古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第477話

 ローラン公爵の夕食会に呼ばれた、主にユーフィン殿の扱いについて双方確認し認識を共有する必要が有るから。

 仮にも仮想敵国のレオニード公爵家の縁者から婚姻を求められているんだ、しかも彼女はローラン公爵の姪でもある。

 

 彼女はログフィールド伯爵家の娘だが、過去に遡るとオランベルド王国が滅びる前にはレオニード公爵家に仕えていた時代が有った。

 更に過去には共にルトライン帝国に仕えていたらしい、ログフィールドは僕の配下に居たがレオニードは居なかった。

 ルトライン帝国に仕えていた貴族の中には同じ名前も居た様な気もするが、公爵や侯爵等の上級貴族にも居なかった。記憶が曖昧だから確証は無いのだが……

 ローラン公爵はログフィールド伯爵から贈られたルトライン帝国魔導師団の正式鎧兜を持っている、土属性特化魔術師の『土壌』のログフィールドの物ならば刻まれたシリアルナンバーはNo.448だ。

 

 この過去にでも主従関係に有った事が問題だ、貴族とは歴史と血筋を重んじる。

 僕は今年になってから自分の家を興した新参者で血筋は新貴族男爵の長子で半分は平民だった母の血を継いでいる、どちらも最低だが地位と爵位は反比例して高い。

 そこに反発し敵意を持つ連中が居る、だが関係改善は不可能で権力と武力で押さえるしかない。

 

「我が娘である、ユーフィンが結婚式に出席されるロンメール様に同行する誉(ほま)れに預かる事となった」

 

 そうですね、僕も名指しで指名されての出席ですし警備部門の責任者です。勿論だが各国に思惑が有り単純には喜べない、誇れと言われても無理かな?

 

「だがユーフィンは、レオニード公爵の息子であるサルカフィー殿から熱烈に求婚されて困っているのだ」

 

 ログフィールド伯爵の言葉が続く、その困った相手が居る仮想敵国に愛娘を向かわせる。矛盾を指摘したいが無理だ、ローラン公爵の面子を潰す事になる。

 それに今回の任務をこなせば、彼女は見習いから正式な王宮付きの侍女に昇格する。ユーフィン殿としても絶対に成功したいだろう。

 

「そこでだが、リーンハルト卿にユーフィンの事を託したい。勿論だが都合の良い話だとは分かっている、望む希望が有るならば最大限努力しよう」

 

「リーンハルト殿、俺からも頼む。ローラン公爵家とログフィールド伯爵家は、レオニード公爵家とは腐れ縁が有る。だが今回で断ち切りたいと思っているのだ」

 

 絶縁、入り組んだ血筋による親戚関係の改善か。敵対予定の国の重鎮と因縁の関係は確かに早期に切りたいだろう、バーリンゲン王国がエムデン王国に属国化した時に縁を頼りに摺り寄る可能性は高い。

 それはお互いの保険だった筈だが、今はバーリンゲン王国がエムデン王国に勝てる事は無い。アウレール王は正式に敵対すると言った、だから関係を清算する必要が此方には有る。

 戦勝国の重鎮と太いパイプが有ると思われても困るし、ローラン公爵やログフィールド伯爵も頼られては不都合でしかない。

 婚姻外交や政略結婚を繰り返すと誰と誰が繋がっているとか分からない時が有り、貴族とは遠くても血縁を頼る生き物だ。

 また頼られた場合は有る程度は応える必要が有る、持ちつ持たれつが基本だから破るのは体面が悪い。

 

「仮想敵国とはいえ、現状は友好国であるバーリンゲン王国の重鎮、レオニード公爵家と事を構える事には正直にいえば躊躇します」

 

「リーンハルト様……」

 

 ユーフィン殿が泣きそうな顔で僕を見る、祈る様に両手を胸の前で組んでいる。彼女は婚姻外交を望んでいない、実家も派閥のトップも同じく望んでいない。

 普通なら問題無く断れる筈だ、だが過去の因縁と黙ってはいるが他にも何組か政略結婚もしているらしい。

 絡み合った関係は簡単には解消出来ない、不義理のレッテルが貼られるから。

 レオニード公爵は無理だが爵位の低い連中なら受け入れても問題無いと判断したな、子爵以下なら公爵家の意向には逆らえない。

 

「そしてユーフィン殿に絡むサルカフィー殿に文句を言う権利が、僕には無いのです」

 

 何でも叶えるとは言われたが実際にサルカフィー殿とレオニード公爵家を敵に回すリスクを考えると悩む、どうせ敵対するから問題無い結論に達する。

 序でにローラン公爵とログフィールド伯爵との関係を悪化させるデメリットが大量に浮かぶ、残念ながら今回の件は僕に断る選択肢は存在しない。

 

「理由を作る事で簡単で最大なのは……僕とユーフィン殿との婚約です」

 

 此処まで言って三人の表情を確認する、ローラン公爵とメラニウス様は嬉しそうだな。相手から望む提案が有ったからか?

