古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第424話

 ニーレンス公爵の灌漑事業の手伝いを終えた、半月たらずだが毎日結構な魔力を消費し錬金を続けた事により結構な量の経験値が貯まったみたいだ。

 最後の最後で派閥を構成する連中とささやかな(実際は盛大な)宴にて交流を深めた、拒絶ばかりでは無意味な事も理解した。

 彼等は貴族的常識に則り、僕の側室が少ないと考えて自分の娘達を紹介してきた。令嬢達も実家の存続と繁栄の為に僕に絡んでくる、断る事は簡単だが何れ認識の差による問題が起こる事は予測出来るようになった。

 今の立場で自分の恋愛感情を何処まで押し通せるかが問題だ、ウィンディアはバーナム伯爵の養女になれば伯爵令嬢だがバーナム伯爵の血は継いでいない。

 イルメラもライル団長の養女になるが同様だ、ニールは一度没落し騎士として返り咲いた。

 

 其処を突いて来る連中の言い分は尊き血筋だ。

 

 高貴なる我等貴族の尊き血を子孫に継がせる事が何より大切らしい、だが僕も実母はモア教の司祭だったが平民階級だった。

 その僕の妻達は男爵令嬢や平民階級、そんな一族がエムデン王国の中心近くに居れば認められない連中は居るだろう。

 

「思っていた以上に甘い考えだった、今までが上手く行き過ぎていただけだった。これからの対応が大切なんだが……」

 

 一人だけで馬車に乗っていると考え過ぎてしまうし独り言も多くなる、だが寝るか考えるか位しか時間を潰す手段が無い。

 ニーレンス公爵の用意してくれた豪華な馬車に乗り王都に到着した時には夜も更けていた、明日一番に王宮に向かいアウレール王に帰還の報告をする事にして自分の屋敷に向かう。

 

「半月振りか、連絡を入れる暇が無かったな……」

 

 自分の屋敷の正門前には警備兵が二人、真面目に仕事をしている。深夜に見慣れない馬車が近付けば警戒するよな、流石に武器に手を乗せてはいないが対処出来る位置で馬車を停めさせた。

 

「此処は宮廷魔術師第二席、リーンハルト様の御屋敷だ。このような深夜に何か用か?」

 

 中々仕事に忠実だ、ニールとメルカッツ殿は良い教育をしている。馬車の窓を開けて警備兵に顔を見せる。

 

「僕だ、急いでいたので連絡が無くて済まない」

 

 手配忘れで連絡を入れ忘れたんだ、本来ならもう一泊だったが無理して帰って来たから……

 

「はっ!お館様、失礼しました。おい、開門だ」

 

 右手を握って胸に当てるのは軍隊式の敬礼だ、ウチってそんな事をしてたかな?

 

「了解、開門します!」

 

 何だろう?機敏な動きと連携だが軍隊っぽくないかな?ニール達は彼等を扱き過ぎたのか?

 妙に連携し機敏に動く警備兵達に見送られて敷地内に入る、慌ただしく部屋の灯りが点きだしたな。

 

「「お帰りなさいませ、旦那様」」

 

 メイド長のサラとリィナが出迎えてくれた。二人共に冷え込んでいるからショールを羽織っているが、きっちりとメイド服を着ているのは慌てて起きた感じじゃない。

 既に日付が変わる時間帯だが、こんなに遅くまで働いているのか?人員が足りないのなら増やさなければ駄目だな。

 

「ただいまサラ、それにリィナも。二人共に遅くまで仕事をしていたのかい?」

 

「丁度屋敷内の見回り中でした」

 

 見回り?不審者は塀を越えた時点で発見し迎撃出来るだけの準備はしてあるのだが……

 いや、メイド達ならば屋敷内の細々した部分の確認かな?最近手に入れて殆ど住んでいない屋敷だが、やはり我が家に帰って来たという感じはする。

 

「軽く食事をなされますか?それともお風呂の方が先でしょうか?」

 

「食事は要らない、風呂に入って直ぐに寝たいかな。皆を起こすのは悪いから、僕が帰って来た事は明日の朝に教えてくれ。あと明日は王宮に行くから七時に起こして欲しい、頼んだよ」

 

 一応アーシャと寝室は同じだが僕専用の寝室も有る……これはアレだ、タイラントが気を利かせて他の女性を寝室に招く為にだな。

 

「承(うけたまわ)りました、では直ぐに入浴の用意を致します。リィナ、任せました」

 

「はっ、はい。分かりました!」

 

 真っ赤になって慌てるリィナを見て悪い予感がした、まさかとは思うが背中を流しますとか勘違いはしてないよな?

