古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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本日から8/20(土)までの一週間、お盆休み特集として連続投稿しますので宜しくお願いします。


第443話

 マテリアル商会との交渉も終わり、お祖父様の借金を返済しウェラー嬢も偽物の魔導書を売り付けられた落とし前もついた。

 興味有る魔道書を一冊見れた、現物はウェラー嬢が持って行ったが流し読みでも大体の内容は掴んだので大丈夫だ。

 お祖父様はマテリアル商会と縁が切れたので取引はしないだろう、今後は僕の御用商人であるライラック商会と取引をして貰う。

 取引先を変えても特に不利益を被る事は無い、幸いにしてライラック商会には中小規模の商会からの提携話が良く来ているらしい。

 ベルニー商会のビヨンドさんや、モード商会のクロップドさんも積極的に協力してくれている。他にも多くの商会がライラック商会に協力を申し込んでいる。

 ライラックさんなら協力を申し込んで来た彼等を纏める力が有る、エムデン王国最大規模の商会になる日も近そうだ。

 

 そしてウェラー嬢は僕に対する敵意や競争心が無くなり、少しだけ仲良くなれた気がする。少なくともフレイナル殿とは違い魔法の的役にはならないかな?

 この件の詳細はユリエル殿(親馬鹿)に親書で伝える事にする、敵愾心剥き出しだったウェラー嬢が急に軟化したら邪推するだろう。

 魔が差して誑し込んだとか誤解されたら、本気で攻めて来る。負けないとは思うが愛娘大好きの父親の力を甘く見るのは駄目だよな。

 流石に僕が十二歳の少女に手を出すなんて事は普通に無いが、愛娘絡みだと普通じゃない思考をするから心配なんだ。

 

 この微妙な時期に、宮廷魔術師第二席対第四席の個人的な争いとか勘弁して欲しいから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 マテリアル商会を出た後、ウェラー嬢を屋敷に送り王宮に戻った。アンドレアル殿とフレイナル殿に、ウェラー嬢とマテリアル商会の遣り取りを伝えた。

 フレイナル殿は実家で一泊し明日の午前中にはハイゼルン砦に戻るそうだ、表向きは定期報告だがウルム王国の動向の緊急報告が本来の目的だった。

 

 エムデン王国を抜かした周辺諸国から食料を集めている、それに結婚式の出席者に対する警備を名目に常備軍の訓練も盛んらしい。

 後は諸公軍も訓練を始めている、出入りの商人や間者から最前線のハイゼルン砦には情報が集まる。

 

 ウルム王国の総戦力は国軍が騎兵部隊二百騎、歩兵部隊が二万人、諸公軍が騎兵部隊五百騎に歩兵二万五千人。

 王家直轄の部隊の騎兵部隊はハイゼルン砦の攻防で僕が全滅させたが、近衛騎士団二百人に騎士団が三百人は居る。

 なりふり構わず動員した場合だから、実際の歩兵は六割程度だ。それでも三万人前後、その中から周辺諸国に睨みを利かせる国防用の戦力を一万人と想定すると最低二万人は攻めて来る。

 

 バーリンゲン王国は常備軍として騎士団三百人に騎兵部隊三百騎、歩兵二千人前後は即時戦力として動員出来る。形振り構わず諸侯軍を総動員すれば歩兵三万人位にはなるかな?あと辺境警備に正規軍三千人、これは王家直轄の精鋭部隊だ。辺境の少数部族に対応している実戦豊富な連中だな。

 バーリンゲン王国も食料や軍事物資を集めている、総量から予想すると一万人規模の軍事行動で消費する量が有るらしい。

 食料品関係は品薄で高騰しているが、輸出に高い税金を掛けて何とか国外への流出を抑えている。

 奴等は短期間で周辺諸国の食料品を買い漁り、エムデン王国内の食料品の値段が高騰する様に仕掛けて来た。

 みすみす軍事物資を国外に輸出させる訳にもいかず、高騰した食料品を国家が買わねばならない。嫌らしい罠を仕掛けて来る、だが商人達を責める訳にもいかず高い食料品を買う羽目になった。

 

 つまり僕はバーリンゲン王国に対処するとなると、騎士団と騎兵部隊、それと歩兵一万人を相手にする事になる。

 彼等からすれば、ウルム王国を相手にしてる時にエムデン王国に圧力を掛けるだけだ。

 宣戦布告をせずに国境付近に戦力を展開するだけでも良い、仮にエムデン王国が敗戦濃厚な場合は火事場泥棒を働くしウルム王国が不利な場合は援軍として攻めてくる。

 

 そして我がエムデン王国側の戦力だが、今の立場になって漸く正確な戦力を知る事が出来た。

 国家の中心近くに居るからこそ、より正確に偽装され隠されていた情報を知る事が出来る。

 ウルム王国とバーリンゲン王国の情報も一般に出回っている物と全然違う、しかもザスキア公爵の査定も入っているから精度は高い。

 

