古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第396話

 早馬を飛ばして連絡し、昼夜を問わず馬車を走らせたのかデスバレー周辺を任されていた代官は六日目の夜に王都に到着。

 七日目の朝にリズリット王妃から打合せの連絡がウーノを通じて来た、その時にザスキア公爵が妙にニコヤカだったのが凄く気になる。

 二ヶ月間も王都を留守にするのだが、あんな綺麗な笑顔が出来るのは絶対に何か企んでいる。それは分かるのだが何をするのかは分からない、当然聞いても教えてくれない。

 それとユリエル様に親書を出した、『王命』により王都を二ヶ月間離れる訳だからウェラー嬢の監視が出来ない。

 後任をアンドレアル殿にお願いしたのだが、あの親馬鹿はハイゼルン砦防衛の任務を放り投げて王都に戻ろうとしたらしい。

 周りが何とか説得して事なきを得たみたいだが、溺愛されるウェラー嬢は僕の監視が無くなり清々したと笑っていた。

 東方の諺(ことわざ)に有る『親の愛情子知らず』ってヤツだ。だが急なドラゴン討伐だが、準備期間が一週間程度では調整が間に合わない事も有る。

 

「リーンハルト様が書いてるのは魔導書かしら?」

 

 ソファーで寛ぐザスキア公爵と後ろに控えるイーリン、壁際にはセシリアとオリビアが立っている。先任侍女二人はリズリット王妃との打合せの準備に追われて居ない。

 

「魔導書よりも設計図かな?回避率25%のレジストストーンを作る為の手順と説明書ですよ。完成品の魔力構成と、それに至る構築手順をなるべく分かり易く書いています。先ずは失敗を恐れず作る事、二ヶ月も有れば大丈夫でしょう」

 

 白紙の革表紙の製本は錬金で作らずに職人に頼んだ、完成したら固定化の魔法を重ね掛けする。タイトルは『レジストストーン作成について』で著者として名前も入れるが生い立ち等は書かない。

 これは配下の土属性魔術師達がレジストストーンを作れる様になる為に書いている、魔導書として残すには内容が軽過ぎる。

 

「それを簡単に見せちゃうの?一応私も魔術師関連について調べたけど、世に出る魔導書の殆どは自伝的な物で実用性は皆無らしいわ。

何故なら師から教わった魔法は使えるけど原理が分からない、だから新しい魔法を作り出す事など無理だし既存の魔法にアレンジを加える事も不可能よ」

 

 ああ、確かに過去に冒険者ギルド本部の図書室で読んだ魔導書は殆どの内容が自伝だったな。自分の半生を語るだけで頁数の半数以上使ってたし……

 バルバドス師の屋敷に有る魔導書の八割も同じだったが二割はまともだった、バルバドス師の纏めたゴーレム考察の魔導書は凄く為になったぞ。

 

「学んだ事を実践するだけなら三流、手を加えて二流、新しく生み出す事が出来て漸く一流を名乗れるのです。魔力構成すら分からずに魔法を行使しても、本来の七割程度しか威力を発揮しませんよ」

 

 魔法技術の衰退は魔術師の魔法に対する秘匿性が問題だ、僕もそうだが後継者にしか全てを教えない。そして後継者が全てを会得し次に伝える訳でもない、自分が認めるだけの能力を持つ後継者など早々見付からない。

 そして自分の子供に引き継ぐが、有能とは限らずに魔法技術は忘れ去られていくんだ……

 

「リーンハルト様はレジストストーンの魔力構成を全て理解し、分かり易く噛み砕いて魔導書に纏めている。それが出来る事の凄さを一般人は分からない、その魔導書の取り扱いは注意しないと駄目よ。

人前でなんか見せちゃ駄目、閲覧室を作り監視しなきゃ駄目なのよ」

 

 え?それじゃ設計図と手順や説明書にならないぞ。これを写本させて魔力が無くなるまで毎日錬金させる予定なんだが……

 それにこの魔導書の内容だと回避率25%以上は不可能だ、何故なら魔力構成が全く別物だから。この魔導書に書かれた内容だけでは、幾ら理解しても無理だ。

 

「全員に写本させて朝から晩まで錬金させる予定なんですが……駄目ですか?」

 

「そんなに困った可愛い顔をしても駄目よ、世の中の魔術師の垂涎の的の魔導書を見せるだけでなく写本も許してどうするの?」

 

