古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第468話

 新しく覚えた『黒縄(こくじょう)』の習熟の為に、魔法迷宮バンクの第六階層のボスである『徘徊する鎧兜』を連続して六十回倒した。

 合計百八十体、ノーマルドロップアイテムの魔力付加の付いた武器が五十一個。レアドロップアイテムの魔力付加の付いた防具が五十四個も集まった。

 防具は全て冒険者ギルド本部に買い取らせて、武器は盗賊ギルド本部のオークションに半分出品して残りはライラック商会に売る。

 利益分配は必要不可欠だし、冒険者ギルド本部と盗賊ギルド本部の両方に所属するエレさんの為に必要な行為だ。

 

 相変わらず利益が凄い、魔力付加の防具は平均しても金貨三百枚以上だが全身鎧系は五百枚を超える。

 五十四個中、硬化のフルプレートメイルは五個。ハーフプレートメイルやチェィンメイルは八個有った、査定は任せているが概算でも金貨一万九千枚。

 僕の取り分が多いと遠慮したが押し切られて五割、イルメラ達が各一割、残り二割がパーティ共有財産だ。つまり自分の取り分は一日で金貨九千枚。

 

 余りに売ると値崩れするから配慮が必要だが、その辺は冒険者ギルド本部も弁えている。

 余剰分は値崩れさせずに他国に流すかストックしている、戦争が始まれば武器や防具の値段は高騰するから更に儲かるのだろう。

 

 明日は第七階層のジャイアントスパイダー狩りだ、ドロップアイテムも『蜘蛛の卵』と『蜘蛛の糸』だから旨味は少ない。

 まぁ『蜘蛛の糸』は布製の防具に必要な素材だから集めるけど、『蜘蛛の卵』は全て売る。買取は一個金貨一枚銀貨五枚と安いが、金目的じゃないから構わない。

 第七階層のボスであるポイズンスネークの連続十回討伐ボーナスはエリクサー、体力及び状態異常完全回復のポーションだ。

 未だストックは有るが、余裕が有るなら集めておきたい。アウレール王にも献上する予定だからな、ドロップアイテムの『鱗の盾』と『スケイルメイル』は高額で引き取ってくれるし、スケイルメイルは魔力付加が付いている。

 

「くくく、鍛錬が出来て資産も貯まるとは。一石二鳥で夢が広がるな……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 魔法迷宮バンク攻略二日目、前日同様に熱烈な歓迎を受けた。だが他の冒険者の活動を邪魔している事が心苦しい、僕が此処に来れるのは一ヶ月間で数日なので勘弁して欲しい。

 迷宮内に設置されたエレベーターに乗り込み第七階層で降りる、ここは『無限増殖の毒蜘蛛地獄』の罠の為にジャイアントスパイダーが大量にポップする。

 到着を知らせる鐘の音の後に扉が開く、地下とは思えない大空間が広がる。

 彼女達をエレベーターの前で待機させて、自分は15m位前に進み出る。

 

「さて鍛錬二日目に突入するよ、皆は危ないから僕の後ろで待機してくれ。では……自在槍変形黒縄(こくじょう)よ、敵を屠るぞ!」

 

 習熟度が上がった為か更にスムーズに両手の拳から肘までの間に、直径1㎝の黒縄を巻き付ける。

 何度か太さを変えてみたが、直径1㎝が一番馴染む。片側二十本、総延長距離は30mが操作の限界だ。

 

 先ずは二組がポップする、手前左側15m位と正面20m位離れた場所に五体ずつのジャイアントスパイダーが淡い魔素の輝きと共にポップし始める。

 魔素の光が収まると、赤黒い皮膚をした巨大な毒蜘蛛が多脚を巧みに操り高速で接近してくる。多脚の移動は気持ち悪い、あのカサカサした動きは本能的に嫌悪感が有る。

 今迄はゴーレムを前衛として展開していたが、今回は自分が最前線に身を置くのでジャイアントスパイダーの敵意を一身に集めているのが分かる。

 

