新しい配下を得た、元々はレジスラル女官長が一族の者を僕に宛てがう予定だったのだろう。
彼女は、クリステルは礼儀作法は完璧だが特定の感情を廃されたらしく酷く歪(いびつ)な少女だった。
聞けば王族の裏の護衛として教育を施された死兵だ、戦う事に特化する為に喜怒哀楽の全てを奪われた。
必要な事は命令尊守と死を恐れない事、だが彼女は唯一残された戦う関連の感情で強い者と戦いたい願望が生まれた。
故に僕に挑んで来た、レジスラル女官長の命令より自分の感情を優先したんだ。
だから死兵としては不完全、変な処理を施されるより引き取った方が良い。無表情で無愛想だが、戦ってる時だけ薄く笑っている。僕の周囲には戦闘狂しかいない、嫌な事実だ……
「戦う事が唯一の存在意義か、それは雇い主としては望ましい事だが主としては望ましくない」
短期で一つの事を依頼するなら良いが、長期に渡り雇用するとなると問題だ。だが改善案など浮かばない、失った感情を取り戻した時の反動が怖い。
自分の欲望に従い上級貴族を襲う、過去に仕事として暗殺もしたかも知れない。普通に戻れば、罪悪感で押し潰されるぞ。
ただ治すだけじゃ駄目だ、治した後の事も考えなくては。過去の記憶を全て無くす?
駄目だろ、人格形成に記憶や経験は関係する。記憶を無くせば全くの別人になる、いや本来の彼女になるのか?
「クリステルは、いやクリスは今のままで良い。今のままでしか生きて行けないか……」
戦う機会も場所も与えられる、今はそれで良い。精神的な事なら、精神魔法を操るレティシアに相談してみよう。
どのみち五年以内にはゼロリックスの森に行くし、その時に相談すれば良いかな?
◇◇◇◇◇◇
相変わらず外は大雨だ、風も出て来たのか窓ガラスに激しく雨粒が当たる。
昼食抜きは辛いので空間創造からイルメラ謹製のナイトバーガーを取り出して食べた、久し振りに懐かしい味が嬉しい。愛情は最高の調味料だ、元が美味いのに更に美味い。
専属侍女達は隣の控え室で待機している、僕はセラス王女から頼まれた新しいマジックアイテムの錬金に取り掛かる。
筋力up・敏捷up・耐久upの複合系の『戦士の腕輪』の錬金だ。王立錬金術研究所の所員達は魔導書込みでも、最初は20%から30%upが限界だろう。
僕は各50%upを最初の目標にする、戦士職にとって基礎能力五割増しは相当な戦闘力の強化だ。
複合系は自分の長所を伸ばし短所を補える、魔法迷宮でも最下層で稀に見つかる位だから希少品だ。
「さて、始めるかな」
空間創造から上級魔力石を取り出して両手で包み込む様に持つ、腕輪と言っても手首に嵌めるからブレスレットかな?
筋肉質な連中だし腕の太さもバラバラだから、長さを調節出来る様にする。素材は鋼鉄で装飾は無しだ、華美にする意味が無い。
両手から魔力を注ぎ込む、過去に錬金した事が有るが最初の性能は……
「む、筋力55%up・敏捷48%up・耐久61%upか。少しバラつきが有るな」
完成品を執務机の上に置く、性能的には問題無いがup率がバラバラだな。これは試行錯誤しないと駄目だろう、だが失敗ではない。
「次だ、次はバランス重視で錬金してみるか」
空間創造から上級魔力石を取り出して両手で包み込む、今度はバランス良くup率を揃える事を心掛ける。
「今度は筋力46%up・敏捷44%up・耐久45%upか。悪くは無いが平均的に少し低いか?」
三回目はup率を重視して錬金したが、筋力78%up・敏捷66%up・耐久72%upと凄いのが出来た。
これをデオドラ男爵達に渡すと、厳しい模擬戦になるだろう。だが戦争なんだから模擬戦が勝てないからとか馬鹿な考えは駄目だ、戦争に勝つ為には全力を尽くさねばならないんだ。
四回目はバランス重視でup率60%前後で錬金してみる。デオドラ男爵やバーナム伯爵、ライル団長にニールとクリス。ミュレージュ様用に錬金し、後は魔導書を書くかな……
◇◇◇◇◇◇
「リーンハルト様、侍女見習いのユーフィンが来ました」
楽しくなってしまい連続で二十個程、錬金してしまった。作り過ぎたが、最終的には筋力60%up・敏捷60%up・耐久60%upのバランスの良いモノが錬金出来た。
これはセラス王女に献上しよう、少し意匠も変える。流石に鋼鉄製のプレートとチェーンの組合せのブレスレットでは王族への献上品としてはイマイチだ。
序でにup率をプレートの裏側に刻んでおくか、分かり易くて良いだろう。
「ユーフィン殿が?何か問題でも有ったかな?オリビア、彼女を執務室に通してくれ」
執務机の上には『戦士の腕輪』が乱雑に置いて有る、片付ける時間は無さそうだ。まぁ見られても困らないけどね……
出迎える為に扉に近付く、仮初めで秘密とはいえ婚約者には違いない。お互いに秘密にすると約束はしているから、噂になるのは極力控えたい。
