古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第439話

 

 伸び伸びになっていた、ミュレージュ様との模擬戦を終えた。結果は引き分け狙いだったが、ミュレージュ様が自ら負けを認めて終わった。

 ライバル視してたのに力量差を自覚し自主的に負けを認めた、鍛錬を積んで再度挑みますと脳筋連中が喜びそうな決意をしていた。

 

 だが、槍を握る拳には力が入っていた。王族が無闇に悔しいからと八つ当たりをすれば、周囲を巻き込む問題に発展する。

 だからミュレージュ様は我慢して明るくリベンジすると言ってくれた、前向きな態度を取ってくれた事で周囲の刺激を抑えてくれたんだ……

 

 僕は迂闊にも王族に模擬戦で勝ってしまったが、ミュレージュ様のお陰でお咎めは無しっぽくて安心した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王宮からの帰りに、お祖父様の屋敷に寄る事にするが、事前に使いを出しているので問題は無い。

 一応従来貴族の男爵なので、屋敷は貴族街に有る。王宮を中心に年輪を描く様に貴族街・新貴族街が有り、北側のメインの大通りを挟む様に商業区。

 残りの南側・東側・西側に住宅街と小規模な商店街が点在する。

 その外周をグルリと城壁が囲み、残念な事に城壁の中に住めない人々の集まるスラム街が有る。

 スラム街とは言え警備兵が巡回しているので犯罪は少ない、城壁の中に家を買えない低所得者や地方から職を求めて来る連中の溜まり場だ。

 実家を継げない次男や三男、犯罪歴が有るお尋ね者も少なくない。

 一番多いのが奴隷として強制的に連れて来られた旧コトプス帝国の人達が、解放された後も行き場が無くスラム街に住んでいる。

 僕も関わる事を避けていた場所だが、アルノルト子爵の息子のフレデリック殿がスラム街に出入りしている情報を得たので調べ始めた。

 アウレール王が警備兵の巡回を強化しているので犯罪が比較的少ないとはいえスラム街には無法者も多い、フレデリック殿の動きはザスキア公爵に監視を頼んでいるが不安だな……

 

「こちら側の貴族街は初めてだよな、割と小さめな屋敷も多いな」

 

 僕の屋敷は比較的爵位の高い連中が集まる北側に有るが、お祖父様の屋敷は西側に有る。

 この辺りは従来貴族でも子爵以下の貴族が多く住む、比較的に地価の安い場所だ。

 安いなりには理由が有る、地下水脈が少ないので池や噴水を設置出来なかったりとか細々した理由も有るが、最大なのは公爵や侯爵級の連中の屋敷が無いから。

 競い合う上級貴族は住む場所と広さや豪華さも競う、この辺は格下の集まりなのだ。

 

 今思えば、お祖父様の屋敷に行った記憶は無い。大体が手紙の遣り取りか、使者が訪ねて来るかだった。

 出世する前に最後に直接会ったのは、母上の葬儀の時だったかな?会話も殆ど無かった、不祥の息子と孫だから貴族の常識に照らし合わせれば普通か……

 

 確かこの近くに、オリビアの実家も有ったな。それと騎士団の練兵場や軍事施設も多い、貴族街は王宮を守る最終防衛線。

 此処を抜かれたら王宮に籠城するしかない、だから貴族街と新貴族街の間には城壁と空掘が有る。

 有事の際は水を溜めたり油を流し火を付けたりする、他にも色々と仕掛けが有るが軍事機密なので宮廷魔術師になるまで知らなかった。

 

「リーンハルト様、そろそろ到着致します」

 

「そうか、有り難う」

 

 考え事をしていると直ぐに時間が経つよな、僕は場所を知らないので御者任せだ。

 窓から見えた屋敷は、この辺では大きい方だろう。僕が最初に買った屋敷と同じ位だな、アレって最低レベルかと思ったけど新貴族としては中間だったのか。

 

 正門の前に警備兵が並び、その先の屋敷の玄関前にはシルギ嬢と執事が控えている。丁寧な出迎えに爵位の差って凄いなと今更ながら呆れた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「急な訪問に対応して頂き、有り難う御座います」

 

 シルギ嬢に笑顔で挨拶をする、使者には訪問の旨だけで内容は普通は伝えない。

 より丁寧な場合は親書を託すが、急だから訪問しても大丈夫かの確認だけだった。シルギ嬢が困惑気味なのは、悪い意味に捉えたか?

