古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第402話

 デスバレー、そこはエムデン王国領内で唯一野生のドラゴン種が生息する渓谷と周辺の荒野一帯を示す。

 切り立った山々が取り囲み、地上ではドラゴン種が闊歩し、上空ではワイバーンが悠々と旋回している危険地帯。

 ワーズ村からのルートだけがデスバレーに通じている、他は人が通行するには険しい道程。

 だがドラゴン種達はデスバレーから出て来ない、肉食なのに同族で食い合っている不思議な生態系なのだ。それを調べて間引きするのが今回の表向きの任務。

 

 取り敢えず境界線に到着した、この石積みの境界から先はドラゴン種が目撃されている。ここからデスバレー迄は7㎞、前回は2㎞手前で断念した、シザーラプトルという小型の群れで狩りをする奴等に負けたからだ。

 

「僕がドラゴンを狩ってから誰もドラゴンを狩ってない、比較されるのが嫌なのか品薄になるまで待つつもりなのかは分からない」

 

 ビクトリアル湖畔周辺は肌寒かったのに、デスバレー周辺は暑く乾燥している。大して離れてないのに、何故か気候が全然違う。

 日除け用のローブを被り天を見上げれば旋回するワイバーンを見付けた、幸先が良いぞ!

 

「先ずはワイバーンか……前回は接近する迄待ったが、今回は大幅に伸びたアイアンランスの射程の実験だな」

 

 頭上を旋回し距離を掴んだワイバーンが真っ直ぐに頭を向けて降下してくる、そして直前に脚を向けて鋭い爪で攻撃するのがパターンだ。

 前回は接近し体勢を変えた時を見計らいアイアンランスを射ち込んだのだが、今回は真っ直ぐに向かって来る時に射ち込む。

 

「アイアンランス、乱れ射ち!」

 

 六本のアイアンランスを円を描く様に射ち込む、射程距離は30m位かな?前回は更に近くて15m位だった。六本中四本のアイアンランスに射ち抜かれたワイバーンは、失速し手前に落下した。

 前回よりも射速や威力、射程距離と制御力も格段に上がっている。空を飛ぶ敵に対して高い命中精度、これなら地上の敵なら更に効果は高い。

 また射速が上がった事により回避が難しくなったのだろう、より遠距離から攻撃出来る。だが形状的に横風の影響を受け易いのか狙いに微調整が必要、それをカバーする為の連射だ。

 

 ワイバーンを空間創造に収納する、初日だし3㎞進んでデスバレーの4㎞手前まで近付いてみるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 太陽が真上に位置した、日差しが強く風は無い。体感温度は30℃以上、汗が背中を伝うのが分かるが日焼け対策で分厚く丈夫な生地のローブは脱げない。

 強い日差しに長時間当たると肌が火脹れするから暑くても我慢だ、けして美容とか美肌の為にじゃないぞ。

 

 あの後、ワイバーン二体にアースドラゴンを一体倒した。全身骨格も一体分見付けた、好調だが経験値的には物足りないので更に1㎞進んでデスバレーの3㎞手前に来た。

 前回はこの辺で重点的にドラゴン狩りをした、比較的低い岩山や巨岩、緩やかな丘が有り巨大モンスターが隠れる場所も有る。

 巨岩の上に上り周辺を見回す、アースドラゴンはリザードマンと同じく緑系統の色だがアーマードラゴンは……

 

「居た、アーマードラゴンだ。大きさは並みだが7m前後は有る、此方に気付いたな」

 

 アーマードラゴン迄の距離は30m、皮膚が茶系統の色の為に巨岩の陰に居ると見付け辛い、保護色を利用するほど弱い種族じゃないが油断すると攻撃圏内に入り込んでいるとか笑えない。

 立ち上がり此方を威嚇したいのか両肩の巨大な盾の様に盛り上がった部分を向けて来た、防御でなく体当たりに使って来る。身体を揺すり自分を大きく見せる行動らしい。

 

「さて、レベルアップしたアイアンランスで貫けるか勝負だぞ」

 

 頭を下げて四つ足で突進してくる、当たれば跳ね飛ばされて大怪我だ。

 

「アイアンランス、乱れ射ち!」

 

 カッカラを頭上で一回転させてから振り下ろす、錬金していたアイアンランス六本を真っ直ぐに射ち込む。六本全弾命中したが一本は額を貫き二本は首筋と腹、三本はショルダーガードに深々と根本まで刺さっている。

 前回は跳ねられたが今回は貫通出来た、だが10m手前まで突進された。アイアンランスでは突進の勢いは殺せないみたいだ。

 

