ドラゴン討伐を始めて十日間が経過した、王都を発ってから半月なので予定の四分の一を消化した事になる。
レベルは46となり討伐の成果はツインドラゴン十二体・アーマードラゴン二十二体・アースドラゴン十八体で合計五十二体。
それにワイバーンが三十一体、全身骨格十六体分と中々の結果を残せた。ノルマ一日五体は何とか達成しているが、戦い方を拘っているので厳しい。
あれからクリストハルト侯爵とフランシーヌ嬢の接触は無い、また家出をしたって噂も聞かないので悪巧みだったんだな。
貴族として没落とは耐えられない不名誉な事、形振り構わない行動には巻き込まれたくないので警戒と注意が必要だ。
「さてと、考え事は終わり。目標を発見、殲滅する」
前方約40mにアースドラゴンを発見、全長7m前後の中規模サイズ。未だ僕に気付いてない、痒いのか背中を倒木に擦り付けている。
ゴーレムキング(強化装甲)の習熟の為にデスバレーから3㎞手前でアーマードラゴンとアースドラゴンを狩り続けた事で大分慣れた、思う様に操る事が出来る。
両足部分に魔力を注ぎ脚力を大幅に上げる、最初は動く装甲に身体がついていかずに筋肉や筋を痛めたが肉体も魔力強化する事で耐えれる様になった。
戦闘では心許ない強化だが装甲の激しい動きには何とか耐えられる、強化して走り出せば歩幅は5m。40mなら八歩で到達するが、六歩目で飛び上がる。
右手の甲の部分に長さ1.5mの魔力刃を生成する、片刃の曲刀形で切り裂く事に力を入れた。
「ハッ!」
背中を右肩から腰の部分まで切り裂く、肩甲骨から肋骨と背骨も切る感触が伝わる。
着地と同時に後ろに飛び下がり反撃を警戒するが即死だったみたいだ、そのまま倒木に倒れ込んで動かない。
暫く様子を見るが完全に死んでいる、前に迂闊に近付いて尻尾の一撃を食らった事が有る。魔力障壁で何とか防いだが、油断が致命傷を招くのは珍しくない。
「もう大丈夫だな、大分慣れた。明日は2㎞手前まで近付いてツインドラゴンに挑んでみるかな」
魔力刃は長さ2m迄なら制御出来る、普段は曲刀だが手を突き出して槍としても使える。手の長さと槍の長さを足せば2.7mになるので対人戦の奇襲にも使える、武道の達人でも伸びる武器は未知の世界だろう。
空間創造にアースドラゴンを収納し空を見上げる、大分太陽が傾いて影が長くなっている。
「そろそろ待ち合わせ時間だ、魔力総量も半分まで減ったし終わりにするかな」
ゴーレムキング(強化装甲)を解除し馬ゴーレムを錬金する、切り札のゴーレムキングは誰にも見せられない。これの御披露目は戦場になるだろう、それも使うしかない迄に追い込まれた状況で……
◇◇◇◇◇◇
別荘に戻ると恒例の使用人達が整列して出迎えてくれる、未だに慣れないが賓客扱いだから仕方無いのだろうな。
彼等も年間四十日位しか来客が無いので、二ヶ月近く滞在してくれるのは仕事に遣り甲斐が出来て嬉しいそうだ。
「お帰りなさいませ、リーンハルト様」
「ただいま、ベヘル殿。今日は何か有りましたか?」
ベヘル殿とも大分打ち解けた、気楽な会話が成り立つ位には互いの気持ちが分かる、今夜は少し困惑気味だな。
「先程からザスキア公爵様が居らしてます、今はジゼル様とアーシャ様が対応なされてます」
「ザスキア公爵が?早いな、今週末に夕食に招待した筈だが?」
手紙のやり取りをして公爵三家の訪問スケジュールの調整を頼んだ筈だ、因みに最初の週末は近隣領主であるマーヴィン領主のネクス・マーヴィン・フォン・ガルネク伯爵と奥方のリンディ嬢。
ラベルグ領主のジルベルト・ラベルグ・フォン・ベルリッツ伯爵と娘のヒルダ嬢を招いて昼食を共にして午後はビクトリアル湖畔で船遊びに興じた。
女性陣は水と戯れて、男性陣はワインを楽しみ領地絡みの情報交換をしたんだ。
淑女の前に汚れた格好で行く訳にはいかず急いで入浴し身嗜みを整えると応接室に向かった、全く事前に連絡してくれればドラゴン討伐は早目に切り上げたんだぞ。
「お待たせして申し訳ないです、早く来ると教えて頂ければ歓迎の準備をしたんですよ」
苦笑しながら遅れた詫びと連絡の無い事を聞いてみる、何か意味が有っての事だろう。
驚かせたいとか暇だからとかは無い、普段なら有り得るが王命の最中に相手を煩わせる事はしない。
三人掛けのソファーが向かい合っている、ザスキア公爵が一人でジゼル嬢とアーシャが並んで座っている。全員が笑顔を張り付けて見詰めてくるが、僕が座る場所は……
「真ん中に座って下さい」
「狭いし隣で良いわよ」
視線で座る場所を探したがジゼル嬢とザスキア公爵から此処に座れと言われてしまう……困ったな、どうする?
