古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第488話

 三日間の休みが終わった、二日は魔法迷宮バンクを攻略し黒繭(くろまゆ)の鍛錬と資金稼ぎ。

 最後の一日は、アーシャとジゼル嬢、それにイルメラとウィンディアとオペラを観に行った。

 オペラ自体も内容が微妙だったが、バセット公爵の三女のラーナ嬢とバニシード公爵の七女のルイン嬢の争いにも巻き込まれた。争いと言うほど憎み合ってないが、周囲の環境が悪い。

 

 結果的にはラーナ嬢と一緒に特別室でオペラを観た、揉めていたルイン嬢とは親戚らしくお互いに今の敵対的な関係を気にしている。

 原因の殆どは僕なのだが、ラーナ嬢とルイン嬢は僕を責めなかった。二人共に常識の有る良い娘達だが、もう絡む事は無いだろう。いや、ラーナ嬢はバセット公爵が、何かしら仕掛けて来るか?

 因みにだが、ゴーレムクィーン五姉妹が完成した。アイン・ツヴァイ・ドライ・フィア・フンフと名付けた、最強の自律行動型ゴーレム。

 彼女達の完成で、一応ゴーレムシリーズは完了。後は個々の強さを引き出していくだけだ、少し余裕が出来たので何か研究してみるかな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 生憎の大雨だ、空を覆う雨雲は真っ黒で分厚い。風が弱いので雨雲が王都上空に停滞している、王宮の堀や貴族街に有る屋敷の池も増水している。

 用水路には雨水が集まり茶色の濁流が凄い勢いで流れている、昨晩から降り続いた大雨は近年では最大級らしい。過去にも王都で浸水が何度か発生したが、大した被害は無い。

 三百年前に生きていた高齢の高位魔術師の中には、広範囲に天候を操作出来る奴も居たな。大雨や干ばつを引き起こされたら国力は低下する、地味に嫌な攻撃だった。

 

「リーンハルト様、この様な大雨の時はお休みになられた方が宜しいのでは?」

 

 雨具を着ているが既にズブ濡れの御者が心配そうに聞いて来る、だが悪天候とはいえ休む訳にはいかない。

 家人達には外出は禁止し、ゴーレムによる巡回強化をしている。大雨は侵入者にとっては好都合だ、音や足跡等の痕跡を消してくれるから。

 予測によれば今日と明日は一日中大雨だそうだ、明後日には晴れるし警戒しているので増水による被害は少ないだろう。

 

 だが穀倉地帯は心配だ、戦争を控えて買い占めによる穀物の高騰が激しい。国民の食生活に大きなダメージを与えるだろう、備蓄は十分だから凌げるとは思うが収穫減は厳しい。

 幸いだが僕はハイゼルン砦の時に大量の軍事物資を貰ったし、空間創造の中にも過去に集めた大量の物資が有る。

 バーリンゲン王国攻略が軍事物資不足で不可能とかは無い、だが直接的な占領による王国軍の長期滞在を賄うのには厳しい量だ。

 

 旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業に、悪影響が出なければ良いのだが……

 

 御者に王宮に向かう様に指示を出す、メルカッツ殿達が防水加工を施したコートを羽織り屋敷周辺を警戒している。

 だが家人達に持たせた味方識別の腕輪を嵌めてないと、隠して待機させているゴーレム達が問答無用で攻撃をする。故に二重の守りで屋敷は安全なのだ……

 

「ふむ、大雨の中でも意外と外出する連中は居るのだな」

 

 窓の外から見る景色は薄暗くモノトーンで大粒の雨が窓ガラスに当たり流れて行く、その悪天候の中でも貴族の馬車が何台も擦れ違う。

 騎乗した護衛兵も同行している馬車も居るのは、恨みを買ってる自覚が有るんだ。

 上級貴族の屋敷周辺の警備が通常よりも多いのは僕と同じ考えだな、侵入者にとっては大雨強風の悪天候は恵みだから……

 

