古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第496話

 ロンメール様の護衛部隊の主力である、エムデン王国王宮警備兵と訓練を兼ねた模擬戦を行った。

 実際の行軍を前提に大型馬車六台の縦列移動、それをゴーレムポーンに襲撃させる。

 レベル20ならば上位の正規軍兵士と変わらない強さだ、結果は見事に護衛対象を無傷で目的地まで到達させた。

 

 今回の副官の二人、アドム殿とワーバッド殿は中々に優秀みたいだな。配下の百人も良く動いている、ニーレンス公爵とローラン公爵の派閥の連中だが悪くはない。

 

 上司として目標を達成した部下達に総評と労いの言葉は必要、彼等も整列し期待に満ちた目で僕を待っている。

 その後ろには三百人近い見学人が遠巻きに此方を伺っている、流石に演習中の軍属には近付けないだろう。

 何人かの親族は声が掛かるのを待ってるみたいだ、家族を紹介してくれみたいな?

 

「見事です、全体的にも連携が取れていました。良く訓練している事は分かりましたよ」

 

 笑顔で彼等の労をねぎらう、だが後ろの見学人の方が反応がデカい。そんなに騒ぐと演習場から強制的に追い出されるぞ。

 副官二人の後ろには班長が八人並んでいる、その後ろには十列に並んだ警備兵達。全員が無言で期待に満ちた熱い視線を向けて……ああ、そうか!

 

「約束通り、君達の鎧兜に固定化の魔法を掛けてあげよう。手抜きはしないから安心して欲しい」

 

 この言葉を聞いた時、前後から雄叫びが聞こえた。

 

「「「「「やったぜ、俺達の勝利だぁー!」」」」」

 

「「「「「それは狡いぞ、羨ましいだろうがぁ!」」」」」

 

 前者は警備兵達だが、後者は聖騎士団員達だ。だが警備兵達の防御力の向上は任務の達成にも関わってくる、手は抜けない。

 

「狡いぞ、リーンハルト殿。我等聖騎士団も予算を申請するから、是非とも鎧兜に固定化の魔法を掛けてくれ。絶対だぞ、約束だぞ!」

 

 ライル団長に首元を掴まれて前後にガクガクと揺すられたが、少し落ち着いて下さい!

 

 聖騎士団員達も僕を取り囲んで必死にお願いと無言の圧力を掛けて来ないでくれ、これでも僕は貴方達よりも立場が上なんですよ!

 

「聖騎士団にはレジストストーンを既に配布してますよね?それにセラス王女が、近衛騎士団と聖騎士団用に能力upの魔力付加のマジックアイテムの制作を僕に依頼しています」

 

「ソレとコレとは別問題なのだ!騎士とは己の武器と鎧兜には格別の思い入れが有るのだ、マジックアーマーは漢(おとこ)の夢と浪漫と希望の象徴なんだぞ!」

 

 更にガクガクと揺すられて強請られる、戦士職の連中の気持ちは分からなくも無いけど……

 

「その話は後日にしましょう。エムデン王国の防衛予算にも関係して来ますし、いくら聖騎士団とはいえ潤沢な予算は無い筈ですよ」

 

 今は第何次だったっけ?防衛計画の予算の申請は終了して来期の予算に組み込むしかない筈だ。

 無償で固定化の魔法を掛けても良いのだが、これも派閥争いや利権が絡むんだよな。

 近衛騎士団と聖騎士団の鎧兜の納入先と揉める事になる、他人が作った鎧兜に手を加える事になるから保証とか補修とか……

 

「む?金か、そんなモノは個人負担で何とでもなる!お前謹製の鎧兜は無理でも聖騎士団正式鎧兜に固定化の魔法なら、一セット金貨三百枚でどうだ?

勿論だが利権絡みも俺達の方で調整するから迷惑は掛けない、約束するぜ!」

 

 いや、どうだって言われても利権絡みの調整や個人で金貨三百枚も負担するのは大変……じゃないみたいだ。

 聖騎士団の皆さんの目が語っている、『利権絡みや金は問題無いから絶対にやってくれ!』って訴えてくる。

 警備兵は百セット、聖騎士団は少なくとも三百セット。絶対に近衛騎士団も絡んで来る、更に百セット、合計で五百セット以上か……何日で終わるかな?

 利権絡みも本当に大丈夫か?納入する商会と製作する鍛冶屋、それに絡んでいる官吏達も鎧兜が壊れ難くなれば利益に絡むのだが?

