古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第485話

 魔法迷宮バンクの第八階層を攻略している、通路にポップするマーダーグリズリーやポイズンスライムを倒してボス部屋前に到着する。

 これからボスである『蒼烏(あおがらす)』と対戦する、空中戦に馴れるのに最適な相手だ。

 

「では第一回目のボス攻略を始めようか」

 

 扉を開けてボス部屋の中に入る、均等に巨石が組まれた80m四方の巨大な空間。此処に第八階層のボスである蒼烏(あおがらす)は六体固定でポップする、ドロップアイテムは二種類。

 鉢巻きみたいな輪の両側に羽根が刺さる『羽根飾りの冠』と長さ20㎝程度の『黒い尾羽根』だ、買取価格は前者が金貨十枚で後者が金貨三百枚。

 それと連続十回毎のボーナスアイテムとして春雷(しゅんらい)がドロップする、これは売らずに主に交渉用に使う。

 前は王家の買取だったが、定期的に複製品の雷光(らいこう)を納品しているので重要度が下がったのである程度自由に扱える。

 

「悪いが鍛錬の為に僕だけで戦わせてくれ、護身用にクロスボゥとゴーレムクィーンに護衛させるから安心だよ」

 

 何か言いたそうなイルメラ達に頼んで扉の前に待機してもらう、護衛のゴーレムクィーンはアインにツヴァイそれにドライの三体だ。

 フィアとフンフは未だ錬金していない、今夜と明日に錬金しゴーレムクィーン五人姉妹は完成。これでゴーレムシリーズも一段落し、後は個々の能力の向上だ。

 

「危険な様でしたら構わず参戦します」

 

「それと私達に向かって来る奴等は対応するよ」

 

「狙い撃つ!」

 

 まぁ妥当だよな、彼女達の安全が最優先だから攻められても守るだけとか有り得ない。

 イルメラの僕の気持ちは汲むけれど心配なんです的な視線が痛い、物理的にじゃなくて精神的に……

 

「その辺は任せる、だが蒼烏程度では僕の魔法障壁と浮遊盾は抜けないから安心してくれ」

 

 既に魔法障壁一枚では簡単に抜かれる相手がいるからな、今は三枚重ねにしている。それと浮遊盾には物理攻撃だけでなく、各属性魔法の防御力も高めた。

 流石に高温と低温の魔法に対して耐性が有るとか知られたら大問題だろうな、近衛騎士団と聖騎士団の正式鎧兜の制作を強制的に一任されるだろう。

 だが早い時期に戦力の底上げ的な意味でも、彼等の鎧兜に耐魔法処理を施した方が良い。または同様の処理を施した盾を量産して渡すか?

 

 広いボス部屋の中心部に移動し魔法の灯りを周辺に浮かべる、準備が整ったのでエレさんに扉を閉める様に頼む。

 

「分かった、閉める」

 

「リーンハルト様、御武運を……」

 

「危なくなったら直ぐに助けるからね!」

 

 嬉しい声援の後にバタンと扉が閉まる、周辺を見回せば頭上に魔素が集まり輝いている。

 

「中心部に居ると真上にポップするのか、それともランダムか?さて自在槍変形……黒縄(こくじょう)よ、敵を駆逐するぞ!」

 

 両手を水平に持ち上げて黒縄を纏わせる、長く伸ばし直径8m程度の円形状にすれば全方位に対応出来る。

 上空30m程の高さで具現化した蒼烏が、自由落下の後に加速して円を描く様に六方から同時に攻撃してきた。

 

「連携してるな、だが未だ甘いぞ!」

 

 魔力による周辺感知と組み合わせた攻防一体型の陣、僕は黒繭(くろまゆ)と名付けた。一見隙が無い様に思えるが、大地の上に立つモノの感知には長けても空を飛ぶモノの感知は難しい。

 死角から空中に浮いて攻めて来る相手を感知するのは、精々半径15mが限度なんだ。これでは心許ないので実践訓練を行う、最低でも倍の30mは欲しい。

 接近戦特化の敵が頭上から飛び降りてきたりした時に、15mの間合いだと相当厳しい。

 デオドラ男爵クラスなら助走して高跳びの要領で空中から攻撃して来る、あの人達は垂直に10m以上跳べる化け物だからな。

 

 慌てずに黒繭を構成する黒縄を各三本ずつ迎撃に伸ばす、直進してくる相手なら視界に入らなくても魔力感知と併せれば狙える。

 

「刺し貫け、黒縄!」

 

 十八本の黒縄を操り蒼烏を迎撃するも、二体には致命傷を与えたが三体は掠り傷、残り一体は外した!

