古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第441話

 ウェラー嬢が執務室に突撃してきたのは、僕が多用する『山嵐』が自分が高額で魔導書を購入して覚えた『山嵐』と似ているが微妙に違うと思ったからだ。

 実際に別物だった、ウェラー嬢が実際に見せてくれた魔法は『剣山』と呼ばれる特定の場所に単発で槍を生やす魔法だ。

 本来の『山嵐』は地中に魔力の籠もった株を生成し、そこから槍を生やすのだ。連続的な使用を可能とするのは、株に込めた魔力次第だ。

 見た目は近いから同じと思われたのか、最初から詐欺目的で『剣山』を『山嵐』と偽り魔導書を売ったのか……

 

 今は魔導書の真偽より本来の『山嵐』を見せて納得させるしかないかな、このまま違うと言うだけではウェラー嬢も納得しないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 論より証拠、百聞は一見に如かずと言われるから実際に見せる方が確実かな。

 何故か観客も集まってるし、ラミュール殿も興味津々で見ている。いくらユリエル殿の御息女とはいえウェラー嬢は厳密には部外者、魔法の研鑽の為に僕の所に来た位の理由は欲しい。

 

「ウェラー嬢の魔法だと範囲も狭いし一度生やして終わりだ、それでは使い勝手が悪いし簡単に対応される。参考になるかは貴女次第だけど見せよう、本物を……大地より生えろ、断罪の剣。山嵐!」

 

 練兵場の地中10m下に二つの株を錬金し各々から五十本、合計百本の槍を50㎝間隔で十本十列にて生やす!

 ウェラー嬢の山嵐より早く鋭く長く多い、そして百本の槍は鋼の蔦となり素早く複雑な動きを繰り返す。

 

「何よ、何なのよ。コレが本物の『山嵐』なのね、全然違うじゃない」

 

 爛々と目を輝かせて前のめりになって見ている、近付こうとしたので肩を掴んで止める。

 

「地中に埋まった株の存在は分かるかい?」

 

 何本かに束ねて太く強くして振り回す、突き刺す鋭い槍が蠢く鈍器に変化している。五本も束ねれば直径30cmのうねる棍棒と同じだ、当たれば即死コースの打撃力が有る。

 

「足元からラインが繋がって、その先に凄い魔力溜まりを感じる。これを一瞬で錬金するなんて、直接見なければ信じられなかったわ」

 

 嫉妬に狂うとか卑屈になるとかじゃない、ウェラー嬢の目には強い意志と知的探求心が込められている。

 どうやら目的は果たせたみたいで良かった、腕を一振りして蠢く蔦を魔素に還し錬金で穴だらけの地面を埋めて均す。

 

「悔しいけど今の私よりも数段高みに居るのね、直ぐには追い付けないわ」

 

「一応魔術師の頂点たる宮廷魔術師の第二席なんだぞ、簡単に追い付かれる訳にはいかない。さて、フレイナル殿を治して事情を聞くか……」

 

 今回は模擬戦はしない、年下の女の子と戦うとか紳士としては有り得ない。魔術師としては有りだが、力の差を認めた今ならば挑んで来ないだろう。

 それに宮廷魔術師第二席と役職無しの貴族令嬢と模擬戦とか、弱い者苛めと取る連中も居る。そういう連中にとっては、ウェラー嬢が高位魔術師とかは別問題だ。

 

「そうね、ハイゼルン砦の定期報告に行くのに強引に付いて来たんだった。回復させないと不味いわね」

 

「おぃおぃ、公務を優先させてやれよ。フレイナル殿が哀れに思えてきた……」

 

 サラリと問題発言をしたぞ、公務の途中だったのか。テヘッて舌を出して謝ったけど、僕じゃなくてフレイナル殿に言ってあげて下さい。

 

 ロッドを両手で持って伸びをしている困った小さな淑女の背中を押して練兵場から執務室に向かう、フレイナル殿も災難だったな。

 

「あの偽物魔導書を売り付けた悪徳商人に怒鳴り込んでやらないと、私の気が済まないわ!」

 

 廊下を並んで歩く、擦れ違う侍女達が脇に除けてくれるが微笑ましそうに僕等を見ている。

 十四歳と十二歳の高位魔術師だが、プンスカ怒るウェラー嬢は年相応の可愛さが有る。

 

「魔術師ギルドじゃなくて普通の商会から買ったのかい?」

 

 悪徳商人って事は微妙だな、魔導書を読んでも内容は理解出来ない。知りませんでしたと言われれば、故意に偽物を売ったと証明出来ないぞ。

 

「マテリアル商会よ、中級以上の魔導書を探して欲しいって依頼したの。山嵐の魔導書を見つけたって言われて喜んだのよ、金貨一万枚も払ったのに偽物って何よ!」

 

 僕のレジストストーン制作用の魔導書と同額か、確かに本物だとしても高過ぎるだろ。魔導書なんて殆ど市場には出回らないが、僕も探してみようかな。

 

「金貨一万枚か……それは凄いね、でも『剣山』も知らない魔法だったんだろ?」

 

 プンスカ怒るウェラー嬢は今度はロッドを振り回し始めた、危ないから止めなさい!

