい、他にも色々有るんだよな」

 

 馬車に揺られながら今後の行動を考える。ウルム王国との関係は微妙だが一旦落ち着いた。

 だがアウレール王は『後で嫌って程戦わせてやるから今は楽しめ』と言った。この意味は遠くない時期に戦いが有るって意味だ。

 旧コトプス帝国の残党共と戦うならウルム王国とも関係が悪化し、最悪は両方と戦う事になる。それ程に奴等はウルム王国の中枢に食い込んでいる、引き剥がすにはバンチェッタ王の協力が必要。

 

「だがバンチェッタ王は及び腰だった、つまり国の重鎮に奴等は食い込んでいる。下手に引き剥がすと危険だと感じたから、アウレール王との会談でも消極的だったんだ」

 

 そして夜間に会談の場所を襲撃されて怖くなり、自国へと引き上げた。バンチェッタ王はアウレール王ほど自分の国を掌握していないな。

 最悪の場合はクーデターで政権が変わる、難攻不落のハイゼルン砦が内応で陥落したんだ。軍部に深く食い込んでいる、あのゴッドバルドとピッカーの両将軍……

 彼等は旧コトプス帝国の将軍だった。敗軍の将が逃げ込んだ国で将軍職に就いて自分の軍団を持つ。しかも金の掛かる騎兵と弓兵をだ、どう考えても変だ。

 

「ジウ大将軍は生粋のウルム王国の将軍だ、軍部の何割かは既に奴等の影響下に有ると見て良い」

 

 それに今回取り逃がしたリーマ卿の存在、奴は旧コトプス帝国の重鎮だ。必ずエムデン王国に仕掛けて来る、アウレール王を倒し旧領を奪回し……

 

「エムデン王国を滅ぼす為に、自分達から仕掛けた戦争に負けて逆恨み。厄介だが双方手打ちは無理だ、どちらかが滅ぶまで止まらない」

 

 アウレール王が僕を外交要員として使えるか調べたのは、周辺諸国への根回しの為かもな。バーリンゲン王国は敵対寄りの中立。

 

 あの国は過去の大戦時には旧コトプス帝国とウルム王国と繋がっていたらしい、小国の常だが強国に寄り添うのも国を守る方法。

 出来れば此方側に取り込みたいが、政略結婚絡みはウルム王国の方が多数だ。戦局が傾かない限りは此方の味方にはならない。

 

「僕がもう一度戦場に向かうのは、結構早いかもしれないな……」

 

 僕に残された平穏な時間は少ないのかもしれない。 

 


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