 

「了解しましたから!先ずは利権絡みを処理して下さい、そうすれば固定化の魔法を掛けますから!」

 

「ヨシ!任せろ、大丈夫だからな。任務中の連中にも教えてやるか、防御力二倍だぞ!」

 

 簡単に大丈夫とか言ったけど本当に大丈夫か?近衛騎士団の正式鎧兜を作れるとなれば、相当高名の鍛冶師達だぞ。

 あれ、防御力二倍?何故その情報を知っているんだ?チラリと副官二人を見れば目を逸らした、つまり嬉しくて頑張って鍛錬したけど情報も自慢話として周囲に話したのか……

 

「まぁ良いか、調整してくれるなら問題無い。出来れば戦力強化したかったし、稼げるならば喜ぶべきなのか?一家の大黒柱って辛い、金が無いのは首が無いのと一緒だそうだし……」

 

「おぃおぃ、未成年の言葉じゃないぞ。確かに自分の家を興したならば、存続させねばならないがな」

 

 貴族ってプライドが高いし面子を重んじるから出費が多いけど、資金繰りとか甘いんだよな。収支の感覚が無い奴等が、安易に重税を課したり借金に走る。

 クリストハルト侯爵や、アルノルト子爵が典型的な破滅タイプの貴族だ。収入よりも支出が多いのに改善しないで享楽的に暮らす、そして財政が破綻する。

 まぁ財政破綻どころか家が潰れたけど……家が潰れる理由だが後継者不在より財政破綻の方が多い、困った連中なんだ。

 

 僕が貴族の未来を憂いている最中に鎧兜の強化が可能となり、喜び騒ぎ出す男達に見学人もドン引きで距離を置いた。

 確かに完全武装の騎士達五十人以上が騒げば怖いよな、僕ならお近づきになりたくない。

 

 この後、聖騎士団と警備兵と僕とで何回か模擬戦を行い解散となった。最初は聖騎士団と警備兵の間に蟠(わだかま)りが有ったが、剣を交えれば分かり合える肉体言語の発動で何とかなった。

 恐るべきは脳筋集団と肉体言語の相乗効果だろうか?すっかり意気投合してるし、これから全員で飲みに行く事になっている。

 当然だが僕は仕事が有ると辞退した、百五十人近い連中が当日に行って飲める店とか王都の繁華街に有ったかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ライル団長と聖騎士団員に囲まれて演習場から帰る事になった、僕は自分の屋敷に帰るので途中迄は一緒だし彼等は商業区画の酒場に向かうらしい。

 警備兵達は一旦王宮に帰って引き継ぎをしてから合流らしい、まぁ今日は丸一日練習の予定だったから王宮の警備に支障は無い。

 騒がしかった見学人も厳つい騎士団員達に囲まれた僕には突撃出来なかったのだろう、副官二人が妹と娘に泣き付かれていたが諦めて貰うしかない。

 足元を固める時期に新しい女性問題とか嫌だ、雇うにしても素性の調査とか派閥問題の調整とか大変だから。

 

「漸く落ち着いた、しかしライル団長にも困ったものだよ。騎士団員に自腹を切らせて鎧兜の強化とか……」

 

 背もたれに身体を預けて空間創造から取り出した果汁水を飲む、冷えた水にレモンを絞った爽やかな酸味。それに隠し味に蜂蜜を混ぜて甘味を引き出している、疲れた身体に染み込む美味さだ!

 

 のんびりと窓の外を見る、演習場は郊外なので長閑な田園風景を見ながら先日の大雨による被害は少なかったと安心した。

 農作業に勤しむ農民達に悲壮感は無い、王都周辺はアウレール王の直轄地だから治世も治安も良い。

 緊急時には急いで作物を収穫し王都に運び込む、開けた大地は大量の敵兵を展開されるが城壁の上から魔法や弓矢で攻撃するには最適だ。

 

 障害物が何も無いから敵兵の動きが丸分かりな利点も有る、戦術的な観点からも利が有るが大都市周辺は交通の便も良くなければ発展しない。

 まぁ王都が敵兵に囲まれたら援軍が来なければ負けだ、仮に同盟国とかが援軍を送ってくれても数ヶ月単位での籠城は必須。

 内部調略による裏切りとか士気低下による反乱とかも考えられるし、実際に籠城から勝利を掴むのは難しい。

 

 王都の城門を通過し住居区画を抜けて商業区画に入る、目抜き通りにはエムデン王国有数の商家が軒を連ねる。

 最近はライラック商会が勢力を伸ばし、老舗のマテリアル商会の経営が悪化しているそうだ。

 

 クリストハルト侯爵家やアルノルト子爵家が没落し借金は未回収、ウェラー嬢に詐欺紛いで魔導書を売った事によりユリエル殿が暴走気味に追加制裁を加えている。

 ハイゼルン砦に居ながら次々と遠隔指示で配下や知り合いを使い追い込んで行く、伊達に十年以上も宮廷魔術師の任についてないな。

 エレさんの母親であるメノウさんの元旦那は、自身も高齢だし後継者争いも始まっている。規模縮小は待った無しか?