 近衛騎士団二百人・聖騎士団五百人・王都直轄常備軍三軍各千人合計三千人、王都直轄警備兵五軍団各二千人で合計一万人。

 これがアウレール王が即投入出来る王都周辺に配置された戦力だ、これ以外は準備に時間が掛かる。

 常備軍で最短二週間、これは作戦行動に必要な備蓄資材も含まれる。作戦行動期間は全力で半年分だ、これ以上は購入したり徴発する必要が有る。

 この他に定期的に訓練された一般兵が三万人から四万人、健康な成人男性を徴兵する事も出来るが貸与出来る装備や食料等の関係で三万人が限度かな。

 

 戦争には金が掛かる、人だけ集めても戦力にもならない。因みに平民でも強い力を持つ冒険者達は基本的には国家の戦争には協力しない、だが所属する街が略奪の対象になった場合は義勇軍として参戦はする。

 これが高ランク冒険者達だと千人単位の兵力では簡単に負ける、だが小さな街や村だと高ランク冒険者は少ないので略奪に合う事が多い。

 

 正規軍相手に一対一で互角に戦える冒険者はCランク以上、だが軍隊だから圧倒的に人数が多い。百人単位で戦えるならBランク以上は必要だ、Aランクパーティの連中なら軍団単位でも戦える。

 因みにメルカッツ殿はBランクだが、正規軍相手なら百人までなら何とかなるらしい。

 これが冒険者ギルドと魔術師ギルドが他のギルドより国家に優遇される理由だ、敵に回すより優遇して取り込んだ方がマシだから。

 

 前にキーリッツの村が傭兵団に襲われた様に、戦争でタガが外れた連中の暴挙は多い。正規軍だって略奪をする、黙認されているが戦意高揚とか単純に金が欲しいとか。

 他国の国民からなら国力を落とすとか恐怖心を煽るとか理由を付けるが、一番の理由は兵士の戦意高揚だ。

 いかに彼等の戦意を落とさず恐怖心に捕らわれずに戦わせるか、不利な状況や極悪な環境でも文句を言わせずに命令を聞かせるか……

 

 これが兵を指揮する将軍達の永遠のテーマだ、いくら装備を整えても数を揃えても、やる気が無ければ十全の力を発揮しない。

 だから転生前の僕は面倒を避けて、一般兵を使わずにゴーレムと魔導師団だけを頼った。

 

 予定のノルマをこなせなかったので残業する事にした、何時もは訪ねて来るザスキア公爵が来なかった。

 序にパミュラス様の御子様の祝いの品の準備も行う、発表即贈る位が喜ばれると思う。ライラック商会にリストを渡すだけで対応してくれるから助かる、僕の御用商人だから王宮にも出入りが可能になった。

 イーリンに聞くと寂しいのですか?と真顔で言われた、そこは冗談っぽく笑いながらだろう。

 最近分かったのだが、ザスキア公爵と雑談しながらの方が仕事や手紙書きが捗るんだ。仕事の邪魔だからと言えないんだよな、困った事にさ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、僕等は午前十一時に謁見の間に集められた。文武百官が全員集合だ、公爵四家に侯爵六家の当主達。バニシード公爵とクリストハルト侯爵は未だ自粛中なんだな。

 宮廷魔術師に宮廷魔術師団員、サリアリス様はアウレール王の護衛で此方側にはいない。

 近衛騎士団に聖騎士団は団長と副団長達か、上級官吏まで全員が整列している。

 僕は事前に通達が有り左右に分かれて並んでいる列の最前列に居る。多分だが、パミュラス様の産んだ御子様と後見人の話を発表するからだ。

 

「二日ほど見掛けませんでしたが、何か有りましたか?」

 

 隣に立つ不機嫌そうなザスキア公爵に話し掛ける、本来ならもっと玉座側に立つ筈なのに隣に居る。しかも私は不機嫌ですって凄く伝わって来る、原因は不明だが僕らしい?

 

「別に何も無いわよ、リーンハルト様が私を放っておいて他の女の後見人になったり新しい妹が出来た事なんて知りません」

 

 いや、パミュラス様の後見人は王命だしウェラー嬢の件は誤解だし未だ秘密の筈ですよ。流石に周囲も御子様の後見人とは思わない、新しい側室候補の令嬢の後見人になったと思われるだけだ。

 年上のお姉様に拗ねられたが、周囲の生温い視線が気になる。隣に並ぶラミュール殿やアンドレアル殿の視線が辛い、前者は蔑み後者は同情を含んでいる。

 

「言い訳でなく弁解させて貰えれば、前者は王命で後者は誤解です。まぁウェラー嬢の件は放置したらユリエル殿に殺されますし、本来ならフレイナル殿が処理をする問題でした」

 

 既に王都を立ってハイゼルン砦に向かっている宮廷魔術師末席殿に責任を放り投げる、厄介事を持ち込んだのは間違い無いのだから……

 

「そう?なら許してあげるわ」

 

 許されなければ駄目な事だったのか?