 

「やっぱり眠いから風呂は明日の朝に入るよ、僕専用の寝室の方に着替えだけ用意してくれないか。それと二人も早く寝るんだよ」

 

「わ、分かりました」

 

 ふむ、あからさまに安心したみたいだから、サラの命令を間違って受け取ったな。ウチは風呂専用のメイドは居ない、正確にはアーシャには居るが僕には居ないし要らない。

 家の風呂くらい一人でゆっくり入りたい、東方の諺(ことわざ)で風呂は心の洗濯と言うが手伝いが居るのは僕にとって苦行だよ。

 

「暫くは王都に居るから、土産話は明日以降でゆっくり出来る。サラやリィナにも土産は買ってあるから楽しみにしてくれ」

 

「「有り難う御座います。お休みなさいませ、旦那様」」

 

 実際は土産など買ってはいない、復興中の領地に貴族が求める品質の土産などという贅沢品は無い、僕が錬金したマジックアイテムを配るだけだ。

 僕の家紋を施し警備兵達には筋力と体力をupし、それ以外は防御と俊敏さをupする魔力付加を施したブレスレットを渡す。

 これには警備のゴーレム達に間違われて襲われない為の味方の認識票を含んでいる、後は身元保証だな。

 自分の寝室に辿り着いたのでローブと上着を脱いでベッドに潜り込む、今は無性に眠たかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何故だろう?寝苦しいし身体も動かない、それに身体も重いし息苦しい。

 

 唯一動く瞼を開いて見れば薄暗い室内と天井が見える、カーテンの隙間から太陽光が差し込まないから日の出前か……

 両手が動かず両足も動かない、これって巷(ちまた)で噂に聞いた金縛りって奴だな。

 何故なら自分に干渉する魔力を感知しないのは毒や麻痺にやられた訳じゃない、僕は完全解放された空間創造から100%レジストする装備を身に付けている。

 最後の可能性は病気だが兆候は全く無かった、疲れが溜まっていたが深刻な程じゃない。

 

「あれ?この嗅ぎ慣れた懐かしく強く求めた匂いは……」

 

「リーンハルトさまぁ!」

 

「うーん、リーンハルトくん!」

 

 左右からイルメラとウィンディアが僕の腕を抱き締めてお互いの脚も絡めている、頭を胸の上に乗せているから重くて息苦しかったのか。

 彼女達はこの屋敷の全ての防衛装置も設備も発動しないフリー権限を与えている、それに寝る前に部屋に鍵を掛けてないから立ち入りは自由だった。

 

 認識すれば両手両足に絡む温かさと柔らかさがだな、エラい事になっているぞ!

 

「あの……イルメラさん?ウィンディア、起きてくれないかな?嬉しいけど少しだけ苦しいんだ」

 

 囁くように頼むが余計に力を入れられ更に密着して拘束されたぞ、まさか狸寝入りか?

 

「仕方無いよね?」

 

 かろうじて動く指を動かして彼女達の脇腹を擽ると、可愛い声をあげて拘束を解いてくれた。

 

「リーンハルト様?触り方が少し、その……」

 

「凄くエッチな触り方だったよ、嫌じゃないけど急にだと驚くよ!」

 

 一旦離れてくれたが再度抱き付かれた、両腕を回して二人を抱き寄せる。控え目な二人の体臭を胸一杯に吸い込む、半月振りのミルクと柑橘系の匂いだ。

 

「二人がベッドに潜り込んできたのが分からなかったよ、帰って来たのを黙ってたのは悪かった。でも遅かったから寝ているのを起こしたくなかったんだ」

 

 何故二人が僕が帰って来たのを知ったのかは分からない、リィナが教えたのか別な方法か?だが側室のアーシャには知らされていない、これは秘密にするべきだ。

 

「私達、リィナさんと同室なんです。エレさんを含めて四人部屋だから、見回りを終えたリィナさんが教えてくれました」

 

「え?個室か二人部屋だろ?」

 

 イルメラとウィンディアは古参の信頼する仲間だ、四人部屋なんて大部屋に押し込まれているのは納得しない。個室か最悪でも二人部屋だろう、何故だ?

