古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第461話

 ザスキア公爵とイーリンを本格的に怒らせた、自分の為にだが国王に配慮させて王妃に謝罪させたんだ。

 下手したら不敬罪で物理的に首が飛んだかもしれないレベルの暴挙に、流石の二人も驚きを通り越して怒ったのだろう。

 それは別として、彼女達から逃げ出す時に黒縄(こくじょう)の新しい可能性を見いだした。

 伸縮自在の触手擬きは樹上を素早く移動する手長猿の如く、木々を伝って移動出来る。応用すれば障害物の多い場所で空間を目一杯使った機動が出来る。

 頭上からの攻撃とかも可能になる、これは室内や密閉空間での行動に幅が出来た。森林戦でも有利になる、夢が広がった!

 

 あと魔力刃を組み込んだ事により、うねる刃が扱える様になった。殺傷能力が高過ぎて残酷過ぎるので、対人戦では躊躇する。

 対象者が細切れの肉片になってしまうスプラッターな結果は、受け入れてくれる人が少ないと思うんだ。

 だが全方位に無差別攻撃が可能となった、これは単独行動がメインな僕にとって有効だ。初見殺しレベルの殺傷技だから……

 使い所は難しいが接近戦で全方位に対応出来る、これはこれで切り札にする。威嚇にも使えるし、魔力刃は刃こぼれしないから普通に固い障害物を切り刻んで撤去も可能だ。

 

 でもアレだな、ウェラー嬢には教えられない。極モノで危険過ぎるんだよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 快適な目覚めだ、昨夜は久し振りにアーシャと子作りに励んだ。四人での添い寝は週に二回と厳格に決められている、僕に決定権は無く話し合いにすら参加していない。

 二日共に休日前なので妙なテンションで出仕しなくて良かったと思う。

 あのテンションで出仕した場合、ザスキア公爵達が僕をどう思うか分からない。あの全知全能感と多幸感だと、何でも言う事を聞いてあげそうで怖い。

 余計な事を必ずすると思うんだ、バーナム伯爵達にはプラスに働いたけど毎回プラスとは限らないしマイナスも多そうだ……

 

 出仕する日は朝晩の食事は自分の屋敷で食べる、マナー重視の堅苦しい食事で食材こそ高級だが簡単な物にしている。

 朝食は日替わりのサラダとハムかベーコン、オムレツは毎回具材を変える。パンは自家製、最近はライ麦パンが多くずっしりと重たく酸味が強いが薄く切ってバターを塗ると風味が引き出されて美味い。

 それにデザートは季節のフルーツ、紅茶とミルクは両方だ。上級貴族としては質素な部類のメニューだが、朝からコース料理は勘弁して欲しい。肥満体が多いのは自己節制が出来ない証拠だぞ。

 アーシャの提案により食卓を囲むのは、僕とアーシャ、イルメラとウィンディアの四人。

 タイラントが口止めはしているが、屋敷の使用人達はイルメラとウィンディアが僕の側室になる事を知っている。

 

 夕食も同じメンバーで食卓を囲む、メニューは朝食より豪華にコース料理となる。イルメラとウィンディアがマナーを実践で学ぶ為にも必要だ。

 もうイルメラとウィンディアの手料理を食べる事は難しい、ケーキやお菓子は淑女の嗜みとして大丈夫なのだが残念だ。

 だが空間創造の中には彼女達の手料理を相当数ストックしている、たまに無性にイルメラのナイトバーガーを食べたくなるんだ。あとウィンディアのルラーデンも……

 

 生まれてからずっと従来貴族の男爵令嬢として教育が行き届いていたアーシャは別として、平民のイルメラと家臣だったウィンディアは一般的なマナーなら十分だが未だ足りない。

 僕は宮廷魔術師第二席の侯爵待遇だ、伯爵夫人としてのマナーを求められると心許ない。なのでアーシャとタイラントが、二人のマナー教育をしている、たまにジゼル嬢も教えているらしい。

 二人の地道な努力に感謝している、彼女達も僕に相応しいレディになると言ってくれるのが嬉しくて恥ずかしい。

 

 そんな幸福に浸りながら王宮に出仕すると上級貴族専用の馬車停めが騒がしい。珍しいな、此処の区画は侯爵待遇以上の本人と家族しか使えないんだ。

 御者が扉を開けてくれたので外に出る、騒いでいるのは……

 

「クリストハルト侯爵と青年が一人いるが彼が後継者かな?警備兵と揉めているぞ」

 

