古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第379話

 ヘルクレス伯爵への親書と贈り物をハンナに託して冒険者ギルド本部に向かう事にする、囮役の為に馬車は自分の家紋を付けた物を使用。

 王宮から貴族街、新貴族街から商業区域へと進むが襲撃は無しか……

 

 途中回り道だが貴族街でヘルクレス伯爵の屋敷前を新貴族街でウィドゥ子爵の屋敷前を通過した、ヘルクレス伯爵の屋敷は多数の兵が厳重に警備していた。

 付近を巡回もしており迂闊に近付く事も難しいだろう、屋敷に籠る限りは安全だろう。

 

 逆にウィドゥ子爵の屋敷は静かだった、殆どの人員を襲撃者の捜索に向かわせたのだろうな。当事者達が殺されて、此方の屋敷はもう襲撃される心配は無いから……

 

 流石に居住区と違い商業区域は賑やかだ、巡回の警備兵を何組か見掛けるのは捜索を兼ねているのかな?

 誰かが僕の家紋に気付いたのか注目を集めてしまった、これでは奴は襲って来ないか?いや、ヘルクレス伯爵は無理だし僕の居場所を見付けたから人気の無い所で襲って来るか?

 暫く進むと冒険者ギルド本部に到着、アポイントメントは無しで悪いのだが裏の馬車停めに回して貰う。

 直ぐにギルド職員が気付いて何人かは出迎えで整列し、残りは準備と連絡で建物内に走って行った。

 クラークさんが居れば話は早いのだが、駄目ならオールドマン代表でも良いか……

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿。本日はどの様な御用件でしょうか?」

 

 五人整列したが先頭の職員は見覚えの有ると思ったら、冒険者養成学校時代に教わった教員だった人だ。

 確かエムデン王国の周辺に自然発生するモンスターの生態を教えてくれたんだ、お陰様でビックビー討伐の準備が出来たんだよな。

 

「お久し振りですね、冒険者養成学校時代に貴方に教わった事は役立ってますよ」

 

「いやはや宮廷魔術師第二席にまで出世されたリーンハルト卿に教えていたなどと、恐縮してしまいます」

 

 本当に照れてるみたいだが周囲を良く見れば当時の教員達が多い、普段は本部の仕事をしてない筈なのに何故だ?本部付きの連中は出払っているのか?

 

「クラークさんは居ますか?」

 

「クラークは所用で外出しておりますが……オールドマン代表が居ますので案内させて頂きます」

 

 視線を後ろに逸らしたが入口で他の職員が頷いていたので、オールドマン代表に連絡が取れて準備が整ったのでOKなのだろう。

 職員に案内されて何度か通された応接室に入る、直ぐにお茶が出され暫く待つとオールドマン代表が少し慌て気味に現れた。

 

「ようこそいらっしゃいました、本日は何か御用が有りましたでしょうか?」

 

「はい、先日のウィドゥ子爵とシュターズ殿殺害の件で少し……」

 

 情報は入っているかも知れないが、当事者として状況を最初から説明した。その後のバセット公爵の判断まで聞くと深い溜め息を吐いた、やはり『カルナック神槍術道場』とメルカッツ殿の件で冒険者ギルド本部は動いているな。

 

「正直に申しますと我等冒険者ギルド本部は、ランクBのメルカッツ殿を救う為にウィドゥ子爵家に働き掛けています。ですが向こうも御家断絶の危機なのです、中々妥協点を見付けられません」

 

 新貴族街に住んではいるがウィドゥ子爵は従来貴族、それなりの権力は持っている。当主が亡くなり貴族院が後継者を認めていないから、今は何とか対応出来ているんだ。

 

「襲撃者は門下生ですからね、無関係を装うなら破門にすべきなのでしょう。ですが同門だからと庇っている、ウィドゥ子爵家も捜索に行き詰まり彼等に僅かな望みを賭けている」

 

 奴は、ユニオンは何処かに潜伏している。炙り出す為にも『カルナック神槍術道場』を攻めたい、だが冒険者ランクBのメルカッツ殿は冒険者ギルド本部に協力を要請し彼等に圧力を掛けた。

 状況は全く動かずに時間ばかりが過ぎる、どちらかが暴発するのも時間の問題だなと思うぞ。

 

「その、リーンハルト卿はどう動きますか?」

 

「どう動くとは?」

 

 ふむ、どう動くと言っても受身な状況だ。向こうが身を隠しているが探す事は控えている、僕が動けば更に大騒ぎになる。だから襲撃されるのを待っている、だがオールドマン代表の質問は少し意味が違う。