 

「丁度マテリアル商会の前か……」

 

 流石に大店(おおだな)だけあり見事な店構えだ、外観からは厳しい経営状況が悪いようには見えない。従業員がキビキビと働き、多くの客が出入りしている。

 賑やかな大通りだけあり僕の存在に気付いた者も居て窓越しに視線が合ったりもした、人々には活気と笑顔が有り子供達も元気に走り回っている。

 商業区画を抜けると新貴族街、そして従来貴族や上級貴族達が住む貴族街に通じる。

 僕は新貴族だが領地と伯爵位を叙されたので従来貴族に準ずる扱いという摩訶不思議な存在だ、伯爵になった新貴族は僕が初めてだそうだ。

 

「リーンハルト様、お屋敷に到着致しました」

 

 警備兵達に窓から顔を見せて確認させる、予定より早い帰宅だが正門を通り屋敷の玄関に馬車を横付けした時にはサラとリィナが出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

「お帰りなさいませ、リーンハルト様」

 

 サラの後ろで深々とお辞儀をするリィナを見て大分慣れたみたいだと安心する、最初はぎこちなくて心配したのだが……

 

「ただいま、サラ。それにリィナも大分慣れたみたいだね」

 

 気楽に声を掛けて屋敷に入る、他のメイド達とアシュタルにナナル、それとイルメラとウィンディア……ああ、現状この屋敷の女主人のアーシャまでヒルデガードを伴い出迎えてくれたのか。

 

「ただいま、アーシャ。それに皆も出迎え有り難う」

 

 思えば短期間で出世したモノだ、現状でも魔術師として最高峰の宮廷魔術師第二席で侯爵待遇。廃嫡して平民となり冒険者として生計を立てるつもりが、まさかの伯爵様だ。

 

「旦那様?」

 

「ああ、済まない。少し考え事をしてしまったんだ、さぁお茶でも飲もうか」

 

 訝しげに見上げてくるアーシャの腰に手を添えて先に進ませる、イルメラやウィンディアがバーナム伯爵達の養子になり僕に嫁ぐ迄は彼女達と親密な態度は見せられない。

 地盤が固まり安全を確認する迄は、我慢しないと駄目なんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自分の屋敷に帰っても仕事が無い訳じゃない、アシュタルやナナルが手を出せない仕事が残っている。

 一般の手紙なら構わないが親書の場合は任せられない、最初は僕が読んでから対応を任す。僕宛に蝋封された親書を他人が読む事は出来ない、だから時間が掛かるんだ。

 送り主別に仕分けしてくれているだけでも助かる、身分上位者からは王族・同僚宮廷魔術師・公爵五家・侯爵七家。

 

 同格の伯爵、格下の子爵と男爵。更に同じ派閥か中立か敵対の三つに分けられる、身分上位者は王宮の執務室に届けられるので自分の屋敷には殆ど来ない。

 平民階級からの手紙も最近増えて来た、特に利権絡みの商人達は色々な優遇措置で摺り寄って来る。

 全部ライラック商会に丸投げで終了、御用商人に任せて他との商会との直接取引はしない。外にも冒険者ギルド本部に魔術師ギルド本部絡み、モア教の教会絡みも多い。

 

「さて、身分上位者からは無しか。次は……」

 

 山と積まれた親書の数に思わず溜め息を吐く、親書として送って来るが実際は舞踏会かお茶会の誘いだ。

 そろそろ僕も自分の屋敷の御披露目を兼ねて舞踏会を開かないと駄目だよな、慣例を放置するのは貴族社会では悪手だ。

 歴史と伝統を重んじるエムデン王国の貴族社会を理解してないと、思わぬ反撃を食らう事になるからな……

 

「殆どが舞踏会や音楽会、お茶会に花見の会に月見の会。懇親会も兼ねているけど親書じゃなくても良いじゃん!」

 

 普通の招待状だと子爵以下は、アシュタルとナナルに代筆させたのバレたか?だけど普通の対応だぞ、当主直筆の返事は同格以上が必須で他は代筆可だ。

 

「む、トラピス修道院に送った娘達からの手紙か……」

 

