古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第459話

 信頼していた未成年の臣下の凄い本音話を聞いた、リーンハルトは嘘はついていなかった。

 それは俺のギフトによる聴覚強化で、奴の心音に乱れが無かった事でも証明された。まさか平民の娘の為に、数か月間で一連の出来事を全て行ったのか?

 お前、どれだけ一途で愛情が深いんだよ!少し怖いぞ、相当重たい愛情だな。

 

 しかし……しかし厚い忠誠心の理由が自分と大切な連中が幸せになる為にと、何とも青臭いモノだった。

 青臭い理想だが手段は老練で堅実だった、誰にも文句を言われない為に早々に魔術師の頂点を目指し権力を手に入れた。現実を見れない馬鹿な夢想家じゃない、それが奴の恐ろしい所だ。

 そしてエムデン王国の繁栄の為に、国王である俺に絶対の忠誠心を誓ったか……

 

 頭を下げて謁見室を出て行く奴の背中を見詰める、確かに希望は叶っただろう。

 宮廷魔術師第二席の侯爵待遇、成り上がる為の手段と結果が齎(もたら)した確かな実績と実力。

 リーンハルトの魔術師としての力量、錬金術師としての技能、そしてザスキアとジゼルという参謀を迎えた事による政治力。

 殆どの国民が奴の事を支持するだろう、だが俺も一緒に持ち上げている事が嫌らしい。俺と奴は国民を大切にしている事を強烈にアピールしている……アレか?奴の大切な平民の女の為の伏線か?

 

 だがアイツを抜きに今後のエムデン王国の繁栄は難しい、そして目障りなバーリンゲン王国を自分とザスキアだけで属国化させるという自信。

 自前の無言兵団五百体に下級魔力石に仕込んだ簡易ゴーレム軍団、それにザスキアの諜報部隊が加われば可能と判断したな。

 大言壮語をしない奴が言い切ったんだ、ハイゼルン砦攻略と同じ位に自信が有るんだな。何とも頼もしい男じゃないか……

 

「リズリット、もう下手な手出しは無用だぞ。パミュラスの件に魔力砲と、お前はリーンハルトに借りが有るだろう。奴はエムデン王国を繁栄させる限り、俺を裏切らない。絶対にな」

 

 少しだけ不機嫌そうなわが王妃に釘を刺しておくか。俺には忠誠を誓ったが、お前は分からないぞ。

 特に女絡みで不義理な事をすれば、黙っているほど甘い奴じゃねぇ。

 直ぐにザスキアの借りを利息付きで返して来た、俺はザスキアには捕まるなと忠告したが奴は捕まったな。

 性的な意味でなく協力者と言うか信頼できる仲間としての大切な女、だが将来的には未だ分からない。

 

 異性の信頼する相手との距離感は難しい、仲間としての好意が愛情に変わる事は良く有るからな。

 リーンハルトの妻達も苦労するぞ、身分上位者の恋敵か。奴の慌て振りが目に見える様だ。くくく、俺を困らせた罰だからな。それ位は許容して貰うぞ。

 

「ですが不安は拭い切れません、あの子は出来過ぎです。確かに有能ですが、何処かで手綱を握らないと危険ではないでしょうか?」

 

「落ち着け、奴は常に誠意と結果で応えている。なのに不安だからと下手な策を弄するな、結果的に俺の利益にはなったが、お前は切り捨てられたかもしれないぞ」

 

 有り得ないとは思うが、最悪は大切な連中を引き連れて他国に亡命か隠遁(いんとん)だな。簒奪はしないだろうが追っ手は全て倒すだろう。

 エルフ族やドワーフ族とも懇意らしいし、奴等を頼る可能性も有る。今の地位も立場も自分の幸せの為に掴んだモノだ、不幸になるなら簡単に手放すだろう。

 奴は地位や名誉に拘る事は無い、守るモノが明確だから迷いも無い。だから強いし扱い辛いんだ。

 

 奴の優先順位は厳格だ、平民の娘の為に短期間で魔術師の頂点に簡単に収まる程だぞ。

 それだけの能力を持ちながら、貴族の柵(しがらみ)を理解してながら妾でなく側室にと望んだ。

 そんな相手を蔑(ないがし)ろにしてみろ、表面上は従っても必ず仕返しはする辛辣さと腹黒さを持っている。

 折角無条件で信頼できる臣下を得たのに、お前の為に裏切る可能性が出て来たとか勘弁しろ!