「これでワイバーン三体、アースドラゴンとアーマードラゴンが一体ずつ。ペースは悪くないがレベルアップはしないか……」

 

 アーマードラゴンを空間創造に収納する、丁度昼飯の時間だ。アーマードラゴンが隠れていた巨岩の周辺に毒虫等が居ないのを確認して日陰に座り込む、背中に当たる岩肌がヒンヤリと冷たくて気持ち良い。

 

「悪いがイルメラ達が作ったナイトバーガーを食べるか」

 

 空間創造から濡れタオルを取り出し顔と首筋、それに両腕と掌を拭くと汗と砂埃で真っ黒だ。帰ったら直ぐに風呂に押し込まれるだろう、国王に招かれた賓客が泥塗れだとべヘル殿が騒ぎそうだな。

 紙に包まれたナイトバーガーを軽く潰してから食べる、空間創造は収納した状態のまま保存出来るから熱々だ。肉汁溢れるハンバーグに新鮮なレタスのシャキシャキ感、同じく新鮮な玉葱の辛み、チーズの塩気が食欲をそそる。

 

「美味い、久し振りに食べたから余計に美味い」

 

 飲み物は瓶詰めのオレンジ果汁水、砂糖を混ぜているので疲労回復に効果的だ。十分程度で二個を完食した、本来なら少し休みたいが駄目らしいな。

 

「アーマードラゴンが近付いて来る、熱烈大歓迎とは嬉しくなるな!」

 

 前回よりも遭遇頻度が高い、アーマードラゴンは突進タイプなのか脇目も振らずに一直線に向かって来る。正面防御力は凄いが反面腹回りは弱い、だから……

 

「無慈悲なる断罪の剣よ、山嵐!アーマードラゴンの腹を食い破れ」

 

 地面から鋼鉄の槍を二十本生やす、槍に縫い付けられたアーマードラゴンは勢いで槍を折って迫るが力尽きて倒れた。

 自慢の鋼鉄の槍を折られた、やはりドラゴン種は強力だな。油断は禁物、少しでも侮れば怪我じゃ済まないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「そろそろ時間だな、今日は終わりにするか……」

 

 本日の成果はワイバーン三体にアースドラゴンを三体、アーマードラゴンも三体倒した。全身骨格も二体分見付けた、牙も爪も全て有るが魔力結晶化はしてない。

 この地点だとワイバーンは警戒しているのか見掛けない、レベルアップはしなかったので明日以降のお楽しみだな。

 馬ゴーレムを錬成し境界線まで移動する、太陽はデスバレーの山々に掛かっている。四時少し前なので日没迄には時間が有る。暫く進むと見晴らしの良い場所に巨岩を見付けた、魔力砲の的に丁度良いな。

 

「リズリット王妃の依頼の検証を始める」

 

 周囲を見回すがワイバーンやドラゴン種は居ない、魔力探査を併用しても監視する連中も居ない。

 空間創造からミニチュア魔力砲を取り出す、散弾タイプだ。ゴーレムポーンを巨岩の前に立たせて先ずは5mの距離から射つ!

 

 乾いた軽い音がデスバレーに鳴り響く、思ったより音は小さい。前回は室内だったから響いたのか?

 

「5㎜の鉄球が十発、5mの距離で命中は六発。悪くはないが威力は低い、単発なら装甲が凹んだが今回は浅い傷が付いただけだ」

 

 傷口を指でなぞるが僅かな凹みを感じるだけだ、皮鎧なら貫通するが盾を構えたら防がれるな。

 次はゴーレムポーンの立つ場所も変えて10m離れて射つ、命中したのは二発。同じように場所を変えて15m離れて射つ、一発も命中せず。

 

 ゴーレムポーンの背後の巨岩の傷を調べる、10mの距離までなら鉄球はめり込むが15mだと半分以上が表面を削っただけだ。

 鉄球の散布状況も不揃いだ、5mだと円形に近いが10mだと楕円形、15mだと良く分からない。

 

「これは困ったな、鉄球の改良か砲の本体を改良か悩む。だがミニチュア版は実用に耐える、命中精度は数を揃えれば面で制圧出来る。だが実用射程距離が10mは微妙だ……」

 

 今日は実射出来ただけでヨシとするか、検証には時間が掛かる。だが効果的な武器なのは理解した、理解したがミニチュア版の実用化は無しだ。

 武器なのか分からない形状だから隠し持つのに適しているし暗殺に最適だ、威力からして雑兵が騎士を倒せる可能性が高い。アウレール王が危惧した事を裏付けてしまったな。

 

 散弾タイプは暫く封印して単発タイプを実験するか、散弾タイプは大型化しても実用的かは疑問が残る。命中精度が悪く射程距離も短い、対軍艦兵器としては失格かな。

 