 ログフィールド伯爵も同じだな、笑いを堪える為にか口元が変な形に歪んでいるが悪感情は無い。

 ユーフィン殿は、何て言うか真っ赤になって泣きそうだ。どうやら僕との婚約は嫌みたいだな。

 

「勿論ですが仮にであり、僕は複数居る婚約者候補の形を取って下さい。今回の件が収まったら其方から破棄して頂ければ、ユーフィン殿が傷付く事も無いでしょう」

 

 大貴族の令嬢に婚約者候補が多数居るのは普通だ、解消される事も珍しくない。見た事も無い相手や未だ子供の場合も有る、これが家の事情による貴族の婚姻の実態だ。

 お似合いの相手と結ばれる確率は良くて半分、だから彼女達は舞踏会で必死に自分の家と釣り合う自分好みの相手を探す。

 

「いや、此方から破棄などは……」

 

「分かりました、他の候補者については私達で探します。ですが公表は控えます、リーンハルト様が言われて確認が来れば事実だと公表致します。ユーフィンも良いですわね?言い触らさないのですよ」

 

「はっ、はい。分かりました」

 

 む、ローラン公爵の話している最中に、メラニウス様が割り込んだ。だが提案としては妥当だな、サルカフィー殿と対峙して僕が仮初めの婚約者候補を名乗る迄は秘密にする。

 ユーフィン殿も冷やかされないから良いだろう、戦争に突入すれば有耶無耶に出来る。何なら開戦の理由となったと非難されて婚約破棄でも良いか……

 流石はメラニウス様と言って良いのかな、女性ならではの気配りと提案か。

 

 この後に幾つかの条件を纏めて話し合いは終わった、見返りについては考えておきますと言質を取られるのを避けた。

 ユーフィン殿との仮初めの婚約者関係も、ローラン公爵とログフィールド伯爵に貸しを作れるので良いと割り切るか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 良い時間になったので帰る予定だったのだが、ローラン公爵が家宝の鎧兜を見てくれと言って来た。僕としてもログフィールドの鎧兜は見たい、だが感情の制御が出来るかが不安だった。

 過去にマリエッタの鎧兜を見た時は泣き出してしまったんだ、バセット公爵から貰ったフラットの時も同じく泣いてザスキア公爵に見られた。

 今ログフィールドの鎧兜だと確認出来るシリアルナンバーを見てしまえば、また泣きそうだよ……

 

 だが身分上位者から家宝を見せてやると言われて遠慮したら、最大級の不敬になる。だから断れない、過去の仲間限定だが精神面が弱いんだ僕は!

 

 台車にて応接室に運び込まれたルトライン帝国魔導師団の正式鎧兜、今は綺麗に磨かれてはいるが表面に付加した魔力が無くなり素材の金属の輝きしか無い。

 室内の照明に照らされて鈍く輝く漆黒の鎧兜、外観は無傷だな。

 

「もっと近くで見ても構わないのだぞ、触っても問題は無い。それは我々では着る事が出来ない、分解出来ないのだ」

 

 うん、知ってる。盗難防止誤作動防止に登録者と制作者しか使用出来ない制限を掛けた、魔力が枯渇した場合はロックが掛かり分解が不可能になる。

 

 恐る恐る近寄って鎧兜の胸の部分に触れてみる、冷たい感触が伝わってくる。間違い無く僕が錬金した物だ、軽く魔力を流せば反応し鎧兜全体が淡く発光した。

 

「え?あの鎧兜が反応したのですか?どんな高名な魔術師や鍛冶職人でも無理だったのに……」

 

 ユーフィン殿が反応した、他の三人は無言で見詰めてくるだけだ。もしかして僕がこの鎧兜を何とか出来ると思ってるのか?だから見ろと勧めた?

 

「鎧兜に探査魔法を掛けただけですよ、確かに素晴らしい鎧兜です。ルトライン帝国時代のマジックアーマーだと疑う余地は有りませんね」

 

 自画自賛とは酷いものだ、だが本当の事など言えない。ゆっくりと兜の部分を外して中のシリアルナンバーを確認する、指でなぞれば№448と刻まれているのが分かる。

 

 そうか、やはりお前か……ログフィールドよ。お前は生き延びる事が出来たんだな、子孫まで作れたのか。良かったな……

 鼻の奥がツンッとなり涙が溢れてきそうなのを我慢する、流石に三度目は泣かないぞ。

 

「ほぅ?リーンハルト殿は鎧兜の分解が出来るのだな」

 

「はい、バセット公爵から同じ鎧兜を頂きまして色々と調べました」

 

 許可無くレストアする事は出来ないので兜を元に戻そうとした時に、キラリと光る金属のプレートが内側の背中部分に貼り付いているのが見えた。

 トランプ程の大きさで素材は銀かな?手に取って見れば文字が刻まれていた。ルトライン帝国の公用語だな、現代では古代語扱いらしいが……

 

『我等が忠誠は、この拝領した鎧兜と共に永遠に師団長に!来世でも必ずお側に馳せ参じます』

 

 ああ、駄目だ……お前達は毎回僕を泣かせなければ気が済まないのか?