 

「申し訳有りませんでした、今後は気を付けます。ですが、コッペリスの件は……」

 

 リズリットはコッペリスに拘るな、アイツは抱いても面白みの無い女だった。多分だが俺に興味も愛情も無い、実家への義務程度の感情だろう。

 

「本当に惜しむ才能なのか?リーンハルトとザスキアを敵に回しても勝てるのか?勝てないから、お前に泣き付いて来たのだろう?」

 

 アイツ等の事だ、迷惑を掛けて来たコッペリスに何も仕返ししない訳が無い。それを去なせるだけの能力が有るなら考えるが、今回はリズリットに泣き付いただけだ。

 とてもじゃないが、有能とは思えないぞ。

 

「あの子は謀略に長けています、直接的な武力は無いのですが宮廷内での政争に強いのです」

 

 武力?戦士や魔術師じゃないから用意出来る戦力って意味か、単一最強戦力ならサリアリスとリーンハルトで十分だ。だが謀略渦巻く後宮では、リズリットに必要な女か。

 

「敵は身内に居るって奴か、お前の権力争いに必要なんだな。全く困った問題だな、ザスキアの貸しが無くなった今なら奴はコッペリスを追い込むぞ」

 

 あの女狐もリーンハルトが代わりに借りを返したとなれば、合法的に慎重に原因を排除する筈だ。敵対した奴を見逃す程甘くない、そんな地雷女を引き込む意味は無い。

 リズリットは良く出来た女で一番愛情を感じているが、王としての立場から見れば今回の件は愚か過ぎる。

 最終的な判断をリーンハルトに任せたとはいえ、選択肢を狭めて追い込んだ事は事実だ。結果的に奴の大切な括りの中のザスキアに負担を強いて、それをリーンハルトが清算した。

 

 アイツ等の結束に枷を嵌めるつもりが、余計に絆が強固になり本末転倒の結果となった。

 あの二人はバーリンゲン王国を追い込むだろう、その成果は巨大で誰も文句は言えない。仮に他の連中がウルム王国と旧コトプス帝国を潰しても、少数で一国を落としたならば……

 戦後の論功行賞は揉める、だが報酬の領地や利権に資産は多いから問題は少ないか。今回は借りを清算する為に恩賞は盛大に行う、場合によってはセラス以外の王族と恋愛させても良いな。

 アレはお仕着せは嫌だが、懐まで入り込めば拒絶出来ない弱さが有る。優しさと言い換えても良いがな、まぁ未だ未成年だし女絡みの失敗は人生に必要な教訓だ。

 

 バーリンゲン王国は属国化し、統治はグーデリアルに任せる。ウルム王国は敗残兵や残存勢力は一掃する必要が有るので、俺が直接乗り込んで統治する。

 旧コトプス帝国の奴等も含めて全て探し出して倒す、不安の種は残さない為にも皆殺しにする。

 そしてエムデン王国には、リーンハルトを残す。『王国の守護者』らしいからな、国民も安心するだろうし奴には少し休暇が必要だ。

 

 旧ウルム王国領が有る程度落ち着くには三年以上は掛かるだろう、褒美として領地を細かく配下に与えて管理させ直轄地は俺が面倒を見る。

 俺が直接統治出来るのは一年位で後は代官任せになるが、完全に領地に組み込むには更に十年前後は必要だろう。

 だが直轄国が三国分に属国が一国、これで周辺国家にも睨みを利かせる事が出来る。

 

 リズリットが拘るコッペリスは領地と爵位を与えて自由にさせる、ローランがリーンハルトに爵位を与える代わりに返上したエリアル領と男爵位を与えるか。

 女性当主は少ない、コッペリスがエリアル男爵になれば王宮への出入りも許可出来る。それなりの立場だが、現役公爵家当主や宮廷魔術師第二席とは張り合えない。

 俺が手助けするのは此処までだ、後は自力で何とかするんだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 謁見室から帰る途中で考える、廊下で擦れ違う侍女達に不審に思われない様に表情には気を付ける。

