古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第422話

 ニーレンス公爵にアーバレスト伯爵のツインドラゴンの宝玉絡みについて話した、予測の段階だが入手困難な宝玉を手に入れた経路を調べれば色々分かるだろう。

 別に王国の財産の着服とか罪を問う訳ではないが、ツインドラゴンの腹の中に宝玉が有ると思って高額入札したのに無かったんだ。

 僕に対する逆恨みや証拠隠滅・口封じを回避する為に彼等の派閥のtopに教えただけだ、これでニーレンス公爵が悪い様にはしないだろう。

 

 見本として見せたツインドラゴンの宝玉は、そのままニーレンス公爵に進呈した。

 メディア嬢が欲しがったが、流石に王家にも十個しか無い宝玉を持っていれば入手先を邪推されるのも不味い。

 誰の目にも触れずに死蔵されるだろう、僕も宝玉だとは分からない様に加工してから世に出すつもりだ。

 

 証拠は必要だし僕は未だ二百個近く持っている、サイズも宝物庫で見せて貰った物と同じにした。

 ニーレンス公爵は昨日は娘二人が、今日は派閥の連中が仕出かした事に半分切れていた。無理に笑顔を浮かべていたので、申し訳無い気持ちで一杯になってしまった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二日間続いた雨の被害は殆ど無かった、用水路にも20㎝位水が溜まった程度だ。水門にも被害は無いが、ビルログ川の水位は10㎝位は高くなっている。

 上流から肥沃な土が流れ込んだのか茶色い濁流となっている、農業用水としては使えるが飲料水には適さない。

 清流を好む魚は住まないから鯰(なまず)や鮒(ふな)が主流らしい、あと精力増強のスッポンが捕獲出来るそうだ。

 確かにスッポンが目の前を長閑に泳ぐ姿も見るし、領民が捕獲しているのも見た。現金収入を得る限られた手段なのだろう、全ては領主に納品され自由に売買は出来ないそうだが……

 

 珍味で滋養強壮に優れた高級食材らしいが、側室や妾の家で出された場合は『私は貴方に満足させて貰ってません!』と言う痛烈な皮肉らしい。

 

「嫌な食材だな、『早く子供が欲しいです!』と催促にも使われてそうで嫌だ」

 

「スッポンを見て叫ぶとは、どうなされました?未だ若いリーンハルト殿には不要でしょう」

 

「メルカッツ殿ですか、脅かさないで下さい。ただ珍味で滋養強壮に優れるとは言いますが殆ど精力増強が目的じゃないですか?生血を飲んだり肝を生で食したりと本当に効果が有るのか疑問なのです」

 

 そう、スッポンは生きたまま調理される。首を刎ねて吹き出た血を強い酒で割って飲む、取り出した肝を生で食べる。そこ迄して世継ぎを作らなければならない貴族の男は、種馬と変わらないと思うんだ。

 

「男って奴は何時までも現役でいたいのです、俺も定期的に食べてますが効果は絶大ですぞ。リーンハルト殿も何事も経験ですし、一緒にどうですか?アーシャ様が喜びますぞ、いや困るかもしれませんな」

 

 久し振りに見た、親指を人差し指と中指の間から突き出すジェスチャー。良くデオドラ男爵がやって、女性陣から白い目で見られてたな……

 

「拒否します!」

 

「そうですな、未だ不要ですな」

 

 笑いながら肩を叩かれたが、僕は一応仕えし主ですよ!下ネタ話を振るのは自重して下さい。

 

 だが武芸者であるメルカッツ殿も定期的に食べるとなれば、精力増強の他に滋養強壮の効果も有るのか?

 どうにも怪しげで胡散臭い食べ物だから敬遠していたんだ、肉もブニブニしているし本当に旨いのか疑問だし。

 一度は試してはみたいが、イルメラ達にスッポンが食べたいとか言ったら最悪な誤解をされそうで嫌だ!

