古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第416話

 

 旧クリストハルト侯爵領は王都から馬車で二日間の距離に有る、エムデン王国でも有数の穀倉地帯だ。

 この領地を引き継いだニーレンス公爵は領地が飛び地となっているので管理し辛いだろう、これも有力貴族の力を削ぐ為にだ。

 公爵五家には薄いが王家の血が入っていて準王家扱いになる、メディア嬢も相当低いが王位継承権が有る筈だ。

 アウレール王は簒奪を警戒している、ニーレンス公爵が謀反を起こして王族を全て殺すなり幽閉するなりすれば、ニーレンス公爵はエムデン王国の王を名乗れる。

 名乗れるだけで現実味は全く無い。他の公爵家も反発するし、王族を一網打尽にしないと生き残りが率いた王家直轄軍団と戦う事になる。まぁ勝てないだろう、僕でも無理だ。

 

 馬車に揺られながら窓の外を見る、既に旧クリストハルト侯爵領に入っているが荒れた田畑が延々と続くだけだ。

 麦の穂の間に雑草が生えているし、適度な散水をしてないのか枯れている物も有る。これは手を加えても今回の収穫は少ないな、広大な田畑を男手を失った状態で維持するのは大変なんだ。

 所々で働く農民を見掛けるが成人女性や老人、または未だ幼い子供達だ。農村では子供も貴重な労働力だが、十歳以下では厳しい。

 

「想像より酷い状態だな、田畑を用意するだけじゃ無理か?」

 

 男手が居ない事は人口も増えない、他所の農村から呼ぶにしても相手だって貴重な労働力を渡さないだろう。

 必然的に流れ者や街に住む次男や三男を集めるしかないが、彼等は直ぐに農業が出来る訳が無い。学ぶのには長い時間と経験が必要なんだ。

 ニーレンス公爵は灌漑事業に金貨八十万枚を用意したが、実際に領地を元に戻すのには何倍もの資金と時間が掛かるな。アウレール王の思惑通りにか……

 

 広い馬車内に僕一人しか乗っていない、独り言も寂しく響くだけだ。リネージュさんもライラックさんも、自分達の配下に指示を出す関係で同乗していない。

 先発したライラックさんの小隊が住居を作っている筈だ、因みに僕は代官の屋敷に滞在する事になる。

 橋を渡る時に農業用水を引き込むビルログ川を見た、雄大な河川だが氾濫したら付近一帯は水浸しだな。

 昔は氾濫すると滋養の高い土が流されてくるので翌年の収穫は増えたと言うが、今は堤防を作り氾濫に耐える方を選んだんだ。

 

 これだけ広い河川なら農業用水の確保だけでなく漁業でも生計が立てられないのかな?川魚は海の魚より価格は安いし味も悪い、鯰(なまず)や鮒(ふな)等は大味で泥臭いから……

 だが比較的簡単にとれるし、自分達の食料としてなら悪くないよな。

 

 二日目の午後、目的地に到着。ここに拠点を構える、1㎞四方の広大な平原だ。

 既に宿舎は出来上がっているみたいだな、一ヶ月間は土属性魔術師五十人と僕の配下のメルカッツ殿以下二十人、それにライラック商会の人達の生活の場だ。

 彼等と一旦別れて代官の屋敷に向かう、拠点から馬車で十五分位の距離だ。

 手の空いた時間で下級魔力石を加工する、ゴーレムポーン軍団を作るには未だ数が足りない。単純作業を繰り返し頑張るしかない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 代官の屋敷は装飾に拘った洒落た外観をしている、つまり金が掛かっている。聞いた話では浪費癖の有る後継者殿が良く滞在し、屋敷の建設や調度品に拘ったそうだ。

 屋敷の正面玄関前に馬車を停める、既に連絡が行っていたのだろう使用人達が並んでいる。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。歓迎致します、私は代官のフィオリオと申します」

 

 中肉中背、金髪碧眼、長い髪を無造作に後ろで束ねている。年齢は三十代前後、柔和な笑みを浮かべた美形だ。王都に居れば御婦人方の噂になるだろう、ニーレンス公爵が新しく任命した代官だ。

 

「フィオリオ殿、短い間と思うが世話になる。宜しく頼みます」

 

「はい、畏まりました。この二人はシズとククリ、私の娘達ですがリーンハルト様の専属としてお世話をさせて頂きます」

 