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

 貴族的な作法で綺麗に礼を返して来た、無理矢理な笑顔が困惑の度合いの高さを感じる。インゴの件が有ったばかりだから警戒されたかな?

 

「シルギ様、応接室の準備が整っております」

 

「そうですか。リーンハルト様、ご案内致します」

 

 玄関先で立ち話もアレだが、初めての訪問だし祖父の屋敷とはいえ無理は出来ない。

 ああ、僕への取り込みの一環としてインゴとニルギ嬢は良く訪問していたらしいな。そして祖父の屋敷でインゴはニルギ嬢と盛(さか)っていた訳だ、そりゃ実家に追い返すよな……

 綺麗に清掃された廊下を通り、一階の南側のベランダに面した応接室に通される。

 直ぐに紅茶が用意され一息ついた時に、シルギ嬢からお祖父様を呼んで良いか聞かれた。

 血の繋がりこそ有るが侯爵待遇の現役宮廷魔術師第二席の僕と、従来貴族で血縁者とはいえ男爵のお祖父様と僕の間には越えられない壁が有る。

 その絶対的な壁を軽々と無視したインゴは、周囲から見れば礼儀知らずの愚か者と見られるんだぞ!

 

「失礼する、急な訪問とは何か大事な話か?」

 

「ご無沙汰しております、お祖父様。少し込み入った話がしたく、急では有りますが訪問させて頂きました」

 

 執事に先導されお祖父様が応接室に入って来た、礼儀的な挨拶の後でシルギ嬢の隣に向かい合う形で座る。

 二人共に表情が硬いのは、僕の込み入った話の内容について悪い予想をしてるのか?さて、どうやって切り出すか……

 

「単刀直入に言います、お祖父様の借金は僕が肩代わりします。見返りはバセット公爵の派閥から僕の派閥への移籍です」

 

「リーンハルト様、それはどういう意味でしょうか?」

 

 お祖父様でなく、シルギ嬢が質問をしてきた。交渉事でも祖父より先に話すとなれば、それなりに信用されているな。

 シルギ嬢と視線を合わせた後に、お祖父様とも合わせる。少し驚いたみたいだが、直ぐに持ち直したみたいだ。

 

「自慢では有りませんが、僕はエムデン王国の中心近くにいます。宮廷魔術師第二席としてウルム王国と、その影に隠れる旧コトプス帝国の残党共に対して最前線で戦います」

 

 一旦言葉を止める、此処までは確定路線だ。巷で噂の『王国の守護者』として、また宣言通りに僕は最前線で戦う。

 二人共に黙って聞いている、此処からが本音の話だ。

 

「急な出世には敵も多い、僕が最前線で戦っている時に後方が騒がしいのは嫌なのです。数少ない血縁は絶好の口実です、身内からの裏切りは勘弁して欲しいのです」

 

 身内からの裏切りの言葉に動揺したのは、お祖父様だけだった。シルギ嬢は自分達が裏切り者と思われた事に少し不満気味だ。

 

「公爵四家の内、ザスキア公爵とニーレンス公爵、それとローラン公爵は味方寄りです。バセット公爵は中立なのです、状況によっては敵対する可能性も有る。

お祖父様にはバセット公爵から援助の申し入れが有りませんでしたか?」

 

 これは完全なカマ掛けだ、僕はバセット公爵にバーレイ男爵本家とは距離を置くと言った。それを踏まえて援助するのは、何かの役に立つと考えた筈だ。

 このカマ掛けには二人共に動揺した、やはりバセット公爵は彼等にも手を伸ばして来たか……

 

「確かにバセット公爵から援助の話が出たぞ」

 

「主に資金援助ですが、全額立て替えとかでは有りません」

 

 やはりだ、やはりバセット公爵は僕の親族に手を伸ばして来たな。お祖父様と和解した事は伝えないと騙した事になるから、事後承諾だが親書で伝えるか。

 

「距離を置いて援助は辞退して下さい、僕の派閥に収まるならば悪い様にはしません」

 

 武力の低いお祖父様ではバーナム伯爵の派閥には入れない、共闘しているザスキア公爵の派閥も無理だ。

 

「リーンハルトの派閥にか?バーナム伯爵の派閥に入っているのだろう?」

 

「バーナム伯爵の派閥はザスキア公爵の派閥に組み込まれたとの噂ですが?」

 

