古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第412話

 ニーレンス公爵家からの要望により旧クリストハルト侯爵領の灌漑事業を手伝う事となった、範囲は近くの河川から二ヶ所の溜め池までの用水路を2㎞、水害対策の堤防を河川にそって3㎞作る。

 勿論一人でじゃない、配下の宮廷魔術師団員十二人と魔術師ギルド本部にも応援を求めた。土壌改良と開墾、それに用水路や堤防の固定化の手伝いをさせる。

 宮廷魔術師団員は全員が貴族だから農民の真似事などプライドが許さないかもしれない、だからニーレンス公爵から直接命令をして貰う。

 所属派閥のトップから言われれば文句は言えない、彼等にはゴーレムによる開墾を行い多数のゴーレムによる集団運用に慣れて貰う。

 これは絶対に必要な訓練だ、鍬(くわ)を振り下ろし土をおこす。この動作だけでも相当の制御が必要、同時に複数体制御する事は大変な事だ。

 最初は十体、最終的には二十体、でも慣れないと最初は一時間位で魔力切れだろう。同時に効率的に低燃費にゴーレムを運用する術を学ぶ。

 

 魔術師ギルド本部は単にニーレンス公爵との伝手を作る事と資金稼ぎだ、クリストハルト侯爵の時は未払いが有ったみたいだし回収させる為にも手伝わせよう。

 

 そして一番大事な事は、僕は一ヶ月も拘束されないって事だ。あくまでも農民達が暮らせるだけの農地改革で有って、一ヶ月みっちり働く訳じゃない。

 区分を明確にしたのは終わったら王都に帰る事を問題視されない為にだ、僕もやる事が沢山有るから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ふむ、これなら領民達も厳しい冬を越せるし希望が持てるだろう。さて、報酬の話だが全体の二割を頼むとなれば相応の額が必要。

今回は金貨八十万枚を用意したので二割の金貨十六万枚を渡そう」

 

 破格の金額を提示して来た、因みに灌漑事業で貴族が用意する資金に強制的に徴用される農民達の給金は含まれていない。食事と寝泊まりする場所を提供すれば良い方だ。

 開墾も農民達の仕事、あくまでも用水路と溜め池、堤防の整備迄だ。土壌改良は微妙だ、錬金術に頼るから多分だが費用に含まれる。

 そして千人が働ける農地は確保するが残りの八割の農地と三千人分の生活に必要な食料は生産出来ない、予想よりも多くの農民達が逃げ出していたんだな。

 まぁ男一人が最低限必要な小麦の生産量を400㎏としたんだ、実際はもっと難しいのかもしれない。

 

「有り難う御座います、魔術師ギルド本部からの応援分と資機材調達費を引いた金額を国庫に納めさせて頂きます」

 

 頭を下げて礼を言う、これで魔術師ギルド本部の損失分を上乗せして払える。ライラック商会に仮宿舎を整備させて、衣食住の世話をさせる。仮宿舎は終われば農民達に払い下げれば良いな。

 一ヶ月拘束するとして魔術師ギルド本部所属の土属性魔術師なら、レベル15前後で一人金貨百枚。二十人で金貨二千枚。

 ライラック商会に作業に従事する連中の衣食住を任せても金貨三千枚も有れば足りるだろう、予備を見ても金貨七千枚で十分だ。もう少し人数を増やしても大丈夫かな?

 

「違うぞ、これはリーンハルト殿個人に対する報酬だ」

 

 少し慌てている、やはり予想通りだ。ニーレンス公爵は僕に対する貸しを作りたい、今後の関係も考えて上位に立たないと嫌なのだろう。

 

「僕は宮廷魔術師として国から年金を頂いております、故に二重で報酬を頂く訳にはいきません。

ドラゴン討伐も倒したドラゴンの売却益のみを頂いております、例外は有りません。ですが気持ちは十分に受け取りました、有り難う御座います」

 

 真面目な顔を心掛けて話して最後に頭を下げる、あの慌て様からして多額の報酬は僕に貸しを作る事が目的だったな。

 今は対等な協力関係だが、多額の金を貰ったら心理的に借りが有ると思ってしまうだろう。

 金貨十六万枚は魅力だが稼げない額じゃないし金に固執もしない、空間創造も第五段階まで全て解放された。

 金銀財宝など掃いて捨てる程持っている、そしてアウレール王に多少なりとも戦費を渡す事が出来る。

 