 

 四体共に避けた為に旋回して距離を取ってくれたから助かった、あのまま避けて突撃されたら攻撃を受けていたな。

 円を描く様に旋回し示し合わせたみたいに四方から突撃してくる蒼烏達に三本ずつ黒縄を伸ばす、今度は直線による点でなく鞭みたくしならせて面での攻撃に切り替える。

 何とか四体共に攻撃を与えられたが一体は致命傷に至らず、錐揉み状態で突っ込んできた。

 

「追撃!」

 

 黒繭を構成する黒縄の三本が解けて突っ込んでくる蒼烏を迎え撃つ、三本の黒縄は波打つ様にうねり面で蒼烏を切り裂く。

 最終的には自分から10mの距離まで接近された、黒繭の陣の6m手前まで接近戦されれば全然駄目だな。

 

「何とか倒せた、だが三回も攻撃して漸くだ。未だ全然未熟、防御陣を組んでるのに接近を許したのが駄目過ぎる」

 

 コツすら掴めない、だが未だ最初の一回目だ。これから慣れれば良いんだ、焦る事は無い。

 エレさんに頼んで二回目に挑戦する、ドロップアイテムの回収は纏めてやれば良いや。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「凄いね、見えない死角からの攻撃にまで対応してるよ」

 

 初めて見る魔法、リーンハルト様はゴーレムさんの扱いに特化してると思っていました。私達の前に立ち、守ってくれるアインさん達みたいに……

 でも最近は御自分が最前線で戦うみたいな魔法の修練ばかりを行っています、それが心配で仕方無いのです。

 ですが、ですが悔しさと嬉しさの混じり合った顔を見てしまっては……

 

「でも一撃で倒せないから心配」

 

「私も心配です、ですがリーンハルト様のお顔を見てしまっては止められません」

 

 悔しそうなのに楽しそう、それは未だ新しい魔法に慣れない事のもどかしさと新しい魔法を使う事の楽しさ。

 その矛盾が引き起こす不思議な感情なのでしょう、私には分かります。リーンハルト様は、この状況を楽しんでいます。

 ならば私は止めずに見守り、危なくなれば身を挺して守るだけです。魔法が使えるウィンディアも、リーンハルト様が行っている凄さに魅入られていますね。

 

 あの防御陣を黒繭と呼びました、リーンハルト様を囲む黒縄で編み込まれた鞠みたいな形状。完全に塞ぐ訳でなく中が十分に見えます、一見防御力が低そうに見えますがそれは間違い。

 あの黒繭は攻防一体型の陣、しかも探査魔法と連動し死角を無くしています。私やウィンディアでは理解不能の常識に真っ向から喧嘩を売る未知の魔法、ですがリーンハルト様は使える。

 

 いえ、これは使いこなす為の鍛錬なのですね……

 

「リーンハルト君の使う魔法だけど、イルメラさんは分かる?」

 

 杖を両手で握り締めて、前屈みでリーンハルト様を見詰めるウィンディアが聞いてきた。私は僧侶ですが彼女は魔術師、私よりも魔法に詳しい筈ですが……

 

「無理です、黒繭を制御しながら三種類の探査魔法を掛け続けています。一つ目は魔力を扱う者ならば誰でも出来る魔力感知、魔力の有る者を判別感知する魔法。

二つ目は土属性魔術師特有の、大地に干渉し上に有るモノを感知する魔法。地面に薄く伸ばした魔力を使い感知する事が出来る、その範囲は術者の力量次第。

最後の三つ目は……多分ですが、空中に漂う魔素に何かしらの干渉をして感知する魔法だと思います」

 

 魔素は普通に空気中に有る物です、それが濃いか薄いかだけの違いですから無くす事は不可能。その常に空気中に漂う魔素に何らかの干渉をして感知範囲内の敵を見付ける。

 漂う魔素に干渉する為に魔法を使えば、一つ目の魔力感知でバレてしまう。魔力を持たない者も気配を消して近付いても、二つ目と三つ目の併用でバレてしまいます。

 これがリーンハルト様の実力なのですね!

