古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第426話

 バセット公爵がヘルクレス伯爵との関係改善に動いた、疎遠になる相手から更なる詫びなど不要だ。

 この件は既に貴族院にも話が通り、ウィドゥ子爵家は貴族としては最悪な不名誉印を刻まれた。

 ウィドゥ子爵本人と息子のシュターズ殿が平民に殺されたのだ、名誉挽回に動くも貴族殺しの犯人は僕が倒した。

 身分上位者に尻拭いをさせたし、敵討ちも出来なかった。何よりアウレール王の気持ちを汲めない行動は、貴族院に大きなマイナスイメージを与えた……

 

 最低限貴族としての身分は認められたが子爵位は没収された、余程の事をしなければ名誉挽回も汚名返上も不可能だ。

 協力する者も居ないので単独で行わなければならないから余計に厳しいだろう。

 

 ヘルクレス伯爵には特に責任は追及されなかった、当事者の一人でもあるシアン嬢だがシュターズ殿の無謀な行いの被害者的な立場になっている。

 しかも本人は自粛中として家に籠もり、舞踏会等の催しには参加を見合わせている責任感の強い淑女扱いだ。

 もう一度彼女を社交界に呼び戻すには切欠が必要、それには当事者である僕が動く事が周囲を納得させられる。

 僕がシアン嬢をエスコートして舞踏会に参加すれば、晴れて彼女は社交界に復帰出来るだろう。

 ヘルクレス伯爵家も僕との確執など無いとアピール出来る、だが僕には何もメリットが無い。哀れな淑女を再び社交界に呼び戻すだけだ、一部のバセット公爵派閥の連中から賞賛される程度だな。

 

「ヘルクレス伯爵とシアン嬢には何も気にしてないと伝えて下さい、親書に認(したた)めた通りです。

伯爵が無闇に何度も頭を下げるのは良くないです、余計な軋轢を生み出しますからお互いに不利益でしょう」

 

「そうだな、だが周囲には分かり易い和解方法だと思わないか?」

 

 粘るな、このまま敵対されては困るって事か?他にも何か有るのか?だが断り続ける事はバセット公爵の面子を潰す、長い目で見れば悪手だ。

 だが易々とバセット公爵派閥の舞踏会に出席など出来ない、彼の屋敷に訪問する事も難しい。

 簡単なのは僕が舞踏会を主催し、ヘルクレス伯爵とシアン嬢を招く事だ。ならば接触は最低限で済む、多数の招待客の一人としての扱いだからだ。他から邪推されずに済むのだが……

 

 だが未だ使用人の数も少なく自分の屋敷で舞踏会を催すのには不安が有る、やはり何処かの舞踏会に誘われるしかないか。

 

「当人同士で和解は成立しています、ですがバセット公爵が気にされるのでしたら我が家でのお茶会にでも誘いましょうか?」

 

 舞踏会は無理でもお茶会ならば可能だ、呼ぶ人数にも制限が掛けられる。悪いがバセット公爵の派閥の舞踏会には極力参加したくないのが本音だな。

 

「お茶会か?少し弱いな、もう少し他者にアピールできるのが望ましい」

 

 望ましいって……

 

 僕はバセット公爵やヘルクレス伯爵と仲良くなるつもりは無いのだが?自分の都合良く考えるのは悪い癖だぞ、だがこれ以上時間を掛けるのは無理か。

 断り辛い状況でのお願いという名の強制、焦る気持ちも分かるが無理強いは余計に敵対心を煽るだけだぞ。

 

「近々ですとニーレンス公爵の舞踏会には呼ばれています、話は通しておきますのでシアン嬢をエスコートして参加しましょうか?」

 

 バセット公爵主催の舞踏会なら参加しない、ニーレンス公爵主催の舞踏会なら問題は少ない。責任を感じて引き籠もっているシアン嬢を社交界に呼び戻す為にと、事前に説明して話を広めておけば問題は少ない筈だ。

 

「む、ニーレンス公爵のか?」

 

「はい、今回の王命達成の祝いの舞踏会です。社交界に復帰するのに相応しいでしょう、ニーレンス公爵には僕からお願いしておきます」

 

 バセット公爵に貸しを作る為に、ニーレンス公爵に借りを作る。デメリットの方が大きいが今は敵対したくない、妥協は必要だ。

 

「そうか、世話を掛けるが宜しく頼んだぞ」

 

 頼んだぞか……

 

 相変わらず上から目線だよな、やはりバセット公爵とは合わない。シアン嬢とは適当に話を合わせておけば良い、一曲ダンスを踊れば完璧だな。

 後は勝手に紳士淑女達が集まって噂の彼女を祝福するだろう、そしてシアン嬢の自粛は終わりを告げる。

 

