古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

490 / 1000
第489話

 ロンメール様からのお誘いにより、私的な音楽会に招かれた。奏者はロンメール様とキュラリス様、それと僕の三人だけだが観客は三十人位は居たな。

 私的とは言え、バーリンゲン王国に同行する警備責任者の僕と親密だと周囲に思わせる意味も有る。

 多分だが同行する大臣連中への牽制の意味も有る、バーリンゲン王国に向かう中での最上位はロンメール様だ。

 

 その彼と懇意にしている僕に反発する事の愚かしさを知らしめる為の行動、ロンメール様は王位継承権第二位。

 王家の闇では人畜無害の役割だが実際は違う、彼は僕がリズリット王妃とその子供であるセラス王女やミュレージュ殿下と懇意な事を危険視している。

 王族の中で、リズリット王妃派とだけ懇意にする宮廷魔術師第二席と懇意にする事でバランスを取っている。しかも僕に恩を売る事で影響力を高めている、人畜無害など有り得ない。

 

 多分だが王位継承権第一位のグーデリアル様は文武両道だが武力寄り、そして王位継承権第二位のロンメール様は品行方正で人畜無害を装った謀略寄り。

 この二人がアウレール王の後継者として次代のエムデン王国を支え、繁栄させていくのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そんなロンメール様の音楽会を終えて自分の執務室に帰る途中で、レジスラル女官長から声を掛けられた。彼女の側には面影を多く引き継いだ女性が居る、服装からすれば上級侍女だが若い。

 十代半ば、僕と同い年位の少女が無表情に控えている。第一印象は悪いが冷酷、雰囲気の似た者を例えるなら暗殺者だ。

 

「其方の淑女を紹介して貰えませんか?レジスラル女官長の縁者の方と思われますが……」

 

 マナー違反に近いが彼女の紹介を促す、本来ならレジスラル女官長から紹介されるのを待つのが正しいが敢えて案内される途中で聞く。

 もう歩き方が暗殺者独特の無音だし、視界に入っているのに気配無しとか有り得ない。この手の淑女は王家の上位の男性の愛人兼護衛だ、この時期に引き合わせるとなれば相手はロンメール様かな?

 同行する為の顔合わせ、これ程の使い手が説明無しで近くに居れば警戒心はMAXだ。だから早目に顔合わせをして説明してくれるのだろう……

 

「相当警戒されているみたいですね、この子は孫娘のクリステルです。私が厳しく育てました」

 

「クリステル・フォン・マディルイズと申します」

 

 無表情だが完璧なカテーシーを披露してくれた、だが僕の警戒心はデオドラ男爵レベルに引き上がる。

 この娘は相当な化け物クラスだ、この国に未だ僕の知らない人外クラスが居るとは驚いた。しかも同世代だぞ、どうなっているんだ?

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。レジスラル女官長には何時もお世話になっています」

 

 此方も貴族の礼儀作法に則った最上級の返礼をする、最後に目を合わせたが美しい碧色なのに無機質なガラス玉みたいな感じだ。

 感情が感じられないビスクドールの様な美しさ、その中身は凄腕の暗殺者だろう。多分だが暗器使いだな、隠蔽されているが結構強い魔力も感じる。

 

「凄い隙の無さ、この距離で勝てないと思った殿方は僅かです」

 

 勝てない?倒せないの間違いじゃないか?僕も貴女を退ける事は出来ても勝てるとは思えない、勝ち筋が見えない。

 

「武官ならライル団長、バーナム伯爵、デオドラ男爵。それにゲルバルド副団長、魔術師ならサリアリス様にユリエル様、まだまだ他にも居るでしょうね」

 

 その他だと辛いだろう、アンドレアル殿やリッパー殿だと接近されたら負ける。

 エムデン王国でも十指に入る強者でも厳しいだろうな、近衛騎士団や聖騎士団でも副団長以下では相手にならないだろう。

 その後は無言でレジスラル女官長の執務室に到着、応接室に通されてソファーに座る様に勧められたので一礼して座る。

 

 軽く周囲を見回せば、落ち着いた雰囲気の内装だ。公爵達の執務室とは違い、内装や調度品は高価ではない。

 クリステル殿の気配遮断は凄い、これって武人だったら開戦の意志有り位に思うんじゃないかな?