 

『リーンハルト様、今夜は私達を求めてますか?』とか『初めてでイルメラさんと一緒に三人で?でもリーンハルト君が望むなら……』とか言い出す可能性が高い。

 

 話題を変えよう、もうスッポンの話はしないし聞かない。

 

「開墾した畑に被害は有りましたか?」

 

「問題有りませんぞ。水捌けも良いし水が溜まった場所は水道(みずみち)を作り抜いています、二日間ほど天日に当たれば大丈夫でしょう。種を撒いた場所も問題無さそうです、直ぐに芽を生やすでしょう」

 

 そうか、しかし自然とは戦うには厳しい相手だな。農民の厳しい生活の一部を垣間見た感じだ……

 

「我々もリネージュ殿も今日は休みます、濡れた農地に入ってもグチャグチャに掻き回すだけですからな」

 

「分かりました、僕はノルマの堤防を錬金してから帰ります。ああ、そうだ!ここの領民の若い娘達と仲良くなるのは構いませんが、ちゃんと責任は取れと皆さんに伝えて下さい」

 

「む、当然です。弄ぶ事はしません、安心して下さい」

 

 妙に真剣なメルカッツ殿を見て不思議に思うが、配下の元門下生の連中の行動には気を付けているのだろう。既に何人かは深い男女関係になっているのかも知れない、だから真剣なんだな。

 

「この件はメルカッツ殿に任せます、不義を働かない様にお願いします」

 

「お任せ下さい、責任を持って対処致します」

 

 深々と頭を下げるメルカッツ殿を見て安心した、この件については問題は解決した。あとは自分のノルマを果たせば良いだけだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一度雨で休みになった後は天候に恵まれ、順調に堤防を錬金し続ける事が出来た。

 初日は300m、翌日からは午前中400m午後に200mと進み全長3㎞の堤防も五日間で2㎞700mと六日目には300mを残すのみとなった。

 予定より大分早い進捗率だが、主にニーレンス公爵の配慮が有ったからこその成果だ。

 他の貴族達の接触を全て断ってくれた事、昼寝までさせて貰い魔力を回復出来た事が良かった。

 だが流石に全てを断ったままで王都に帰るのは付き合い方の良し悪しでは悪い方に取られるな、王都に帰ったらニーレンス公爵主宰の舞踏会にでも参加するか。

 派閥連中の不満を解消しないと逆恨みされて『貴族の付き合い方も知らない小僧』とか陰口を叩かれるかもしれない。

 面倒臭いが貴族とはそういう生き物だ、否定し我を通すのは無意味。敵対すれば遠慮はしないが、無闇に敵を作れるほど僕は未だ強くない。

 

 王命の最中は仕事の邪魔だからと断れる、だがノルマを達成した後で王都に帰れば断れない。貴族の付き合いは派閥の維持に必要だ、後でニーレンス公爵に相談しておく必要が有るな。

 立場上、ニーレンス公爵も王命を受けた宮廷魔術師第二席の僕を独占して終了とは言えないだろう。さてどうするか、どう話を切り出すか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 用水路で七日・水門で一日・雨天休み一日・堤防で六日、合計で十五日。そして明日は最終日となる十六日目、当初の予定通り約半月でノルマを達成出来るだろう。

 明日が最後なのは皆が分かっている、半日で終わるので明後日の朝には王都に発つ事が出来る。メルカッツ殿達とライラックさん達、それにリネージュさん達は未だ十日間は残りそうだ。

 魔術師ギルド本部には、ニーレンス公爵から延長か再契約の話が行くだろう。セイン殿達だって最後迄は居られない、宮廷魔術師団員だからノルマを達成すれば速やかに王都に帰る必要が有る。

 僕が帰るならば、ニーレンス公爵も王都に帰るだろう。元々は歓待か取り込みが目的で滞在していたんだ、陣頭指揮をしたのは凄いが最後まで残る必要は無い。

 

 夕食の席ではマナー重視なので会話は少ない、だが食後はマナーは関係無い。今回は紅茶じゃなくてワインが配られた、メディア嬢は飲み過ぎ注意だぞ!

 

「明日で最後となるな、リーンハルト殿はノルマを達成し王都に帰る事になる。既にアウレール王には報告済みだ」

 

「予定の倍は早いです、流石はリーンハルト様ですわ」

 

 引き留め工作は無し、既にアウレール王にも報告済みか。ならば明後日には王都に帰らなければならない、延期や寄り道は不可能だな。

 

「昼寝による魔力の回復分が当初の予定より早く達成出来た要因でしょう。明日で僕のノルマは完了です、有難う御座いました」

 

 労りの言葉に礼を述べて頭を下げる、これで三つ目の王命も達成出来た。喜ばしい事だし結婚式に行く迄に、約一ヶ月の猶予が出来た。

 ワイングラスが配られ、グルゴーニュ産の十五年物の赤ワインをシズ嬢が注いでくれる。

 

「乾杯、リーンハルト殿の素晴らしい成果に対して!」

 