 馬車との待ち合わせの時間も近い、疲れたし今日は終わりにしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

 出迎えてくれたのは、ベヘル殿だ。賓客として招かれたジゼル嬢やアーシャは客室に居て来客の対応などしない、ベヘル殿の背後にはメイド達が整列している。

 当然だがヒルデガードさんもメシューゼラさんも居ない、仕えし女主の元に居る。

 

「出迎え御苦労様です、ベヘル殿」

 

「お気遣いなさらず。お前達、リーンハルト様を浴室に。少々汚れておりますな、食事の前に身綺麗にして下さい」

 

 いや、もっと僕を気遣えよ!

 

 何で風呂に入るのに六人ものメイドに取り囲まれるんだよ?

 

「ささ、リーンハルト様。ご案内致します」

 

「此方です、既に浴室の準備は整っております」

 

「僭越ながら私達がお世話致します」

 

 え?いや、ちょっと待って!未だジゼル嬢やアーシャの顔を見てないのに風呂に入れとかさ、少し落ち着こうよ!

 

 腕を引いたりはしないが迫力に負けて浴室に連行、あれよあれよと言う間に服を脱がされ洗い場に座らされる。

 

「お湯を掛けさせて頂きます」

 

 案内してくれた六人は引き上げて、浴室専属のメイド二人に囲まれた。最初に見たメイド服より若干丈が短く半袖タイプの浴室用?を着ている、全員が若く美人だが貴族だろうな。

 使用人とはいえ平民は有り得ない、身元が確かな貴族令嬢達だと思うが異性の入浴の手伝いとか嫌じゃないのか?

 

「うん」

 

 二人がかりで左右から桶で湯を掛けられ石鹸を塗られて垢擦りタオルで擦られる、腕から背中、腹から下半身を洗われる頃には抵抗心も無くなる。

 髪の毛を頭皮をマッサージするみたいに洗われた後、今度は香油を薄く塗られて全身をマッサージされた。

 

「痛かったり痒かったりする所は有りますでしょうか?」

 

「ドラゴン退治と大変な王命をなされているのです、凝っている部分が有れば揉み解しますわ」

 

「大丈夫、問題無いから」

 

 普段は来客など無いから世話をしたがるのは分かるが過剰だと思う、全身マッサージとか女性用のサービスじゃないのか?

 毎日これでは精神的に保てない、角が立たない様に言わないと駄目だな。本来は女性陣向けのサービスだよ、男には辛いよ。

 

 軽く香油を流した後、漸く浴槽に浸かる。純金製の下品な浴槽は、この別荘には似合わない。エムデン王国が豊かな事を諸外国に示す為だとしても品性を疑われないか?

 

「ふぅ、気疲れした」

 

 メイド二人は一旦退室した、呼ぶまでは来ない。

 

 両手で湯を掬いバシャバシャと顔を洗う、浴槽の湯も何か香水みたいな匂いがする……

 

「変なフレーバーは不要なのだが文句は言えないよな、これが標準の接し方だし変えたら担当者の仕事を無くす事になるんだ」

 

 ライオンを模した給湯口から湯を掬い再度顔を洗う、香水みたいな匂いには慣れない。

 二ヶ月近く世話になるのだが、ドラゴン種と戦うより疲れるって本末転倒じゃないかな?だが100%の善意と職務に忠実な彼等の仕事に文句を言えるのか?

 

「無理だな、我が儘が通用するのは子供だけだ。僕は未成年だが役職も爵位も持っている、立場を考えれば否定は資質を疑われる行為だよ」

 

 進退窮(きわ)まった、まさか最大の障害が善意100%の世話だとは言えない。湯に鼻まで浸かりブクブクと息を吐く、不満を打ち消す様に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「旦那様?旦那様、大丈夫なのですか?」

 

「ドラゴンの脅威よりも待遇の豪華さに負けたよ……アーシャ、僕に癒しと安らぎを下さい」

 

 堅苦しい夕食を終えて自室に戻り、部屋付きのメイドを退出させてからアーシャに抱き付いてベッドに倒れ込む。

 彼女の首筋に鼻を押し付けて匂いを吸い込むが、自分と同じフレーバーな香りがした。同じ風呂に入っているからか……

 むぅ、彼女の控え目な匂いを堪能したかったのだが、自分と同じ匂いなのは微妙だ。彼女本来の匂いを嗅ぐ為に更に鼻を押し付ける。

 

「あの、旦那様?」

 

 照れて焦るアーシャに構わず胸元に顔を押し付ける、これじゃ完全に異常性欲者で変態だよな。

 

 


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