古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第419話

 やり難い、どうにもやり難くて困る。旧クリストハルト侯爵の領地の灌漑事業を手伝い初めて七日目、工事は順調に進み予定通りに2㎞の用水路は完成した。残りは堤防の3㎞だけだ。

 用水路には300m毎に水車と連動した石臼を設置した粉引き小屋、100m毎に水汲み場も用意した。溜め池の二ヶ所はこれからだ、一応自然の窪みを利用しているが浅い為に深く掘り下げる事にする。

 

「リーンハルト殿、溜め池周辺の伐採は完了だぞ。それと住居群と食料貯蔵倉庫群も完成だ、満載にすれば大規模飢饉にも耐えられるだろう」

 

「ニーレンス公爵、困ります。その様な雑務をなさらないで下さい!」

 

 何を思ったのか、ニーレンス公爵は毎日現場に来て指揮を執るのだが僕を立てるんだ。それが非常に困る、しかも僕は昼寝(魔力回復)が半義務化されて余計に困る。

 

 確かに魔力回復に必要な事だが、身分上位者を働かせて自分は屋敷に戻って昼寝だぞ!

 

 普通に恐縮してしまう、だがニーレンス公爵も楽しそうなので止めろと言うのも辛い。そもそも止めさせる権利が僕には無い、精々がお願いする位だ。

 

「領民の為に領主が働く、当然の事だろう?」

 

「正論ですね、何も言えません……」

 

「リーンハルト様の負けですわ。でもお父様も身体を動かしてお腹が空くのは分かりますが、最近は少し食べ過ぎですわ」

 

 ハッハッハッて和やかな父娘の会話だけど深窓の公爵令嬢が、短いとはいえ毎日現場に来るのも問題だ。

 日焼け止めの為にゴーレムに大きい日傘を持たせている、だが他の連中は見目麗しい令嬢が毎日来るので楽しくて仕方がないみたいだ。

 現にメルカッツ殿の弟子達も大歓迎だし、魔術師ギルド本部の若手魔術師達も嬉しそうにしている。辛く苦しい職場に華が欲しいって意味で諦めた、それに……

 

「有難う御座います、有難う御座います」

 

「ニーレンス公爵様、有難う御座います」

 

「本当に有難う御座います、私達は幸せです」

 

 ニーレンス公爵が通ると働いている農民達が平伏する、それこそ大地に額を擦り付ける位に頭を下げている。老婆達など拝んでいるよ……

 周辺から集まって来た農民達からも、ニーレンス公爵は崇められている。雲の上の貴人が自分達の為に働いてくれる、一時は罪人の家族で同罪とみなされ貧困と飢餓に喘いだ者達だ。

 自分達の生きる為に必要な農地を開墾してくれるのだ、感謝以外は無いだろう。

 しかも前領主のクリストハルト侯爵が酷すぎた、比較もされているから待遇の急激な向上は嬉しくて堪らないだろうな。

 

「英雄様、有難う御座います」

 

「本当に凄い魔法です、一週間で用水路が出来るなんて!」

 

「私達の罪が許されたのは、リーンハルト様のお蔭です」

 

 僕も拝まれている、残された人々は老人や女子供ばかりなのだが妙に年頃の女性ばかり集まる。リィナの件が間違って広まったらしく、僕の屋敷にメイドとして招かれるのがサクセスストーリーらしい。

 

 正直勘弁して欲しい……

 

 しかも凱旋の時と違い彼等と距離が近い、一方的に熱い視線を送られて感謝の言葉を言われる。悪い気はしないのだが僕は彼等の為に灌漑事業をしていない、あくまでも王命なんだ。

 

 今も老婆と幼い孫らしい女の子が目の前で一緒に拝んでいる、宗教的な感じがしてきたよ。

 悪気が無いのだろうが『英雄信仰』とか騒ぐ奴等も居る、王家や神々に喧嘩を売ってるみたいで嫌だ。

 

「お父様、リーンハルト様。昼食の用意が出来ていますわ」

 

「おお、そうか!確かに最近は食事が楽しくて仕方がないな」

 

「まぁ!先程も言いましたが、食べ過ぎは駄目ですわ。リーンハルト様からも言って下さい」

 

 和やかな父娘の会話だ、本来の公爵と公爵令嬢の会話ではない。食事の支度が出来たなど、伝えるのはメイドの仕事の範疇だ。

 

「いえ、その……健康的だと思いますよ?」

 

 集まった農民達にも炊き出しが出される、今までは食べる事にも困っていたのに三食を腹一杯に食べれるんだ。

 それだけでも幸せなのだろう、彼等の瞳には希望が満ち溢れている。

 

