古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第404話

 クリストハルト侯爵の四女である、フランシーヌ嬢と家出中に出会い配下のリリィ殿に誘拐だと勘違いされた。

 僕がフランシーヌ嬢と密通し家出を唆したと疑われた訳だが、御者の証言や彼女との接点が無かった事を考えても冤罪だと分かっただろう。

 まさか僕が八歳の幼女を唆して家出させたなんて話を周りが信じる訳がない、もし冤罪で非難するなら徹底的に戦うぞ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 入浴し人心地がついた、ずぶ濡れになり芯まで冷えた身体が温まった。だが次回は雨天の場合は中止する判断も必要だな、風邪をひいて身体を壊しては意味が無い。

 もしかしたら王命だからと余裕を無くしているのかも知れない、まだ二日目だし焦る必要は無いんだ。

 二日目の成果がワイバーン三体、アースドラゴン五体、アーマードラゴン四体、ツインドラゴン二体。これでもレベルアップはしなかった、流石に必要経験値は膨大だな。

 

「リーンハルト様、宜しいでしょうか?」

 

 浴室の外に控えていたベヘル殿に声を掛けられた、壮年の男性に入浴の出待ちをされるのは何か嫌だ……

 入浴を手伝ってくれたメイド達は場を離れた、昨日は応接室の入口までは同行したのだが人払いか?

 

「ベヘル殿、構わないが何か有りましたか?」

 

 入浴を優先させる位だから大事じゃないと思うけど、ジゼル嬢とアーシャに会う前にって何だろう?

 

「クリストハルト侯爵とフランシーヌ様が応接室でお待ちになっております」

 

 おい、侯爵を風呂待ちさせたのか?

 

 いや、僕は伯爵だが宮廷魔術師第二席だから侯爵待遇。しかも王命の最中だから優先されるのは風邪をひかせない体調管理か?

 だが現役侯爵家当主を待たせたんだ、向こうも気を悪くしただろう。言ってくれれば早目に切り上げたんだぞ!

 

「何か訪問の目的は言ってましたか?」

 

「何も伺ってません。ですが今朝の事はそれなりに噂が広まってます、目撃者が居たらしいのです」

 

 目撃者か……会話を聞いてなければ誤解したかもな、深窓の侯爵令嬢が抱き付いたんだ。幼女とはいえ勘違いされても不思議はない、幼女愛好家とか誤解は最悪だぞ。

 

「ああ、家出令嬢の件ですね。僕と縁を持たせる為の茶番劇だと思ったけど、本人は本気で家出したらしい。困った令嬢ですね」

 

 ジゼル嬢とアーシャは同席させられない、だが滞在している別荘の来客が誰か位は分かるだろう。非友好的な相手が娘を伴い訪ねて来る、色々と考えているだろうな。

 

「フランシーヌ様は一週間前からクリストハルト侯爵の別荘に滞在しております、脱走は三回目ですので噂も広まっております」

 

 応接室に向かう途中で色々と情報を教えて貰った、フランシーヌ嬢は問題児っぽいな。侯爵令嬢が家出の常習犯とか笑えない、毎回逃がす警備も杜撰だ。

 応接室に到着した、先にベヘル殿が入って先方に確認を取ってから僕が入る。

 

「お待たせしてしまい申し訳無いですね。クリストハルト侯爵、フランシーヌ様」

 

 貴族的礼節に則り一礼し彼等の向かい側に座る、クリストハルト侯爵は背が低く小肥りで目付きがキツい。

 フランシーヌ嬢は目一杯着飾っている感じだが本人は堅苦しいドレスが嫌みたいだな、特に締め付けているコルセットを気にしている。

 正直見た目は全然似ていない、フランシーヌ嬢は母親に似たんだな。

 

「いや、王命の最中に邪魔をした事を詫びたくてな。フランシーヌはお転婆が過ぎて俺も手を焼いている」

 

「今朝は大変申し訳有りませんでした、リーンハルト様」

 

 元気良く立ち上がりペコリと頭を下げて謝罪した、彼女くらいの年齢なら十分だろう。

 

「構いませんよ、お互いに実害は無い。周囲に誤解さえされなければ問題にする事も無いですからお願いしますね」

 

 笑顔で変な噂や誤解は解いておけと念を押す、僕は幼女愛好家などでは無い!

