武器屋で思わぬ時間を掛けてしまったが、このカッカラという杖だが中々良いな。実際に持ち歩いて思ったが、魔術の発動体としては使えないものの汎用性は高そうだ。
まぁ発動体が必ず要る訳じゃないからな、アレは赤ん坊のオシャブリみたいな物で慣れれば無くても問題が無い。
逆に高位の魔術師達は発動体を通す事によるタイムラグを嫌って使わない連中が多かった。
因みに僕の格好だが一般的な貴族か裕福な平民層が着ている布の服を着て腰にロングソードを吊るしている。
修道服を着て杖を持つイルメラを従えているのだが、端からはどういう関係と思われているのだろうか?貴族の子供とお供か?それとも姉弟か?
武器屋から大通りを歩く事15分、漸く当初の目的である冒険者ギルドに到着した。
「漸く冒険者ギルドに到着したか……流石に王都に構える本部だけあって立派な建物だな」
冒険者ギルド本部、三階建ての総大理石造りの白亜の建物で重厚感が溢れる。入口には全身鎧を着込んだ警備兵が二人立哨しているので非常に入り辛い感じだ。
イルメラがズンズンと進んでいくので僕はその後ろに付いていく。家を出た時とは立場が逆だな。
彼女の後に付いて正面入口を潜ると一階は凄く広いホールになっている、3フロア吹き抜けのホールだ。記憶に残るルトライン帝国の王宮並みの豪華なホールに入って直ぐ右側の壁際を見てギョッとした……
「アレは、モンスターの剥製?何故あんな物が展示されてるんだ?ゴブリンにコボルド、オークにオーガーにヘルハウンド?」
一瞬警戒したが冒険者ギルド本部にモンスターが襲撃してくる訳もないので落ち着いて観察すれば、精巧に作られた剥製だった。
「御主人様、アレは現物見本として駆け出しの冒険者達に教えているのです。冒険者に成り立ての人達は聞いた事はあれども実際に見た事の無いモンスターって結構いるんですよ。駆け出しの冒険者がオークやオーガーに出会ったら死んじゃいますよ」
近くに寄ってマジマジと見る。確かに百聞は一見にしかずで分かり易い。剥製に出来ないスライムやゾンビ系は40号キャンバスに絵画宜しく精密に描かれている。
但し書きにはモンスターの習性や弱点、剥ぎ取りの素材の部位と買取値段、ノーマルとレアのドロップアイテム等が事細かく書かれているので非常に分かり易い。
確かにゴブリンを討伐してこいって依頼でゴブリンってどんな奴だ?って言葉で説明するのは難しいよね。
一回でも遭遇すれば忘れないけれど最初は誰でも素人だからな、冒険者ギルドって親切だな。
一通りモンスターの剥製と絵を見ると王都周辺に出没するモンスターが頭に入った。流石は王都周辺だけありランクの高いモンスターは殆ど居ない。精々がオーガーくらいだな。
オーガーも生息地帯は王都から随分と離れている山岳地帯だから討伐に行くのも数日単位の移動が必要だろう。
「ここで展示されているモンスターは自然発生系なんです。魔法迷宮に出没するモンスターは倒すと魔素となって消えてしまいドロップアイテムを残しますから……」
「魔法迷宮は分かるが……ドロップアイテム? なにそれ?」
僕の生きていた時代にも魔法迷宮は有ったし中にゴーレムを配したり出来たが、ソイツ等を倒してもアイテムなんてドロップしなかったぞ。
イルメラは僕の質問には答えず微笑むと新規受付と書かれたカウンターに僕を案内した。彼女は良く出来たメイドだが偶にお姉さんみたいに振舞う事が有る。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。新規登録の方でしょうか?」
「はい、御主人様が新規登録を行います。その後でパーティ申請も一緒にお願いします」
パーティ申請?何だ、歓迎披露パーティでも行うのか?最近のギルドってそうなのか?