暫し悩む、だが立場上ザスキア公爵の面子を潰す訳にはいかない。
「お話し合いですもの、対面が良いですわ。私がザスキア公爵様の隣に移ります」
アーシャがザスキア公爵の隣に移動した事によりジゼル嬢の隣に座る、これにはザスキア公爵も目を細めてアーシャを見た。
双方角が立たない様に折衷案を出して自らが移動した。深窓の令嬢、居るだけの華と言われた彼女も成長している。
「早く来たのはね、クリストハルト侯爵の動きが妙だったからよ」
「クリストハルト侯爵ですか?」
暫く何も無かったから問題にしてなかったけど、ザスキア公爵が自ら動く程の事が有ったのかな?
「彼の領地が経営難なのは周知の事実、形振り構わない婚姻で資金援助を集めているけど挽回は無理だったみたいね。
生活に困窮した領民達も逃げ出し始めてるみたいよ、援助した連中も資金回収の準備を始めたわ」
もう終わりかしらって微笑んでいるけど歴史有る侯爵七家の没落は大事だな、直接関係は無いけどエムデン王国としては色々とややこしい状況になる。
有力貴族の衰退は周辺諸国にすればエムデン王国の汚点と取る、ウィドゥ子爵家の不祥事による御家断絶とは比べ物にならない。
「領民が逃げ出す程に悪化してるとなれば、エムデン王国の介入も可能性として有りますか?」
国家の重鎮の不祥事だ、アウレール王が介入すると決断すれば何とかなる。だがへルカンプ様の権力の範疇では無理、焼け石に水かな?
「どうかしらね?クリストハルト侯爵の領地は農業中心、灌漑事業が失敗した事は他の農地にも被害が波及してるわ。穀倉地帯ではあるけれど、エムデン王国の台所を支える程ではないのよ。
あのお馬鹿さんは後継者の引き起こす問題の解決の為に領地の切り売りもしてるのよ、そして起死回生の為の灌漑事業も失敗。理由は予算を後継者と取り巻きが着服したから……」
そりゃ失敗するな、灌漑事業なんて国家規模の一大事業だ。莫大な費用が掛かるのには理由が有り、予算を減らせば皺寄せがくる。どこかが無理をして失敗するんだ、クリストハルト侯爵は何故後継者に甘いんだ?
「なるべくしてなった、これではアウレール王もヘルカンプ様の側室話は断らせるのでは?王族の外戚ともなれば何かしらの援助が必要ですよ」
それを期待しているのはクリストハルト侯爵よりも彼の領民だ、希望が失望に変われば反乱を起こすぞ。だからエムデン王国が介入せざるを得ない理由は無くすべきだ、非情だけどね。
「リーンハルト様の予想通り、フランシーヌの側室話は無くなるわ。既にクリストハルト侯爵も知っている、貴族院も許可しなかった。焦ったクリストハルト侯爵の動きが問題だったわ」
だったわ?つまり問題じゃなくなった、誰かが鎮火した?
侯爵七家は歴史を重んじる、有力貴族だから勢力は有る。権力も財力も有るから不祥事以外で没落は考えられない安泰の立場、だが浪費散財に領地経営の失敗が積み重なれば……
「無茶な行動に出た、だが誰かに止められた」
「そうよ、あの与太話を広めようとしたのよ。だから私が潰した、リーンハルト様が幼女を唆して誘拐したとか笑えない冗談だわ」
思わず持っていたカップを落としそうになった、あんな穴だらけのザルな話を持ち出す程に追い詰められたのか?