 

 手に持つプレートに涙が落ちる、お前の子孫は僕と同じ国に仕えているぞ。

 直系の子孫だと思われるユーフィン殿は必ず守ってみせるよ、それがお前の忠誠心に対する僕の思いだ。

 ん、我等?その言葉が気になってプレートを裏返す、其処には四人の名前が刻まれている。

 

「ログフィールド、オースザム、グリムロック、バッカーニア……」

 

 お前達も生き延びたのか?そう言えばログフィールドとは仲が良かったよな、四人一緒に生き延びたのか?

 

「リーンハルト殿、その四人の名前だが我等に伝わる祖先の名前だ。家系図にも名前が有るのだが、残念ながらログフィールド以外は生き延びていない」

 

「ローラン公爵家とログフィールド伯爵家の存続には、彼等の尽力が必要不可欠だったそうだ」

 

「何故、泣いているのですか?」

 

「リーンハルト様、大丈夫ですか?体調が優れないのでしたら、お部屋を用意させますわ」

 

 ああ、またか。また人前で泣いてしまった。ログフィールドめ、主に恥を掻かせるとかなってないぞ。

 グシグシと腕で擦り涙を払う、涙は止まったが泣いていた事は誤魔化せないか……

 

「いえ、この鎧兜の持ち主の忠誠心に感動していました。此処に書かれています、変わらぬ忠誠を仕えし主に捧げているのでしょう。来世にて出会う迄……」

 

 銀のプレートを渡し刻まれた言葉を伝えた、ローラン公爵やログフィールド伯爵にも思う所が有ったのか誰も何も言わなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「何故、リーンハルト殿は泣いたのだろうな?」

 

 言葉少なく帰って行った、リーンハルト殿を見ていて思う。他人の先祖の忠誠心に感じ入ったと言われたが納得は出来ない、だが子供なのに子供じゃない男が素直に泣いた事が不思議で仕方がない。

 

「自分が憧れて同じ二つ名を持つ、ツアイツ卿の配下の忠誠心に感激したのだろう?」

 

 ふむ、ログフィールドの意見なら納得は出来るか。あの現代に蘇ったツアイツ卿の再来と噂されたリーンハルト殿ならば、その理由も有りだな。

 魔法に関しては純真一途な男だから、言われてみれば納得だ。やはり古代ルトライン帝国時代のマジックアイテムならば、リーンハルト殿の興味を引くのだな。

 

「私は違うと思います、感動とか関心とかの涙ではないです。あの涙は、純粋な喜びの涙です。私は男の人のあんなに綺麗な嬉し泣きは見た事が無いです」

 

「そうね。殿方の泣く所など中々見る機会は無いけれど、確かに純粋な嬉し泣きだと私も思いますわ。どれだけの思いが込められているのかは分かりませんが、他人の為に流せる涙ではないでしょう」

 

 俺は男泣きは結構見ているぞ、殆どが政敵の悔し涙だがな。だが女性陣の感じた事は男達とは違うのか、他人の為に流せる涙じゃないと言ってもだな……

 

「意味が分からんな、だがユーフィンとの婚約者関係については了承してくれた。他に候補者を探すと言ってもだな」

 

「ライバルがリーンハルト様だと知れば、皆さん辞退しますわ。故にユーフィンさんの婚約者はリーンハルト様だけ、そうですわね?」

 

 そうだ、リーンハルト殿と女を巡り争うと聞けば殆どの奴は辞退する、それだけリーンハルト殿は女性に対して一途なのだ。

 そんなリーンハルト殿と恋のライバルになりたい奴など居ない、このまま既成事実を作ってユーフィンを側室に押し込むか。

 

「どうもニールでは弱いのだ、やはり俺の派閥の重鎮の娘を娶らせたい。ユーフィンも良いな?」

 

「はい、私としてもログフィールド伯爵家としても最優の結婚相手だと思います」

 

 真っ赤になり深々と頭を下げたが、下げる途中で見た顔はニヤニヤと淑女のして良い表情じゃないぞ。

 まぁ良いか、サルカフィー殿には悪いが、俺とユーフィンの幸せの為に当て馬になってくれ!

 


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