魔術師ギルド本部を訪ねた、理由はレジストストーン作成用の魔導書の扱いについてだ。
麻痺・毒・睡眠・混乱の回避率20%用のレジストストーンの作成について、自分なりに詳細に分かり易く書いたつもりだ。
ザスキア公爵からすれば現代の魔術師達には貴重な魔導書らしい、だがコレをどんなに読み解いても回避率25%迄が限界。
それ以上は自分でレジストストーンの魔力構成を理解し組み換える必要が有る、それが出来る魔術師を僕は求めている。
「先ずは新たな王命を受けた事について、おめでとうございますと言わせて頂きます。短期間に何度も王命を受ける事は信頼の証です」
「しかもドラゴン討伐など、まさに英雄的な扱いです。現代最強のドラゴンスレイヤー、ドラゴン種を複数倒し続けるのは歴代の誰もが成し得ない偉業ですわ」
応接室に通されて向かい合わせに座る、前回と同様に若くて美人な職員が紅茶とカットフルーツを用意して壁際に並んだ。その後直ぐに二人から言葉を貰ったが……
完全に誉め殺しだな、笑顔で僕を持ち上げてくれるけど本心は他にも有る。確かに言われた通り栄誉な事には間違いないが、歴代のドラゴンスレイヤー達も連続で何体も倒してない。
一体倒せばドラゴンスレイヤーの称号は貰えるので十分な見返りが有る、危険な地上最強生物に何度も挑むのは変だよな。
「有り難う御座います、これには他にも意味が有ります。エムデン王国を取り巻く情勢が不安定な為に、宮廷魔術師として力を蓄える事を含みます」
「つまりリーンハルト様の個人的なレベルアップ、それに討伐されたドラゴンの売却利益による戦費調達」
「ハイゼルン砦攻略の英雄であるリーンハルト様の更なる名声アップ、ひいては国民の意識高揚……戦争は近いのですね」
うん、流石は知識探求に歯止めがきかない魔術師達だ。僕の言葉の裏を正確に読んでいる、エムデン王国を取り巻く現状も詳しく調査し理解しているのだろう。
確かに今回の件は僕が言い出した個人的なレベルアップ、アウレール王は戦費調達と戦意高揚、お互いの利益が絡み合っているが開戦の為の準備には間違いない。
「エムデン王国は三ヶ月から半年先に何かしらの動きが有ると考えています、故に僕は準備に追われて忙しくなります。
なので『王立錬金術研究所』に課せられたレジストストーン量産の為に魔導書を書きました、これの管理と有効利用を魔術師ギルド本部に頼みたいのです」
そう言って空間創造から毒回避のレジストストーンについて書いた魔導書を取り出して渡した、一冊を二人で仲良く読んでいるが途中で頁を捲る手が止まる。
「これは……余計な物を省いた実用的な魔導書ですね」
「懇切丁寧、事細かく書かれています。確かにこの書かれている内容をそのまま実践すればレジストストーンの製作は可能、後は個人の努力次第でしょう」
ガッチリと魔導書を掴んで放さないのは流石に知識探求心が旺盛な魔術師だ、本来魔術師とはそういう生き物なんだ。
「リーンハルト様、この魔導書を見せて頂きましたが希望は有りますか?」
「出来る限りの希望は叶えますので遠慮無く言って下さい」
真剣な顔だな、前回の『王立錬金術研究所』の時とは違う、相当の無茶を言っても何とかする筈だ。この魔導書は合計四冊有る、それも理解してるだろう。
二人共に礼儀的に読まずに我慢しているが、魔導書を掴んで放さない。気持ちは凄く分かる。
「魔導書は四冊有ります、王立錬金術研究所の所員用に書き下ろした物です。僕が貴女達に望むのは、この魔導書の管理と運用です。当然ですが所員には無償で見せます、場合によっては写本しても良い。
ですが他に流出は困るのです、その全般的な管理を任せます。今後の量産品の魔導書も書きますが、管理は一任しましょう」
この言葉を鵜呑みにするか、更なる対価を乗せるかの判断は相手に任せる。僕的には管理してくれて情報の流出が無ければ無償でも良い、他に流れても問題の少ない範囲だ。
「分かりました、管理と運用は全て私達が責任を持って行います。他に一冊金貨一万枚、合計金貨四万枚をお支払いします」
二人共に深く頭を下げてくれたが、金貨四万枚は気張ったな。一冊三時間程度で書いた物だし無記入の皮背表紙の本は原価は金貨十枚だ、固定化の魔法は重ね掛けしたが殆どが純利益なんだ。
「分かりました、これが残りの三冊です。出来れば明日の早い時間に職員と顔合わせをして実技指導までしたいのです、僕は三日後に王都を発ちますので……」
「分かりました、明日の十時に全員集めておきます」
