古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第421話

 領主としての心構えを新たにしてから屋敷に帰ると、問題の二人はリザレスク様と共に王都に強制送還されていた。

 メディア嬢が申し訳なさそうに教えてくれたが、彼女達は噂の僕が妹であるメディア嬢とだけ縁が有るのが嫌だったそうだ。

 僕に興味は有ったが最大の理由は嫉妬、それも実の妹に向けたものだった。姉妹間での争い、父親と祖母に特別に溺愛されるメディア嬢が羨ましかった。

 動機は単純だが、単純故に拗らせると骨肉の争いに発展する。貴族として家族や親族は大切な仲間だが、同時に最大の敵でもある。

 相続争いなど日常茶飯事だし、僕だって親戚であるアルノルト子爵に殺されそうになった。

 

 ニーレンス公爵が『ゼロリックスの森』のエルフとメディア嬢の警護の契約をしているのは、彼女も思っている以上に危険な立ち位置に居るのかも知れない。

 魔法特化種族であるエルフ族でなければ対応出来ない敵、メディア嬢の油断を誘える敵。

 間違いなく身内に居るのだろう、ローラン公爵だって兄弟に殺されそうになったし相続争いは何時の時代も貴族の闇だよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、初めて堤防を錬金する日だ。残念ながら天気は良くない、どんよりとした厚く暗い雲が北の山脈の方から流れてきている。

 風も湿っているので昼前には雨になりそうだ、僕は短期間の錬金で済むが他の連中は雨が降りだしたら休みだろう。

 

 豪華な朝食後のお茶会で、ニーレンス公爵とメディア嬢と窓から空を見て今日の予定を相談する。

 雨が降れば作業は中止する方向で決まった、作業員に無理をさせれば風邪をひかせて作業効率が下がる。

 領民は馬車馬の様に働かせれば良い事ではないんだ、ニーレンス公爵が休みと判断すれば誰も文句は言えない。

 稀に領民を使い潰す奴等も居るが、ニーレンス公爵はそうではなかった。領民にとって良い領主なのだろう、だから彼の領地は発展しエムデン王国随一の資産を誇るんだ。

 反面、その財力を警戒したアウレール王に散財させる為に旧クリストハルト領を押し付けられた。この領地に投資する財貨が回収出来るのは相当先だろう、長く負担が続く筈だ……

 

「どうせ昼前には雨だ、リーンハルト殿も今日は休んだらどうだ?働き詰めだろう?」

 

「そうですわ、無理をさせる訳にはいきません」

 

 この二人には相当気遣われている、昨日身内が迷惑を掛けたから余計になのだろう。

 

「問題有りません、一時間も掛からずに魔力切れになるので雨が降る前には終わります。それに鍛練も兼ねていますから、魔力の大量消費は魔力総量の増加に関係します。

僕は寝る前にも上級魔力石に限界まで魔力を貯めています、日々の反復訓練は有効なのです」

 

 どんなに注意しても魔力を使えば魔術師には感知される、隠蔽は殆ど不可能なんだ。毎晩下級魔力石の加工をしているのは、内容は分からなくても同じ土属性魔術師のリザレスク様とメディア嬢は気付いている。

 だから分かり易い理由を伝えた、これで毎晩なにかやってる事の言い訳にはなるだろう。下級魔力石による簡易ゴーレム軍団の運用は、ニーレンス公爵にも内緒だ。

 

「サリアリス様が言う才能もそうだが、日々の努力を惜しまないからこその錬金術の精度なんだな」

 

「お恥ずかしながら私は魔力切れによる疲労が嫌なので、魔力を使い切る発想が有りませんでした。今夜にでも実践してみますわ」

 

 申し訳なさそうに、恥ずかしそうに彼女は言ったが、魔力総量の拡張に保有魔力を使い切るのって常識だよな?

 それを発想が無かっただと?何かメディア嬢と僕の常識との齟齬が有るのかな?

 

「急に目眩にも似た感覚が来ますから注意して下さい、そのギリギリの見極めが自分の魔力総量を理解する感覚を覚えます」

 

 公爵令嬢が私室で意識不明で気絶とか大変な騒ぎになるから注意しておく、下手したら外部からの襲撃だとか勘違いされる問題だぞ。

 ファティ殿ならその辺は詳しい筈だが今回は何故か同行していないんだよな。まぁ同行してたら確実に鍛練すると絡まれた筈だから良かったのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 雨が降ると言うのにニーレンス公爵もメディア嬢も現場に来た、水門と堤防の錬金が見たいらしい。

 断る必要もないので同行して貰った、だが最初は現地の地形や地質の調査から入るから暫くは待たせる事になるんだよな。

 手順としては先ず水門を作り用水路と繋げる、その後に水門の左右に堤防を錬金し伸ばしていく。

 水門は用水路の幅より大きい幅3m、深さは用水路の底と同じ1.5mとする。

 水門の開け閉めは溜め池の引き込み用の水門と同じく滑車と歯車を組み合わせにして人力で上げ下げ出来るようにする、開けた状態で固定し縄を切れば簡単に閉じる事が出来る。

 