 馬車から降りた所で止められている、いや馬車に押し込まれているみたいだ。降りる事すら駄目らしいぞ、謹慎中だし哀れな措置だよな。

 警備兵も没落街道まっしぐらとは言え現役侯爵だ、相当気を使って何とか押し留めている。基本的に警備兵の方が力が強いから、クリストハルト侯爵達は押されて馬車から降りられない。

 

「クリストハルト侯爵様は現在謹慎中の為、この馬車停めの使用を止められています。出仕も不要と言われ、執務室も閉鎖されています。その、昨日も執務室の備品を運び出そうとして止められていました」

 

「執務室の備品?」

 

 書類とかじゃなくて備品?何故だろう、謹慎が解ければ持ち運びは自由な筈だ。今の時期に強行する意味って何だ?不思議な顔をしていたのか、御者が小声で教えてくれた。

 

 曰わく、資金繰りが厳しく執務室に飾ってある絵画等の美術品を回収したいそうだ。

 アウレール王から叱責を食らい王都の屋敷で謹慎中なのに、資金繰りの為に王宮に来るって恥も外聞も関係無くなっているのだろうか?

 

「クリストハルト侯爵の後継者殿は謹慎中なのに、憂さ晴らしの為に毎晩親子で歓楽街に繰り出し娼館を貸し切り豪遊しているそうです」

 

「愚かな、クリストハルト侯爵は浪費癖の有る後継者の教育に失敗しただけでなく自分も遊び呆けるとは呆れて何も言えないぞ」

 

 それだけ大貴族として領地没収とは恥ずべき事なんだ、後任のニーレンス公爵の善政によりクリストハルト侯爵は領地経営は無能と判断された。

 改善は殆ど不可能だし見栄を張る生き物たる貴族としては、その屈辱を忘れる為に飲んだくれて女遊びに耽るしかないのか。

 王宮の警備兵だけでは無理なので責任者の上級武官まで出て来た、悪態をついて帰って行ったが間違い無く上に報告が行ってクリストハルト侯爵の評価は更に下がる。

 

「哀れだな、愚か過ぎて本当に何も言えないよ。何故に名誉の回復の為に動かないんだ?」

 

 流石に貴族批判の出来ない御者は苦笑しながら頭を深く下げた、王宮専属の御者は貴族間の序列にも詳しい有能な連中だ。

 彼等は常に全ての貴族の上下関係を把握し記憶している、貴族院には爵位別の序列は記載されているが更新は年に一回程度。

 生の情報を常に更新しているのは彼等だけだ、勿論だが仕事に必要だからだけど……

 

「何時も助かるよ、感謝している」

 

 その生の情報は常に何かを判断する時の参考となるので本当に助かる、クリストハルト侯爵の財政は火の車だな。

 領地を没収されて借金だらけで収入はエムデン王国から支給される年金のみなのに、更に憂さ晴らしで豪遊し借金を重ねる。

 大貴族は金銭感覚が狂った変な連中は多いが、ここまで自分の置かれた状況を理解出来ない阿呆とは家族も大変だ。

 未だ八歳だったフランシーヌ嬢や、お付きのリリィ殿達家臣団はどうなったのだろう?

 

「勿体ない御言葉で御座います」

 

「今後とも宜しく頼むよ」

 

 軽く手を振り自分の執務室に向かう、朝から嫌なモノを見たが僕もこれからが本番なんだよ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おはよう」

 

「「「「「おはようございます、リーンハルト様!」」」」」

 

 恐る恐る執務室に入れば今日は全員揃っての出迎えだった、チラリとイーリンを見れば微笑んでくれたが……目が笑ってないんだよ、少し怖いぞ。

 

「えっと、今日は何か予定は有るかな?」

 

 大体の予定は事前に聞いて把握している、だが結構な頻度で僕の帰った後に仕事が舞い込む事も有る。

 宮廷魔術師の本来の仕事は外敵と戦い国を守る事、だから僕みたいに半分私事みたいな手紙書きでも基本的には問題無いそうだ。まめに出仕する上級貴族は現実には少ないらしい……

 後は配下の宮廷魔術師団員の鍛錬位だが、僕はアウレール王から助言と補佐もしろと言われた。

 だが具体的には何かを頼まれない限りは自由だ、今はバーリンゲン王国で催される結婚式への出席準備。それと開戦理由を作る事かな。

 

「レジスラル女官長からバーリンゲン王国の結婚式の件で、打合せの申し込みが来ています」

 

「そうですか、時間は其方に合わせますと連絡して下さい」

 

 執務机の上に置かれた三つのトレイは山盛りだ、仕事絡みの親書。派閥引き込みや謀略の為の恋文っぽい手紙、最後は贈り物の目録。冠婚葬祭絡みは無しか……

 今日も手紙を読んで返事を書くだけで半日以上潰れるな、やれやれ自分の仕事って何だろう?