 

「最初は個室でって話だったけど、断ったんです」

 

「だって広すぎて落ち着かないんだもん!それに八人部屋を四人で使っているから凄く広いんだよ」

 

 暗くて表情は分からないが、僕の声質に怒りが混ざっていたのを感じたのかフォローしてくれる。不都合は無いのだろうが、有力貴族の養女となり僕に嫁ぐんだぞ。

 そして僕の怒りを和らげる為に胸を腕に押し付けるのは止めて下さい 怒りというか理不尽な待遇の悪さを問題に……駄目だ、禁欲生活が長かったから思考が桃色にだな。

 

「そのだな、二人が慎ましい部屋に居るのは他の使用人達に示しがつかないと思えないか?」

 

 元々が清貧なモア教の僧侶のイルメラ、明るいが倹約家のウィンディア。彼女達も急な待遇改善に困る口だよな、理由は痛くない腹をさぐられるから。

 

「リーンハルト君に似合うかって事?でも無駄に浪費したり派手なのは嫌なんだもん!」

 

「うん、分かってた。僕も身分相応とか無茶振りされたから……今は良いよ、その気持ちは気高くて嬉しい。

でも僕は君達二人に養子縁組を押し付けて貴族令嬢にしようとしている、贅沢を贅沢と思わない連中にしようとしているんだ。それだけは理解しておいて欲しい、お願いだ」

 

 何かを言おうとした二人を強く抱き締める、謝罪の言葉を言わせたくない。謝るのは二人じゃない、僕の我が儘のせいなんだ。

 そのまま無言で抱き合う、どれ位の時間が経ったか分からない。だが全然寝れなかった、この両手に感じる幸せをずっと味わいたかったんだ。

 

「リーンハルト様」

 

「ん?何だい?」

 

 幸せだ、だがもう少ししたら鶏が鳴き出す。残りの時間は少ないだろう……

 

「もし、もしも私達が邪魔になったら言って下さい。私達はリーンハルト様の出世の邪魔にはなりたくないのです」

 

「もう一杯幸せを貰ったもん、十分だよ」

 

 不安か?不安にさせているのか?僕が彼女達を不安にさせたのか?

 

「僕がイルメラとウィンディアを不要になる事などない、逆に僕に愛想を尽かされても執拗に追い掛けるよ、逃がすつもりは全く無いんだ」

 

 最低の粘着未練男だと自白した、だが覚悟は言わねばならない。

 

「リーンハルト様は魔法馬鹿で歯止めが利かないのですよね?」

 

「独占欲が強く我が儘なんですよね?」

 

「そうだよ、魔法馬鹿で独占欲が強く我が儘で我慢強くないんだ。自分の幸せの為になら、どんな事でもする迷惑野郎だよ。だから二人は逃がさない、絶対だ」

 

 この二人は僕の為にならと内緒で身を引く位はする、だが僕は認めないし納得しない。元々は二人と幸せになる為に紆余曲折はあるが魔術師の頂点を目指したんだ、今更遠慮なんかしない。

 

 だが根回しや工作は必要だし実行する、後は盤石な政治的立場を固める事だな。周囲から余計な口出しを潰せるだけの地位と権力と実績が必要、幸いだがそれらを積み上げられる環境は整っているな……

 

「む、一番鳥が鳴いたね」

 

 二人を抱き締めたまま考え事をしていたが鶏が起き出して鳴き始めた、そろそろ使用人達が起き出して仕事を始める。二人を部屋に帰さなくては駄目な時間だ。

 

「あれはナイチンゲール(夜鳴き鳥)です」

 

 そう言って僕の腕に頬を擦り付けてくる、まだ朝には早いって可愛い我が儘だがナイチンゲールは夕暮れ時と明け方に鳴くんだ。

 ウグイスに似た鳴き声だからニワトリと間違えるのは不可能だよ……

 

「残念だけど部屋に戻って、今は公には出来ないけれど直ぐに二人の立場を固めるから」

 

 イルメラとウィンディアの額に軽く唇を押し付ける、今は唯一の側室はアーシャで彼女達は僕の配下なんだ。ここで無理強いするのは愚か者の行動なのだが、やっている事は浮気だよな。

 人目を気にしながら寝室を出て行く二人の後ろ姿を見ながら、客観的に見れば最低の浮気者だと再認識した。今更だから気にしない、僕は絶対に彼女達と幸せに暮らすんだ!

 

 その為になら旧コトプス帝国・ウルム王国・バーリンゲン王国だって潰してみせる、全盛時の八割の力を取り戻したんだ。

 魔導師団こそ配下に居ないが魔法技術が衰退した現代なら、勝ち残る事は不可能じゃない。

 

「まだ五時前だ、二時間位は寝れるかな?」

 

 二人の匂いと温かさが残った毛布をかき寄せて被る、良い夢が見れそうだ……

 


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