 

「うん、知らなかったわ。でも有名な格言に有るでしょ、『それはそれ、これはこれ』ってね」

 

 いや、それ格言じゃないよ。得意気に見上げられても困る、曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化す。僕の心の棚は狭いんだ……

 

「マテリアル商会に怒鳴り込んでも詐欺行為の立証は厳しいかな、魔術師じゃないと本物か偽物かなんて分からないよ」

 

「わざとじゃないって事?」

 

 立ち止まって僕を見詰める、流石に貴族だからと権力のゴリ押しは問題行為だぞ。落とし所は希望の品と違うからと言って返品するか減額だな、あの魔法で金貨一万枚は高い。

 

「問題は入手先だよ、誰から買ったか分かれば打つ手は有るよ。魔術師から買ったなら詐欺と言える、違うなら返品するか適性な値段で買うから差額を返せって言えるかな」

 

 マテリアル商会か、最近良く聞く名前だが悪い意味でしか聞かない。だが未成年に偽物を高額で売りつけたんだ、それなりの落とし前は必要だ。

 

 親馬鹿で愛娘大好きなユリエル殿が聞いたら、穏便な対応はしないぞ。宮廷魔術師としての権力をフルに使うだろう、絶対に使うな……

 

「何よ?天井を見上げて溜め息を吐いて、面倒臭いとか思わないでよね。マテリアル商会の脅迫にリーンハルト様の名前は出さないから」

 

「おい、ちょっと待て!」

 

 脅迫って言ったぞ、流石は『土石流』ですねって言えば良いのかな?ユリエル殿の血を引くお嬢様は、大変怖い性格をしてるぞ。

 

「一緒に行っても良いですよ、いや一緒に行きます。僕も別件で話が有るから丁度良いのかな?」

 

 未成年のウェラー嬢を単身でマテリアル商会に行かせる訳にはいかない、しかも強烈なクレーム入れに行くんだぞ。

 彼女は貴族令嬢だが爵位は無いし肩書きも無い、無理強いや脅迫紛いな交渉は思わぬ反撃を食らう。

 

 海千山千の大商人との交渉は、彼女では荷が重いかな……

 

「良いの?」

 

 ユリエル殿が不在の時の彼女の面倒を見る事は約束させられている、変な男に絡まれて排除するよりマシか?

 

「乗り掛かった船ですから、最後まで面倒を見ますよ」

 

 お祖父様の借金返済と借用書の確保は急務だ、マテリアル商会も借金を返済してくれるなら紛い物の魔導書の件は大目に見てくれるだろう。

 嬉しそうに僕のローブの裾を掴むウェラー嬢を急かして執務室に向かう、忘れない内にフレイナル殿の麻痺を治さないと駄目だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エムデン王国の公用馬車を使いマテリアル商会へと向かう、一応使いを出して来訪する旨は伝えた。

 内容が借金返済とクレームとは言ってない、最悪は僕が他の魔導書を彼女に渡せば良い。今後は一切マテリアル商会には関わらない、縁切りしたいので丁度良かった。

 僕は喧嘩別れでも構わない、どちらに転んでも構わないから交渉も楽だ。

 

「凄いわね、貴族街なのに殆どの馬車が道を譲るわ」

 

「王族は別として、僕は公爵五家の関係者か侯爵七家の当主本人以外は優先されるらしいよ」

 

 実際は侯爵七家の四番目の位置に居るらしい、御者のランキングではそうらしい。

 背もたれに身体を預ける、交渉が終わったらお祖父様の屋敷に行って経過報告をするかな……

 

「ふーん、流石は英雄様ね。全然嬉しそうじゃないけど、与えられた称号は嫌なの?」

 

 向かい側に座り窓の外を見ていたのに、飽きたのか隣に移動して来た。与えられた称号とは辛辣だな、確かに納得はしていない。

 

「さぁね、英雄なんて柄じゃない。僕等魔術師は知識を貪欲に求める人種だ、お堅い称号を貰うと気が抜けないよ」

 

 冗談混じりに話す、だが英雄はメリットとデメリットが両方大きい。民衆受けをして協力を得やすいが、反面権力者からは疎まれる。

 幸い僕はアウレール王の信頼は厚いから何とかなるけど油断は出来ない。

 

「ふふふ、フレイナル兄様は凄く羨ましいって騒いでたのに、本人は嫌なんだ」

 

 フレイナル兄様か、そう呼んだ彼女は嬉しそうだな。だが初めて聞いた呼び名だ、彼女なりにフレイナル殿の事を慕っているのかね?

