古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第427話

 ロンメール様主催の花見の催しは毎年の恒例行事らしく、タイミングが合ったので僕とシアン嬢を呼んでくれただけらしい。

 だが序でにとはいえ、ニーレンス公爵への貸しを無くさずにバセット公爵への貸しを作れた。代わりにロンメール様への借りが出来たが、ヘルカンプ様の件と相殺だと言われた。

 もうシアン嬢とは直接的に関わる事は無いだろう、彼女も僕と関わるとザスキア公爵から睨まれる事を学んだんだ。

 伯爵令嬢では公爵本人には逆立ちしたって絶対に勝てない、これでややこしい関係は無くなって安心した。

 僕は王宮での仕事が残っていると言って、シアン嬢を一人で帰した。

 これで彼女の社交界への復帰は可能となり、バセット公爵への義務は果たした。後は余計な噂話が流れない様に注意するだけだ、僕がシアン嬢と懇意だとかの噂が広まるのは嫌だ。

 その辺のお礼は必要だが、ザスキア公爵の配下とモリエスティ侯爵夫人のサロンの力を借りれば良い。

 巷(ちまた)と社交界の両方に噂話を流して貰えば大丈夫だろう。

 

 どうもバセット公爵とは微妙に合わない事を再確認した、やはり距離を置いての中立が一番良さそうだ。

 

 シアン嬢を馬車まで送り届けて見送る、本来ならばエスコート役は自宅まで送り届けるのが普通だ。

 だが敢えて王宮での仕事を理由に一人で帰した、これも親密さが無いアピールだ。

 これから流す噂話に信憑性を持たせる為の一手と、送り届けるとヘルクレス伯爵の屋敷で休んでお茶でも飲んで下さい的な流れになるのを嫌ったんだ。

 

 遠ざかる馬車に軽く手を振ってから背を向ける、少し自分の執務室で時間を潰してから帰るか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「シアンよ、どうだったのだ?リーンハルト殿と親密な関係になれたか?」

 

 お父様の質問に言葉が詰まる、親密になどなれないわ。最初からバセット公爵様の頼みだからと割り切られていた、端から見れば態度は悪く無かったけど……

 

「駄目でしたわ、礼儀に叶った態度でエスコートとしては及第点でしたが……割り切られている感じでした」

 

 リーンハルト様の馬車に乗り一人で家に帰された、花見はエスコートしたから帰りは自分だけでって事よね?

 お父様も気になるのは分かりますが性急過ぎます、帰って直ぐに報告が聞きたいとか精神的にも疲れているので少し位は休ませて欲しいのです。

 

 馬車からお父様の執務室に直行、余裕が無さ過ぎますわ!

 

「やはり駄目だったか、バセット公爵が無理に頼んだのはニーレンス公爵主催の舞踏会へのエスコートだ。

ロンメール様主催の花見の催しではなかった、急に予定を変更されたが王族主催の催しの方が良かれと思ったのだがな……」

 

 同盟を結んでいるニーレンス公爵よりも、王族であるロンメール様の花見の催しの方が格は高いわ。私も王族主催の催しには初めて参加した、それだけ名誉な事で狭き門なのよ。

 

「私もそう思いました、王位継承権第二位のロンメール様にお会い出来る。普通ならば遠くからお顔を見る事だけでも名誉な事です、リーンハルト様とならお言葉を貰えるかもと期待もしました」

 

 結果は散々たるものでしたわ。ロンメール様は私など眼中になく、ザスキア公爵様からは敵視されました。

 リーンハルト様の有力な後援者たる二人にとって、私は邪魔な存在でしかなかった。何故お前がそこに居る?そう思っていたのでしょう。

 

 思い出したら寒気がして思わず両手で自分の身体を抱き締めてしまった、あのザスキア公爵様の恐ろしい目は思い出したくはないわ!

 

「どうした?」

 

「お父様、これ以上リーンハルト様に関わるのは危険ですわ。適度な距離を保ち中立が望ましいのです、下手に近付くとザスキア公爵様と敵対してしまいますわ!」

 

 あの年下の有能な少年が大好きだと噂のザスキア公爵様は、理想の相手を見付けてしまった。リーンハルト様に絡むと自動的にザスキア公爵様を敵に回す、絶対に勝てないし恋敵には遠慮も情けも無いでしょう。

 

「リーンハルト様とザスキア公爵様は関係を持っているのかも知れません、ジゼル様を本妻に迎えると言っているのは世間を欺く為ですわ。

唯一の女性公爵が年下の男性を婿に迎えるのは外聞が悪い、叉は次期宮廷魔術師筆頭と公爵家の婚姻は簒奪や謀反の疑いを引き起こします」

 