 常時展開型魔法障壁なら不意討ちは防げるが、レベル50以上の攻撃力が有れば防御を抜ける。

 体術では全く勝てない、久し振りに戦場で感じた濃厚な死の予感がする。敵対はしたくない、敵意の無い事を示すにはどうしようかな?

 

「クリステル殿は通常の上級侍女では有りませんね?多分ですが王族の方々の影の護衛……」

 

 向かい側に並んで座る二人に質問を投げ掛ける、これで普通の侍女とか言われたら困るし怒る。

 レジスラル女官長は静かに頷き、クリステル殿は無表情を貫く。余計な事は言わない、そんな意志を感じる。

 

「正確には、その様な事にも対応出来る程度に教育しました。ですが未だ誰にも仕えてはいません、クリステルには主が居ないのです」

 

 ふむ、妙な言い回しだが未だロンメール様には仕えてない。彼女自身も若いし決めるのはこれからって事なのか?

 またはアウレール王かグーデリアル様かで悩んでいるのか?彼女クラスだと、それ以下は有り得ないな。

 

 紅茶を用意する彼女の所作を見ながら思う、礼儀作法も完璧だ。流石は王族の裏の守りを担うだけの事は有る、後は装備品を整えれば完璧だな。

 

「クリステル殿の能力を十全に使いこなすには装備にも拘るべきです、これは僕が錬金したポイズンダガーです」

 

 空間創造から護身用に錬金したポイズンダガーを取り出す、僕よりも彼女の方が使いこなせるだろう。テーブルの上に置くが、触って確かめようとはしない。

 

 ふむ、警戒されている。いや、お互いに警戒しているんだ。

 

「隠れての要人警護には暗器が有効、そして一撃必殺が望ましい。そのポイズンダガーはランダムで毎回十種類の猛毒を錬金し傷口から注入します、解毒剤はエリクサーだけです」

 

 そう言って空間創造からエリクサーを取り出して隣に置く、毒は解毒薬と一緒じゃなければ使えない。

 

「ランダムで複数の毒を注入しますから、毒物を特定し対象の解毒薬を投与しても回復は不可能。複数の毒素は混ぜるとどんな作用かは分からない。

序でに強固に固定化の魔法を重ね掛けしたので、鋼鉄製の鎧兜も貫通します」

 

 暗殺者なら垂涎の逸品、僅かに傷付ける事が出来れば相手は確実に死ぬ。死ななくても後遺症が有るから現役復帰も難しい。

 クリステル殿が漸くポイズンダガーを抜いて刀身を確かめている、この距離で刺されても魔法障壁で防げるな。

 

「何故、私に自分をも倒せる武器を渡すのですか?」

 

「王族の方々の警護は、僕等の仕事でも有ります。それに武器は使われてこそ生きるもの、死蔵するより有効に使って欲しいのが製作者の気持ちです」

 

 後は僕がエムデン王国に敵対しない意志を示したんだ、もし僕が裏切れば彼女クラスの暗殺者が殺しに来るだろう。

 そんな彼女に正確には無理だが、僕にも有効そうな武器を渡せば身の潔白にもなる。打算的な感情だけどね。

 

「有り難う御座います、このポイズンダガーを使いこなしてみせます」

 

 言葉少なく感情を込めず、だが真摯な御礼の気持ちは伝わるという不思議さ。彼女ならば護衛対象を完璧に守るだろう、過去にも父王に同じ様な者達が居たな。

 実の息子すら信用出来ずに謀殺した父王も、結局は僕と魔導師団を失い戦争で負けて殺された。

 クリステル殿が完璧でも必ず隙は生まれる、やはり二つの防御系マジックアイテムは少数錬金し渡す必要が有るか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「リーンハルト殿はどうでしたか?」

 

 御婆様の言葉に暫し考える、初めて簡単に殺せないと思った相手は同い年の少年だった。

 