 後ろに控えていたメイド服を着た十代半ば位の女性が二人、一歩前に出て頭を下げた。

 

「シズと申します、宜しくお願い致します」

 

「ククリです、姉共々宜しくお願いします」

 

「宜しく頼む」

 

 姉は控え目、妹は活発が第一印象だ。二人共に親に似たのか美少女だな、取り込みの為とか邪推はしない。

 このクラスの代官ならば貴族なのは間違いない、彼女達を僕の専属にしたのはそれだけ大事に扱いますって意味だ。

 

「長旅でお疲れでしょう、直ぐに部屋に御案内致します。明日の朝に灌漑事業の責任者達を呼んでおります、今日はゆっくりとお休み下さい」

 

「お気遣い感謝します」

 

 礼を言って客室へと案内して貰う、用意された部屋は無駄に絢爛豪華だった。ベッドなどキングサイズどころか四人寝ても余るぞ、至るところが金色で目がチカチカする位派手だ。

 

「この客室はクリストハルト侯爵様の御趣味で御座います」

 

「引き継いでから時間が殆ど無かったので、これでも一番下品……いえ、派手じゃないお部屋です」

 

「これが?」

 

 この天井も壁も金・銀・赤の模様が?床の絨毯も真っ赤だぞ、建具も窓枠も家具も全て金色だし、ベッドなど布団もシーツも真っ赤だ!

 

 それに下品って言い掛けたよな?他はもっと酷いのか?

 

「文句は言わないが、せめて布団とシーツは地味な物に変えてくれ。こんなに……そのアレだね。下品じゃなくて豪華絢爛だと、落ち着いて休めない」

 

 出来ればチェンジだ、最寄りの街の宿屋に泊まった方がマシのレベルだ。だが最高級品質には間違いない、だから使用人達も交換に躊躇したんだ。質の悪い物には変えられないと……

 

 だが赤色は興奮色だ、休息する場所で興奮させてどうする?色々と邪推するぞ。

 

「申し訳有りません、直ぐに交換致します」

 

「寝る前迄に交換してくれれば良いよ、紅茶貰えるかな?」

 

 二人並んで恐縮されると此方も辛いので話題を変える、半月程度の付き合いだから大丈夫だな。

 煎れて貰った紅茶は普通に美味しかったが、やはりカップは金色だ。クリストハルト侯爵は金色に拘りが有るのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ギラギラする客室では落ち着かないので、夕食前に拠点とその周辺の探索をする事にした。

 馬車を出すと言われたが馬ゴーレムで移動する事にした、馬車より馬の方が周囲の状況をしる事が出来る。

 五分も歩かせれば擦れ違う領民達から凄く崇められるので困った、彼等からすれば罪を不問にされた罪人からアウレール王により罪を許された領民に変わったんだ。

 エムデン王国の最上位であるアウレール王が許したとなれば、もう誰からも非難されない。漸く安らかな生活に戻れた、僕は灌漑事業の報酬を国庫に納める事でアウレール王を動かした事になっている。

 

 暫くすると拠点に到着した。木造平屋の建物が十八棟有り、他にも小さな建物が幾つか……これは個室かな?それと厩舎や倉庫等も出来ている。

 元々有った井戸の廻りに共同炊事場も有る、既に夕食の仕込みが始まっているみたいだ……

 

「リーンハルト様、何か有りましたか?」

 

 目敏く見付けたリネージュさんが駆け寄って来た、珍しくローブを脱いで動き易い格好をしているが杖は持っている。

 

「暇だったんで様子を見に来たんだ、もう宿泊施設としては大丈夫みたいだね」

 

 本来なら近くの街を拠点にしたかった、だが灌漑事業予定地の周辺には適当な街が無かった。幾つかの村も男手を無くし寒村化しており、我々を受け入れる事が厳しかった。

 僕には爵位が有るので代官の館に泊まれるが、他の連中は違う。差別なのだが騒いでも仕方無いので、無いなら作れば良いとライラック商会に頼んだんだ。

 

「結構酷い状況ですね……残された人達も希望は見えてきたみたいですが、生活は厳しいのでしょう。子供達も一生懸命働いてますが、食べ物が少ないのです。

魔術師ギルド本部経費で食料を手配しましたし、ライラック商会も余剰品を回す手配をしています」

 

 リネージュさんの視線を追えば病気か栄養不良かは分からないが、寝かされたり座り込んでいる人達が居る。来る時に見た人達は未だ働ける人達だったんだ、ここに助けを求めに来た人達は痩せ衰えている。