 

 世の中の不条理が身に染みる、だが男性は口では女性に勝てないのも真理。女性の不条理を飲み込むのも紳士の度量だ、諦めよう。

 

「そろそろみたいですね、近衛騎士団員が来ました」

 

 近衛騎士団員が列席者にアウレール王が来る事を告げると宮廷楽団が荘厳な曲を奏でる、今回は慶事だけに気合が入ってる。

 

 暫くすると玉座の後ろの豪華な扉が開きアウレール王とリズリット王妃、それとサリアリス様と後ろに御子を抱いたパミュラス様が入って来た。

 演奏が終わったタイミングで姿勢を正して正面を向き、玉座の前に立たれた時に一礼する。

 

「皆、大義である。今日は喜ばしき知らせが有る、側室のパミュラスが子を産んだ。新たに俺の娘が生まれた、名前はレスティナだ」

 

 アウレール王の言葉に合わせてパミュラス様が一歩前に出る、抱いている我が子を少し上に持ち上げると拍手と共に口々に祝いの言葉が聞こえる。

 

『それは目出度い事ですな』

 

『元気そうな御子様だ』

 

『レスティナ様、万歳!』

 

『これでエムデン王家も安泰だ、尊き血筋が増えたのだからな!』

 

 祝いの声にパミュラス様も嬉しそうだ、娘とはいえアウレール王の実子だ。前よりも立場は強くなるが反発する敵も増える、その護りが僕か……

 

「リーンハルト卿が後見人となる、任せたぞ」

 

 アウレール王の言葉に周囲の視線が一斉に集まる、その種類は千差万別だ。羨望・嫉妬・賛美・畏敬・蔑み・同情と本当に色々だ。

 

「謹んでお受け致します」

 

 無表情を装い一歩前に出て一礼し直ぐに下がる、これで僕もアウレールの実子の後見人に名を連ねた訳だ。王族ではないがアウレール王に近い側室と関係が出来たと周囲は認識する。

 

「お前なら問題は無いだろう、我が子を頼んだぞ」

 

 この言葉は二種類に取れる、一つは我が子を大事にしている事。これはパミュラス様が欲していたアウレール王が我が子に愛情を向けた事になる、望まれて生まれた御子だと宣言した。

 もう一つは信頼している僕ならば、大切な我が子を任せられるって事だ。アウレール王に信頼されている忠臣だと言われたんだ。

 

『またアウレール王から贔屓された訳か、リーンハルト卿も鼻高々だろうな』

 

『馬鹿だな、他国の側室の娘に何の意味が有る。体よく援助を押し付けられたんだよ』

 

『後宮の女達は金が掛かる、しかも血族でも何でもない女の世話など厄介事でしかない』

 

『アウレール王は信頼してるって言葉だけで、年間金貨何万枚も負担させるんだ。同情するぜ、あんなに忠義を捧げて得た物がアレじゃな……』

 

 わざと聞こえるか聞こえないかの大きさで囁かれた言葉に、割りと同情票が多いのに嬉しくなる。

 だが笑わない様に口元に力を入れて無表情を維持する、今の僕はアウレール王から厄介事を押し付けられた事になってるからな。

 

「リーンハルト殿、災難だったな。まぁ頑張れとしか言えないが……」

 

「これも王命です、僕は大丈夫ですよ」

 

 無表情を装いながらショックを受けているみたいに演技をするのは難しい。だが笑ってしまえば喜んでいると思われる、それは悪い評価にしかならない。

 折角アウレール王が配慮してくれたんだ、それらしく悲しまないと駄目だよな。手に力を入れて握った方が良いかな。それとも唇を噛み締めるとか?

 

 だが僕は、この手の演技は大根役者並みなんだ。果たして周囲を騙せているのか悩ましい。隣のザスキア公爵が不機嫌そうなのが僕が困っている信憑性を高めている。

 本当に彼女の情報操作や思考誘導は素晴らしい、これで僕が困惑し苦労していると一定数の連中は思うだろう。

 

 裏を読める連中は全く問題にしていない、少なくともニーレンス公爵とローラン公爵、それとザスキア公爵は気付いている。

 だがバセット公爵は嬉しそうだ、彼は僕が困るのが嬉しいみたいだな。極力接触しない事にしてるので情報が流れるのが少ないから判断を間違えたか?

 実際は読み違えても大して問題は無いんだよな、精々僕に向かう悪感情が緩和されれば良いだけだから。

 

 そのまま演技を続けて無言で謁見の間から自分の執務室に向かう、何人かの初めて見る官吏達から話し掛けられた。

 

 


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