 

 流石は未来の私の旦那様で御主人様です。来年成人されてジゼル様と結婚された後に私も、この身体の全てを捧げて……

 

「イルメラさん?最後の言葉って何かな、変な気配がダダ漏れしてますよ」

 

「本当に気持ち悪い……いえ、その少し怖い」

 

 私が睨んだら言い直しましたが、仮にも仲間に対して気持ち悪いは失礼です。

 私は、私達三人はリーンハルト様に全てを捧げたつもりですが貴女達は違うのですか?

 これはウィンディアとエレさんには、キツいお仕置きが必要なのでしょうか?必要なのですね。

 

「エレさん、次を始めるから扉の外を確認して!」

 

「わ、分かった」

 

 ブルブルと震えて私から離れた時に、ヤンデレ怖いとか呟きましたね?これでエレさんには、お仕置き決定です。

 私は病んでません!百パーセントのデレをリーンハルト様に捧げています、ヤンなどリーンハルト様に負担を強いるだけです。

 

「いや、イルメラさん。自分で言っちゃ駄目だよ、最近のイルメラさんは少し怖いよ」

 

「ウィンディアまで!私は怖くなど有りません。貞淑で控え目、リーンハルト様の負担にならない都合の良い女性を目指しています」

 

 私はメイドのままでも、リーンハルト様に生涯仕えるならば構いませんでした。しかし、リーンハルト様は私を側室にと望んでくれたのです!

 その身に余る愛に応える為になら、私は極力リーンハルト様の負担にならない都合の良い女性を目指すのです。

 

「いや、それって相当重いわよ。多分だけど、リーンハルト君が望んでない方向に全力で向かってるって!」

 

「羨ましい、私は妾にすら望まれてないのに狡い」

 

 エレさんには悪いと思いますが、リーンハルト様にとって貴女は妹か娘みたいな位置付けですから無理です。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 初めての試み、転生前は強力な魔法障壁と信頼する配下が居たので防御には重点を置かなかった。五百人からの魔導師団と一千体以上のゴーレム兵団が、僕の安全を確実に守っていた。

 だが今の僕には同じ様な信頼出来る仲間には恵まれたが、いかんせん数が少ない。魔導師団の代わりは居ない、ゴーレム兵団は半数。何より自分自身も弱体化している、故に新しい防御用の魔法を考え出した。

 『山嵐』と『自在槍』を組合せ生まれた『黒縄』を更に応用して『黒繭』を考えてみたが……

 

「感知したモノを追尾させるのが、思った以上に難しい」

 

 今も六体の内、四体を取り逃がして追撃するも致命傷に至らない。蒼烏も迫る黒縄を避けようとするので、その動きに付いていけない。

 僅か数秒で接近する敵を捉える事の難しさ、視界に捉えていれば簡単なのに感知魔法と連動させると難易度が跳ね上がる!

 

「失敗だ、防御陣内に接近を許してしまった」

 

 感知魔法と連動した行動予測と迎撃が間に合わず、首を動かし視界に捉えて黒縄を操り倒した。これでは意味が無い、ならば迎撃の手数を増やして範囲を広げて避け難くするか……

 

「エレさん、次を始めるから扉を開け閉めしてね」

 

 今の所は自動的な迎撃と視界に捉えての迎撃を組合せているので、彼女達は安心している。これが黒繭に触れる程に接近されたら不安になるだろう、だから焦った顔や悔しい顔はしない。

 ただでさえ僕の訓練に付き合わせているんだ、見ているだけなど不満だろう。

 

「無理しないで」

 

「大丈夫だよ。準備は出来た、扉を閉めてくれ」

 

 笑顔でエレさんに指示を出す、面の皮が分厚くなったものだ。これが貴族の闇に浸かった、世間慣れして薄汚れたと感じる瞬間だな。

 気持ちを切り替えて蒼烏に挑む、今度は迎撃方法を変えてみる。一体に対して三本から六本に増やして対応してみる、攻撃の範囲を広げてみよう。

 