 地縄が張ってある予定の場所に立つ、雄大なビルログ川だが引き込む場所は比較的緩やかな流れだ。

 だが大地と川との高低差が殆ど無い、だから氾濫した場合は周辺は全て水浸しになる。肥沃な土を運び込む代わりに全てを押し流す、堤防を作る代わりが土壌改良をする。

 足を地面に着けて魔力を浸透させる、川岸だけあり粘土質の重たい土だ。川岸手前5mに水門を作り用水路と繋げる、未だビルログ川とは繋げない。

 全体的に魔力を浸透させる、水門は地中深くまで基礎を作り上部構造体の重さで水圧に耐える自重式にする。地上の高さは3mだが基礎の深さは5mにする、台形にする事で更に耐力が上がるんだ。

 

「先ずは水門を作ります、これは溜め池と接続した水門と同じです」

 

 水門の枠を作り落とし扉を作る、その後に歯車を組み合わせた昇降装置を作る。これで水門は完成だが閉じた状態で固定する、この水門を開けるのは最終日だな。

 

「ふむ、完成か。毎回思うが早いな」

 

「私では不可能なのですが……何故立体的な造形を初めてでも錬金出来るのでしょうか?普通なら何度も錬金して慣れて初めて作れると思うのです」

 

 ニーレンス公爵は感心しているだけだが、同じ土属性魔術師であるメディア嬢は疑問に思ったか。錬金術の鍛練には色々な方法が有る、分かり易いのは……

 

「形状の把握はミニチュアを作る事です、魔力の消費を抑えて何回も作れます。拡大縮小も簡単ですよ、例えば……」

 

 足元に高さ30㎝の堤防を1mの長さで錬金する、地中に埋まる分も作るから合計で高さは80㎝になる。

 モコモコと横に伸びていくミニチュア堤防を面白いと喜んでくれた、ミニチュアで練習した事にするが実際は転生前に作った事が有るんだ。

 

「上部30㎝が実際に地上に出ている部分、下部50㎝が地中に埋まる部分。実際は上部は3mで下部は5mです」

 

「今回の為に事前に練習したのか?」

 

「王宮の書庫で関連する資料を探しました、図解しているものが有ったので参考にしたのです」

 

 これは本当だ、役に立つかと思い書庫を漁ったんだ。実際に堤防を図解した本が有った、知らないと思われるモノを錬金するのは無理が有るから。

 

「たゆまない努力か、リーンハルト殿は多才と思われがちだが努力型の天才なのだな」

 

「天才など過大評価です、さて錬金術談義は楽しいのですが雨が降り出しました。今日の作業は終わりにしましょう」

 

 見上げた空は雲が厚く覆い真っ暗だ、大粒の水滴は空から落ちてくる。直ぐに雨足は激しくなるだろう、水抜きが無い用水路と溜め池には水が貯まるので防水性の確認に丁度良い。

 

「ふむ、毎日が驚きの連続だな。だが王宮内で燻るよりは楽しいものだ、たまには現場に出るのも良いな」

 

 バンって軽く肩を叩かれた、公爵本人が気安い態度だと思うが悪い気はしない。

 ニーレンス公爵とは少し距離が詰まったのかもしれない、少し違うが東方の諺(ことわざ)に有る『同じ鍋の料理を食べた仲』かな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昨日の昼前から降り始めた雨は翌日になっても降り続いている、定期的に開拓した農地や用水路を見に行かせているが問題は無さそうで安心している。

 開墾し種を蒔いた大地にとっては恵みの雨らしい、降りは強くないし水捌けも良かったみたいだ。

 

 特にする事は無いのでジゼル嬢にアーシャ、イルメラとウィンディアに手紙を書く事にする。空間創造からレターセットとペンとインクを取り出し、執務机の上に並べる。

 フィオリオ殿に、部屋の内装も派手で下品な赤と金から落ち着いたアイボリー系に模様替えして貰った。

 クリストハルト侯爵と後継者の趣味らしいが、成金感丸出しな派手な内装だった。本来のクリストハルト侯爵家は歴史が有るのに、何故方向転換したんだ?

 

 窓に当たる雨粒は小さい、硝子に張り付き水滴となり窓枠に流れていく。雨の日に部屋に籠るのは好きだ、何故か雨音は落ち着くから……

 

 カリカリとペン先と紙が擦れる音が続く、内容は相手により変わる。

 ジゼル嬢には現状報告と進捗具合、ニーレンス公爵家とのやり取り。主に政治的内容と対策の問題。

 アーシャには領民の暮らしの向上についてだ、出発前に一番領民達を心配していたのが彼女だった。

 

 イルメラとウィンディア宛は少し工夫が必要、自分の屋敷の執事であるタイラント宛の中に混ぜる。これは僕が彼女達を大切に特別扱いしてるのを隠す為にだ、養子縁組が終わる迄は立場が弱いから。

 内容は寂しいとか甘えたいとか仕事関連は無いな、まぁ仕事上での相談は無いので来週中には帰れますと書いて締め括った。

 今週一杯は堤防の錬金で手一杯、来週の半ば迄にはその他の細かい錬金を終えて実際に水を用水路に流して様子を見る。

 手直しや改善点を探して問題が無ければ灌漑事業の依頼は達成、メルカッツ殿達はもう暫くは開墾の手伝いをして貰うか……

 