 メルカッツ殿の事を含めて、僕がどう動くかを聞いているんだ……

 

「ヘルクレス伯爵家やウィドゥ子爵家が動いている以上、僕は立場上動けません。だから街中を目立つ様に馬車で移動し襲撃を待っている、襲われたら対処出来る。

そして……貴族を殺した罪は重い、ユニオンは僕が殺すのが一番周りを刺激しない。捕まれば拷問されてから処刑、協力者も同じく罪を問われる」

 

「ならば武芸者としても、リーンハルト卿に挑んで戦い負けて死ぬ方が良いと言うのですね?」

 

 黙って頷く、最低な提案だが貴族殺しは重罪で僕はその貴族の中でも上位に位置している。見逃しも不問にする事も出来ない、すれば貴族社会を否定した事になり全ての貴族を敵に回す。

 

「僕を襲って倒されれば、その後の処理にも口を出せます。メルカッツ殿の事も配慮出来るでしょう、無罪と言うか無関係と言える。勿論、本当に無関係な場合で協力していたら難しいですよ」

 

 既にユニオンについては庇える限度は越えている、後は辛くない死を与えるだけしか出来ない。

 メルカッツ殿については、ユニオンさえ僕が倒して後は無関係だと言い張れば追及は止められる。結局は面子の問題で犯人が返り討ちに遭えば収まる、ウィドゥ子爵家の問題など些細な事なんだ。

 

「実は、その……ユニオンは『カルナック神槍術道場』に匿われています。クラークが交渉に行ってますが話し合いは難航しているのです」

 

「それは不味いな、襲撃犯を匿えば同罪。ウィドゥ子爵家では無理に押し込めないが、聖騎士団や常備軍が動けば強制捜索が可能。ユニオンが見付かれば全員死罪は免れない、僕でも止められない」

 

 同門の結束を甘くみていた、ユニオンが逃げ込んだのかメルカッツ殿から手を差し伸べたのか…?

 

 元々はウィドゥ子爵家、いやシュターズ殿の無体な言い掛かりから始まった事だ。悪いのは貴族側だが同族を殺された場合、手加減も慈悲も無い連中だ。

 

「最悪ですね、これは独り言ですが明日は午前中に魔術師ギルド本部に向かいます。僕が一人で向かいます、例の道場の近くを通ります。明後日以降になると公爵家の舞踏会に呼ばれている、途中で何か有れば公爵家を巻き込む事になります」

 

「分かりました、此方も独り言ですが当事者を説得してみせます」

 

 そのままオールドマン代表を残して応接室を出る、僕は明日にユニオンを襲わせろって言った。そして倒して終わりにする、メルカッツ殿と同門の連中は黙秘してくれれば不問にする。

 ウィドゥ子爵家は文句を言うかも知れないが、僕に尻拭いをさせたとなれば強くは言えない。後は当人達の政治的な動きで御家断絶か存続か決まる、邪魔はしないが手伝いもしない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「此処は立ち入り禁止だ、立ち去れ!」

 

「私は冒険者ギルド本部より遣わされたクラークと申します、メルカッツ殿と話し合いに来ました。通して下さい」

 

 先程リーンハルト卿が冒険者ギルド本部まで来て今回の件の顛末を教えてくれた、他の貴族の動きも合わせて知る事が出来た。

 もうユニオン殿は殆ど詰んでいる、それは私を押し止めるウィドゥ子爵家も同じ。だから焦っている。

 

「冒険者ギルド本部だと?」

 

「はい、オールドマン代表を通じてトレック様に話が行っている筈ですが?」

 

 落ち目で御家断絶寸前のウィドゥ子爵家だから、私達冒険者ギルド本部に無理強いは出来ない。

 しかも次期当主(予定)に話を通している、私一人を道場の中に入れても問題は無いと思ったのだろう。悪態をついて通してくれた……

 

「これはクラーク殿、何度来ても気持ちは変わらぬぞ」

 

 道場の方に通された、メルカッツ殿の他にも高弟達が集まっている。その数は二十八人、他にも門下生は居るがレベルも低く信用度も低いらしい。

 ユニオン殿の存在を知れば賞金欲しさに、また保身の為に売る心配が有るらしい。私はユニオン殿が見付かれば冒険者ギルド本部に被害が行くから密告はしないと信用されている。

 

「メルカッツ殿、このままでは破滅ですよ。今はウィドゥ子爵家だけですが、何れは聖騎士団や常備軍が動き出します。

ヘルクレス伯爵はシアン様と共に防御を固めた屋敷に籠りました、解決する迄は外に出ては来ないでしょう」

 

「ふざけるな!あの女は殺す、俺達を見下して汚らわしいと言ったんだぞ。レミアム爺さんが殺されたのは奴等の仕業なんだ!」

 

 ああ、激昂してしまいましたね。周りの高弟達の表情は同情と呆れ、ですが数人は頷いて同意している。メルカッツ殿は苦虫を噛み潰した感じで唸ってますね、門下生は守りたいがどうにもならないと考えていますかね?