「それは考え過ぎだぞ、リーンハルト殿とジゼル嬢の熱愛は有名だ。流石にザスキア公爵とも関係を結んでいるとは信じられない、だが強い協力関係に有るのは事実だ。

公爵四家で一番はザスキア公爵、二番は同列でニーレンス公爵とローラン公爵。悪いがバセット公爵は少し引き離されて四番だろうな……」

 

 ローラン公爵様はサリアリス様絡み、ニーレンス公爵様はレディセンス様とメディア様の実子二人と縁が深いわ。

 でもバセット公爵様には誰も居ない、唯一送り込んだ侍女だけでは弱い。

 

 その期待を私に向けたのでしょうが、絶対に嫌よ!

 

「詳細についてはバセット公爵に知らせておく、お前は暫くは大人しくしているんだ。決められた催し以外には参加するなよ」

 

「分かりましたわ。周囲からは今日の出来事を聞かれる筈ですが正直には言えませんし、リーンハルト様と親密だとか嘘でも危険過ぎて言えません。暫くは大人しくして様子見ですわ」

 

 ここで対応を間違えてリーンハルト様と親密な関係を築きつつ有りますとか言えば、私はザスキア公爵様に潰される。

 もうリーンハルト様には絡みません、適当な殿方を捕まえて早々に結婚し悠々自適に過ごしますわ!

 

 ですが詫び状は書いて送りましょう、もう二度と絡まないので許して下さいと素直に詫びて祈りましょう。

 

「私では貴方に絡むのは無理です、もう放っておいて下さい!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自分の執務室に戻る、毎日が山積みの贈り物と親書の返信を書く事で終わる。そろそろ一段落する筈なのだが、毎日追加されるので終わりが見えない。

 結局王宮での仕事は私的な事以外は配下の宮廷魔術師団員を鍛える事だが、今はその彼等も灌漑事業の手伝いに行って居ない。

 

 机の引き出しからレターセットにペンとインク、それにジゼル嬢謹製の所属派閥早見表を取り出す。

 執務机の上に並べられたトレイには親書・贈り物の目録・恋文が分けられて積まれている。最優先は親書だ、爵位・役職順に整理されているので助かる。

 贈り物の目録は短い礼状を添えての半額返し、礼状は雛型が有るから簡単だし半額返しの品物はライラック商会に丸投げだ。

 序でに贈り物も不要な物は全て買い取りも頼む、残す物は極力少なくしないと倉庫が溢れてしまう。空間創造に収納出来るが、不要な物は極力入れたくない。

 貰い物を売るのは良いが誰かに贈るのは駄目らしい、特に美術品は歴代の購入者の履歴一覧も付くので直ぐにバレる。

 最近は経費と手間を省いても利益が出る様になった、最初の頃は嫌がらせで不要品を押し付ける奴も居た。

 そいつ等のリストは纏めて有る、殆どが敵対派閥の連中だ。

 

 恋文は……お茶会・音楽会・舞踏会と多岐に渡るが出欠席の関係で読まない訳にはいかない、連絡無しは相手に失礼だ。

 

「先ずは親書からだな」

 

 親書は五通、恋文は三通、目録はざっと見たが二十人位だから今日中に全てを終わらせる。

 

 最初の親書の封をペーパーナイフで切り、中の便箋を取り出す。カルロセル子爵は前に土属性の魔導書を贈ってくれた。

 手紙の内容は同じ土属性魔術師の子供達と会って欲しいか……

 

 実子と養子が居たんだよな、だが一度会ってみるか。有能ならば引き込み迄はいかないが、懇意にするのは有益だ。

 最初の返信はカルロセル子爵の子供達との懇だが、場所が問題だな。爵位は僕が上だから招く方が望ましい、屋敷にお茶会として招くか。

 

 大体の文面を頭の中で纏めてから書き始める、この王都滞在の一ヶ月間で足元を固める必要が有るな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あら、また手紙を書いているの?」

 

 もうノックすらせずに僕の執務室に出入りするエムデン王国唯一の女性公爵様が目の前に居る、凄く楽しそうだな。

 取り敢えずイーリンとオリビアを呼んで、彼女の為に紅茶を用意させる。ゆったりとソファーに座る姿を見ると、誰が部屋の主だか分からなくなる。

 

 贈り物の目録を確認し添える手紙を書き終えた、後はアシュタルとナナルに引き継いでライラック商会と調整させれば終了。

 最後に残ったのは恋文(という名の派閥引き込み)か……

 

「溜め息はね、吐くと幸せが逃げるらしいわよ?」

 

「東方の諺(ことわざ)ですね、確かに幸せなら溜め息など吐きませんものね」

 