 

「そうですな、フランシーヌはへルカンプ様から側に欲しいとの希望を貰いまして。醜聞は困るのだ」

 

 やはり思った通りだった、侯爵令嬢を迎えられる立場なんて王族か公爵家、または侯爵家の関係者くらいだ。しかしへルカンプ様も懲りないお方だな、メルル嬢を手放したら次の幼女を探したのか……

 

「そうですか、へルカンプ様は寵愛を授けていたメルル様が実家に帰られたので寂しいのでしょう」

 

「そう思いますな、へルカンプ様の寂しさをフランシーヌが癒してくれれば良いのですよ」

 

 ガッハッハって豪快に笑っているが、要は家の繁栄と存続の為にフランシーヌ嬢を変態幼女愛好家のへルカンプ様に差し出したって事だよな。

 幼女愛好家は成長すれば寵愛が失せる、最長で五年か六年くらいか?その間で王族の側室という立場のメリットを得る。だがヘルカンプ様にそれだけの力が有るのだろうか?

 彼はエムデン王国の王族の闇の生贄だ、そこまでの権力も資産も無い。

 

「私は嫌です!メルル姉様から聞いています、ヘルカンプ様は変態幼女愛好家です」

 

 堂々と王族批判をしたぞ、出された紅茶を飲んで聞かなかった事にする。チラリと盗み見たクリストハルト侯爵は政敵に弱味を見せた事で苦い顔をした、公表されたら相応のダメージを負う。

 だが問題児のフランシーヌ嬢を長時間待ってまで僕に会わせる意味は何だ?

 

「さて、お互いの心配事は解決しましたね。長時間待たせたみたいで申し訳無いです」

 

 もう帰って下さいの意味を含めて此方も謝罪する、実際に帰って来たのに風呂に入っている間は待たせてしまった。礼儀は守る必要が有る、それが非友好的な相手でもだ。

 

「あの!リーンハルト様はロンメール様やミュレージュ様、セラス様とも友好的だと聞きます」

 

「おい、フランシーヌ。何を言い出すんだ?」

 

 娘の言葉に慌てたが、確かに僕は王族の方々と面識が有る。それは公表されているので知られていても不思議は無いが……

 

「はい、ロンメール様には音楽会にも招かれました。ミュレージュ様とセラス王女はリズリット王妃を介して親しくさせて頂いてます」

 

 僕は後宮の派閥ではリズリット王妃派だ、公言するのは彼女に恩義を感じているからで自慢や牽制ではない。

 

「私の側室話を無かった事にして下さい!」

 

「フランシーヌ!お前は素直に謝罪するからと連れて来たんだぞ、馬鹿な話はするな」

 

 困った、王族への仲介を何の義理も無い相手に頼むとは……クリストハルト侯爵も困り果てているが、なら何故連れて来たかが問題だ。謝罪だけなら親が出て来れば良いはずだ。

 

「無理ですね」

 

「嘘よ!メルル姉様に教えて貰ったわ、リーンハルト様に頼んだからメルル姉様は解放されたって。その後釜が私なんて酷い、最後まで面倒を見てよ!」

 

 メルル嬢め、王家の醜聞を教えたのか?そこまで感情的で愚か者には思えなかったが、実際は責任取れって非難されたよ。

 残りの紅茶を一気に飲む、既に冷えてしまっていたが少し落ち着いた。フランシーヌ嬢は父親に抱きかかえられてジタバタもがいている、困った腕白令嬢だぞ。

 

「メルル様の件は王族の醜聞に関わる問題です、言い触らすのは大問題ですよ。僕は彼女がバニシード公爵に勘当されて修道院に入れられた事とは無関係です」

 

 問題事を押し付けるな!あの件はロンメール様が調整して被害が無いようにしてくれたんだ、今更蒸し返されても迷惑なんだよ。

 

「リーンハルト卿、一つだけ教えてくれ。ヘルカンプ様に嫁いだら、フランシーヌは幸せになれるのか?」

 

「クリストハルト侯爵は幸せになれると思います、王位継承権第三位のヘルカンプ様と親戚関係になれます」

 

 フランシーヌ嬢は変態幼女愛好家の毒牙に掛かり不幸になるだろう、未だ八歳ならば異性を受け入れる身体にはなってない筈だ。

 無理矢理などで幸せになれるか、そしてクリストハルト侯爵はそれを知っている筈だ。

 

 だから貴殿だけが幸せになると言った。

 

「そうか、そうだな。馬鹿な父親と笑ってくれ、侯爵と言えども王族には逆らえないのだ」

 

「僕でも無理ですね、エムデン王国の貴族にとって王族の方々に逆らう事は多大な勇気が要ります」

 

 泣き落としか?茶番劇か?この父娘の訪問の意図が分からない、何をしに来たんだ?