 ニーレンス公爵が軽くワイングラスを持ち上げて祝いの言葉を言ってくれた。

 

「乾杯、新しき農地にモアの神の祝福を!」

 

 この新しい領地と領民の幸せな未来に希望を込めてワイングラスを掲げる。

 一口含めば渋めで重いが深い味わいの有る良いワインだと分かる、しかも十五年物は豊作の年で歴代でも最高品質と評価の高いワインだ。

 一本金貨五百枚以上からのオークションでしか入手不可能なプレミアワインだ、これを日常で飲ませるとは流石はニーレンス公爵だな。

 暫くは他愛無い会話で盛り上がる、途中から王都から帰って来たリザネクス様も参加し幼少の頃のローラン公爵やザスキア公爵の話を聞かせて貰った。

 幼少の頃のザスキア公爵はお転婆で御忍びで何度も街に繰り出したとか、ローラン公爵は十歳で既に体重が80㎏を越えていた大食漢だったとか……

 

 当人達には聞けない話を色々と教えて貰えた、他の人には話せない墓場まで持って行く内容だけどね。

 

「半月の滞在中に何人か、ニーレンス公爵の知人が訪ねて来たと思いますが……」

 

「ん?ああ、大した用事も無い連中だ。リーンハルト殿が気にする必要は無いぞ」

 

 右手を何か追い払う様に左右に振ったが、本当に気にしなくて良い連中なのかな?

 派閥topの公爵とはいえ配下には従来貴族の伯爵や子爵達も多い、そんなに自由に振る舞っても大丈夫なのかな?

 

 ワイングラスを口に付けたままで考え込んでしまった、この熟考の癖は本当に直らないな。気持ちを切り替える為にワインを一気に飲む、気管に入り少し咳き込んでしまった……

 

「いくらエムデン王国で一番の酒豪とはいえ飲み過ぎには注意だ、気に入ったのならワインは進呈するぞ」

 

「王家主宰の舞踏会で並み居る自称酒豪達を全員負かし、王宮侍女を侍らせていた。リーンハルト様は若い貴族達の嫉妬と憧れを一身に集めていますわ」

 

 貴族社会の最下位である新貴族男爵の長子から、宮廷魔術師第二席の侯爵待遇の伯爵まで上り詰めた事に対しての嫉妬。

 単純に超脳筋武闘派集団、バーナム伯爵の派閥No.4という強さに対する憧れ。どちらも間違いでは無いし理解も出来る、だが納得出来るかは別問題だ。

 

「ニーレンス公爵に半月もお世話になって何も催しに参加しないのは後々問題になるでしょう、幸いですが一ヶ月間は王都に居られる余裕が出来ました」

 

「ふむ、我が派閥の舞踏会に参加してくれると?」

 

 黙って頷く、参加してやるとか上から目線で嫌だがニーレンス公爵だけ僕が主宰する何かに呼ぶのも問題だ。呼ぶなら人数に制限が有るが、呼ばれるなら先方の自由に人数を調整出来る。

 

「私の主宰のお茶会や音楽会にも参加して下さい!」

 

 おっと?メディア嬢が勢い良くお願いしてきたが、淑女なのですから落ち着いて下さい。

 

「お茶会は構いませんが音楽会は辞退します、ロンメール様と違い僕には音楽的な才能は無いのです。恥を掻かない程度には練習しますが、今は時間が惜しいのです」

 

 キラキラしていた表情が曇る、だが三百年前の曲をロンメール様に聞かせた事は迂闊だと思っている。今更だが避けられる危険は避けた方が良い、この事はレティシアにも相談だな。

 

「なんとも勿体無いですな、ロンメール様はリーンハルト殿のバイオリンを誉めていましたぞ。曰く魅せる為の演奏で技術の高さは目を見張るモノが有ると、芸術家肌の強い彼が絶賛するのは珍しいのだ」

 

「ロンメール様は本物の天才です、僕も一度演奏を聞きましたが頭から離れません。まさに芸術的な演奏でした……」

 

 王家の闇、王位継承権第一位は有能、第二位は品行方正で人畜無害、第三位は謀反を企む奴等を引き寄せる餌としての役目を持つ。

 だが縁が出来たしモリエスティ侯爵夫人絡みもある、何度か音楽会には呼ばれるだろう。だから貴重な時間を割いて現代のバイオリン曲を練習している、興味が薄い事の鍛練は非常に辛いんだ。

 

 


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