 結構本気だな、彼女が駄目と判断するなら駄目なんだろう。僕は世間に疎いから何かトンでもない間違いを仕出かしそうで怖い。だからジゼル嬢やザスキア公爵を頼るんだ。

 

「ザスキア公爵が認めてくれる程の魔導書なら大丈夫ですよ、彼等は写本を他の誰にも見せない。魔術師とは秘匿癖が有り、それが魔法技術の衰退の原因です。

それに、この魔導書では精々回避率25%が限界。これ以上の物を作れるのは自分で魔力構成を考えて作れる者で、僕はそれを待ってます」

 

 自分で魔力構成を練れるのは全てを理解した者だけで、僕は彼等にそうなって欲しい。与えられた物で満足せずに自分で模索し学んで欲しいんだ。

 僕の配下の魔術師は強くなければならない、この程度の魔導書で満足されては困るんだ。

 

「魔法関連はリーンハルト様が一番理解してるのね、でも魔術師ギルド本部には情報公開をして対価と技術拡散の防止を義務付けるのよ。

転売するのは許さないと強く言いなさいな、勿論向こうは最初からそのつもりでしょうけど……」

 

「魔術師ギルド本部に魔導書の管理を任せる?それは良い案ですね。分かりました、調整してみます。取り敢えずは、麻痺と毒、睡眠と混乱のレジストストーン四冊かな」

 

 魔術師ギルド本部は『雷光』を含む魔力の付加された武器・防具の製作に絡みたがったが、僕は旨味の多い武器・防具関連に彼等を絡ませる気はない。

 だが『王立錬金術研究所』絡みの錬金に関する魔導書に絡めるなら、利益と技術を得られて二度美味しい。

 その為に管理は徹底するだろう、互いに利益が有るが僕の苦労は少ない。回避率25%のレジストストーン四種類で四冊。幾らで買い取ってくれるか今度話してみよう。

 

「暗い笑みはやめなさい、貴方はエムデン王国の『最強の剣』であり『王国の守護者』なの。裏の薄暗い部分は私に任せれば良いのよ」

 

「それは嫌です、それは依存であり甘えです。何かを成すのに薄暗い部分は他人に、明るい部分は自分がとか考えるだけで嫌です。

協力者とは互いに欠けている事を補い合う者達ですが、嫌な部分を押し付けるのは違います」

 

 綺麗事だけを行い、薄暗い部分は他人に押し付ける奴になどなりたくない。時に偽善は必要で大義名分を掲げる事は大切だが、勝利を得る為や目的の達成の為に悪事を働く事は否定しない。

 要は最後まで生き残って幸せになれれば良いんだ!

 

「清濁併せ呑むって事ね?流石は私の認めたリーンハルト様よ」

 

「善と悪の両方を行う覚悟が有るだけで、清濁併せ呑むとは違います。それは善人も悪人も受け入れる度量を示し、僕は悪人は拒否します。そんな自分勝手な男には過ぎた表現ですよ」

 

 広大な大河は支流から流れ込む汚れも浄化する広い器を示している、僕は敵対者は例え周りが善人だと言っても排除する利己的な男なんだ。

 敵と味方の線引きは厳格に、敵対した者を許す心は狭い。利が有り改心したり協力関係が結べるなら手を組むが、それ以外は排除する。

 お互いに大義名分を抱えて戦って負けたからといって擦り寄る連中は、多分だが許せないだろうな。

 また相手が悪人でなく仕方無く敵対していても、負けても更に敵対すると言うなら許さない。

 

「ふふふ、そう言う事にしましょうね。一つ教えてあげるわ、デスバレーの近くのビクトリアル湖には多くの貴族の別荘が有るのよ。私も所有してるけど、後は分かるわよね?」

 

「分かりたくなかった、聞かなかった事にします」

 

 それって昼はドラゴン狩りをして、夜は別荘に呼ばれて懇親するとかじゃないよな?リズリット王妃に相談しよう、レベルアップの効率が落ちるぞ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 リズリット王妃との打合せだが今回も謁見室に通された、つまりアウレール王もいらっしゃる訳で緊張する。

 厳重な警備を通り抜け入念な身体検査を終えて謁見室へ通される、当然だが警備の近衛騎士団員が四人居るだけで壁際に立って待つ。

 王と王妃を座って待つなど許されない、真面目な顔で待つと数分後にアウレール王がリズリット王妃を伴い謁見室に入ってきた。

 

「待たせたな、ゴーレムマスター」

 

「凱旋後に少しは休めてますか?」

 

