ウェラー嬢が王宮に訪ねて来た、今回は正規な手続きを経て招待状を送った。
水属性と土属性を持つ彼女に、サリアリス様を引き合わせた。
人付き合いが苦手なサリアリス様に、年下だが有能なウェラー嬢を引き合わせ交友関係を結んで欲しかったんだ。
結果は大成功で二人は祖母と孫娘みたいに会話が弾んでいる、魔導の深淵を追求する者達だけに波長が合うのかな?
三人で練兵場に向かう、ウェラー嬢が来た事は知れ渡っていたのか観客席が賑やかだ。
それと珍しくリッパー殿が練兵場の真ん中で実技指導をしているのに驚いた、暫く見掛けなかったんだけど居たんだ。
目の前に小さな竜巻を起こして維持させる訓練かな、砂塵が舞うので何とか見えるが風の魔法は殆ど視認出来ないんだ。
「よぅ、ゴーレムマスター。久し振りだな」
リッパー殿から挨拶をしてきた。公式な舞踏会にも呼ばれない程に素行の悪さを危険視されてるらしいので、中々会う機会が無いが言葉に棘はないな。
「同じ王宮内に居るのに、中々会いませんね。今日は配下の宮廷魔術師団員の指導ですか?」
別に敵対はしていないので普通に接する、配下の連中も特に恨めしそうに見ていない。勝負を挑まれて席次は下がったが今の僕は第二席、勝てない喧嘩はしない人だ。
「まぁな、これから忙しくなりそうだからよ。楽しくなるぜ?」
「確かに宮廷魔術師の本来の仕事が増えそうですね、僕も楽しみにしています」
ニタリと笑われたので、ニヤリと黒いと言われる笑みを浮かべる。双方の配下の連中も引き気味なのは、リッパー殿の笑みの所為だな。
「お前の周囲が騒がしくなってるぜ、俺にまで誘いが来たが勝てない戦いはしない主義だからよ……気を付けろ」
リッパー殿にまで誘いが?つまり僕と敵対している、しそうな連中に声掛けをしている奴等が居るんだな。
「有難う御座います」
「ふん、俺が挑む前に潰れるんじゃないぜ?」
中々に義理堅いというか、時勢に聡いというか。まぁリッパー殿は敵対しないだけでも助かる。
リッパー殿と配下の連中が練兵場から離れて行くと、入れ違いで僕の専属侍女が淑女達を従えて客席に集まって来たので軽く手を振っておく。
「観客席に人が沢山居ますね?」
「常に戦場で功績を上げ続けているリーンハルトの力を少しでも知りたい、奴等にはそんな思いが……」
「違うと思います、彼女達は単純にリーンハルト兄様の勇姿が見たいだけです」
賑やかな淑女の集団だが、イーリンとセシリアの仲良しメンバーだ。笑顔で手を振る連中だから、ウェラー嬢は情報収集の為の諜報員じゃなく本来の意味の観客として無害と判断したな。
だが彼女達は全員が凄腕の諜報員だよ、淑女達の情報網を甘く見ると痛い目に遭うのは学んだ。
「ふむ、リーンハルトは王宮の侍女と警備兵に大人気じゃからな。なのに下級官吏の糞共め、悉(ことごと)く失脚すれば良いんじゃよ」
「これがリーンハルト兄様の嫌がる人気ですか、フレイナル兄様は淑女達に大人気なのが羨ましい妬ましいと悶えてました」
女性陣の評価が酷い、酷すぎる。老人と少女の会話じゃない、そしてフレイナル殿の俗っぽさに涙が隠し切れない。
そんなに女性陣に囲まれてチヤホヤされたいのか?いや年頃の男子なら当然の夢だよな、僕が女性関係では恵まれているだけだ。
イルメラにウィンディア、アーシャにジゼル嬢と美少女に囲まれている果報者故の余裕か……
だがフレイナル殿には婚約者も居ないと聞いた、末席とはいえ宮廷魔術師なのに人気が無いのは何故だ?
アンドレアル殿の考えも有るとは思うが、今度お茶会か舞踏会に誘った方が良いかな?
「注目の的だけど始めよう、先ずは僕のゴーレムポーンに『自在槍』で攻撃して見せてくれ」
彼女から20m離れた場所に、ゴーレムポーンを一体錬金する。
「分かったわ、でも動かない的は嫌よ!実戦形式でお願いするわ」
腰からロッドを引き抜いて構えたと思ったら、いきなりゴーレムポーンに走り出した!
