古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第460話

 二回目のザスキア公爵の執務室への訪問、前回と内装が変わっていている。

 皮製のソファーセットに重厚なオーク材のテーブル、足首まで埋まる絨毯に見事な硝子細工のシャンデリア。

 落ち着いた雰囲気で纏められているが同時に豪華さが際立つ、そして居心地悪そうに立って出迎えてくれたザスキア公爵。

 

「あら、どうしたのかしら?私の執務室に訪ねて来るなんて珍しいわね」

 

 これは僕がリズリット王妃と会ってた事を知ってるな、多分だがアウレール王と謁見した事もだ。気持ち的には隠し事がバレて気まずいって所かな?

 

「お互いの事をもう少し知っていても良いかな?って思いまして、遊びに来ました」

 

 固い話は無しにして気楽に話を進めよう、お互いに隠し事や疚しい事は有ると思うが……それはそれだ。

 

「あらあら、真面目なリーンハルト様が仕事中に遊びに?イーリン、お茶を淹れて下さいな」

 

「はい、畏まりました。ザスキア公爵様」

 

 ソファーを勧められたので向かい合って座る、いきなり本題には入らないので執務室の模様替えを褒める。

 上級貴族の執務室ともなれば定期的に模様替えが必要かと思えば違うらしい、只の気分転換よと笑われた。

 イーリンが紅茶と焼き菓子を用意してくれた、驚いた事に焼き菓子はザスキア公爵の手作りだそうだ。

 つまり僕の訪問は予想済みだった、下手したら責められる位は考えていたかな?

 その少し嬉しそうな、しかし困ってます的な表情も演技なのか素なのかは僕には分からない。だけど思い遣りや誠意は感じている、じゃなきゃアウレール王に直談判などしない。

 

「ザスキア公爵に謝らないと駄目な事が有ります、僕は少しばかり先走り過ぎたみたいです。申し訳無いです」

 

 そう言って頭を下げる、ザスキア公爵の方が身分上位者だから問題無い。格下に頭を下げると騒ぐ奴もいるが、今は関係無い。

 

「ち、ちょっと駄目よ。殿方が簡単に女に頭を下げちゃ駄目なのよ」

 

 本気で慌てているみたいだな、自分の方に負い目が有ると思っていたからか?

 

「許すと言ってくれるまでは止めません」

 

 謝罪する側から許すまで止めないとか、有り得ない脅迫だよな。自分で言っていて呆れる、だがこの謝罪は受けて貰う必要が有る。

 

「分かった、分かりましたから。謝罪を受け取るから頭を上げなさい、貴方はもう少し自分の影響力と立場を考えなさいな」

 

「そうですか、謝罪を受け取って頂き有り難う御座います」

 

 頭を上げると苦笑いのザスキア公爵と目が合った、あらあら困った子なのね的な感じだろうか?

 だがこれで言質は取ったから、反論は何も聞かないぞ。

 場の雰囲気を切り替える為に、焼き菓子を食べて素直に美味しいと褒める。実際に中にブルーベリージャムが入ったクーヘンと呼べれる焼き菓子だが普通に美味い、サクサクした食感と程良いベリーの酸味も好みだ。

 

「リーンハルト様は、もしかして御存知なの?」

 

「はい。アウレール王とリズリット王妃、それとイーリンからも聞きました。最初は水臭いと思い次は自分の不甲斐なさに呆れ、最後はお互いに馬鹿だったと笑いました」

 

「あら?私にも淑女としての意地が有りますのよ。好きな殿方を破滅に導く悪女にはなりたくないの」

 

 挑戦的な視線、両手を胸の前で組むから母性の象徴が盛り上がってます。敢えて見せているのだろうが、視線は彼女の目から外さないで下には向けないぞ。

 

「傾国の美女ですね、確かに僕はザスキア公爵の為ならバーリンゲン王国を一人で落としてみせましょう。最初はそう思っていました、それも信頼に対する当たり前の行為だと……」

 

 一旦言葉を止める、ザスキア公爵は驚いた表情で、イーリンはもっと驚いて口を開けたまま固まっている。

 確かに一人の女性の為に一国を単独で落とすと言ったんだ、傾国の美女に誑し込まれた馬鹿な男と同じだと思ったから呆れたのだろう。

 

「自惚れじゃなく僕等は強い権力と力を持っています、信頼する相手の為ならと色々な手段や方法を幾つも持っている。

相手に迷惑を掛けない為にと内緒で対処してしまう、今回の件は其処をリズリット王妃に突かれた感じですね」

 

「まぁね、あの女狐王妃は私とリーンハルト様の絆に楔を打ち込みたかったのよ。でも私はそれが我慢出来なくて、アウレール王にお願いして無かった事にして貰ったの。コッペリスに負けた訳じゃないけど、少しだけ悔しいわね」

 

 自分が悔しいからと理由を偽ったな、僕は自分が原因だと知ってるのだが……

 