「ゴーレムマスター、それは欲が無さ過ぎるな。確かに年金は渡しているが副業をするなとは言ってないぞ、俺も心苦しい」

 

 この提案にアウレール王から待ったが掛かった、王としてのプライドかな?臣下に配慮され過ぎるのは嫌だとか……ならば少し苦労をして貰おう。

 

「ではアウレール王の名で彼等に一時的な資金を恵んで下さい、彼等は旧コトプス帝国の残党共に唆されただけなのです。アウレール王を裏切った訳では有りません、彼等に恩赦を与えて下さい」

 

 結局のところ、残された彼等は罪人の家族でしかない。農地は改革されても周囲の連中からみれば関係無く罪人だ、虐げられるだろう。

 それを救う事が出来るのはアウレール王しかいない、彼等の真の安息は周囲にも分かり易く罪を許される事だ。今も許された形だが『罪を問わない』と『罪を許す』は全くの別物だ。

 

「つまり旧コトプス帝国の糞共が全て悪いから、お前等は許すって事か?」

 

 ギロリと睨まれた、やはり臣下から国王にお願いって無理が有るよな。あの婆様は凄い遣り手だったんだ、流石はニーレンス公爵の実母だけの事はある。

 

「国内での不祥事ですが意図的に敵が行ったと広めましょう、クリストハルト侯爵の治世も悪かったかもしれませんが其れを指摘しても無意味でしょう」

 

「国民の意識誘導か、確かに戦争になる可能性が高い。初手はやられたが次は無いって事だな、お前の話に乗ってやる。

ニーレンス、恩赦を与えるぞ。領民達に広めろ。それと残り八割の灌漑事業は、お前が責任をもって一年以内に終わらせるんだ」

 

 工期の短縮には多大な費用と手間が掛かる、やはりアウレール王はニーレンス公爵に負担を強いたんだな。一年以内は厳しい、土属性魔術師を五十人以上は確保しないと無理だろう。

 一人金貨百枚だと一ヶ月で五千枚、一年間で金貨六万枚、大した負担にはならないか……

 

「分かりました、これで復興作業の見通しが立ちました。感謝致します」

 

 ニーレンス公爵としては微妙な結果だな、僕は手伝うが最長一ヶ月。しかも報酬は国庫に納まるから僕に心理的な貸しを作るつもりが、タダ働きをさせる事で逆に借りを作った。

 だが表情には現れない、逆に嬉しそうに笑みを浮かべる余裕すら有るぞ。

 

「うむ、任せた。ゴーレムマスターには話が有るから残れ」

 

「有り難う御座いました、リーンハルト殿も面倒をかけるが宜しく頼む」

 

「任せて下さい、結果は最短で出してみせます」

 

 本当に最短でノルマをこなして王都に帰ります、目標は半月です。

 

 頭を下げて退出するニーレンス公爵を見送る、貴族のトップたる公爵五家筆頭が頭を下げたんだ。生半可な事は出来ない、妥協せずノルマは完璧にこなそう。

 

「リーンハルト殿も人が悪いですわね、ニーレンス公爵は当てが外れた感じかしら?」

 

 漸くリズリット王妃が口を開いたが、クスクス笑いながら話す内容は良くない。彼女もニーレンス公爵の思惑を理解していたんだ、結果的にはニーレンス公爵の負担は多い。

 あの婆様の貸しを使った割には得られた事は少ない、何かしらで回復しておかないと要らぬ警戒と敵意を買うかな?

 

「アウレール王のお考えはニーレンス公爵に負担を強いる事と感じました、農地改革二割は働き手千人の食料生産の最低ラインで設定しました。

半月程度で僕のノルマは完了します、宮廷魔術師団員のゴーレム運用の習熟に開墾は最適です。魔術師ギルド本部にはクリストハルト侯爵に踏み倒された金額を上乗せして払います」

 

 あれ?溜め息を吐かれたけど呆れられる要素が有ったかな?

 

「お前は全てを見透していたみたいだな、だが自分の取り分を国に納めてはタダ働きだぞ」

 

 ザスキア公爵から状況を聞いてジゼル嬢と事前に相談したから、アウレール王の考えが分かったんだ。

 

「半月タダ働きでもニーレンス公爵に精神的な貸しが作れるなら安いモノです、それに灌漑事業は僕達土属性魔術師とは相性が良い。苦労など何も有りません、鍛練として丁度良い位です」

 

 配下の宮廷魔術師団員の鍛練と自身の鍛練、魔術師ギルド本部への貸し作り。ニーレンス公爵の費用で出来るなら黒字だな、問題は無い。

 それに宝剣を賜ったのだし、これ位の礼はするべきだ。

 

「金に固執しないのは良いが流石に金貨十六万枚を要らないとはな、一瞬だがニーレンスの顔が酷い事になってたぞ」

 

 その言葉には苦笑いを浮かべるしか出来ない、流石に少し遣り過ぎたかな?