ウェラー嬢の予想外の行動に焦る、急いで繋いでいるラインを通じてゴーレムポーンにロングソードとラウンドシールドを構えさせる。
最下級のゴーレムポーンだが、戦士職でレベル30の強さが有るので簡単には負けないぞ。
「自在槍!」
10m手前で右手を突き出し『自在槍』を真っ直ぐ伸ばす、中々の錬金精度だし速さも威力も申し分無いが単調過ぎる。
ラウンドシールドを構えて直撃を避ける、甲高い音がして自在槍を弾いたが……
「へぇ、中々やるじゃないか。少しだけ甘く見ていたよ」
右手から生えた自在槍を弾かれた力を利用して、更に自身が一回転する事で威力を増した。真横から遠心力も載せた一撃、惜しむらくはラウンドシールドを構えた方だった事だ。
これがロングソードを持つ方だったら防御出来なかったぞ……
「む、ゴーレムポーンをよろけさせるとは驚いた、だが未だ僕のゴーレムポーンは無傷だぞ」
ウェラー嬢は先端を槍から斧に切り替えている、でも僕のラウンドシールドは傷付かない。
身体を半回転させて今度はロングソードを持つ方から攻撃を加えるが、二度目の攻撃は通じない。
落ち着いてロングソードで自在槍を弾く、だがウェラー嬢は自在槍を掌から外した。しかも棒状の自在槍が柔らかくなり、弾いたロングソードごとゴーレムポーンに巻き付いただと?
「僕の山嵐の鋼鉄の蔦と同じか、身体から離れても制御出来るとは驚いた」
外した自在槍に繋いだラインは五本、未だ制御は甘いし無駄も多い。だが槍一本に五本繋いだからこそ、僕のゴーレムポーンの動きを制限している。
「これで決めるわ!」
自在槍に拘束されて動きに制限が加わったゴーレムポーンの兜目掛けて、更に自在槍を突き出す!
貫通力を高める為に強度と速度に重点を置いた一撃だな、最初の攻撃よりも五割増しの威力は有る。
避けようにも両手が拘束されて無理だ、強引に振り払うのは間に合わない。
フェイスガードの隙間から自在槍が突き刺さり、ゴーレムポーンの兜が弾け飛んだ。
「やったわ!私が勝ったのよね?」
淑女が拳(こぶし)を天に突き上げて喜びを表すだと?もう少し周囲に気を使わないとだな、色々と言われてしまうんだぞ。
君自身も父親であるユリエル殿も、貴族の令嬢らしからぬとかね。
それが貴族の柵(しがらみ)で下らないと思うが悪評は何れ立場を悪くさせる、直接的な武力を使わない政争は本当に面倒臭くて嫌だ。
「合格だよ、単純に伸びるだけの自在槍の先端部分を槍から斧に変えて打撃力を高めた。
更に棒状の槍を鋼鉄の蔦に変えて拘束、動きが鈍くなった相手に致命傷となる最高の一撃か……」
「ふむ、まぁまぁじゃな。だが悪くは無いが、発想はリーンハルトに酷似している。似た者同士じゃぞ」
カッカッカって変な笑い方で総評を纏めてくれたが、確かに発想は似ている。山嵐も自在槍も本数と出現位置の違いは有れど、基本的には同じ効果を生み出す。
ウェラー嬢は自在槍の魔法に工夫を施して半オリジナル魔法に作り替えた、短期間でだ。
彼女を自分の下位互換とか舐めていた、自分流に魔法を作り替えられる連中の出現を僕は待っていたんだ。
そして目の前に条件を満たした魔術師が居る、未だ幼く問題児だが素質も悪くないし前向きで勝ち気な性格も良い。
「リーンハルト兄様、見本を見せて下さい。自在槍の魔法も研究したんでしょ?」
今も挑発的な笑顔を向けてくる、実力差に怯まず挑戦する姿勢は眩しくも有る。後ろに立つサリアリス様も優しい笑顔を浮かべている、ならば全力で見せて上げよう。
「良いよ、攻撃対象のゴーレムを錬金してくれ。僕なりに改良した自在槍を見せよう」
共に魔導の深淵に挑む仲間を見付けた喜び、だから手加減無しの遠慮無しの全力全開だ!
◇◇◇◇◇◇
噂に聞いた事と実際に見せて貰った山嵐の効果を自分なりに考えていて、短期間で自在槍に組み込んだ。
会心の出来映え、サリアリス様も喜んでくれた。リーンハルト兄様も頷いている、でもあの人達は私の遙か先を歩いている。
自惚れなんて出来ない、でも僅かでも自分との距離を確認したい。同じ魔法、同じ時に覚えた、私は全力で改良したけどリーンハルト兄様はどうなの?
「良いよ、攻撃対象のゴーレムを錬金してくれ。僕なりに改良した自在槍を見せよう」
やはり余裕が有る、だけど自慢したいとか負けさせるとか負の感情は無い。良く分からないけど、あの笑みは私を指導してくれている時のお父様と同じ?