「ヘルクレス伯爵にはバセット公爵から伝えて下さい、急に僕から招待状を送られても困るでしょうから」

 

 満足そうに頷いて離れて行った、宮廷魔術師第二席とはいえバセット公爵には敵対は難しい。今はバセット公爵の願いを叶えて貸しを作るのが最善策だと割り切ろう。

 

 最初は王宮内を移動する時は案内の警備兵が必ず同行したが、今は一部の区画を除き自由に移動出来る。

 半月振りの王宮内だが殆ど変化は無い、廊下からみる隅々まで手入れの行き届いた庭も前と変わらない。

 木の枝には小鳥がとまり雄が求愛の歌で雌を呼んでいる、良く見ればリスも居るんだな……

 

「何を黄昏(たそがれ)ているのですか?」

 

 急に声を掛けられたが、この声の主は……

 

「ロンメール様!これは失礼致しました」

 

 誰かが近付いていたのは察知していたが知人だとは思わなかった、王宮侍女か警備兵だと思っていたので慌ててしまった。

 

「構いませんよ。精力的に行動していますが、少しは休まれた方が良いでしょう」

 

 護衛も無しに一人で王宮内を彷徨(うろつ)く王位継承権第二位に驚く、何か有れば一大事だぞ!

 

「一ヶ月の猶予が有りますので、暫くはゆっくり出来ると思います」

 

「ああ、結婚式に呼ばれていましたね。ですがバセット公爵とも何か揉めていましたか?」

 

 む、先程の遣り取りを見られていたのか?王族が盗み聞きとか無いよな?では偶然か?

 

「いえ、バセット公爵の派閥の令嬢が塞ぎ込んでいまして。舞踏会に誘おうと頼まれてました」

 

 ヘルクレス伯爵やシアン嬢の不始末を話す必要は無いので暈(ぼ)かす、まさか平民とトラブルを起こして自粛しているとか話せない。

 

「ああ、ウィドゥ子爵絡みのアレですね。全く貴族としては情けないです、配下の不始末位は自分で何とかするのが普通ですが他人に頼るとは……」

 

 貴族院には報告したが、まさか子爵家の事情程度を王族であるロンメール様が知っている?思った以上にヘルクレス伯爵とウィドゥ子爵の件は大事だったのか?

 

 後日、ロンメール様より王宮での彼が主催する秋の花見の招待状が来た。

 

 添えられた手紙にはヘルクレス伯爵の娘であるシアン嬢も誘って良いと添え書きが有った。これはニーレンス公爵に借りを作らずロンメール様に借りを作れって事だろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 流石は文化人というか芸術方面では王族随一と言われたロンメール様だけの事は有る、草木や花を愛でるだけで上位貴族を集めて会合を開くなど考えてもみなかった。

 バセット公爵とニーレンス公爵は内務系として同盟を組んでいるらしいが、バセット公爵の派閥のシアン嬢をニーレンス公爵の舞踏会に連れて行くのは危険だったらしい。

 だが王族主催で王宮内で催される花見なら問題は少ないそうだ、公爵四家と侯爵六家は呼ばれている。伯爵以下はロンメール様と私的な付き合いが有る方々だけらしい。

 バニシード公爵とクリストハルト侯爵は呼ばれていない、未だ自粛しろって意味だろう。

 

「リーンハルト様。本日はエスコートして頂きまして、本当に有り難う御座います」

 

 妙に気合を入れて着飾ったシアン嬢だが、本当に自粛していたのかと思う程に嬉し楽しそうだ。声も弾んでいるし、自慢気に周囲を見渡している。

 

「シュターズ殿の件で塞ぎ込んでいると聞いていましたが、元気そうで何よりです」

 

 二人並んで会場である中庭に向かう、僕は王宮内に勤めているので大体の地理は分かる。それに王宮の侍女と警備兵達には何故か人気が有る、特に案内人が居なくても大丈夫だ。

 シアン嬢は僕の左手の服の裾を掴んでいる、半歩下がって付いて来るのは淑女らしく従順さをアピールしているのだろうか?

 

「確かに悲しい出来事でしたが、リーンハルト様が敵討ちをして下さいました」

 

 敵討ちね、僕はシュターズ殿の為になど動いていない、ユニオンの罪に自分も関わりが有ったから責任を感じて動いただけ、彼を倒したのも最悪の状態を避ける為にだ。

 シアン嬢には悪いが、ヘルクレス伯爵とは対外的には和解したが距離を置くし今後も礼儀的な付き合いに終始するだろう。

 

「リーンハルト卿、良く来てくれましたね。歓迎しますよ」

 

 予想外の人物から出迎えを受けた!