「これは……中々のプレッシャーだな。だが負けないぞ!」

 

 最大三組のジャイアントスパイダーがポップし、四組目は最初の三組の何れかが倒されなければポップしない。つまり有る程度の出現数は調整できるんだ。

 

「食らえ!」

 

 右側から四体が真っ直ぐ突っ込んで来る、正面の三体は僅かに遅れて同じく突っ込んで来る。左側の五体は未だ完全に実体化していない。

 先ずは右手を水平に振り抜いて五本ずつ時間差で四回の斬撃を放つ。微妙に高低差を調整する事により、互いの干渉を排した死の黒線。

 黒縄は魔力刃の効果で点の刺突と線の斬撃を与えられる、制御は難しいが使い勝手と応用が色々と出来る魔法だ。

 

 最初の斬撃すら避けられなかった哀れなジャイアントスパイダーに、次々と線の斬撃が見舞う。

 もはや原型が分からぬ位に細切れにされたジャイアントスパイダーだが、仲間が倒されても構わずに突進して来る。

 多脚が細切れとなり胴体も輪切りにされて体液が飛び散る、だが死亡が確定すると魔素に戻り光の粒子となり大気に溶けて無くなる。

 

「次!正面か?」

 

 突き出した左手から真っ直ぐに突き進む黒縄、向かってくる全てのジャイアントスパイダーを貫き通し、更に横に振る事で身体を引き裂く。

 やはり黒縄の殺傷能力は群を抜いて酷い、だが僕には必要な力だ。

 

 更に前に進む、ここに来たのは前後左右を包囲された状態での鍛錬だ。単独で敵と戦うには常に全方位を把握し戦う必要が有る、探査は大地に魔力を浸透させれば最大半径50mなら感知出来る。

 気配を消しても音を立てなくても、大地に足が付いていれば感知出来るんだ。この探査魔法は土属性魔法では割とポピュラーだったが、現代には伝わっていない。

 問題は常時分かる訳じゃなく、それなりの意識と魔力を消費する。空を飛ぶモノは感知出来ないから、50m以上離れた場所から飛び道具で攻撃されたら分からない。

 常時展開型魔法障壁の有り難さが身に染みる、アウレール王が『魔法障壁のブレスレット』を高く評価したのも分かる。

 

「悪辣な罠だな、前に進んだ途端に死角からポップするのか……」

 

 僕を取り囲む様にポップするジャイアントスパイダー、この魔法迷宮バンクを作った奴は相当の性悪だな。

 

「だが対応出来ないとか思うなよ、大地の上に立つ限り僕に敗北は無い!」

 

 振り向かずに黒縄を背後の敵に伸ばす、波打つ様に黒縄を操作し敵を輪切りにする。面で制圧出来るから討ち漏らしが無いので助かる。

 討ち漏らしても感知できるから二陣で仕留める、伸縮自在な黒縄は巻き戻した時も攻撃出来るから僅かなタイムラグしかない。

 全方位攻撃の鍛錬には最適な罠だ。これは性悪な相手に感謝しなくては駄目だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「凄い魔法だね、切断貫通能力の有る鋼鉄の鞭か……」

 

「リーンハルト様は黒縄(こくじょう)と呼んでいました」

 

「槍と剣の両方の特徴を持つ変幻自在の鉄の鞭、しかも攻撃範囲が広い」

 

 うねる複数の黒い鉄の鞭、触れれば致命傷を負うから避ける事しか出来ない。

 ですが合計四十本の包囲網は前後左右上空に逃げ道が無い、互いが干渉しないギリギリの距離感を保っている。

 これがリーンハルト様の言っていた習熟度の向上、確かに多対一で包囲された時には有効だと思います。

 思いますが、この状況を戦場でも想定しているのでしょうか?これは冒険者としてでなく、戦場で最前線に赴く兵士の戦い方です。

 巨大なホールの中央まで移動し、360度から襲ってくるジャイアントスパイダーを蹂躙している姿は……輝いています、流石はリーンハルト様です。

 