「今後はお互いに相談しましょう、僕も見栄を張りたいのですが同じ方向を向いていても擦れ違いが生じる事は学びました。

だからバーリンゲン王国の攻略は答え合わせじゃなくて、最初から協力しましょう。アウレール王からも結婚式に参加した時に、上品に喧嘩を売れと言われてます」

 

「あらあら、アウレール王も今回は本気みたいね。二方面作戦が可能と知ったから、バーリンゲン王国に優柔不断な対応はさせないって事よね?」

 

「序でにウルム王国にも旧コトプス帝国にも上品な喧嘩を売る予定です、彼等を煽るのは炙り出しも兼ねてます。

毎回裏で暗躍する連中を全て表に引き摺り出す、今回で過去の因縁は全て断ち切るのでしょう」

 

 もっとも僕は過去の大戦の関係者ではないので、バーリンゲン王国の方を任されたのですが……そう続けて言葉を纏めた。

 そろそろ謀略家のザスキア公爵も血が騒いで色々と考え始めたみたいだ、その微笑みの仮面の下にはどんな悪辣なアイデアが渦巻いているのかな?

 

「ああ、そうだった。アウレール王から言質は取っています、バーリンゲン王国に対応するのは僕とザスキア公爵だけで他は全てウルム王国に向かいます」

 

「ふふふふ、当初の案の通りに降伏からの属国化で良いのよね?」

 

 その後で二時間以上、ザスキア公爵とバーリンゲン王国に対する謀略の進め方を話し合った。

 内容的には、イーリンがドン引きしていたので相当悪辣なのだろう。だが僕達の幸せの為に沈んで下さい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何度目か淹れ替えて貰った紅茶を飲む、窓から差し込む陽光が真っ赤だ。もう夕方なのだろう、大分本音で語り合えたな。

 

「他人が聞いたら信じられない内容よね、でも高確率でバーリンゲン王国はエムデン王国に屈するわ。存続か滅亡か、フラフラと蝙蝠みたいな外交をしていたツケを清算して貰うのね」

 

「多民族国家故の弱点ですね、あんな旨味の少ない国を直接統治するのは嫌ですよ。まぁ其処に付け込む僕等は相当悪辣な奴でしょうね、他国ながら同情だけはしてあげます」

 

 クスクスと笑い合う、答え合わせは九割は同じだが一割の違いを摺り合わせるのに長く話し合った。

 だが事前に答え合わせをしていて良かった、この齟齬は後半に発覚したらヤバい問題だった。

 

「確かにお互いに相談し合うのは大切ね。殆ど同じ考えだったのに、まさか其処が違うなんて……」

 

「こればっかりは予想の範疇外でしたね、今後も重要案件は事前に相談が必要ですね」

 

「ふふふ、本当にね。まさかリーンハルト様と謀略について語り合える日が来るとは思わなかったわ、こう言う話は嫌いかと思ってたもの」

 

 困った子ね、お姉さん驚いたわ的に言われてしまった。イーリンのドン引き具合からしても本当なのだろう。

 だが過去の教訓に学び対応出来る、仲間ってそう言う物なんだよな。見直す事が出来たので、リズリット王妃にも感謝だけしておくかな。

 

「そうだった、コッペリス様の件はどうしましょう?」

 

 復讐するのか嫌がらせレベルで止めるか、それとも無視するか?彼女は当事者だから今後の為にも確認しておく必要が有る。

 

「捨て置きましょう、それが一番堪えるのよね。高い授業料をアウレール王に払うけど、それは仕方無いと諦めるわ」

 

 妙にサバサバしているけど、本当に放置で大丈夫なのかな?嗚呼、そうか!アウレール王に頼んで僕から引き離して貰ったから追撃は無しと考えているな。

 そして大きな借りが出来たけど、それを授業料と言って僕に詳細は言わないつもりか……

 

「ザスキア公爵がアウレール王に借りた件ですが、僕が利息を含めて倍返ししておきました。いや、リズリット王妃にも謝罪させちゃって結構ヤバいと慌てちゃいましたよ」

 

 アハハハッて頭を掻いて笑って誤魔化す、国王に配慮され王妃に謝罪させた臣下なんて僕くらいだろうな。

 

「り、リーンハルトさま?」

 

 ザスキア公爵がソファーから立ち上がり両手を握り締めてブルブル震えている、まぁ当然だけど怒るよね?

 

「リーンハルトさまっ!貴方って人は、私には重要案件は事前に相談しろって言いながら自分はっ!」

 

 ヤバい、本気で怒ってる。真っ赤になって涙まで浮かべてる、イーリンは素早く出入口を確保して逃げ出せない様にしたな!

 

「最初に謝罪したし、受け入れてくれましたよね?」

 

 言質は取ったぞ、悪いと思ったから最初に謝罪したんだ。だがザスキア公爵は頭から湯気が立ち上る位に怒ってる、コレって何を言っても駄目なパターンだ!