良い笑顔だが、お互い二冊ずつ掴んで放さない。彼女達の知識欲を刺激出来るだけの精度に仕上がっていたのなら良かった、後は……
「言い忘れましたが、大口の契約も取ってます。聖騎士団が今年度予算を遣り繰りしてレジストストーンの購入を決めてくれました、二ヶ月以内に各七十五個で合計三百個。
初回なので回避率20%以上の物とし多少のバラつきはOKにしますが売値は一括で金貨二千枚、良いですね?」
「問題有りません、練習品の買い取りまで手配して下さり有り難う御座います。これで安心して大量に作らせる事が出来ます」
「先ずは大量の上級魔力石の確保ですね、レジストストーン作成の準備から始めましょう」
ふむ、上級魔力石から作るとなると半月は準備期間で、その後から本格的な製作に入る事になるな。一ヶ月後には一度王都に戻るし、その時に確認するか……
これで二日間の準備期間の内の一日が潰れた、残りはお茶会と自分の討伐準備で終わりだ。中々のんびり過ごす事は出来ないが、ドラゴン討伐の期間中は夜は休息の為にと無茶な事はされないだろう。
◇◇◇◇◇◇
「レニコーン様、現代では殆ど不可能と言われた新規の魔導書の作成。それも懇切丁寧に詳細に書かれていますね、私達にも理解出来る様に噛み砕かれてますが……」
「現代の魔導書は写本と、それを研究して加筆修正した物が殆どだからな。だがコレは魔導書よりも設計書だな、一定の能力が有ればレジストストーンを作る事は可能だろう」
実際に書かれた内容通りに魔力構成を組んで錬金すれば、苦労なく回避率18%のレジストストーンが出来た。これを『王立錬金術研究所』の前任者達に見せたら発狂するだろう。
あれだけ苦労し試行錯誤を繰り返したのに、簡単に正解を魔導書に纏められたら絶望しかない。それだけの実力を秘めている、未成年と侮れば簡単に我等を追い込むだろう。
「私も錬金出来ました、回避率17%を簡単にです。慣れれば直ぐに20%以上は作れますね、恐ろしい魔導書です」
これでも魔術師ギルド本部では上位の能力を持っている我等が簡単に出来るなら、中級や下級も練習次第では作り出せる。
だが、誰に教えるかが問題だ!
誰にでも教えるのは悪手、間違った判断だ。これは量産すれば価値が下がる、販売価格をある程度コントロールする必要が有るから製作者を絞る必要が有る。
所員三十人は確定、彼等には教えなければ意味が無いが情報漏洩は厳重に注意と監視が必要。後は我等二人と魔術師ギルド本部の上級幹部、四十人以上になるな。
「厳重な保管に閲覧制限、情報漏洩防止にと忙しくなるが、先ずは明日の十時に全員を集める。遅れた者、来れない者は所員の資格剥奪、それだけの意味が有る」
「分かりました、今後も魔導書は増えます。これは応用が可能、沢山書いて貰えれば解読し我等の知識も高まりますね」
全くだ、この魔導書はレジストストーンの製作の全てを把握して初めて書ける内容だ。本人は回避率35%のレジストストーンに成功しているが、それの魔導書は渡してくれぬ。あくまでも量産品についてだけ……
「だが、量産品の魔導書でも禁書扱いに近い。それ以上の魔導書も読んでみたいものだな」
「流石に見せてはくれないでしょう、見合う対価も考えつきません」
巷で噂になっている現代に現れた古(いにしえ)の大魔術師『ゴーレムマスター』のツアイツ卿の再来とは、あながち嘘ではないのかも知れんな。
エルフ族とドワーフ族の両方と懇意にしていると聞く、長寿種故に知識も豊富。教えを請えれば人間が失った古代魔法知識も学べるのかも知れんな。
「明日の手配を終えたら写本するぞ、原本は厳重に保管し写本を公開する。写本も何分割に分けて一度に情報が漏れるのを防ぐ、先ずは上級魔力石の作成と並行して座学だ。
我等二人はその間に完璧に理解しなければならない、リーンハルト様が不在の時に教えられる為にだ。簡単に魔導書を見せない為にも口頭でも教えられる程度にはならないと駄目だぞ」
「忙しくなりますね、ですが知識探求は魔術師の性(さが)でも有ります。通常業務を疎かにしてのめり込みそうで怖い」
ああ、そうだな。出来れば今から研究室に籠りたい、この魔導書を全て理解出来れば新たな何かを産み出せる筈だ……
◇◇◇◇◇◇
何度目かになるデオドラ男爵家への訪問だが、もう対応が一族の上位者並みになってきた。顔パスに使用人一同だけでなく、本妻殿や側室の方々まで出迎えてくれる。
そろそろ対応を考えないと正統後継者殿の気分が悪くなるな、未だ会ってないけどアルクレイドさんと領地巡り中だっけ?