「ようこそ、ユーフィン殿。何か有りましたか?」
笑顔で出迎える、ログフィールドの子孫だし友好的に接しよう。
「その、お父様が偶には顔を見せに行くようにと。それと凄い魔力を感じましたので、何をしているのかと気になりまして……」
ふむ、ローラン公爵とログフィールド伯爵の差し金だな。仮初めとは言え婚約者だし、定期的に会っておきなさいって事だ。
それと魔術師として気になったか、錬金時に魔力隠蔽は不可能だから膨大な魔力を放出していれば気になるか……
向かい合って座るが、案内してくれたオリビアは疑問に思っているな。何故、侍女見習いが僕を訪ねて来て接待を受けるんだと。
「オリビア、紅茶と何か甘い菓子を頼む」
「はい、畏(かしこ)まりました」
キョロキョロと執務室を見回している、落ち着いた調度品にセラス王女から頂いた戦旗。それにアウレール王から頂いた宝剣カシナート、拠点防御用のゴーレムナイトと珍しいのだろう。
他の公爵や侯爵の執務室に仕事で入った事は有っても、落ち着いて観察した事は無いのかもな。
「セラス王女からの依頼品を錬金していたんだ、能力up系のマジックアイテムだよ」
執務机の上から『戦士の腕輪』を取って見せる、興味深そうに観察していたが直ぐに返してきた。
彼女は鑑定は出来ないみたいだ、それとマジックアイテムに関しても知識は深くなさそうだな。どうも魔術師としてアンバランスだ、これでレベル20以上?
「御自分でマジックアイテムを錬金出来るのですね、流石はレベル50以上!私は未だレベル22なのです」
胸の前で両手を組んで祈る様に見てくる、正直あざといぞ。自分の魅力を理解して押し出してくるな、確かに客観的に見ても美少女だ。
美少女と言えばクリスも美少女だった、今日は美少女と縁が有る日だな。全く欠片も嬉しくはないが……
「ふむ、レベル22と言えば魔術師としても一人前。失礼ですが、伯爵令嬢の貴女がどうやってレベルを上げたのです?」
前から疑問に思っていた事を聞く。クリスなら分かる、あの子は単独で魔法迷宮バンクに入り浸ってレベルを上げているそうだ。
だがユーフィン殿は戦いには無縁そうだし、魔術師として一人前になるなら結構な数のモンスターを倒して経験値を得ないと無理だ。
同い年位の貴族の少女が、レベル20オーバーとか状況的に信じられない。
「実は……」
彼女の説明によると、七歳の時に一歳年上の姉とお気に入りの玩具の取り合いで毎回喧嘩になったそうだ。
子供の頃の一年は大きい、成長に差が有るので玩具の奪い合いは大抵年下が負ける。ある時、お気に入りの人形を奪われない為にギフトが発現した。
お気に入りの人形を空間創造に隠した、これでお気に入りの玩具は奪われないと喜んだ。
だが姉は家族に妹がズルをして玩具を隠すと訴えて、空間創造のスキルを所持しているとバレてしまった。
空間創造はレアスキルだ、その収容能力はレベルに依存する。最初は50㎝四方と小さかった、だから強制的に護衛と共に魔法迷宮バンクで経験値を稼がされた。
自分はなにもしないがパーティメンバーが戦い強制的にレベルアップをする。そして収容能力が20m四方と実用レベルになった時、侍女見習いとして王宮に遣わされた訳か……
結構ハードな内容だな、未だ七歳だった子供をレベルアップさせる為に強制的にパーティを組ませて危険な魔法迷宮バンクに放り込む。
ログフィールド伯爵は希少なスキル持ちの娘を有効活用したんだ、今回の件で成功すれば正式に上級侍女になる。
サルカフィー殿は、彼女のレアスキル狙いかも知れないな。同じ政略結婚ならば、有能な方が良いし彼女は美少女だ。
段々と裏の事情が分かって来た、空間創造は悪用しやすいギフトだ。僕が公言しているのは、もう一つの『レアドロップアイテム確率UP』を隠す為でもある。
アースドラゴンを引き渡す時に初めて他のギフト所有者が居るのを知ったが、彼は会ってくれなかった。
ユーフィン殿はエムデン王国の為に使用しているので隠していない、つまり数少ない公表されている空間創造のギフト所有者だ。
「リーンハルト様が空間創造のギフトが発現したのは何時でしたか?」
共通の話題が少ないからか、空間創造のギフトの話が続く。同じ魔術師で同じレアギフト持ちだ、ユーフィン殿も色々と聞きたいのだろう。
「僕かい?僕はどうだったかな……確か研究中に突然出来ると理解したんだ、そして実際に出来た」
もう随分と前で記憶が曖昧だが嘘じゃない、確か毒の研究中に毒薬の管理や保管が面倒だなって思ったら閃いたんだ。
毒薬と解毒薬って、常に両方持ってないと危なくて使えない。少しの油断で傷ついても毒を受けるんだ、呑気に解毒薬を探しになど行けない。
それに保管してても盗まれたら大変だ、そんな思いがギフトを発現させたのかな?ユーフィン殿もそうだし、必要だと強く思えばギフトは発現する?