 元々反乱するまで追い込まれた人達だ、領主がニーレンス公爵に変わっても直ぐに生活が良くはならない。

 今まで虐げられた悲惨な生活をしていたんだ、これを見てしまえばリネージュさんやライラックさんが援助をするのも分かる。

 

「そうですか、感謝します。僕の方からも援助物資を回すのとニーレンス公爵にも話は通しておきます」

 

 善意の行動だが領主の許可無く援助をすれば問題となる、だが状況は切羽詰まっている。ここで躊躇すれば助かる命も助からないか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 周辺を探索して滞在する屋敷へと帰って来た、僕達が灌漑事業の手伝いをしに来る事は噂で広まっていた。ニーレンス公爵の配下も大々的に灌漑事業を行う事を広めて、領民の不満や不安を押さえ込んだんだ。

 クリストハルト侯爵め、如何に上級貴族だとしても領民をここまで虐げるとは……

 浪費癖の有る後継者を含めて距離を置く相手には変わらないな、だが少し考え方を変える事にする。

 最短でノルマを達成して王都に帰る予定だったが、出来るだけの事はしよう。ニーレンス公爵に負担を掛けるのがアウレール王の考えだから、全てを終わらせる事は出来ない。

 

「だが新しい田畑の廻りに人々が住み易い環境を作る事なら大丈夫な筈だ」

 

 井戸や住居、倉庫等は錬金術を使えば比較的早く出来る。バラバラに住むより一ヶ所に集めて生活させた方が良いだろう、何より今は目の届く範囲に集めた方が良い。

 この調子だと動けなくて助けを呼べない人達も居るかもしれない、これはニーレンス公爵と話をしないと勝手には出来ない。

 

 部屋でベッドに寝転がりながら今後の事を考えていると、メイドから夕食の支度が出来たと呼びに来た。

 寝癖を手櫛で直し乱れた服を直して身支度を整える、誰が来てるか考えながら食堂に向かうと予想の範疇の人が居た。

 

「ニーレンス公爵本人が来られるとは予想外でした」

 

「それだけ本腰を入れているアピールだよ、人任せと本人が自ら指揮を行うとでは天と地ほどの差が有るからな。それとリーンハルト殿に期待しているので、お手並み拝見と言う所だな」

 

 お手並み拝見、つまり手抜きや早目に終わらせる事は許さないって事か?または単純にアウレール王と領民へのアピールか?

 ニーレンス公爵本人が来る事には大きな意味が有る、だが丁度良かった。領民の悲惨な状況を訴え助力を申し込む事が本人に出来る。本来ならお伺いを立てて連絡待ちだった。

 

「困ったな、目標設定が相当高くなりましたね。思った以上に領民の置かれた状況は酷いです、どこ迄出来るのやら……」

 

 更なる協力を僕から持ち掛ける事は容易い、ニーレンス公爵も要望を受け入れてくれるだろう。それだと内容は兎も角、僕からの願い事を叶えた事になる。

 これでは報酬を断って貸しを作ったのが無くなる、最悪それでも構わないのだが……

 

「そうだな、餓死寸前の連中も居た。反乱を企てた連中は、少ない食料をかき集め自分達は食べて力を蓄えてから挑んで来たんだ。

だから残された者達の罪は問わずとしたんだ、奴等の被害者は弱き者達だった」

 

「旧コトプス帝国の残党共は、そんな卑劣な事まで考えていたのですね。やはり奴等は許せない……」

 

 残された家族の食料まで奪って反乱を起こし鎮圧された、残された者を守る為の反乱なのにか?扇動者はどんな話をして彼等を破滅に導いたんだ?

 

「ふむ、先ずは食事にしよう。母とメディアも来ている、彼女達もリーンハルト殿と話すのを楽しみにしていたぞ」

 

 母って、リザレスク・ネルギス・フォン・ニーレンス様だよな?しかもメディア嬢まで連れて来たのか。また懇親会と言う名の一族総出の出迎えと歓迎じゃないよな?

 

「安心したまえ、滞在中に舞踏会等は開催しない。仕事を頼んでいるのだ、気疲れする様な事はしない」

 

 嫌だと顔に出ていたのか?軽く肩を叩かれて室内へと押しやられた、どうやら懇親会は無しみたいで助かる。

 


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