「なんて凶悪な攻撃なのでしょう、流石はリーンハルト様です」

 

「イルメラさんはブレないね、確かに凶悪だけど少し言葉を飾ろうよ」

 

「これが人間だったら周辺は血の海、でも戦争に行くのに押し付けの倫理観など無意味。私達は彼に無事で生きて帰って来て欲しい、敵に遠慮や同情は害悪でしかない」

 

 エレさんの言う通り、戦場に変な理想や夢想を持ち込むのは害悪でしかない。

 自分は危険に晒されずに後方で善人ぶった理想を押し付ける方々は確実に居ます、私もモア教の僧侶として友愛は大切な教義。

 

 だけど、それでも私は大切な人の無事を優先したい。大事な人と敵対した人達に向ける慈悲は、大切な人の障害と困難なのです。

 私はモア教の僧侶です、友愛を説くモア教の教義に反する事を私は考えています。でも、でも私はリーンハルト様の無事を優先したい。

 信仰と愛情の狭間に軋む心をギュッと抑え込む、モア教は愛を説くならば愛情を優先しても良い筈です。

 

 それが自分勝手で自己中心的であろうとも、私は私の心に嘘はつけない。

 

「リーンハルト君は私達の幸せの為に戦ってくれるんだから、その私達が否定的な事なんて言えないよ」

 

「同意、敵に掛ける情けは味方を殺す」

 

 ウィンディアもエレさんも同じ気持ちなのね、ならば私も躊躇する事はしないわ。

 

「そうですね、建て前はエムデン王国の為です。でも本音は一人の女として、愛した男性の安全を優先したいのです」

 

 その私達の思いを一身に受けているリーンハルト様は、巧みに黒縄を操りジャイアントスパイダーを屠っています。

 両手を振る度に伸びた黒縄が敵を切り刻んでいます、しかも死角と思われる場所の敵も的確に倒していますね。

 御自分を中心に半径30mがキルゾーン、この黒縄の攻撃範囲なら敵に接近されずに済みます。

 

「これで多数の敵に包囲されても大丈夫なのですね、流石はリーンハルト様です」

 

 思わず両手を胸の前で組んでモアの神に祈りを捧げる仕草をしてしまいます、それ程に今のリーンハルト様は輝いていますから……

 

「イルメラさんは、本当にブレないよね」

 

「筋金入り、だけど気持ちは分かる」

 

 あら?ウィンディアとエレさんとは少しお話しないと駄目でしょうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの糞餓鬼の所為で領地は大幅に減ぜられて半分謹慎処分を受けた、まさか単独でハイゼルン砦を落とすとはな。

 俺も判断が甘かった、いくら宮廷魔術師といえ新人だ。同じ新人のビアレスも一日で負けるとは、此方も判断が甘かった。だがこれが普通で奴が異常だ。

 エムデン王国が30年の間に四度も攻めて奪還出来なかったのだ、奴等が協力しても俺の率いる第二陣が到着するまでは落とせない筈だった。

 

 俺が合流すれば指揮権は爵位と身分が最上位の俺に移る、奴等を従えてライル団長率いる本隊の到着を待ち合流して戦う。

 これが俺が描いた予想図だったのに、あの餓鬼は僅か二時間でハイゼルン砦を攻略。更にジウ大将軍率いる五千人の敵兵に二度も無傷で勝つ。

 あの餓鬼は異常だ、あれに敵対してしまったのは失敗だった。だが挽回するチャンスは有る、しかもあの餓鬼に恩さえ売る事も出来る。

 

 この馬鹿共のお蔭でな……

 

「それでですな、あのいけ好かない男に少しお灸を据える必要が有ると考えているのです」

 

「全くです、正当な敵討ちの邪魔をするなど言語道断です。父上とシュターズの無念を晴らしたい」

 

「貴族とは血の繋がりを大切にする者なのに、それを否定するとは無知でしかない」

 