「驚く程の化け物ですね。何度も倒す方法を探しましたが、勝ち筋が全く見えませんでした。同世代で、これ程の人外が私以外で居るとは信じられません」

 

 魔術師の頂点たる宮廷魔術師第二席、あのマグネグロ殿を赤子の手を捻る様に殺した事を考えても分かる。彼は殺人に対して禁忌感が全く無い、私と同じく必要だから殺す事が出来る。

 敵兵三千人を殺しても狂わない強固な人格、彼は間違い無く私と同類だわ。

 

「リーンハルト殿はエムデン王国にとって今後も必要な人物、既にアウレール王も自分を補佐し助言する立場だと認めています」

 

 国王が認めた最重要人物、でも私が守る必要が無い人物。あの人は私を必要としない、仕える意味が無い。

 そもそも王族の方々に仕える為に育てられた私が、王族以外に仕える意味が分からない。

 貰ったポイズンダガーを強く握り締める、私の暗器がダガーだと何故分かったの?最初から侍女でなく暗殺者と分かっていた?

 このポイズンダガーも高性能なのは分かるが、試しに何人かに使って確かめなければ恐ろしくて実戦では使えないわ。

 

「あの人は私を必要としていません」

 

 悔しいが私は不要、護衛対象より弱い護衛など有り得ない。

 

「それはクリステルが決める事では有りません。リーンハルト殿はエムデン王国にとって必要なのです、故に裏切りは認められません」

 

「裏切れば処分しろと言うのですか?アウレール王に必要とされながら、裏切る可能性が高いと?」

 

 そんな人物を重用しているとは理解出来ない、裏切る可能性が有るなら早目に始末するべきだ。

 相討ち覚悟なら或いは勝てるか?だが無傷で勝つ事は不可能でしょう。命を懸ける必要が有るわ……

 

「万が一の時の為の保険です。リーンハルト殿の忠誠心は疑う余地が無い、ですが無条件で信じるには出来が良過ぎます。その点を不安視しているのです」

 

 万が一の為に私が仕える、そこまで重要な男なのね。少し興味が沸いてきたわ、でも私を十全に使いこなせるのかしら?

 

「分かりました、ですが一度だけ模擬戦をさせて下さい。刃を交えて確認したい事が有ります」

 

 私が仕えるに足る重要人物なのは理解したわ、後は私が納得出来るかだけ。王族に仕える予定が臣下に仕えるならば、納得出来る理由が知りたいのです。

 

「それは認められません、諦めなさい」

 

 即断されたわ、そんなに私達を戦わせたくないのかしら?

 

「分かりました、御婆様」

 

 お互いに警戒していたし、私だってリーンハルト殿が主になるなんて思ってもみなかった。でも納得さえ出来れば悪くない相手だわ、既に姉さん達が仕えている相手を主にはしたくないし……

 だからこそ認められない、その力の全てを確認したい。私が全力で戦って負けたなら、素直に主様と認めてもよい。

 

 だから知りたい、その能力の全てを……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 レジスラル女官長が連れていたクリステル殿だが、相当の手練れだな。あの若さで僕みたいにインチキをせずに、あの高みにまで登れるとは正真正銘の天才だな。

 レジスラル女官長の執務室から僕の執務室へは中庭を通る必要が有る、雨は強くなり風も出て来た。

 廊下を歩くと頬に雨が当たる、ますます雨足は強くなるな。庭木は風にしなり池の水面には大粒の雨粒が落ちる。ザワザワとして落ち着かない、何だろう?

 

「魔力感知に反応?」

 

 王宮内で襲撃だと?背後から強い魔力を感知、殺気や気配を感じないが僕がターゲットに間違い無い。

 常時展開型魔法障壁に魔力を込めて強度を増してから振り返る、黒装束に身を包んだ襲撃者が直前に迫る!両手に持ったダガーを繰り出して切り付けてくるが魔法障壁で防げる。

 接触面からバチバチとスパークするが強度に問題は無い、襲撃者は目元以外は隠しているが小柄で若いな。

 首と心臓を狙うも身体を覆う様に展開する魔法障壁に死角は無い、そしてダガーは刀身に毒を仕込んでいるのか濡れている。

 

「黒縄(こくじょう)よ、敵を拘束しろ!」

 

 両手に黒縄を錬金展開し、襲撃者へ黒縄を伸ばす。無力化して捕獲、依頼人を吐かせる必要が有る。しなりながら襲う鞭の速度は速い、しかも多方向からの攻撃を避けるか!