 全てを書き終える頃には雨は弱まり空も明るくなっている、雲の間から太陽が幾つも差し込んでいる。昼食を食べたら現場を確認しに行くか、雨水が流れ込んだ用水路が見たい。

 窓を見て午後の事を考えていたら部屋の扉がノックされたので客を招き入れる。

 

「はい、何ですか?」

 

「失礼します、リーンハルト様」

 

「ニーレンス公爵様とメディア様から、お茶会のお誘いですが宜しいでしょうか?」

 

 フィオリオ殿の愛娘の二人、シズ嬢とククリ嬢が呼びに来た。最初は僕専属だったが、ニーレンス公爵やメディア嬢も来た事で更に仕事が増えて大変そうだ。

 僅かな会話から姉のシズ嬢は十七歳、妹のククリ嬢は僕と同じ十四歳。因みに僕の方が二ヶ月年上だ、その事には驚いていた。もっと上と見たか、逆に年下だと思ったか問い詰めたい。

 

「喜んで参加させて貰うよ」

 

 書き終わった手紙に溶かした蝋燭を垂らして封をして家紋を押す、これをシズ嬢に渡して王都にある自分の屋敷に届ける様に頼んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ニーレンス公爵父娘とのお茶会は改装された応接室に招かれた、七つ有る応接室の二つが改装済みらしい。

 あの派手で下品な内装の応接室が実際に使っていたんだよな、招かれた方は困っただろう。僕ならスルーして話題にしない、口を開けば否定の言葉しか出ないと思うから……

 

「手紙を書かれていたそうだな、悪い事をしたかな?」

 

「丁度書き終わりシズ嬢に届ける様に頼んだ所です、午後は晴れそうなので現場に行って雨の影響が無いか確認してきます」

 

 気遣いばかりして貰うのも困る、味方寄りだが一定の距離は置きたい相手だ。

 ニーレンス公爵とメディア嬢の向かいに座り、暫くはメディア嬢の興味が有るオペラについての会話が続く。

 上級貴族ともなれば、王都で話題のオペラはチェックしておくべきらしい。全く興味が有りませんでは、貴族としての資質を問われるらしい。

 まぁ本来の資質は別物だと思うが、愛想笑いを浮かべて乗り切る。実際にオペラなど一回しか見てない、最初にザスキア公爵が僕をオペラを見に行きましょうと誘ったのも間違いでは無いんだな。

 

 話が一段落して全員の紅茶を入れ換えるタイミングで、前から気になっていた事を聞いてみる。

 

「実は先日セラス王女の案内でマジックアイテムに関連する宝物庫を案内して貰った時に、アーバレスト伯爵から買い取った代々伝わる家宝の宝玉を見せて貰いました。コレと同じ物です」

 

 そう言ってから空間創造からツインドラゴンの腹の中に入っていた宝玉の一つをテーブルに置く。

 

「ほぅ、見事な宝玉だな。代々伝わるとは歴史有る言い回しだが知らなかったぞ」

 

「凄い魔力を感じますわ、これ程の宝玉は私も見た事が有りません」

 

 ニーレンス公爵が手に取って色々と調べた後に、メディア嬢に渡した。メディア嬢は魔術師らしく色々と鑑定しているが調べきれなかったのだろう。

 諦めて僕に手渡して来た、欲しいとか譲ってくれとか言わないのは流石だな。

 

「これは僕が今回デスバレーで倒したツインドラゴンの胃の中から見つけた物です。前回は気付きませんでしたが同じ物が有ったと思います」

 

 この言葉だけでニーレンス公爵は察したな、目付きが変わった。彼は前回エムデン王国に引き渡したツインドラゴンの処理の経緯を知っているのだろう。

 そこで考えた筈だ、アーバレスト伯爵が所有していた代々伝わる家宝、普通ならこれ程の宝玉なら自慢するだろう。

 だが急に大切な家宝をセラス王女に譲った、そして今回のツインドラゴンのオークションで相場以上の金額を投じて落札した……

 

「なる程な、アーバレストの奴がオークションで頑張った理由がコレか?」

 

「確証は有りませんが、あまりにもセラス王女が自慢していたので。頭の隅に置いておいて下さい。この宝玉は差し上げます」

 

「不正とは言わないが国家が買い取ったツインドラゴンの腹から出る宝玉を何故持っていたか?そして異常な迄に今回のツインドラゴンを買い求めたか?

リーンハルト殿には迷惑を掛けない様にする、有ると思った宝玉が無ければ怪しむし逆恨みするかも知れないからな」

 

 黙って頭を下げる、僕の気にしていた問題を理解してくれた。確かに有ると思って大金を投じたのに僕が独り占めしました的に恨まれるのが嫌だったんだ。

 アーバレスト伯爵と仲間達はニーレンス公爵が抑えてくれる、これで灌漑事業を無償で手伝っても有り余るメリットが出たな。結果的にはプラスに働いたので良かった。

 


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