ギルド職員は中年の男性、やはり統一された制服を着ている。先ずは丁寧に椅子に座るように勧められた。
「先ずは此方の水晶に手を置いて下さい、基本情報を読み取ります。その後でギルドカードの記載内容と種類を選んで頂きます」
カウンターの上に差し出された水晶に右手を乗せると無色透明な水晶が青く光った……
「ほぅ……凄い魔力ですね、水と土の系統魔術が得意なのですか。
貴方は既に魔術師なのですね。此方のギルドカードに基本身体情報が転写されました。続いて基本情報を記載していきましょう」
それからギルド職員の質問に順番に答える。出身地・名前・性別と基本的な質問に答えるとギルド職員が縦6cm横10cm程の薄く四角い板に情報を刻んでいく。
「では希望の職業のクラスと冒険者コースを決めて下さい」
クラスとは職業だ、普通は下級職で戦士・僧侶・魔術師・盗賊が有りレベルを上げると魔法戦士とかの上位職に転職出来るらしいが……僕は魔術師だな。
「クラスは魔術師で……だが自分で選べるものなのか?」
魔力が無いのに自称魔術師とか僧侶とか、技術が無いのに盗賊とか言えるんじゃないの?
「リーンハルト様は魔力保持者ですが、別に登録は戦士でも盗賊でも可能です。選択肢が有ったのでお聞きしました。冒険者コースは此方のパンフレットから選んで下さい」
差し出されたペラペラなパンフレットを読む……
初期の冒険者コースは三つ。討伐コース、素材採取コース、魔法迷宮探索コースだ。
先ずは討伐コースだが、周辺で発生するモンスター被害に対応するのが主な仕事だ。
次に素材採取コースだが、此方は薬草とかの植物の採取や討伐したモンスターの素材の剥ぎ取りだな。
レベルが上がれば自分で倒して自分で素材を剥ぎ取れば良いが、初期の頃は器用貧乏になってしまうし多岐に渡る仕事は効率が悪いので分担した方が良い。
脳筋な戦士の連中に植物の見分けが付く訳が無いし、皮の剥ぎ取り等の素材を傷付けない器用さが有るかと言われれば疑問だ。植物の見分けなんて聞いただけで分かる訳がないからな。
素材採取をするには兎に角知識が必要だから身体を鍛える時間が少ない。つまり遠くまで素材を採取に行けない。なのでこの二つのコースは互いに協力し合って仕事をするそうだ。
これは新人の時に弱いから薬草採取しか出来ないとか言われて素材採取を主に行う人達が減るのを防ぐ為の処置でもある。
ギルドは討伐オンリーの脳味噌筋肉野郎ばかりでは成り立たないのだ。
魔物の素材は武器や防具を作るのに必要だし、薬草類は各種ポーション作成に必要だ。
討伐依頼には素材採取コースの人が何人か必ず参加するらしい。
折角苦労して倒したモンスターの素材剥ぎ取りが拙いと儲けも出ないし、買い取るギルドとしても不完全な素材など欲しくない。
これがもし貴重なモンスターだったりしたら余計勿体無くて困るだろう。素材が欲しい依頼者とは出来るだけ完品が欲しいのだから……
最後に魔法迷宮探索コースだが、これは上記の二つのコースとは完全に違う。
ひたすら魔法迷宮に篭りモンスターを倒しドロップアイテムを回収する連中だ。迷宮モンスターは倒すと魔素になるので剥ぎ取りの手間も無い。
そもそも依頼を受けなくてもドロップアイテムの売買だけで利益が出てしまうのが問題なんだそうだ。
故に討伐コースと素材採取コースとの連携も当然無いので、迷宮探索コースの連中はランクアップの時には一定数の討伐依頼をこなさなければならない、要は金儲けに走らずに少しは冒険者ギルドに貢献しろって事だ。
「当然、迷宮探索コースをお願いする」
そんな裏事情を説明してもらったが、僕は最初から迷宮探索コースに決めていた。
「最初から迷宮探索コースをですか?失礼ですが冒険者ギルドが斡旋出来る魔法迷宮は七つ、その初級のバンクでさえ討伐コースのモンスターの数倍の強さが有ります。最初は討伐コースを選ばれた方が……」
冒険者ギルドに入ったばかりで無謀だと言うのは分かる、分かるが1年間で生活基盤を整えなくてはならないので収入が多くて所要時間の少ない迷宮探索コースにしたい。