 

 視線を巡らせて逃げ道を探す。駄目だ、唯一の逃げ道である出入口の扉はイーリンが両手を広げて守っている。此方も真っ赤になって怒って塞いでいる。

 

 君は僕の専属侍女だろ、助けろよ!

 

「イーリン、裏切ったな!僕を裏切るんだな」

 

「こんなに心配させる殿方だったなんて!裏切られたのは私の方です、リーンハルト様のバカァ!」

 

 仕えし主を馬鹿扱いって……自覚が有るから余計に辛い。辛いのだが、今捕まると、どんな理不尽な要求も飲まねばならない気がする。

 

 唯一残された逃げ道は、窓だけだ!

 

 ジリジリと近付くザスキア公爵を牽制しながら窓際に移動する。

 

「リーンハルト様、本来なら感謝すべき所ですが感情が認めません。大人しく捕まって下さい、大丈夫です優しくしますから?」

 

「何故に最後が疑問系?ですが僕も魔術師達の頂点で土属性を極めし宮廷魔術師第二席、その実力を見せましょう!」

 

 窓を開けて外に飛び出す!

 

「り、リーンハルトさまっ!此処は五階なのよ」

 

 黒縄(こくじょう)を窓枠に絡めて自分の身体を支えて下に急降下する、僕は30m迄なら自分の身体を支えられる。

 下に下ろすだけなら余裕だ、だから全然大丈夫だ!

 何事かと集まって来た警備兵に問題無いと下がらせる、この黒縄だが移動補助に使えるぞ。少し訓練するか、魔力刃と併用すれば高い城壁も登り降り出来る。

 

「ザスキア公爵、ごめんなさい!また明日にでも話し合いましょう。イーリンも悪かったから機嫌を直せよな!」

 

 窓から身を乗り出す彼女達に手を振って逃げる様に走り出す、今日は執務室には戻らずに帰る事にしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 黒縄(こくじょう)による移動訓練、自分の屋敷に戻って庭の隅に有る一寸した林まで来た。

 此処は設えた東屋を本館からの視線を遮る為に植えたらしい、外での密談用?

 

「うん、丁度良い枝振りだ」

 

 適度に張り出した枝が並んでいる、僕の考えでは密林に生息する手長猿の移動方法を真似出来ると思う。

 彼等は長い手を使い枝から枝へと移動する、ならば黒縄を使い同じく枝から枝に移動出来る筈だ。

 黒縄を伸ばして枝に絡める、縮めて身体を引っ張り次の枝に移ったら同じく黒縄を使い次の枝に移動する。

 伸縮自在の黒縄ならではの移動方法だ、応用として黒縄の先端に魔力刃を展開し移動先の固い物を貫き固定する。

 慣れればスムーズに移動出来る、障害物の多い場所でも有利になる。足の遅い魔術師の常識を覆せる筈だが、訓練しないと難しい。

 

「先ずは最初の枝にぶら下がるか……」

 

 頭上3mに有る枝に黒縄を絡めてから縮めて身体を持ち上げる、何だか蜘蛛になった気持ちだ。

 

「最初に移動する枝に黒縄を絡めるか」

 

 腕を一振りして8m先の枝に黒縄を伸ばして絡める、ガッチリと絡めた黒縄を引っ張り強度を確認する。

 

「うん、大丈夫だな。次は黒縄を縮めて身体を引っ張らせる、向こう側に着いた時に更に次の枝に黒縄を伸ばし引っ張る。さて、本番だ!」

 

 最初の黒縄を縮める事で身体が前に引っ張られる、途中で次の枝に黒縄を伸ばして絡め最初の黒縄を解く。

 結構タイミングがシビアだな、下手したら両方から引っ張られるぞ。

 

 二本目三本目と枝から枝に移動し四本目で身体を反転させて折り返す、ウチの林は狭いから直線は四本目までだ。

 暫くはクルクルと回り感覚を掴む、慣れればゴーレムキングを纏って移動が可能だな。三十分程繰り返してコツを掴む、今は規則正しい配置だが次は自然の森に行きランダムな間隔の木々の間を移動するか。

 

「最後に黒縄の戦闘用の変形技だ、魔力刃と組み合わせれば蔦状の刃物になる」

 

 10m先に大岩を錬金する、高さは3m程だが外周は5mを超える。

 両手に黒縄を纏わせてから目の前の岩に突き出す、真っ直ぐに伸びた二十本の黒縄は楽々と岩を貫通する。

 

「ハッ!」

 

 上下左右に黒縄を動かす、イメージ通りに岩は30㎝程の四角形に切り刻まれた。

 

「これ不味いな、ウェラー嬢のゴーレムを輪切りに出来た時に思ったけど……」

 

 殺傷能力が高過ぎる、簡単に人間を細切れに出来るから嫌悪感を抱かれる可能性が高い。効果的だが使い所が難しい、人間相手には封印かな?

 


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