 

 両手を広げて歓迎の意を表してくれているが、王族自らが庭園の入口で出迎えるのは心臓に悪いです。

 ニヤリと笑ったのは悪戯が成功したからでしょうか?

 後ろに控えるキュラリス様も苦笑いしながら頭を下げてくれた、この不意打ち的な出迎えはロンメール様のアイデアらしい。

 

「有り難う御座います、ロンメール様。自ら出迎えとは恐縮してしまいます。それとご無沙汰しております、キュラリス様」

 

「本日はお招き有り難う御座います」

 

 シアン嬢も僕の袖口から手を離して一礼する、だがロンメール様は彼女に目を向けない。

 これは少しキツいだろう、ロンメール様にとって彼女は押し付けられた和解相手と知っているからオマケ程度にしか感じていない。

 

「先に庭の花達を見て下さい、リーンハルト卿は硝子の護身刀に花を刻むそうですね?中々に見事な造形だと聞いていますよ」

 

「はい、一緒に花言葉も贈る様にしています」

 

「ふふふ、今度我が妻にも錬金して下さい」

 

 喜んでと伝えて一旦別れる、ロンメール様とキュラリス様は他の来客とも話をするのだろう。余り長く拘束するのは駄目だ、今日呼ばれた客達は全て上級貴族達だから。

 

 シアン嬢と共に庭園を示された順路に沿って歩く、見事に手入れが行き届いた歩道には落ち葉一つないぞ。

 

「これはアイビーゼラニウムかな?白い花弁に赤い縁取りが見事なコンストラストですね。此方は綺麗な黄色の発色だがガサニアかな?」

 

 珍しい秋の花が集められている。見ているだけで楽しいのだが、イルメラやウィンディアにも見せたいな……

 

「リーンハルト様は、お花にもお詳しいのですね。この小さな花が集まっているのは何でしょうか?」

 

「クササンタンカですね、エムデン王国内では自生してない植物だったと思います」

 

 歩道を並んで歩き立ち止まっては気になった花を見ながら言葉を交わす、端から見れば良い雰囲気と思われただろう。

 これでシアン嬢の社交界復帰の切欠作りは問題無い、後は彼女自身が行動するだけで良い。

 

「鮮やかなピンク色の花ですわね」

 

「セロシアかな?これもエムデン王国では自生していない珍しい植物ですよ。流石は王宮の庭師達ですね、育つ環境の違う草木を一緒に育てるとか難しい事をする」

 

 自分の屋敷の花壇も何か手を加えてみよう、確か庭師達から提案が出ていた筈だ。

 最後に左右に分かれた金木犀(きんもくせい)銀木犀(ぎんもくせい)のアーチを潜って花見は終了、後は懇親会だけだ。

 上級貴族ばかりだから挨拶回りには気を使わないと駄目だろう、だが先ずはロンメール様とキュラリス様を探して挨拶だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 野外にテーブルが並べられ軽食の用意がされている、端の方には宮廷楽団が会話の邪魔にならない程度の緩やかな曲を演奏している。

 着飾った紳士と淑女達の笑顔を貼り付けた会話、だが僕等が来た事にも意識を向けているのが分かる。

 ざっと懇親会の会場を見回すもロンメール様は未だ居ない、知り合いは……

 

「あら、リーンハルト様。今日のパートナーは初めて見る方ね?」

 

 ザスキア公爵か、最初に来ると予想はしていたがシアン嬢を見る目は鋭い。別に僕の側室候補とかじゃないぞ、思わずシアン嬢が僕の腕を掴んでしまった。

 

「彼女はヘルクレス伯爵の愛娘でシアン様です。例の件で自粛していたのですが、僕が社交界に引っ張り出しました」

 

「ああ、あの不祥事の当事者の片割れね?今後は良く注意するのよ」

 

「は、はい。気を付けますわ」

 

 公爵本人が遥か格下の伯爵令嬢に睨みを利かせるのもアレだと思う、だが肩を持つ気持ちも薄い。周囲も僕がシアン嬢に対して、そこまで親身にならない事を知っただろう。

 多分だが、ザスキア公爵の狙いはソレだな。義理でエスコートした彼女はザスキア公爵からは嫌われている、僕も親身にならず程々の距離を保っている。

 バセット公爵の狙いは自分の派閥であるヘルクレス伯爵と愛娘のシアン嬢が、僕と和解し且つ懇意にしていると周囲にアピールしたかった。

 

 だがザスキア公爵がわざと大人気ない態度を示した事で効果は半減した、僕にとっては助かったが彼女の評価を落とした挽回はしなければ駄目だな。

 


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