 暫くはドラゴン討伐の詳細な報告、ベヘル殿の手厚い対応等を話す。途中でアウレール王がタイミングを見計らい護衛の近衛騎士団員を退出させた、そろそろ本題だ。

 

「そうでした、魔力砲ですがプロトタイプが完成しました。魔導書に記載された30㎝の鉄球は無理でしたが、10㎝の鉄球で100m先の巨岩を破壊する程度には実用可能です」

 

 会話が一段落した所で魔力砲について報告する、アウレール王は頷きリズリット王妃は驚いた顔をした。早過ぎると思ったのか?

 

「100m先の巨岩を破壊するのか、ならば軍艦の横っ腹に穴を開けられるな」

 

「ですが課題も多いです……魔力石の爆発の衝撃に耐える強度を持たせる為に全金属製にしたので、本体重量が400㎏も有ります。

また鉄球の装填も安定が悪く時間も掛かります、今後の課題は軽量化と装填方法の簡略化です」

 

 400㎏か、と呟いたまま考えだした。軍艦と言えども積載量は多くない。大型でも十門積んだら限界だ、左右に五門ずつ搭載して一杯だな。

 そして固定する船体の強化も必要だな、固定化を掛けて……

 

 あれ?僕が固定化の魔法を重ね掛けして強度を上げれば不沈艦にならないかな?

 流石に体当たりやサンアロークラスの魔法は無理でも、アイアンランス程度は防げるから十分だろう。

 

「その魔力砲ですが、実際に試し射ちが見たいですわ」

 

 威力の確認か、それと発射迄のプロセスも見たいのだろう。プロトタイプとはいえ運用には耐えられる筈だ、僕のアイアンランスと同程度の威力が有る。

 いや、アイアンランスは貫通力が高く魔力砲は打撃力が高いか……

 

「場所さえ指定して頂ければ、直ぐに試し射ちは出来ます」

 

「実際に船を的にして試し射ちをしてみたいのです、場所の設定には時間が掛かりますので後日連絡します」

 

 実際に軍艦が沈められるか試す訳だな、現状の艦隊戦は高位魔術師でも居なければ沈没はさせられないからな。

 サンアローやビッグバンを扱える高位魔術師の数は少ない、だから魔力砲の可能性に賭けたんだ。実際に50m位接近に五門でも水平射ちで全弾命中すれば、軍艦でも沈むだろう。

 海戦に画期的な武器となるな、200㎏位に軽量化すれば左右に十門は配置出来る。

 

「分かりました、連絡をお待ちしています。それとお願いが一つ有ります」

 

「珍しいな、言ってみろ」

 

「出来る事なら叶えますよ、セラスを嫁に欲しいのなら差し上げましょう」

 

 いや、要らないです……

 

 リズリット王妃も笑ってるし、アウレール王も苦笑してるから本気じゃない。だがネタとして会話に出る位は本気なんだ、僕を王族の末席に迎えて離反防止でも考えているのか?

 

「セラス王女を嫁になど、畏れ多い話です。お願い事とは魔力砲を使わせて欲しいのです、僕の大型ゴーレムなら持たせて構えて射てる。遠距離攻撃が可能となり戦略の幅が広がります」

 

 ゴーレムルークの遠距離攻撃方法は他にも有る、アックスの投擲など最悪の大量殺人攻撃だ。

 横回転させながら水平に投擲すれば、人間など簡単に薙ぎ払う事が出来る。十体並べて一斉に投擲すれば軍団レベルとも戦える、そしてレベルアップした事で可能となった戦法だ。

 だが大量殺人攻撃は控えるべきだろう、使い所が難しい。

 

「魔力石の爆発の衝撃に耐える大型ゴーレムによる運用ですね、許可はしますが使用は未だ控えて下さい」

 

「分かりました、魔力砲が実用化した後で使わせて頂きます」

 

 今は言質が取れただけで良い、使い物になるかならないか分からないが研究材料としては面白い。

 色々と発展性も有りそうだし時間に余裕が出来たら研究するのも楽しいだろう、魔術師にとって興味の有る研究テーマは重要だから……

 


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