「まぁ?では最近なのですね。それなのに私より使いこなしていますわ、自信が無くなります」
見た目でも分かる位に落ち込んだ雰囲気を醸し出している、普通なら気遣う場面だな。だが僕は宮廷魔術師第二席、発現が遅くても君よりは使いこなせる環境に居るんだぞ。
侍女見習いに負ける宮廷魔術師なんて居ないさ……
「魔術師とは常に鍛錬し、魔導の深遠を追い続ける者の総称です。ユーフィン殿も諦めずに鍛錬あるのみですよ」
む、溜め息を吐かれた。今のは慰めるか手伝うかしろって事だと思うが、余り縁を深めるのも問題だ。
三十分ほど当たり障りのない会話をして、ユーフィン殿は帰って行った。ローラン公爵かログフィールド伯爵に報告されたら、女の扱いが下手だとか評価されそうだな。
夕方頃になると更に天候が荒れた、もう台風並みの雨風の強さだ。これは馬車を走らせるのも難しい、チリとダリが怪我をしても大変だ。
幸いと言うか何人か上級貴族が泊まる為に、伝令兵が屋敷に連絡に行ってくれた。
彼等は常に情報を早く正確に伝える事を訓練されているので、台風並みの悪天候でも平気だ。
彼等にしたら訓練にもならないらしい、雨風が強いだけで敵は居ないし整備された道を進むだけだから。
「問題はコッペリス新男爵の訪問か……」
どうやら僕が断った、エリアル男爵位を授かったらしい。その御礼をリズリット王妃に言いに来た帰りに僕の所に寄りたいらしい、事情をしるウーノが申し訳なさそうに伝えて来た。
ザスキア公爵の居ない日を狙ったと思うのは邪推か?いや、こんな悪天候の日に御礼に来るのも変だよな。急ぐ必要は有るが、無理をする程でもない。
今日は訳有り女性の訪問が多いな……
◇◇◇◇◇◇
「わざわざお詫びなど不要ですよ。その件についてはアウレール王とリズリット王妃、ザスキア公爵とも話はついています」
しおらしく執務室を訪ねて来た、コッペリス殿……いや新エリアル男爵に最初から牽制の言葉を贈る。
ソファーを勧めて向かい合わせに座る、元々は勝ち気な性格らしいが今は大人しい。本当にザスキア公爵に何度も煮え湯を飲ませる程の知謀の持ち主なのか?
有能だろうがリズリット王妃のお気に入りだろうが彼女は敵だ、和解はしていない。リズリット王妃の顔を立てただけだ、グンター侯爵の四女らしいが敵対するなら潰す。
「本当に申し訳有りませんでした。私の悪戯の所為で、リズリット王妃にまで頭を下げさせる事になるとは思いませんでしたわ」
本当に申し訳なさそうに毒を放り込んで来た、僕は理由はどうあれ王妃に謝罪させた。それを彼女は指摘している、原因と責任は貴女の方が多いけどね。
「そうですね、臣下として問題行動です。僕達は謝意を示す為に、アウレール王に仕えねばなりません」
リズリット王妃にじゃない、アウレール王にだ。国王に尻拭いをさせた臣下なんだ、僕等はね。
「そうですわね、流石はアウレール王から忠臣と言われるリーンハルト様です」
「いえ、今回の件でアウレール王の手を煩わせてしまいました。忠臣など僕には過ぎたものです、全く自分の非力さが嫌になります」
僕の悔しそうな顔を非力さの意味を理解したのだろう、少しだけ口元が歪に固まった。
非力、つまり原因たるコッペリス殿の排除が出来なかった事を悔いている。グンター侯爵の四女でアウレール王の寵姫だったからな、だが今は違う。
「そんなに御自分を責めるものでは有りませんわ」
「そうでしょうか?後悔で胸が一杯です、何故あの時に躊躇したのか……」
別に殆ど敵対していた、グンター侯爵に配慮する必要はなかった。アウレール王の寵姫といっても、お里下がり間近だった。
決して勝てない相手ではない、それに今なら負けないだろう。相手もそれを理解して和解に来た筈だが、対抗心かプライドかチクチクと毒を吐いてくる。
「もうこの話題は止めましょう、済んだ事です」
「そうですわね、ですが色々と御迷惑をお掛け致しました。申し訳有りませんでしたわ」
深々と頭を下げた、これで本当に和解だな。一応アウレール王への借りは返したが、同じリズリット王妃派閥の一員だ。
積極的に仲良くしないし協力もしない、だが敵対もしない。距離を置く相手だが、リズリット王妃が絡んでいるし何かしら有るだろう。