「クリエイトゴーレム!私のお人形さん達よ、お願い力を貸して」
私のゴーレム(お人形さん)は鉄製、装飾を省いた機能重視のノッペリとした外観。
リーンハルト兄様のゴーレムシリーズは意匠も能力も桁違い、でも私は見た目よりも無駄を省いた能力重視。
繋いだラインは三本、このアイアンゴーレム三体が、私の最高のお人形さん達よ。
「見事だよ、見た目より機能を重視したんだね。繋いだラインは三本、鉄製だが不純物が少し多いかな。
この模擬戦が終わったら鋼鉄を錬金する術(すべ)を教えよう。では、始めようか?」
鋼鉄?土属性魔術師の中でも限られた高位魔術師達しか錬金出来ない事を私に教えてくれるの?
見ただけで鑑定出来るのね、これが四属性最弱と言われた土属性魔術師なのに宮廷魔術師第二席になった実力。
「受けて立ちますわ、リーンハルト兄様!」
な?両手を水平に持ち上げて掌から肘の間に直径1㎝程の黒光りする管を大量に巻き付けた。私の自在槍は直径3㎝なのに遥かに細い、そしてウネウネした気持ち悪い動き。
「自在槍変形、黒縄(こくじょう)!」
右腕を振り下ろすと十本以上の自在槍……いえ、黒縄が真っ直ぐ伸びて三体並んだ真ん中のお人形さんを貫いた。
私の自在槍はフェイスガードの隙間を狙い弾き飛ばしただけなのに、鉄の装甲を軽々と貫通?
「いけない!私のお人形さん達、左右からリーンハルト兄様を攻撃して」
ボーッとしちゃ駄目、左右から離れて挟み込む様にリーンハルト兄様を攻撃する。距離が近いから、どちらかは接近して攻撃が……
「嘘でしょ?人間を持ち上げる事が出来るの?」
左右からの挟撃を避ける為に、リーンハルト兄様は自らの身体に黒縄を巻き付けて持ち上げた。
起点となるのは最初にお人形さんを貫通した十本の黒縄、そして地上20m位に登ったリーンハルト兄様は左手を振り下ろした。
雨の様に真っ直ぐ伸びだ黒縄が、二体目のお人形さんを穴だらけにする。その隙にリーンハルト兄様は地上に降りた、両手に黒縄を引き戻し最後の一体に向けて全ての黒縄を左右から水平に振り抜いた。
黒い線が幾筋も真横に走ったと思ったら……
「私のお人形さんが、鉄製のお人形さんが輪切りに?あの黒縄は鉄をも切断するの?」
完敗よ、あの細い黒縄は鉄製のゴーレムの装甲に容易く穴を開けたり引き裂いたり出来るのね。
しかも人間に巻き付いて持ち上げるなんて発想は、私なんかじゃ無理よ!
「ウェラーよ、どうやらリーンハルトは古代の叡智である魔力刃を現代に復活させたみたいだの。あの黒縄の先端が淡く光るのがそうじゃな」
ドヤ顔のサリアリス様を見て思う、リーンハルト兄様を本当に大切に思っているのね。後継者であり自慢の愛弟子、何れリーンハルト兄様は宮廷魔術師筆頭になる……
「魔力刃?あの古代のナンバーズワンドに仕込まれた魔力刃を蘇らせたの?凄い、凄いわ!」
現代の魔術師の誰もが不可能と言われた、古代魔法を蘇らせるなんて……
淡々として近付いてくるリーンハルト兄様が、客席の侍女達に手を振ってサービスしているわ。それを喜ぶ侍女達、本当に嬉しそうで嫉妬しちゃうわね。
フレイナル兄様には不可能よ、この偉業を達成しても平常心を保つリーンハルト兄様には絶対に勝てないわ。
でも王宮侍女って結構なエリートの筈なのに、あの何故か壺を持ってる侍女は中の液体を周囲に振り撒いているけど平気かしら?
「完敗です、リーンハルト兄様」
素直に頭を下げる、此処まで実力差が有ると逆に嫉妬とか出来ないわよ。
「幾らなんでも負けないさ、だが見込みは有るよ。そうですよね、サリアリス様?」
「ふむ、そうじゃな。儂に弟子入りするか、リーンハルトに弟子入りするか選ばせるのも一興よの」
リーンハルト兄様は私の目指す理想形、師弟関係を結ぶ事は彼の知識を余す事なく吸収出来る。
サリアリス様に弟子入りすると、リーンハルト兄様は兄弟子で私は妹弟子となる。ならば私は……
「私は、サリアリス様に弟子入りしたいと思います」
そうお願いして深く頭を下げる、リーンハルト兄様は兄弟子としての関係が一番良いと思うから。