「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」
「急な訪問で申し訳ないです」
流石に本妻殿は『お帰りなさい』とは言わない、唯一の側室を預けているのだが線引きが確かなのは助かる。アーシャの引っ越しはドラゴン討伐中に済ませる予定だ。
貴族的礼節に則り挨拶を交わし応接室へと通される、家族順位的に本妻殿が対応する場合はジゼル嬢やアーシャは控え目になる。
「よう!また王命を受けたそうだな」
既に応接室にはデオドラ男爵とルーテシア嬢が待っていたが、マナーとして挨拶は交わして下さい。
「急な訪問で申し訳ないです」
この手の挨拶は簡略すると何処かでボロが出る、僕は敵が多いから小さなミスでも突っ込まれるから普段から気を遣わないと駄目なんだ。
「真面目で固いな、お前は。男なんて固いのは一部で良いんだぞ」
「意志が固い、頑固と言い換えても良いですか?」
「いや、違う意味だぞ。わざと間違えて捉えたな?」
下ネタを突っ込んで来たが気付きませんでしたと流す、この手の駄洒落や下ネタは真面目に対応するかスルーすると辛いらしい。
今回の打合せの参加者はデオドラ男爵とルーテシア、ジゼル嬢にアーシャ、それに本妻殿に側室の方々も?
全員に紅茶が配られ礼儀的に近状報告を交わし時事ネタを振って会話を盛り上げる、女性陣から笑いを取った所で真面目な顔にして言葉を止める。
「本日はデオドラ男爵にお願いが有って来ました。先程アウレール王から王命を賜りました、内容はデスバレーでのドラゴン討伐。
期間は二ヶ月、滞在先はアウレール王の別荘に賓客として招かれます。僕と側室のアーシャ、それに婚約者であるジゼル様もです」
「ああ、正式な招待状が来たぞ。アーシャは分かるが結婚前のジゼルまで招待された事に驚いた、理由は他国から申し込まれた婚姻外交の牽制だそうだ」
未婚の令嬢と長期に外泊など貴族の常識的に不味い、それが婚約者でも誉められた行為じゃない。だからアウレール王は理由も教えてくれたんだな、だが全部じゃないからデオドラ男爵も判断に悩んでいるんだ。
「ドラゴン討伐は別として、ジゼル様を招待したのは確かに婚姻外交への牽制。今の僕の立場の本妻とは重要な立場になります、僕に強く干渉出来ますから他国の令嬢を迎える事は許可出来ない、したくない。
それが婚前旅行を強引に押し進める理由の一つ、もう一つは僕がジゼル様以外を本妻に迎える気が無い事です」
「そっ?そんな口説き文句を平然と言うなんて……最近のリーンハルト様は女性慣れしていませんか?」
酷い誤解が返って来たが本人は笑いを堪えられず嬉しそうだから照れ隠しと思いたい、反面アーシャが不機嫌になった。女心は難しい、魔導の探究よりも深く険しいのかも知れないな……