 ふむ、流石に現役公爵の派閥からの移籍には躊躇するか。しかも僕の派閥と言われてもピンと来ないのだろう。

 

「僕も小さいながらも派閥を作る予定です、先ずは身内だけですが……

それにシルギ嬢には王立錬金術研究所の所員達の取り纏めも期待しています、何れ作る僕の魔導師団の中核を担って貰います」

 

 かなり本音の部分を伝えた。マーリカ嬢が信用出来ないなら、シルギ嬢に取り纏めを頼むしかない。

 アイシャ嬢では繋がりが弱く、魔術師的な能力が一番のリプリーは性格的に向かない。我の強いシルギ嬢ならリーダー役には適任だと思う。

 

「私が?リーンハルト様の魔導師団の中核?」

 

「はい、要職は信頼出来る身内で固める方が安心ですから」

 

 この言葉でシルギ嬢は堕ちたな、多少の不安は有るが軌道修正は可能だ。魔術師ギルド本部のバックアップも有る、アイシャ嬢も巻き込んで協力させよう。

 

「リーンハルトよ、お前はイェニー殿を軽んじた儂等を恨んでいた筈だ。何故急に態度を軟化させた?」

 

 む、お祖父様が真剣な表情で聞いて来たぞ。関係改善に餌だけでは信用出来ないって事か、餌に釣られたシルギ嬢は恥じているみたいだ……

 

「確かに感情的な問題で母上を疎(うと)んじていた事を恨んでいました。ですが実際に爵位を賜り家を興した時に、貴族と言う生き物について色々と学ばされました。

お祖父様の対応は貴族としては当然でした、幾ら救国の英雄でも平民である母上を娶る事は大問題でした。

側室や妾なら問題は少なかった、本妻と望むなら誰か他の貴族と養子縁組をするとか手段は有った。だが結果は結婚を強行し家を飛び出した……

僕は世間知らずな馬鹿な餓鬼だった、一歩引いて見れば違う捉え方も出来た。だが今の立ち位置では間違いを謝る事すら不可能なのです」

 

「いや、当時は儂も感情的になり過ぎた。リーンハルトの話した養子縁組も突っ跳ねたんだ、派閥絡みの政略結婚の相手を強く推して喧嘩別れになったのだ」

 

 知らない真相だった、当時の父上は救国の英雄。売り時だし政略結婚の話は多かった、その相手と結婚すれば今より出世した筈だ。

 

 それを純愛を理由に拒否れば親子関係も拗れるか……

 

 その後、本音で話し合い色々な誤解を解いた後にバーレイ男爵本家は僕の派閥に収まった。血族を味方に引き入れる事が出来た、これで地盤が少し固まったな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お祖父様、ニルギの件は完全な失策でしたわ。今のリーンハルト様ならば、ニルギを側に置いて欲しいと頼めば悪くは扱わなかったでしょう」

 

 お互いに感情的になり拗れた関係を冷静に見直せる事が短期間で出来るとは思えなかった。

 保険としてニルギをインゴさんの側に置いたが間違いだった、あの愚弟はニルギを性欲の捌け口としか思っていない。

 

「出来た孫を持てた喜びに水を差すな、確かにニルギには悪い事をした。和解には時間が掛かると思っての保険だった、だが貴族の不条理を理解し飲み込めるとは思わなかったのだ」

 

 実母を粗略に扱われ最後は暗殺されたのだ、我々に向けた憎悪は相当な物だった筈……

 

 それを自分が馬鹿な餓鬼だったと言って謝罪の言葉まで言おうとした、お祖父様も完全に見栄やプライドを捨ててリーンハルト様と話し合えた。

 私達はリーンハルト様の親族としての強い立場と多くの義務を背負ったわ、私は王立錬金術研究所の所員達を掌握しなければならない。

 お祖父様は領地の立て直しと有能な親族を集めて、リーンハルト様の補佐をする事になる。

 ご自分が孫の下に付く事を不満には思っていない、未だ少し蟠(わだかま)りは有るけどバーレイ男爵本家は正式にバーレイ伯爵家の配下になった訳ね。

 

「得難い当主を得ました、私達も多くの義務と恩恵が有りますわ」

 

「ああ、忙しくなる。先ずは遠縁でも何でも片っ端から人材探しからだ、領地の立て直しもか。本当に忙しくなるぞ」

 

 久し振りに本心から笑う事が出来たわ、ニルギの事は少し考えましょう。あの子だけが不幸なんて、私には耐えられないから……

 


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