 内心はムカついていたが、アウレール王が調整してくれたしリズリット王妃の不安も分かる。

 僕の有力な後見人でもあるし、今回は我慢する必要が有る。だが今回渡した二つのマジックアイテムは絶対に欲しがるとは思うが、量産しないし渡さない。

 代替えとして宝物庫で見せて貰った単発の物理的攻撃を一回だけ無効にする護符を研究して量産化しよう、それなら『魔法障壁のブレスレット』と被らない。

 継続的な防御と単発防御、物理的攻撃だけ複数回防げるとか情報が混同すれば良いな。

 

 考え事をしていたら、直ぐに自分の執務室に到着した。出迎えのイーリンが不安そうな顔をしている、彼女は一連の遣り取りを聞いているのか?

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

「ただいま、イーリン。不安そうな顔だが、何か心配事かい?」

 

 他の侍女達が居ない事を考えると、彼女の為に席を外したと見るか他に用事が出来たと見るか。

 

「その、お姉様……いえ、ザスキア公爵様が……」

 

「ああ、僕もザスキア公爵に話が有るのだが執務室に居るのかな?」

 

 流石に顔を合わせ辛いだろうな、僕との約束を僕の為にと破ってアウレール王に直談判までしてくれたんだ。

 確かにリズリット王妃と繋がっているコッペリス様を追い込むのはリスクが高かった、だが清算済みだし問題は無い。

 後はこのまま見逃すか追撃するかは、ザスキア公爵に聞いてみて判断しよう。ちょっかい掛けて来て無傷で見逃す程、僕等を甘いと思うなよ。

 

「はい、執務室に居ますので此方を訪ねる様に伺いを……」

 

「たまには僕から訪ねるよ、案内を頼む」

 

 イーリンの言葉を遮る様に言葉を被せる、不在とは言えハンナ達には聞かせられない。

 彼女の侍女達は身内で固めているらしいから、向こうの執務室の方が防諜は万全だろう。

 コッペリス様の件や、二つのブレスレットの件は教えられない。アレは秘密にするから効果が高い、知られたら対応される。

 

「はい、ご案内致します。それとザスキア公爵様を叱らないで下さい、約束を破る事は悪いと思いますが……」

 

「悪意無く思いやりしかなかった、それを約束を破ったと怒るほど僕は心が狭くも恥知らずでもないつもりだよ」

 

 なるべく自然に笑いかける、そうだ彼女は悪くない。僕の為にと不利な条件を飲もうとした、国王に借りを作るなど返済が大変だろう。

 相手だって一番有利な時期と条件で返済を求めて来る、だから直ぐに借りを返した。

 

「有り難う御座います。ザスキア公爵様は自分の失態に巻き込んで、リーンハルト様を破滅に巻き込む最低な女になりたくないと言っていました。それは受けては駄目な愛情だからと……」

 

 立ち止まって真剣な表情で僕を見る、近いからもうザスキア公爵の執務室の扉の前だ。

 

「受けては駄目な愛情?」

 

 愛情は与え合う物だろう、一方的な愛情は違うと思うんだ。そして打算や見返りは求めないものだ、それを受けられないとは……

 

「好きな人の為ならば全てを(なげう)っても助ける、端から聞けば美談ですが要は相手に全てを捨てさせる最低な行為だそうです」

 

「僕も一方的な好意を向けていた、お互いの気持ちを理解していなかったんだな。

有り難う、イーリン。確かに自分だからこれだけ出来るとか与えられるとか、凄く傲慢な考えだったよ」

 

 僕は少し思い上がっていたんだな、上から目線の押し付けに自信過剰な態度。これじゃ反発する連中も居るか、反省が必要だよな。

 

「いえ、それも違うと思うのですが……近くで見ているとモヤモヤすると言うか、早く食っちまえと思うと言うか、とっとと押し倒せよと言うか」

 

 あれ?もしかして微妙に否定されたのか?イーリンが扉を開けてくれたので中に入るが、先程の答えも微妙に不正解なのかな?

 


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