 労いの言葉を頂いたので深く頭を下げる、下手な事は出来ないし言えない。二人が座ったのを確認し自分も座る、円卓だが対面に座る事にする。場所を間違えたら不敬だから気を使うよな。

 

「お前達は外で待機しろ、少し込み入った話になる」

 

 アウレール王の言葉に近衛騎士団員が一礼して謁見室から出て行く、僕もそれなりに信頼が有るんだな。近衛騎士団員は王族の命令でも危険と判断したら絶対に引かない、言いなりでは仕えし主を守れないから……

 

「お前がデスバレーでドラゴン狩りをする話だが、広まってしまった。王宮内にもお喋りな雀が多いらしい、ビクトリアル湖周辺の別荘地帯が賑やかになったぞ」

 

「貴方の滞在場所は領主館か街一番の宿屋を借り上げる予定だったのですが、それでは連日お馬鹿さん達が押し掛けるでしょう。なので私の別荘に滞在させる事に決めました」

 

 は?リズリット王妃の別荘に配下で未成年とは言え異性を滞在させるなんて事は許されない。不義密通とか失脚のネタとしたら最高だろうね、両方共に処罰出来るから。

 

「それは問題になりませんか?リズリット王妃の別荘に臣下を滞在させるとなると色々と騒ぎ出す方々も居ると思うのですが……」

 

 遠回しに異性を泊める事は問題にする連中が居ると説明する、只でさえ後宮ではリズリット王妃派閥なんだ。懇意にし過ぎる対応は恨みと妬みを買いやすい、禁じられたラブロマンスとかリズリット王妃を蹴落としたい奴等が好みそうなネタだぞ。

 

「私から貴方への祝いの品として贈ります、それだけの功績が有るのです。それにヘルカンプと側室との件の詫びも含みますわ」

 

「その件では逆に僕が助けられたのです、お詫びなど受け取れません」

 

 暫くは要る要らないの攻防が続く、流石に受けれない好意だ。自分が対処出来ずに泣き付いて解決して貰ったんだ、お礼をするのは僕の方なんだ。

 

「お前、面倒臭いぞ!貰える物は貰えよな、リズリットの別荘が嫌なら俺のをやる。今決めた、王命だ。喜んで貰え!」

 

「は?いや、それは余計に問題を拗らせただけではないでしょうか?出来ればアウレール王の別荘に滞在を許されたでお願い出来ますでしょうか?」

 

 王家の別荘など貰ったら維持管理が大変だ、年間に数日しか滞在しないのに金貨何万枚も維持費が掛かる筈だぞ。

 滞在なら未だ大丈夫な筈だ、過去にも前例が有り持ち主が王家だから周囲も遠慮する。下手な訪問は文字通り不敬で物理的に首が飛ぶ、虫除け効果は高い。

 

「滞在か、お前は別荘の維持と管理を嫌ったな?」

 

「はっ?いえ、その……多分ですが二度と行かない別荘ですし、アウレール王の所有する別荘の方が招かれざる客を追い払う効果が有ると愚考します」

 

 深々と頭を下げる、まさか考えがバレるとは思わなかった。分かり易く顔にでも出ていたのかな?

 

「欲が無いのか面倒臭がりなのか、だが客として招くなら持て成しは有り難く受けろよ。王の別荘に招かれるのだからな、精々持て成してやるか」

 

 ニヤリと笑うアウレール王を見て慌てていた思考が冷静になって来た、仕えし王に賓客として招かれる。リズリット王妃の別荘に泊まるより危険じゃないか!

 それにジゼル嬢やアーシャも呼べない、使用人達も無理だ。彼等を伴う事はアウレール王の持て成しは不十分だと思っていると取られ兼ねない、参ったぞ。

 

「心配するな、ジゼルを伴い婚前旅行と洒落込めよ。側室の同行も認めてやるよ、ドラゴン討伐はプレッシャーがキツい筈だからな。癒しは必要だ、お前には旅先でのラブロマンスは無理なのは理解している」

 

「今回の待遇は我が夫の感謝の気持ちでも有ります、遠慮は不敬です。分かりましたね?」

 

 感謝?アウレール王がか?ハイゼルン砦の奪回については十分な報酬を貰っている、これ以上の報酬など貰い過ぎて逆に困る。

 

「何故だか分からなそうですわね?でも素直に教えるつもりは無いのです、諦めなさい」

 

「はい、有り難う御座います」

 

 これ以上ゴネても話が進まないし不敬と取られてしまうか……やれやれ、帰ったらジゼル嬢と相談が必要だよな。

 


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