 質素な手紙にはハイゼルン砦に捕らわれていた女性達からの近状報告だ、彼女達は男性不信であり実家に帰っても冷遇されるのが分かっていたから全員が僕の提案通りに修道女になった。

 強制的に娼婦紛いな事をされていた事が知られたら、幸せな結婚など不可能だ。最悪は生き残った親族が娼館に売りつける、貧困な家庭なら嫁げない娘など厄介者でしかないからな……

 気になるのは、バニシード公爵の娘でヘルカンプ様の元寵姫であるメルル嬢の事も書かれている。共に僕に救われて此処に来たって事になってるが、メルル嬢の事は僕は無関係だぞ。

 

「ふむ、モア教の教義を知り清貧で規則正しい生活ながら心の安寧を覚え始めたか……良い事だな」

 

 彼女達を弄んだ者達は僕が全員殺した、だが彼女達にとって奴等が殺されたからといって幸せにはなれないだろう。

 今はそっとしておくしかない、だが追加で援助をしておくか。これから寒くなるし防寒着や毛布とかを幾つか見繕って贈ろう。

 後はドライフルーツや焼き菓子とかの日持ちする甘い物も一緒に贈るか、規律の厳しい修道院だから気晴らし位にはなるだろう。

 

「リーンハルト様。紅茶をお持ちしましたので、少し休憩して下さい」

 

「甘い果物も剥いてきたよ!」

 

 イルメラとウィンディアが差し入れを持って来てくれた、アーシャも気を遣って交互に世話を焼いてくれる。

 

「有り難う、少し疲れたし息抜きしようか……」

 

 備え付けのソファーセットに向き合って座らずに三人で並んで座る、肩が触れ合う位に近い。

 妙にスキンシップが多いのは最近イルメラ達と話す事が少なかったからか?

 

「あの手紙は修道院の彼女達から?」

 

 執務机の上に出しっぱなしの手紙を気にしている、チラリと見ていたし気になったのか?

 

「そうだよ、律儀に近状報告を送ってくれる。もう直ぐ寒くなるし防寒着や甘い物を纏めて贈ろうと思う」

 

 剥いてくれた洋梨を一切れ食べる、甘味と独特な粘りの有る食感。南国の果物を生で食べれるのは貴族の特権だな、この一切れで平民の一食分以上の値段だ。

 

「あの子達も不幸でしたが、今は幸せなのでしょう。リーンハルト様が庇護してくれれば何も心配は無いのですから……」

 

 幸せ?本当にそうなのか?僕は彼女達の未来を一方的に決めてしまった、他に方法が思いつかなかったから。

 

「そうだろうか?僕は彼女達の未来を一方的に決めてしまった、他にも幸せになる未来が有った筈なのに修道女にして一生修道院に押し込んだんだ。本当に他に方法は無かったのかな?」

 

 最善と言いつつ面倒臭くない簡単な方法を押し付けたんじゃないのか?未だ若い彼女達を一生修道院に押し込んで幸せなのか?思わず顔が歪む、僕はイルメラ達ほど彼女達に手間を掛けていない。

 

「ちょ、イルメラさん?」

 

 彼女には珍しく強引に頭を胸に抱きかかえた、柔らかい二つの神秘とミルクの匂いがだな……

 

「幸せですよ、女性が辱めを受けても生き続ける気力を持てたのです。間違い無く今は幸せなんです、リーンハルト様のお陰で生き続ける事を選択出来た。私はそう思います」

 

 優しく頭を撫でてくれる、流石は現役モア教の僧侶だけあり母性愛が半端無い。思わず顔を二つの神秘の谷間に押し付けて匂いを嗅いでしまう。

 

「狡いよ、イルメラさん!私もリーンハルト君を胸元に抱き締めて慰めるから代わってよね」

 

「駄目です!リーンハルト様を甘やかすのは私の特権なのです、未だ幼い頃のリーンハルト様もイルメラに抱き締められるのが大好きでしたから」

 

 強引にウィンディアが引き剥がそうとするも、余計に強く抱き締められた。しかし転生前の幼い頃の僕って抱き付き癖とか有ったのか?

 

「じゃあ余計に私に代わってよね、イルメラさんは狡いよ!」

 

 ああ、左右から僕を取り合う美少女二人。しかも胸元に抱き締めようと競い合うとか、何て幸せなんだろうか。だが余り騒ぐと周囲に知られてしまう、だがこの幸せな時間を失いたくは無い。

 

 結局騒ぎを聞きつけた、サラが来る迄この馬鹿騒ぎは続いた。幸せな一時だったな……

 


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