 

 少し頼り無いけど実力は有るんだよな……

 

「戦意高揚には必要だ、エムデン王国としても使い勝手が良い。だから許容している、巨大な権利に対して負わされる義務だね」

 

「本当に二歳違いなの?フレイナル兄様が子供に見えるわ、リーンハルト様に張り合っていた前の私って端から見たらお馬鹿さんよね」

 

「立場は人を成長させる、僕は子供じゃいられない。来年成人するが喜びは少ない、メリットは貴族院が正式に結婚を認める事だけかな」

 

 成人式は程々にして結婚式を大々的に行いたい、またお祝い事関係が凄い事になるんだ。過労死しそうだよ、僕も周囲もさ……

 ジゼル嬢とアーシャの仲も微妙だし、イルメラとウィンディア、それにニールも側室に迎える。一波乱有るよな、間違い無くさ?

 

「さて、到着しましたね。先ずは僕の雑用から済ませて良いですか?」

 

「ええ、構わないわ。だけど従業員総出でお出迎えみたい、私の時とは全然違うわよ」

 

 少し拗ねたみたいだ、彼女だって金貨一万枚の買い物をした上客なのに差が激しくて驚いたのか。

 店の前に馬車を停めたのだが、左右に五十人近くが並んでお出迎えだ。最初に馬車を降りてから、ウェラー嬢に手を差し出す。

 

「ウェラー嬢、お手を」

 

「うーん、淑女として扱われるのは久し振りかも」

 

 恥ずかしそうに手を差し出したので軽く握って引き寄せる、馬車から降りた彼女を支えて並ぶと白髪の老人が近付いて来た。面識は無いが、メノウさんを妾として囲っていた本人だな。

 

「歓迎いたします、リーンハルト卿。私はマテリアル商会の会長、マテリアルです」

 

 人好きのする笑顔を浮かべて深々と頭を下げた、合わせる様に従業員一同も頭を下げる。良く訓練されているのか一部の乱れも無い。

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、急な訪問で申し訳無いですね」

 

 マテリアル商会の会長自らの出迎えか、確か息子夫婦と娘夫婦で後継者争いをしてる筈だっけ?マテリアル会長の後ろに並んだ男女四人がそうかな?

 しかし誰もウェラー嬢に声を掛けないぞ、もしかしたら魔導書購入で既に揉めたのか?

 不機嫌な彼女は僕の腕に抱き付いた、これはお前達が歓迎する僕と私は仲が良いんだぞって脅しで子供っぽいが有効だぞ。

 

「今日の僕はウェラー嬢のお供です、別件で用事が有ったので一緒に来ました」

 

「久し振りね、マテリアル会長?」

 

「こ、これはウェラー様。ご無礼致しました」

 

 僕の後ろに回り込んで顔だけだして挨拶した、困った淑女だが企てに乗ってやるか。

 慌てた感じのマテリアル会長を見て、実はウェラー嬢の存在に気付いて無かったんじゃないかと思い直した。

 インゴの件で結構な嫌みと脅しを掛けた僕が、エムデン王国所有の公用馬車で王宮から来た。使いも事前に送ったし相当慌てたな。

 

「どうやら僕の小さな姫様はご機嫌斜めみたいですね、今日は帰るかい?」

 

「うん、気分悪くなっちゃった。帰りましょう、リーンハルト兄様」

 

 あ、マテリアル会長と後ろに並んだ四人が顔面蒼白だ。僕の家族思いに突け込んで異母兄弟のインゴに融資を申し込んだ事に対して、丁寧に(脅して)断ったんだ。

 その僕を兄様と呼ぶウェラー嬢をテンパって気付かなくて、結果的に軽く扱った事に気付いたなら慌てるよな。

 

「リーンハルト兄様、早く帰りましょう」

 

 考え込んで動かない僕の腕を引っ張るウェラー嬢に苦笑する、そんなに追い込んだら可哀想だぞ。

 

「ウェラー様、どうかお許し下さい」

 

「ご無礼をお許し下さい」

 

 商業区の大通りに店を構えているマテリアル商会の入り口前で騒ぐのも問題だな、従業員達も不安そうだし野次馬も増えて来た。

 この辺で手打ちだな、これ以上は無意味な脅迫行為になる。わざわざ恨みを買う必要もないし、ウェラー嬢も少しは気が晴れただろう。

 

「僕も用が有ったんだ、ウェラー嬢も機嫌を直してくれ」

 

「仕方無いわね、リーンハルト兄様がそう言うなら許します」

 

 即席の兄妹としたら良い連携だと思う、弟(インゴ)は居たが妹は居なかったので新鮮な会話だ。

 また機嫌が悪くなる前にと慌てて店内に案内された、さてどうやって話を持っていこうかな?

 

 


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