 流石に徒歩で移動する連中は居ない、この時代でも雨具は防水加工をしたマントを羽織る位だ。因みにだが魔法障壁は雨風を防ぐ事が可能だが、地味に魔力は消費する。

 通常より速度を落としていたので一時間程で王宮に到着、普段なら四十分位だから五割り増しだ。

 全身ズブ濡れの御者が馬車の扉を開けてくれる、体温低下対策で度数の高い酒を飲んでいるのか顔が赤いぞ。

 

「有り難う。風邪をひかない様に気を付けてくれ、あとチリとダリの世話も頼む」

 

 上級貴族専用の馬車停めは当然だが室内だ、馬車から降りても濡れる心配は無い。チリとダリはライラック商会から買い取った、良く出来た馬達だ。

 賢いし懐いているが、髪の毛を噛む癖は勘弁して欲しい。今もズブ濡れの首を擦り付けて来ながら、僕の髪の毛を噛もうとしたな!

 

「こら、駄目だぞ。髪型が乱れるだろ!これから出仕だから身嗜みには気を付けないと駄目なんだよ」

 

 両手でチリの首を掴んで押し戻す、聞き分けが良いので止めてくれたが悲しそうな目で見ないでくれ。ダリも構って欲しいのか首を伸ばして来たので、ワシワシと撫でる。

 

「じゃ、この子達の世話は頼んだよ」

 

「承(うけたまわ)りました、リーンハルト様!」

 

 深々と頭を下げる御者に軽く手を上げて応える、さて執務室はどうなっているかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 定刻を少し遅れて王宮に到着、馬車停めに停まっていた馬車は何時もの半数位だった。執務室に向かう途中、中庭に面した廊下から外を見れば……

 

「風が弱いのが救いか、しかし池が溢れそうだな」

 

 王宮の外周には深い堀が有り、城内の雨水は堀に流される。堀は王都を流れる川に繋がっているので、池の水が溢れる事は無い。

 池の上に浮かんだ蓮の花が揺れている、中に居る魚達は無事だろうか?結構高価で貴重な魚が多く泳いでいたけど。

 下水道の考え方は三百年前よりも進んでいる、この王都の都市計画を考えた者は天才だろう。

 

 雨具を着込んだ警備兵が巡回している、軽く手を上げて挨拶しながら擦れ違う。濡れた武器や防具は手入れが大変なんだ、金属部分は錆びるし緩衝材として使っている皮は堅くなる。

 

「「「お早う御座います、リーンハルト様」」」

 

「ああ、お早う」

 

 執務室には、イーリンとセシリア、それとオリビアが居た。彼女達は王宮内に部屋が有るが、ロッテとハンナは既婚だから旦那の屋敷に帰る。今日は彼女達は来ないだろう。

 流石に悪天候だと親書も少ない、溜め込んだ仕事を処理するのには丁度良いかな……

 

「熱い紅茶が欲しいので頼むよ」

 

 引き出しからレターセットを取り出す、溜め込んだ親書と休み中に来たモノを仕分けする。同じ派閥、中立と敵対。

 恋文に偽装し令嬢から送られたモノ、数は少ないが交友関係に有る人達から送られたモノ……

 

「ふむ、ウェラー嬢は三日に一通はくれるがユリエル殿から同じ頻度で来るのは何故だ?」

 

 手紙を読めば子煩悩のユリエル殿は、毎日ウェラー嬢と手紙のやり取りをしている。愛娘からの手紙を読めば、最近はサリアリス様と僕の話題しか無い。

 幸いだが魔法関連の事ばかりで男女の関係的な話題は無いが、心配で心配で仕方無いのが手紙から切々と伝わってくる。

 

「これは誤解の無い様に事細かく正確に伝えるか、僕達は兄妹弟子としての関係です。疚しい事は全く有りません」

 

 スラスラと報告書形式で文字を綴る、簡潔な内容の方が変な誤解を受けないだろう。ウェラー嬢の上達を兄弟子の視点で分かり易く彼女の上達振りを伝える、これがユリエル殿は一番喜ぶ。

 次は年上の友人である、近隣領主のガルネク伯爵とベルリッツ伯爵。この二人は領地絡みの情報等を事細かく教えてくれるので助かる。

 それにガルネク伯爵の奥方のリンディ嬢、ベルリッツ伯爵の娘のヒルダ嬢からは定期的なお茶会のお誘いが来る。主導は僕より年下のリンディ嬢だ、彼女は優秀な幼女でガルネク伯爵が捕まったんだな。

 

 ザスキア公爵は休みらしく乱入して来ない、寂しい訳じゃないが仕事の効率が若干落ちてるかな?