 だから……だから僕は当初の考えを捨てて全力で灌漑事業に協力している、彼等の為に手を抜くとか出来る訳がないんだよ。

 ノルマを達成して早々に王都に帰る考えは捨てた、堤防と用水路の範囲は申告通りに作るが他にも出来るだけの事はしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「参ったな、思った以上に快適な生活だ。しかも王宮内での仕事より充実感が有る、困ったな」

 

 ニーレンス公爵とリザレスク様、それとメディア嬢と四人で豪華な昼食を食べて食後の紅茶を楽しんだ後は昼寝の為に寝室に案内される。

 朝七時起床、朝食と身支度を整えて九時に現場に到着。自分のノルマの錬金を行いリネージュさんやメルカッツ殿の仕事を確認し、ライラックさんに資材発注等の確認を終えると午前中は終了。

 昼食後は寝室に通されて昼寝をし、四時位に起きて現場に行って錬金をする。

 夕食は七時、食後はニーレンス公爵達と歓談するが九時には解放される。

 歓談中も勧誘に関する事は全く無い、雑談だけだがニーレンス公爵は話題が豊富で飽きさせない。リザレスク様の昔話も面白い、若い頃のサリアリス様の武勇伝など中々聞けない貴重な話だ。

 僕とメディア嬢は専(もっぱ)ら聞き役だ、一度魔法絡みの事を熱く語ってしまいドン引きさせたから……

 

 滞在期間中に他の貴族連中との懇親会は無い、挨拶すらも一切の接触をニーレンス公爵が止めている。

 最初の頃は資機材援助とか色々と理由をつけては僕に会いに来た連中も居た、だが全てニーレンス公爵本人が追い払ってしまった。

 曰く仕事を頼んでいるのに、余計な気苦労を掛けさせる訳にはいかないそうだ……

 

 ゴロリとフカフカなベッドに横になる、流石に毎日昼寝をすると夜が眠れない。しかも本来は魔力は回復しなくても余力が有るんだ、だからベッドに横になり下級魔力石の仕込みをして時間を有効利用している。

 完成品は4126個と目標の5000個に届いていない、未だ二ヶ月近くは余裕が有るから大丈夫だが出来れば6000個は用意したい。

 昼寝の為にカーテンは閉められて薄暗く人避けもされて静かだ、厚待遇に申し訳なく感じる。不味いな、手伝いをしているのに借りを作ってる気分だ……

 

「リーンハルト様、起きる時間ですわ」

 

 ノックの後に声を掛けられる、メディア嬢まで僕の世話を焼いてくれる。家族での持て成しの為らしいが、あのプライドの高い公爵令嬢にメイドの仕事の真似事をさせているのも辛い。

 

「有難う御座います、もう起きてます」

 

 慌ててベッドから起き上がり手櫛で髪型を整える、外出着のまま寝ていたが着衣の乱れは無い。十秒と待たせず扉を開ける、外には笑顔のメディア嬢がメイド二人を従えて立っている。

 出来ればメイドに起こして欲しいが、前にお願いしても笑って断られた。何度もしつこく言うのは紳士じゃないから諦めた、実害は無いから。

 

「馬車の用意は出来ておりますわ」

 

「有難う御座います」

 

 一礼して玄関に向かおうと思ったが、通路の奥から執事が走って来た。慌てようが普通じゃないな、何か有ったな?

 僕にでなくメディア嬢に耳打ちした、話を聞いた彼女の顔は淑女にはあるまじき苦虫を纏めて噛み潰した感じだ。しかも舌打ちしたよね?

 

「招かれざる客が来たみたいです、リーンハルト様はお部屋で暫くお待ち下さい」

 

 丁寧に頭を下げたが、ニーレンス公爵の愛娘であるメディア嬢が困る程の相手だと?しかも嫌々感が凄いのは誰だ?

 

「あの、僕が対処した方が良いでしょうか?」

 

 ニーレンス公爵とリザレスク様は現場に居る、護衛役のエルフ族のファティ殿は何故か今回は不在だ。

 

「その様なお手間は掛けさせられませんわ、大丈夫です」

 

 執事やメイド達の困惑から思うに相手はニーレンス公爵一族の上位者だろう、親族にならあの対応も分かる。

 派閥の貴族達ではメディア嬢なら穏便に断れる、あの嫌悪感は……

 

「あら、メディアさん。リーンハルト様がお困りですわよ、はしたない事はお止めなさいな」

 

「これはバーバラ姉様にフェンディ姉様、お父様から自宅で大人しくしている様に言われていた筈ではありませんでしたか?」

 

 廊下の先から現れたのはメディア嬢の姉二人だ、前にリトルガーデンのパトロンとして絡んだ事が有る。悪い意味での典型的な、高飛車で自分本位のお嬢様達だ。

 高価そうなドレスに装飾品の数々、後ろに美形執事を控えさせている。まさに悪い意味での公爵令嬢様だな。

 

「エムデン王国で噂の忠臣、リーンハルト様の持て成しなら家族である私達も一緒ではなくて?」

 

「もう夕方ですし、出掛けるのではなく私達とお茶でも飲みませんか?色々とお話したい事が有りますの」

 

 あ、コレは駄目なパターンだな。何を言っても自分に良い方に受け取るタイプだよ、前に僕の事を見下していたのを忘れたのか?