 扉が閉まってから直ぐに頭上に魔素が集まり淡い光を放つ、見上げている時には六体全てが視界に入っているが……

 実体化して自由落下から黒い羽を羽ばたかせて高速で旋回、示し合わせた様に六方向から突撃し常に半分は死角から攻めてくる。

 迷宮内でポップするモンスターは魔素で構成される為に魔力感知に引っ掛かる、空中に漂う魔素に触れるから魔素の乱れでも感知出来る。

 感知した内容で移動予測範囲に攻撃を加える、その攻撃範囲を六本に増やした黒縄で行う。50㎝間隔で三本二列、しかも鞭の様にしならせる事で点でなく面の攻撃。

 

「む、失敗だ。50㎝間隔では近いか?」

 

 直線的に高速移動をする敵に避けられるのは、未だ攻撃範囲が狭いんだ。ならば次は80㎝、いや1m間隔にしてみるか……

 

「エレさん、次を頼む!」

 

 焦るな、未だ時間に余裕が有る。今日駄目でも明日、明日が駄目なら来週だな。

 両手がカッカラを握り締めて気合いを入れる、鍛錬して資金稼ぎも出来るんだ。焦る必要は全く無いぞ、慌てるな!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ボス狩りの開始から約三時間、約十分で一回として連続二十回を達成したのだろう。本日二本目の春雷を手に入れた。

 蒼烏を百二十体倒して得たものは、『羽根飾りの冠』が三十二個と『黒い尾羽根』が四十本。前者が合計金貨三百二十枚で後者が金貨一万二千枚、合計で一万二千三百二十枚。

 半日の成果としたら十分過ぎるな、明日も黒繭の習熟の為に挑むから二日間で金貨五万枚。稼いだ金貨の分配方法は、イルメラ達が見直しをして彼女達は幾ら稼いでも日金貨千枚になった。

 僕は反対したが装備品支給で衣食住を全て負担して貰ってるからと頑なだった、最初は金貨百枚で良いと言ったが何とか千枚で纏めた。

 

 それと貴族とは想像以上に出費が大きいので、稼いでも稼いでも有り余る事は無い。屋敷の使用人も警備兵も増えたし、もっと稼がないと駄目なんだ。

 

「そろそろ休憩して昼食を食べようか?」

 

 文句を言わず見守ってくれた女性陣に言葉を掛ける。黒繭を魔素に還えし緊張を解す、首や腕を回して筋肉を解せば……リラックスしたのだろう、お腹の虫が鳴った。

 何だろう?子供みたいだと頬が熱くなる、もしかして赤面してる?

 

「待ってました!直ぐに準備するね」

 

 良かった、ウィンディアの方が幼い対応で何かホッコリする。既にマジックアイテムの収納袋から料理を取り出している、エレさんも手伝い始めたか……

 

「はい、リーンハルト様。冷たい濡れタオルです」

 

「ああ、有り難う。助かるよ」

 

 お腹が空いていたのか、ウィンディアとエレさんの喜び方が凄い。飛び跳ねなくても食事は逃げないぞ?

 

「む、自分で拭けるから……」

 

「イルメラさん、狡いよ。リーンハルト君の顔とか拭いちゃって!」

 

「少し自重が必要!」

 

 甲斐甲斐しく顔から首回りを丁寧に拭いてくれるのだが、これはこれで恥ずかしい。ウィンディアとエレさんからもクレームが来たし……

 

「リーンハルト様の御世話をする事が、私の生き甲斐なのです」

 

 あ、うん。そうだね、専属メイドを辞めさせた時の泣きそうな顔を思い出したから抵抗は出来ないんだ。

 素直に上を向いて首の回りを濡れタオルで拭いて貰う、耳の後ろまで丁寧に拭いてくれるのだが……

 

「その、イルメラさん?胸が近いと思うんだ」

 

 同じ位の身長で首回りを拭いて貰うとさ、どうしても相手の胸元辺りに頭を引き寄せられるから。その清楚な修道服の胸元辺りに顔がですね、それに良い匂いがだな。

 

「リーンハルト君?少しエッチだよ」

 

「本当に……世間では英雄様って崇められてるのに、イルメラさんが絡むとエッチだ」

 

 それは誤解じゃないけど誤解だよ、だって頭が上がらないんだから仕方無いんだ!

 アイン、君まで僕の肩に手を置いて頷かないでくれ。どんどん人間らしくなっているけど、そんな機能は無い筈なのに……

 

 


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