 窓ガラスに当たる雨の音を聞きながら筆を走らせる、大雨なのに雨音を聞くと落ち着くとか不思議だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二時間程仕事をしていたが、王位継承権第二位のロンメール様から暇潰しの演奏会に誘われた。大雨の中で庭に面したベランダで催すとか風流なのですか?

 雨音に負けない音色を聞かせろとか言われるのはハードルが高い、しかも楽器を用意しているのはロンメール様とキュラリス様だけ。

 演奏者は僕を含めて三人しか居ないのに周囲に集まる人が多い、女官に上級侍女が集まっている。皆さん暇なのか?しかもレジスラル女官長まで側に控えている、心なしか楽しそうだな。

 

「この様な天候ですが雨風の音は自然の演奏でも有ります、調和すれば素晴らしいオーケストラになりましょう」

 

 にこやかに笑うロンメール様の言葉の意味が分からない、曖昧な笑顔を浮かべて必死に考えるも全く分からない。

 僕にとって大雨とかの天候不順は、奇襲攻撃に最適位の感情しかないのだが……

 

「その、素晴らしいお考えですが……魔法に傾倒する僕には高尚過ぎて未知の世界です」

 

 偽証は不敬だと考えて正直に分からないと応える、雨音を聞いて気持ちが落ち着いた事は事実だ。

 でも僕は基本的に芸術関係は分からないんだ、キュラリス様が上品に手で口元を隠して笑ったが悪くは捉えられてないか?

 

「ふむ、リーンハルト殿は雨は嫌いみたいですね……朝、目が覚めると雨の音と匂いがした。カーテンを開けて外を見れば、一面が鉛色に染まり窓ガラスに当たる雨粒が涙の様に伝わって滴り落ちる。これは天が地上を憂いて泣いているのです」

 

 芝居掛かった仕草と歌う様な言葉使い、これってオペラか何かの一場面なのだろうか?確か、オリビアが手配してくれたバイオリン曲に『冬の雨の哀歌』とか暗い曲が有ったな。

 その一節だろうか、それとも違うのだろうか?レジスラル女官長に視線を送ると小さく首を振ったが、何が駄目だったの?

 

「雨に絡む曲は冬の雨の哀歌しか知らないのですが……」

 

「流石はリーンハルト殿です、まさかピンポイントで言い当てるとは思いませんでした。では演奏を始めましょう」

 

 ロンメール様が嬉しそうに両手を広げ、キュラリス様が微笑む。芸術肌の人って他人に理解されると喜ぶよな、感性を共有したとか思うのだろうか?

 当たりみたいだし、数少ない覚えた現代の曲で良かった。だが勘違いされたみたいだ、僕が芸術に詳しいとか感性が近いとかは勘弁して欲しい。

 レジスラル女官も少しだけ目を見開いて驚いていたのは、僕が曲を偶然でも当てたからか?あの首を振った仕草は、ロンメール様の質問に答えられないと駄目って意味?