 

「お初にお目にかかります、私はバーバラと申しますわ」

 

「私はフェンディと申します、宜しければ私達とお茶をご一緒しませんか?」

 

 凄い媚びを含んだ笑みを浮かべているが、彼女達の中では前に僕に会った事が無かった事になっている。わざとなら大した図々しさだが、多分だが本当に忘れているな……

 

 通路を塞ぐ様に並んで立っている、立場的にはメディア嬢の姉だから周りも強くは言えないのだろう。

我が儘そうだし諌めたら逆恨みされそうで怖いのだろう、腫れ物扱いされてるな。後ろの執事らしき青年も申し訳なさそうにしているし。

 

「以前に一度お会いしていますが、リーンハルト・フォン・バーレイです。バーバラ様、フェンディ様。申し訳有りませんが今は王命の最中です、直ぐに現場に向かわせて頂きます」

 

「あら?どこの舞踏会だったかしら?」

 

「最近だとカルステン侯爵の舞踏会かしら?」

 

 首を傾げたり人差し指を頬に当てたりしているが、本当に忘れられていたのか……

 

 カルステン侯爵って僕に敵対気味な奴だったな、グンター侯爵とカルステン侯爵、それにクリストハルト侯爵の三人は警戒する相手だ。

 まぁクリストハルト侯爵は没落一歩手前だから警戒度は低いが、それでも敵対派閥の舞踏会に呼ばれて行く訳がない。

 僕が新貴族男爵の時に兄であるレディセンス殿の模擬戦の相手だったと言っても思い出さないし、関係無いと思っているだろうな。

 つまり、この二人は見た目だけの中身はスカスカの阿呆だ。まともに対応すると斜め上の受け取り方をする、つまり自分の良い様に受け取るタイプだな。

 

「社交界の場でお会いした事は有りません、冒険者ギルド本部で貴女方の配下だった『リトルガーデン』と戦った相手ですよ。

申し訳有りませんが王命により、この地の灌漑事業に来ています。邪魔はなさらないで下さい。メディア様、行きましょう」

 

「はい、私のナイト様は何時も私を守ってくれますわね!」

 

 無闇に敵は作りたくはない、だが八方美人な対応をして勘違いされた方が被害が大きい。彼女達の事はニーレンス公爵に話せば解決だ、深窓の公爵令嬢だが親には逆らえない。

 メディア嬢の『私のナイト様設定』は未だ有効だったのか、立ち去る際に自慢気に笑いながら姉二人を見ていた。

 凄く悔しそうに睨んでいるが、何をしに来たんだろう?見えなくなってからメディア嬢に聞いてみた。

 

「王都で有名なリーンハルト様が気になっているみたいですわ、前に会った時に見下していた事など綺麗さっぱり忘れて素晴らしい殿方だと騒いでいる鳥頭のお馬鹿さん達です。

お父様から王都の屋敷で大人しくしている様に言われていたのですが、我慢が出来なかったみたいですわね」

 

 そう言いながら用意された馬車に一緒に乗って来た、まぁ一緒に居たくない気持ちも分かる。本当に僕の事を忘れていたのかよ!

 

「凄い姉二人ですね、強烈過ぎてお近づきにはなりたくない相手です」

 

「申し訳有りませんでした、お婆様とお父様に伝えておきます。夕方迄には追い返しておきます」

 

 恐縮して縮こまっているが、上級貴族の令嬢達の中の一割位はあんな感じだ。我が儘一杯に育っているから我慢する事を学ばない、周囲に叱れる者が親位しか居ないが上級貴族は育児を配下に任せる事が多い。

 

 だが世話役や子守り役は基本的には身分差の関係で怒らないし叱れない、それに上級貴族は子供が多いから後継者候補数人にしか愛情を注がない者もいる。

 不自由の無い生活、だが愛情は注がれないから成長時の人格形成には悪影響を受ける場合が多いと聞いた事が有る。

 僕は自分の子供達の教育には十分に注意するぞ、親の愛情を沢山受けた子供は必ず良い子に育つ筈だから……

 


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