 

「リーンハルト卿が冒険者ギルド本部に来ました、今回の件の情報提供です」

 

「ふん、あの英雄様か!いい加減な判断をして俺とレミアム爺さんを許したが、シュターズに反故にされたんだろ?英雄様の影響力も大した事はないな」

 

 む、ユニオン殿はリーンハルト卿は復讐の対象外なんですね。文句は言いましたが口調は激しくない、でもそれでは困るのです。

 貴方は私達の為にリーンハルト卿に挑んで貰わなければならないのです、それが他の人達の幸せなのですから。

 

「王都に広がる噂を聞きましたか?今回の件でリーンハルト卿が怒ったのはアウレール王に同じ状況だった時に平民の子供を許した事が有ります。

その行いに倣えと諭したが反故にされた、その事を怒っているのです。貴方達を助ける為にでは有りませんよ、勘違いはしないで下さい」

 

 自分達を守る為と、相手の行為を正す為とは微妙に違う。

 

「流石はアウレール王が認めた忠臣ですな、ウィドゥ子爵家は王の気持ちを汲めない臣下とされた訳か。最悪の評価だ、もうウィドゥ子爵家に未来は無い、終わりだ」

 

 メルカッツ殿は理解した、リーンハルト卿はユニオン殿の為には動かない。あくまでも王の気持ちを踏みにじったウィドゥ子爵達を責めている、そこにユニオン殿の救済は無い。

 

「だが未だ女が残ってるじゃないか!ヘルクレス伯爵家は無事なのかよ?」

 

「ヘルクレス伯爵はリーンハルト卿に娘共々謝罪しました、和解ですね。ウィドゥ子爵はバセット公爵がリーンハルト卿に配慮する為に派閥から破門されました」

 

 バセット公爵すら配慮する事に驚いた、他の人達もその考えに至ったのだろう。事の大きさを再認識した筈です、問題は公爵家にまで及んでいる。

 

「ユニオンよ、既に自首をしても無駄だ。戦うか、逃げるかだ」

 

「逃げる事は無理でしょう、王都の全ての門は厳重に警戒されています。逃げ出す事は不可能、ヘルクレス伯爵家を襲うのも警備が厳重で不可能です」

 

 メルカッツ殿の言葉は遅すぎた、ウィドゥ子爵を襲った直後ならまだしも今は進退極まっている、しかも時間が経てば余計に不利になるでしょう。

 

「どうすりゃ良いんだ?仇を討てずに無駄死にしろと?」

 

「こうなっては我等と共に討って出ましょう、卑劣な貴族に正義の鉄槌を下すのです!」

 

「そうだ!我等平民の怒りを見せ付けましょう」

 

「むざむざとユニオンを死地に行かす訳には行かない、ここは玉砕覚悟だ!」

 

 この三人がユニオン殿の行動を肯定したのですね、ですが四人ではどうにもなりません。しかも門下生四人がヘルクレス伯爵家を襲えば被害はメルカッツ殿にまで及びます、全く考え無しの馬鹿共ですね。

 

 気付かれない様に溜め息を吐く、全く付き合いきれない馬鹿さ加減ですね。

 

「明日の朝九時前後にリーンハルト卿の馬車が、この先の大通りを通ります。魔術師ギルド本部に向かう為です、ユニオン殿は最後の望みを託して挑んで下さい」

 

「待て!それはリーンハルト卿から言われたのか?つまりユニオンを捕まえて手柄を奪い取るとは呆れた御仁だな」

 

 それに貴族殺し一人捕まえた位で手柄とは、今迄のリーンハルト卿の手柄と比べたら要らない程の小さな物。そして他の貴族の方々とのシコリを残す物。

 貴方達の為に要らない苦労を背負わせるのに、手柄を奪い取るとは呆れてしまいます。

 

「呆れ果てたのは貴方達です、リーンハルト卿は情けを掛けたのですよ。彼がユニオン殿を倒せば他は不問にして頂けるそうです、つまりメルカッツ殿達が生き残る事が出来る」

 

 全員が今の言葉を聞いて黙り込む、生き残る手段を提示されたのですから。

 

「俺は、俺はどうすれば?」

 

 ユニオン殿、考える時間は無さそうですよ、早く覚悟を決めて下さい。

 


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