討伐コースや素材採取コースは依頼された場所に行って対象を逆に探さないと駄目だが、迷宮探索コースは指定の魔法迷宮に行くだけで良いのだから。
それにスカラベ・サクレの情報では初級魔法迷宮のバンクはエムデン王国の王都に近い場所に有るし今の僕とゴーレムだけでも最初の方の階層は攻略が可能そうだ……
「構わない、基本的にコースとは途中変更も可能だし、迷宮探索コースの者が討伐コースや素材採取コースの依頼を受けては駄目な訳ではないのだろう?」
この辺が冒険者ギルドのアバウトな所だ。上級者ならばコースの違いなど関係無くなるから厳密に言えばある程度は自由なんだよね。
「分かりました……ですが、くれぐれも無茶はしないで下さい。幾ら自己責任とは言え未来ある若い冒険者を失いたくは無いのが冒険者ギルドの総意です。では最後にもう一度水晶に手を置いて下さい、情報を確定します」
差し出された水晶に右手を乗せると今度は金色に輝いた……
「これがリーンハルト様の冒険者ギルドカードです……ほぅ、ギフト(祝福)が二つもありますね、これは珍しい。空間創造に……
レアドロップアイテム確率UPですか?これは初めて見ますね」
渡された冒険者ギルドカードには細かい事は殆ど書かれていない。本当に基本的な情報だけだが、それでも一番秘密にしたいギフト(祝福)の情報が丸見えってどうなんだろう?
◇◇◇◇◇◇
名 前: リーンハルト・フォン・バーレイ(男性)
所 属: エムデン王国
クラス: 魔術師
ランク: F
レベル: 7(迷宮探索コース)
ギフト: 空間創造 レアドロップアイテム確率UP
◇◇◇◇◇◇
「本当に基本的な事しか書かれていないんだな、レベル7って何だ?あとギフト(祝福)って分かるんだ」
300年の時間経過は僕の蓄えてきた常識が全く通じない部分も多いし、スカラベ・サクレの情報も細かい事は全く教えてくれなかった。
「では冒険者ギルドカードの説明をさせて頂きます。先ずは……」
ギルド職員の説明は名前・所属・クラスは現時点での事で変更可能だそうだ。結婚して名前が変わるとか所属国家が変わった場合は申告すれば何時でも変更は可能だ。
ランクについては変更時に冒険者ギルドの方で修正する。
レベル制については少し特殊で僕が引き篭もっていた300年の間で広まった考え方で人はレベル1から最大は255まで有るらしい。
冒険者ギルド的にはレベル1~20が初心者・レベル21~50が中級者・レベル51~100が上級者扱いだそうだ。
レベル100以上は達人級で現在確認された最大レベルは170で既に死亡しているが某国の将軍職だったそうだ。
誰がレベル上限とか調べたのか分からないのだが、ギフト(祝福)には「神の声」っていうのが有って神様が神託として色々と教えてくれる電波チックなモノも有るそうだ。
他人に所持スキルが分からなければ嘘吐きで終わってしまうよな「神の声」なんてさ……
「冒険者ギルドカードについては以上になります。次にパーティ申請についてですが、参加される方全員の冒険者ギルドカードが必要です」
「はい、私の冒険者ギルドカードです。リーダーはリーンハルト様でパーティメンバーは私だけです」
イルメラのギルドカードを盗み見るが……
◇◇◇◇◇◇
名 前: イルメラ・アローズ(女性)
所 属: エムデン王国
クラス: 僧侶
ランク: D
レベル: 25(討伐コース)
ギフト: 回復魔法効果UP
◇◇◇◇◇◇
ふむ、辛うじて中級者レベルだな。しかし、回復魔法効果UPって僧侶の鑑みたいなギフト(祝福)だな。
「ではパーティ名を教えて下さい」
自分とイルメラの冒険者ギルドカードをヘンテコな箱の上に乗せると淡く光りだす。
「リーンハルト様、パーティ名はどうしますか?」
パーティ名だと?いきなりだな……そうだな、第二の人生を自由に楽しく過ごしたいのが僕の願いだからな。
「パーティ名はブレイクフリー(自由への旅立ち)にしてくれ」
今このときが徐々にだが有名になっていく冒険者パーティ「ブレイク・フリー」が産声を上げた瞬間だった。