 淡い桃色の封筒からは仄かに香水の香りがする、送り主は……

 

「なんでザスキア公爵が僕に手紙を贈るんですか?直接話せば良いじゃないですか?」

 

「お馬鹿さんね、恋文だから良いんじゃない」

 

 艶然と微笑まれたので諦めて蝋封を切って便箋を取り出す、広げて内容を確認すればオペラのお誘いか。

 

 そう言えば一番最初に貰った手紙は、オペラへのお誘いだったな。

 目の前の本人に直接言うのも捻りが無いので、お誘いを受ける旨を手紙に書く。イーリンに届けさせれば良いな、折角の手紙だしその方が趣(おもむき)が有るだろう。

 お世話になっているし、現代のオペラは平民用のしか観ていないから丁度良いかな。

 

「イーリン、この手紙をザスキア公爵の執務室に届けてくれ」

 

「あら?本人を前にして、手紙を執務室に届けるの?」

 

「その方が礼儀に適ってますから」

 

 次の恋文を見る、送り主はグレース嬢か。いい加減諦めて欲しい、無視や不参加で済ませている内に気付けよ。

 内容はお茶会へのお誘いか、父上やエルナ嬢とインゴまで誘ったのか。周囲を固めたつもりでも、参加はしないぞ。

 礼儀を失わない程度に簡潔に欠席の旨を書いて終了、エルナ嬢からどうしても参加して欲しいって頼まれたなら考えるが無ければ拒否だ!

 

「あらあら、どうでも良い人用のレターセットね。アルノルト子爵かヘルクレス伯爵かしら?」

 

 良く見ているな、僕は相手に対して三種類のレターセットを用意し使い分けている。

 価格帯は一緒だが無地のレターセットを使う相手は敵対派閥か嫌いな相手だ、だが紙質は上等の部類だから相手には本意は伝わらないと思っている。

 

「正解、アルノルト子爵の娘のグレース嬢からです。お茶会へのお誘いですが勿論欠席です、もう断ったのが何回目か分からないのですが中々諦めてくれません」

 

 困ってますと言って溜め息を吐く、いい加減諦めて欲しい。エルナ嬢の実家だから潰さずに我慢しているんだ、許してはいないが今は何もするつもりも無い。

 

「諦められないでしょうね、親戚だし娘のエルナさんと貴方の関係は良好。そして敵対すれば容赦ない貴方との関係改善は急務よ、家の存続に関わる事態だからね」

 

 ザスキア公爵の話だと現在アルノルト子爵家の立場は最悪らしい、僕が明確に敵として定めた相手は軒並み失脚か没落している。

 そんな相手と付き合う物好きは居ない、僕と敵対したバニシード公爵は公爵五家の最下位に転落したので身を寄せるのには勇気が必要だ。

 僕の面子を潰したウィドゥ子爵は爵位を没収され不名誉印まで刻まれた、アルノルト子爵は何時自分が復讐されるか怖くて仕方無いそうだ。

 

「リーンハルト様が家族に甘い事は知れ渡っているのよ、義理の母に異母兄弟。ふくよかな弟君は出来の良い兄の恩恵にドップリ浸かっているわ、早めに矯正しないと大変よ?」

 

 ザスキア公爵は真剣だ、真剣にインゴの駄目な優越感と依存を直さないと大変な事になると思っている。彼女の判断はジゼル嬢と同等以上に正しい、だが僕は……僕には……

 

「インゴの事ですね、確かに他人の力で優越感に浸る悪い癖が出来てしまった。ですが、インゴは……」

 

「出来の良い貴方と比較されて卑屈になったけど、その原因の貴方の恩恵で周囲からチヤホヤされて得意になっている。

確かに原因の半分はリーンハルト様、でも残りの半分は自分が悪いのよ。引け目に感じては駄目、あの弟君はバーレイ男爵家の後継者なのよ。そんな考えでは直ぐに没落するわ」

 

 言葉を遮られて正論を言われた、確かに僕と比較されたのが原因だ。だが半分はインゴのせいだと言って良いのか?突き放して良いのか?

 兄として何かインゴにしてやれる事が有るんじゃないのか?

 

「少し時間を下さい、考えて……いえ、気持ちの整理をさせて下さい」

 

 言われなくても分かっていたが、ズルズルと引き延ばしたのは僕自身だ。

 

 僕は兄としてインゴを叱らなければ駄目だったんだ。だが引け目に感じて逃げ出したんだ、もう逃げずに向き合う事にするぞ!

 




本日で連続投稿は終了、次回からは毎週木曜日掲載となります。UA600万突破しました、多数の評価も頂き執筆の励みになります。本当に有難う御座います、次の目標はUA700万です。

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