 空気と雨を切り裂く鋭い音が鳴り響く、警戒範囲15m以内に接近を許すとは自分に呆れる。

 

「この距離で避けるかよ!」

 

 両腕から各四本、合計八本の黒縄を伸ばして四方から襲うも真後ろに跳んで避けられた。そのまま幻術か何かで背景に滲む様に同化して身を隠した、逃げてない奇襲を企んでる。

 暗殺は初撃をしくじれば成功率が大幅に下がる、だが王宮内部まで侵入して直ぐに引き上げるとも思えない。油断すれば再度襲われる、暗殺者とはそういう油断の出来ない連中だ。

 

「黒繭(くろまゆ)よ、襲撃に備えろ!」

 

 薄暗い渡り廊下、外は中庭で大粒の雨が大地に叩き付く。気配を消しても雨は防げない、だから近付けば雨に濡れて分かる。

 これだけの大粒の雨だ、背景と同化しても雨に当たるのは防げない筈だが……

 

「む、ダガーを投擲してきたか!四方八方から飛んで来るとなれば……」

 

 黒繭が自動的に攻撃を弾くが、短時間で四方八方からダガーが飛んでくる。敵は高速で僕の周囲を移動出来る、この雨の中で濡れずに移動出来る訳が無い。だが雨粒に当たっている様子が無い。

 幻術、僕の魔力感知魔法は騙せないが視力は騙せるか。僕は敵の幻術に掛かっている、ならば此方も広範囲に攻撃するだけだ。

 

「黒繭よ、羽化しろ!」

 

 球形に蠢く黒縄を解いて一斉に周囲を攻撃する、二百本からなる鞭の飽和攻撃が避けられるか?

 花が開く様に無数の黒縄を展開、周囲15mの範囲に一斉攻撃を行う。これで避けられたら打てる手が無い。

 

「アッ!」

 

 良し、捕まえた。右後方僅か8mの所に潜んでいたのか、恐ろしい幻術と気配遮断技能だ。全く分からなかった……

 

「女性か?」

 

 悲鳴は甲高い声だ、未だ若い女性だと思う。黒縄に右足首を絡め取られ拘束、残りの黒縄が一斉に襲う。蓑虫みたいに拘束された襲撃者は?

 

「クリステル殿、貴女が敵と内通していたとは驚きましたよ」

 

 全身を鞭で打たれた為に顔を隠していた布が破れて素性がバレた、まさかレジスラル女官長の孫娘が敵に内通していたとは驚きを通り越して呆れた。

 どうなっているんだ?それとも、レジスラル女官長が僕の排除に動いたのか?

 

「違います、仕えし主様の力を知りたかっただけです」

 

「は?誰が、誰に仕えるって?何を馬鹿な事を言ってるんだ!」

 

 念の為に全身を黒縄でグルグル巻きにされて蠢く女性が、僕に仕えるだと?力を知る為だけに宮廷魔術師第二席の僕を王宮内で襲撃する?

 負けた事が恥ずかしいのか、僅かに頬を赤く染めるクリステル殿の対処に困った。このまま警備兵に突き出せば、問答無用で死罪だ。

 レジスラル女官長にも責任が及ぶ、こんな危険な女性は側にはいさせられないぞ。

 

「取り敢えず拘束を解くから抵抗しないでくれ、レジスラル女官長に相談するしかないか……」

 

 何て言えば良いんだ?この問題児が本当に厳格なレジスラル女官長の孫娘だと?

 全身傷だらけだが致命傷は無い、だが乙女の肌を傷物にしてしまった。取り敢えず空間創造からローブとハイポーションを取り出して渡す、どうしてこうなったんだ?

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。