「無暗に噛み付く狂犬だ、あの男は許さない」

 

「同意します、同僚なのに協力せずに自分だけ手柄を欲する強欲な男です」

 

 ふん、お前達みたいな負け犬の御旗や神輿になるつもりは無いぞ。よくもまぁ没落一直線のカスばかりが集まったものだな。

 

 自分の後継者が無能の浪費家で没落し、エムデン王国に飼い殺しされているクリストハルト侯爵。しかもニーレンス公爵からも敵対認定されて後が無い。

 父親と弟を平民に殺されたウィドゥ子爵……嗚呼、敵討ちも出来ず貴族院から子爵位の相続を拒まれたそうだな。

 自分の娘の子供にバーレイ男爵家を継がせる為に、奴の母親を毒殺したアルノルト子爵。今では立場が逆転し報復に怯える男。

 マグネグロとビアレスの縁者達か、逆恨みだが一族で優秀な男を殺されて没落の巻き添えを喰らえば逆恨みするか。

 

 いやまぁ、よくも俺の前に集まったものだな。奴と敵対した連中は軒並み没落している、アウレール王の信頼も厚く公爵四家……いや三家とも親密な奴に敵対する事は厳しい。

 

「俺も奴には思う所が有る、だが何故に俺の所に全員で押し掛けて来たのだ?」

 

 悪いが一蓮托生は御免だぞ、俺の力を当てにしているなら諦めろ。俺はお前らを売って奴に恩を売る。勿論だがこの馬鹿共を暴発させて相応の被害は負って貰うがな。

 

「あの餓鬼を嫌う連中は多い、我々には強力な協力者がいるのです」

 

「協力者?」

 

 俺以上に奴と敵対している奴が居たか?バセットとラデンブルグは中立だぞ、その他だと下級官吏か……まさかヘルカンプ殿下か?

 あの幼女愛好家の性欲魔人は、ロンメール殿下が抑え込んだ筈だぞ。それを蒸し返してまで奴に害を成すか、哀れな贄(にえ)は此処で使い潰されるか……

 

「ええ、真摯に仕えた我々を貶める国になど愛想が尽きました」

 

「まさにその通り、クックック……奴の慌てる顔が目に浮かびますな」

 

 こ、この連中は……エムデン王国に愛想が尽きただと、まさか旧コトプス帝国かウルム王国に?

 不味い、自国での恨みを晴らす為に敵国に通じたのか。このままでは俺も売国奴として処罰される、それは不味いぞ。

 馬鹿共は恨みで周囲が見えて無い、俺はエムデン王国の害となる事はしない。アウレール王も裏切らない、だが名誉回復の為に上手く動かなくてはならない。

 

「ふははは、それだけの覚悟が有るのか。だが信用するのは弱い、なにか証拠が欲しいぞ」

 

 そう、お前達が裏切る証拠を俺に寄越せ。グルリと集まった連中を見る、未だ余裕が有るのは既に敵は相当食い込んでいる。

 謀略に長けたリーマ卿あたりが暗躍していると見て良いな、全く嫌らしい事を平然としてくる。

 

「分かりました、先ずは軽くあの餓鬼を脅して見せましょう。その後は、奴が王都を離れた時に……」

 

 そう言って下品に笑い出した。ふむ、奴に一泡吹かせられるなら丁度良いな。だが二回目は潰すぞ、それはエムデン王国にとって害悪でしかない。

 そしてお前達を売って、俺は返り咲くぞ。

 

「そうか、奴に一泡吹かせられたら信用しても良いぞ。吉報を待つ」

 

 満足そうに帰って行く奴等の背中を見詰める、俺の為にわざわざ済まんな。

 先ずはアウレール王に報告だな、身の潔白を示しておかねばならん。これから忙しくなるぞ、全く馬鹿は使いようだな。

 

 




予定通り今年一年の感謝を込めて12/29(木)から1/31(火)まで連続投稿を行います。書き溜めもなんとかなりそうです……

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