 

 チューニングは終えていたのでロンメール様に合わせて演奏する、奏者はキュラリス様と僕の三人だけ。ロンメール様に合わせてバイオリンを弾く、二人とも腕は確かだから付いて行くのがやっとだよ。

 睡眠時間を削って覚えた努力は報われた、下手でも失敗は無かったから大丈夫と思いたい。

 何とか間違えずに『冬の雨の哀歌』を弾き終えた、姿勢を正して一礼すると盛大な拍手が周囲から巻き起こる。てか観客増えてます、ウーノやラナリアータ。それにユーフィン嬢まで大人しく控えているし……

 

「ふむ、流石はリーンハルト殿ですね。それだけの腕を持ちながら、音楽会への誘いを断るのは勿体無いですよ」

 

 軽く肩に手を置いて話し掛けてくれるのだが、王族が臣下に対する気安さとしては破格だ。僕との関係は良好だと周囲に印象付けただろう、実際に色々と世話にもなっている。

 

「音楽会については私達のお誘いにしか応えてくれない、大勢の淑女達が悲しみ私達の所に相談に来るのですよ」

 

 芸術肌の夫妻から遠回しに音楽会に参加しろって圧力を掛けられたのか?だが転生の秘密の手掛かりになりそうだから極力遠慮したいんだ。

 曖昧な笑みを浮かべて遠慮するのは王族に対して悪手だろうか?評価してくれる相手に対して、自分を低く見るのは駄目らしいし……

 

「正直に言えば割ける時間が無いのです、僕は魔術師として魔導の深遠を追い続けたい。それは自身の魔術師としての能力向上であり、宮廷魔術師として必要不可欠な事だと考えています。

才能の無い僕は人一倍練習をしないと駄目なのですが、どうしても優先順位が下がります。拙い演奏を聞かせる事は心苦しいのです」

 

 事実を言って頭を下げる、現代の曲を一曲覚えるのに結構な日数が掛かっている。毎回同じ曲は弾けないからレパートリーを増やす必要が有るが、そんな時間は勿体無い。

 

「流石はエムデン王国最強の剣であり守護者、そして父上の懐刀ですね。確かに歴代最強の土属性魔術師は、サリアリス殿が認める努力家ですが、国防が重要な時期に他の事に時間は割けませんか……」

 

「そうですわね、残念ですが淑女達からの嘆願は断りましょう。ですが私達の私的な音楽会には、今後も参加して下さいね」

 

 キュラリス様の言葉に少し困った顔をした後、真面目な顔に変えて頷いた。王位継承権第二位のロンメール様と懇意にする事はマイナスではない、今後も王族絡みで問題になった時に頼れるから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一時間程で、ロンメール様の私的な音楽会は終わった。暇と言いながら、ロンメール様には用事が有ったらしく慌ただしく去って行った。

 僅かな時間を僕との懇親と周囲に親密な関係だと示す為に、わざわざ音楽会に招いてくれたんだ。

 もう直ぐ一緒にバーリンゲン王国に向かうのだ、主賓と警備責任者が蜜月なのは良い事だ。問題になりそうな大臣連中にも牽制となるだろう……

 

「リーンハルト殿、少し時間が有りますでしょうか?」

 

 去り際にレジスラル女官長から声を掛けられた、お付きの二人の女官が居なくて僕と同世代の若い……服装からすれば上級侍女が側に控えている。

 気のせいじゃない位にレジスラル女官長の面影が色濃く有るならば、孫娘だろう。彼女に気付かれない程度に観察し、視線をレジスラル女官長に戻す。

 

「はい、大丈夫です。執務室に戻っても急ぎの仕事は有りませんから」

 

「そうですか、リーンハルト殿は書類仕事にも慣れていると聞いています。素晴らしい事です」

 

 珍しく誉めて持ち上げて来るな、厳しいと有名な彼女に誉められるのは嬉しいが裏を勘ぐってしまう。

 

「有り難う御座います。レジスラル女官長に認めて貰えるのは嬉しいですね」

 

 此方も笑顔で応える、面の皮が厚くなっているな。だが上級貴族として感情を隠す事は最低限のスキルだ、これも外交を担うに必要な事。

 

「ふふふ、私が厳しく教育した殿下達よりも見事ですよ。では私の執務室に行きましょう」

 

 レジスラル女官長の執務室?それは王宮と後宮を取り仕切る魔窟って言ったら怒るだろう。

 どうやら立ち話では済まない内容みたいだな、これは複雑な話になるのだろうか?

 

 


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