 

 その後は礼儀的なやり取りを行いクリストハルト侯爵とフランシーヌ嬢は帰って行った、情に訴えて譲歩を引き出そうとしたのか?良く分からないが正直な気持ちだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト様、クリストハルト侯爵とフランシーヌ様が訪ねて来ていましたわ」

 

「どのようなお話だったのでしょうか?」

 

 夕食後の安らぎの一時、今回はジゼル嬢もアーシャも入浴を済ませて夜着で夜のお茶会と洒落込んでいる。応接室のソファーにゆったりと座る、部屋付きのメイド達は下がって貰った。

 もう周囲も本妻と側室扱いだな、未婚の淑女が夜着で一緒に寛ぐなんて中々ないぞ。

 

「今朝の騒動の詫びだった筈だよ、途中からフランシーヌ嬢がヘルカンプ様の側室になるのは嫌だから何とか出来ないかって懇願された。

無理だって断ったのだが、メルル嬢と友人関係らしく彼女の騒動の顛末も知っていたんだ。だから自分も何とかならないかって思ったらしい」

 

 侯爵令嬢が簡単に何度も家出をする、それだけでも変なのに政敵に弱味を見せるのも変だ。やはり今朝の馬車の事故は仕組まれた罠だと考えるのが無難だ。

 だが目的が分からないので予測がつかない、敵対か中立か迎合か……

 

「今のクリストハルト侯爵家は没落一歩手前です、領地の灌漑作業の失敗に後継者が無能で浪費癖が有ります。しかも女性絡みで他家とのトラブルも多く、金銭的に解決してるので財政は火の車でしょう」

 

 家の存続を邪魔する最低の後継者だな、だが直系男子は一人だけだった筈だ。侯爵七家は簡単な家族構成も報告書で読んだ、経営難とは知っていたが結構酷い状況だな。

 

「侯爵七家は勢力よりも歴史を重んじます、クリストハルト侯爵家は二百年以上の歴史を持ちます。ですが資金難から裕福な男爵家や子爵家にも娘を嫁がせているのです。

クリストハルト侯爵にとってヘルカンプ様の申し入れは……」

 

 金の為に格下に娘を嫁がせる、本来なら持参金を持たせて同格の家に嫁がせるんだ。勿論、互いの家にメリットが有る様に……

 だが没落しかけた家の娘を嫁に欲しい相手など居ない、だからヘルカンプ様の要求は本来なら歓迎すべき事だが問題も多い。

 

「微妙だろうね、王位継承権第三位とはいえヘルカンプ様の最大の後援者であるバニシード公爵との縁は切れた、他の有力な公爵家は僕との縁が強くて援助は微妙だろう」

 

「ヘルカンプ様とはメルル様の件で敵対とは言わないが友好的では有りません、このままフランシーヌ様を嫁がせるとリーンハルト様と敵対する可能性も有ります。クリストハルト侯爵も悩んでいるのでしょう」

 

 資金難のクリストハルト侯爵はヘルカンプ様にフランシーヌ様を嫁がせて資金援助をお願いしたい、だが後々不利な状況になるかもしれない。

 王族の方々の中で不人気、有力な後援者も居ない、幼女愛好家だから数年で寵愛が無くなる。これだけの悪条件なのに王族だから断る事も難しい。

 

「不可思議な接触はクリストハルト侯爵も悩んでいる、方向性が定まらないのかな?」

 

「目先の資金援助は欲しい、ですが先を見れば悪条件なのです。没落一歩手前ですから、行動に迷いや非常識な事もしますわ」

 

 寛いだ格好と表情をしてるが、話している内容は歴史有る侯爵家の衰退と没落までの道程か……

 ストレートの紅茶を飲む、苦味と深い味わいを楽しんでクリストハルト侯爵との付き合い方を考える。

 

「仮にヘルカンプ様の側室にフランシーヌ様が迎えられる、本人の幸せは別問題として僕の脅威になるかな?」

 

 酷い話だが、フランシーヌ様を助けた場合どうなる?クリストハルト侯爵家の存続を賭けた一手の邪魔すると……

 

「なりませんわ、例え嫁がなくても脅威にはなりません。不利益を生じるのは、リーンハルト様がフランシーヌ様を助けた場合です。リスクが多過ぎてメリットは殆ど有りません」

 

「僕じゃなくても助けようって貴族は居ないね、義理や人情絡みなら可能性は有るが元々は非友好的だった相手だ。今更擦り寄られても困惑しか無いよ」

 

 仮にフランシーヌ様がヘルカンプ様を唆しても、流石に今度は断るだろう。メルル嬢の時に叱られて懲りた筈だ、失敗を学ばずに同じ事をすれば今度はお叱りだけでは済まない。

 本人も十分に理解している筈だ、だが何もしない訳にはいかずに嫌がらせ位はするだろう。

 

 


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