 側近を雇って代筆させて自分は確認だけした方が捗るかな、でも代返や代筆が出来る側近なんて中々居ないし雇えない。

 そういう連中は譜代の家臣達が長年仕えながら覚えるモノだし、一代で家を興した僕には無いモノ強請りだよ。

 

「何処かに有能な側近が居ないかな?いや、無理か。ナナルとアシュタルを鍛えて、何とか数年後には政務の補佐も……」

 

「没落貴族の中で使えそうな連中を雇っては如何でしょう?当主の失態で没落した貴族の家臣達の中にも有能な方はいらっしゃいます」

 

 む、独り言にセシリアが反応してくれたが微妙な意見だな。没落貴族の家臣達?主の失態を諫められない連中が使い物になるのか?

 そもそも紐付きだ、派閥も違うし辞めた元雇い主との関係も微妙になるしデメリットの方が多くない?

 まだバーナム伯爵やライル団長、デオドラ男爵に相談した方がマシだろう。だが借りばかり増えるし、下手したらルーシュ嬢やソレッタ嬢を押し付けられそうで怖い。

 

「余り乗り気ではなさそうですが、主の暴走を諫められる家臣は現実には少ないのです。下手に意見すれば不興を買ってクビも有りますから、分かっていても黙っています」

 

 ふむ、絶賛没落中のバニシード公爵にクリストハルト侯爵家、それにアルノルト子爵家もか。だが敵対派閥の連中は駄目だな、何処かで繋がりが残ってるだろうし信用しきれない。

 

「それでも直ぐには信用出来ないし、王宮に同行も無理だろ?現実的には難しいよな、そんな信用出来て有能な者がフリーで居る訳がない。いたら最上級の待遇でも迎えたいよ」

 

 結局は時間を掛けて探すか育てろって事だ、全く一代で家を興すと必要なモノを一から揃えなければ駄目だから辛い。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 レジスラル女官長の使いとして、ベルメル殿が迎えに来た。この女性は、ザスキア公爵と(嫌みと牽制を含んだ)上品な会話が出来る中々に怖い人だ。

 流石はレジスラル女官長の側近ですねと思えば良いのだろうか?幸いにして、ザスキア公爵は不在で事なきを得た。

 前回の遣り取りを再現されたら僕の胃が持たない、女性絡みの事は人並み以下の対応しか出来ないんだよ。こればっかりは慣れないし慣れたくもない。

 

「此方で御座います、少々お待ち下さい」

 

「青水晶の間か、毎回だが豪華だな。国賓待遇の部屋だと思うんだけど?」

 

 水晶の付く部屋は国賓待遇の者しか使えない格式高い部屋なんだよな、前が『紅水晶の間』で、その前が『紫水晶の間』だったぞ。

 ベルメル殿は微笑んだだけで質問には答えてくれなかった、暗に僕の立場を慮っているとかなんだろう。だから気が重いんだ、何故か借りを作った気になる。

 

「リーンハルト様、どうぞ」

 

 既に中に誰か居るのだろう、僕の来訪を告げて許可を取ったベルメル殿が室内に招いてくれた。許可を取らねば駄目な相手、つまりレジスラル女官長を待たせたのか。

 

「失礼します」

 

 一声掛けてから中に入る、今迄の中では小規模な部屋には既に八人の女性が座っている。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト卿。此方に座って下さい」

 

 一斉に僕を見詰める女性達は、レジスラル女官長の他に年配者もいれば未だ二十代前半と思われる者達も居る。

 だが全員が女官だな、つまりエリート揃いって訳だ。今回の結婚式に同行する連中か、準備責任者だな。

 

「お待たせして申し訳ない、僕はリーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイ。今回の警備責任者の任に就いています」

 

 指定された席の前に立ち、待たせた詫びと自己紹介をして一礼する。一斉に見詰められたが何とか笑顔のままで指定された椅子に座る事が出来た。

 

 さて、長い戦いになりそうだが相手に飲まれない様に頑張るか。

 

 




現在書き溜めを進めてますが、日頃の感謝を込めて12/29(木)から1/31(火)まで連続投稿を予定しています。

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