「敵対行動と捉えて良いでしょうね。また政争に巻き込まれるのか、実際嫌になる」
バニシード公爵にビアレス殿、微妙だがバセット公爵、それにクリストハルト侯爵家か。没落一歩手前だから苦労はしないが恨みは買うな、自分の失敗は棚上げして止めを刺した相手が全て悪いと思い込む。
あの手のタイプは間違いなく逆恨みする、だが領地没収の上でエムデン王国の管理下に置かれるな。
「大丈夫よ、アウレール王が動いたから。クリストハルト侯爵の領地は全て没収、後任はニーレンス公爵に引き継いだわ。
荒れた領地でも建て直せば利益は出るし王命だから断れない、クリストハルト侯爵は王都に残った屋敷にエムデン王国から支給される年金で細々と生き長らえる事になるわ」
侯爵家の年金か、無駄遣いしなければ十分に暮らしていけるが後継者は浪費癖が有ると聞いた。そんな暮らしに我慢出来る訳がないぞ、無理だろ?
ニーレンス公爵も失敗した灌漑事業を押し付けられたんだよな、クリストハルト侯爵に対して恨みも有るだろう。長期に渡り負担を強いられ元が取れるかも分からないが領地は増大したから結果的にはプラスかな?
「灌漑事業か、農業用水の整備ですよね。最寄りの水源地から水を引く、作物の育成状況に合わせて水を管理出来る。彼の領地では天水農業は無理だったのですか?」
灌漑農業は人工的に水を管理し、天水農業は自然の雨に頼る。そして土属性魔術師の僕ならば灌漑事業は適役だ、土壌改良に用水路の整備、河川氾濫防止の堤防の建設の全てを賄える。
「農地の四割は収穫高が悪かった、だから灌漑事業で用水路を引く予定だったのよ。予算が無くて用水路の強度が弱かったりして機能しないみたい、領民を徴発して労働力を確保したから農家は働き手を取られて悪循環ね」
「最悪のスパイラルですね……灌漑事業か、本来なら土属性魔術師が行うのが最も効果的ですが誰が担当してたのでしょうか?」
クリストハルト侯爵家が没落するなら土属性魔術師達を引き抜きたい、灌漑事業に従事していたなら相当の経験を積んでいる筈だ。
僕も灌漑事業を手伝っても良い、巨大な自然を相手にする事は錬金術の習熟にはもってこいだな。配下の土属性魔術師達も連れていけば訓練にもなる、悪い話じゃない。
「殆どの仕事を領民達にやらせていたらしいわ、魔術師ギルド本部から派遣された土属性魔術師達は初期の頃に報酬未払いで帰って来たわ」
「大自然に人力だけで挑んだのですか?それは失敗しますよ」
領民達の徴発は領主の特権だ、金の掛からない労働力だが効率は悪いし本来の仕事を疎かにする。農民の為の灌漑事業が農民を苦しめる、クリストハルト侯爵は領主としては失格だ。
「リーンハルト様が灌漑事業を手伝えば上手く行くかしら?」
む、目を細めて伺う様な表情をしたぞ。でも彼女は僕が表情を見て思惑を察する事に気付いている、ブラフの場合も有るんだ。
「農業用水、土壌改良、堤防の建設、本来は土属性魔術師の仕事です。計画とかは無理でも施工の部分の殆どは可能です、錬金術の習熟の為に手伝うのも有りかと考えてますが……駄目ですか?」
ザスキア公爵は僕の姉か保護者気取りの部分が有るので、良いか悪いか伺ってみる事にする。僕的には手伝う事は有りだ、自身と配下の鍛練にもなるしニーレンス公爵に恩も売れる。
「リーンハルト様は最近あざとくなりましたわね、駄目ですかって可愛く聞かれると本当に困るわ」
言葉を間違えた、これは僕がザスキア公爵に甘えているみたいだ。横目で見るジゼル嬢は溜め息を吐いて、対面に座るアーシャは不機嫌になった。
ニヤニヤしているザスキア公爵は、してやったりな感じだし僕の周囲の女性陣は有能で強かで困る。
「その、甘えている訳では有りませんが……僕は魔術師なので、その辺の能力が低いので……申し訳ないです」
素直に謝る事にした、単一最強戦力を自負しても英雄とか煽てられても、内政や政争が絡むとこの程度の男なんだよな。