エレさんの家に長く居すぎた、メノウさんとの話し合いは途中でエレさんが寝てしまいお開きとなった。 心配性な母親は娘の疲労には勝てなかったのだ。
空を見上げると既に太陽は天辺から西に傾き始めている、午後の平和な一時。少し出費は痛いが大通りに出て辻馬車を拾いイルメラの待つ自宅まで急ぐ。
メノウさんと名乗った異国風の美女だが、苦労を重ねているんだな。
あの後、ビックビー討伐の詳細を説明している最中にエレさんが転寝(うたたね)をしてしまい、僕のゴーレムポーンで彼女の寝室まで運んだ。
その後に聞かされたのが彼女達の人生だ……
「最初の旦那は冒険者で行方不明、その後は豪商の妾として迎えられ……昨年末に縁を切られた。
エレさんの軽い男性不信と人見知りの原因だろう。
彼女は帰って来なかった実の父親に捨てられたと思っている、また妾だった母親も飽きられて捨てられたと……」
豪商の妾なら裕福な暮らしをさせて貰っただろう、エレさんのレベルの低さは納得した、それと礼儀作法が貴族的でない事も。
普通は日常の行動でも少しずつ経験値が溜まりレベルアップするんだ、薪割りと水汲みとか肉体労働でも……
しかしマップスの盗賊娘二人と幼なじみとは驚いたな、あの周辺に彼女達の家も有るのだろう。
母親に内緒で彼女達と一緒に盗賊ギルドに所属しギフト(祝福)を決め手に僕へ斡旋された……
「エレさんは隠れんぼの最中にギフトを発現したと言ってたな。だから負け無しだったそうだが……」
僕の場合は転生を自覚した時には既に空間創造は把握していた。
転生前は魔法の訓練の時に何と無く出来ると思ったら出来た、ギルドで登録した時に発覚する場合も有れば何かの拍子に発現する事もある。
稀に一つも持たない人も居るが、大抵は何某かのギフトを授かる。
鑑定は豪商、メノウさんの旦那のマテリアル商会の会長が教え込んだ。
もしかしたらエレさんの事を引き取るつもりだったかもしれない、後継者とは言わずに補佐役位には……
まぁ相続問題で側室や妾の子供は騒ぎの火種になるからな、その辺は貴族も商人も変わらないか。
でもメノウさんとの間に子供が居なくて本当に良かったな、妾の子とはいえマテリアル商会の会長の実子なら大騒ぎだぞ。
マテリアル商会は王都に本店を構える商人だ。武器から食料品、生活雑貨まで手広くやっている。
僕でも知ってる位有名だからな……
◇◇◇◇◇◇
「ただいま、イルメラ」
我が家の玄関扉を開けて中に入れば、直ぐにイルメラが出迎えてくれる。今日はメイド服だ……
「お帰りなさいませ、リーンハルト様。お風呂の準備も出来てますが、先に昼食を召し上がりますか?」
久し振りでもないが彼女の微笑みに心が癒される。む、しかし所謂アレか?お風呂にする?食事にする?って奴だな。
『静寂の鐘』の兄弟戦士曰く、男の夢100選の上位らしいが納得だ。
彼等の話は半分くらい信じているが男同士でしか盛り上がれないネタは楽しい。
転生前の自分にはあんなに赤裸々な男女間の話をする相手などいなかったし。
でもイルメラとリプリーにバレた時の視線は冷たかった。僕は聞かされただけとお咎めは無かったが、兄弟はお仕置きを受けていた。
彼等曰く「それもご褒美」とご満悦に言ったが300年の時代の差を思い知った出来事だ。
「汚れたので先にお風呂に入るよ」
「分かりました、汚れ物をお渡し下さい。洗濯しますので……」
空間創造から汚れたローブを渡して浴室に向かう、既に着替えは用意されている。着ている服を脱ぎ籠に入れておけばイルメラが洗濯してくれるだろう。
丹念に髪の毛と身体を洗ってから浴槽に浸かる……
「ふぅ……気持ちが良いな……極楽だ……」
盗賊ギルドから派遣された子は四人、既に三人と行動を供にした。ギルさんベルベットさん姉妹とエレさんか……
盗賊としての技能も素養も問題無さそうだ。後はイルメラとの相性だな。
僕的にはエレさんが一番合うと思う、華やかな盗賊姉妹より寡黙な妹を好むだろう。
「だが、エレさんを仲間にする場合はメノウさんの説得が必要だ……」
あの感じでは冒険者自体に良い感情を持ってないと言うか、父親の二の舞にはさせたくないだろう。
エレさんが説得出来るか分からない、だがそれは家族の問題だから僕は何とも言えない。
仲間に迎えるならば最大限の事はするつもりだが……
両手で湯をすくいバシャバシャと顔を洗う。
「ふぅ、一息ついた。遅い昼食を食べたら昼寝しよう……眠いや」
波乱万丈の二回目の強制実地訓練も終わった。この調子で追加試練を達成していけば早い段階でDランクになれそうだな。
◇◇◇◇◇◇
翌日、定刻に冒険者養成学校に通学しクラスに入ると一斉に視線が集まった、何故か普段よりも注目度が高い様な?
「リーンハルト君、昨日はお楽しみだったそうね?一人で抜け駆けはズルいわよ。
私だって魔術師なんだし、言ってくれれば協力したのに!」
何時もの席に着くと、ウィンディアが早口で捲くし立ててきた。いや、お楽しみって表現が間違ってるだろ!
「「酷いよ、索敵なら私達を呼んでよ!」」
君達、パーティ編成って事を理解してる?呼べとかって相手のパーティに失礼だろ!
「今回は私が居たから上手くいった」
エレさん、何時の間に僕の後ろに陣取ってるのさ。しかも自慢気だよね、確かに助かったけど。
「あのさ、授業としてパーティ編成してるんだからさ、勝手に呼んだり出来ないでしょ?」
僕の周りは華やかだ、クラスでも上位の実力者達が集まってくる、しかも女性ばかりで皆さん美少女。
確かにクラスで浮いた存在にもなるし、嫉妬や畏怖等の暗い感情も集まるのも必然的だよね。
先生が来て一喝し漸く女性陣のお喋りが終わった。すみません先生、お前が何とかしろ目線は勘弁して下さい。
凶悪なモンスターに挑めって言われたら頑張れますが、女性問題での僕のレベルは初心者です……
今日の授業は中級モンスターについての生態と対処法、先輩冒険者達の経験に基づく話だ。
沢山の冒険者の実体験を纏めないと教えられない内容だが、コレって本に纏めれば売れる内容なんだよな。
売っていれば絶対に買うのに、何故か販売されない。
主に売られている本は宗教関係と貴族の基本的な教養と嗜みで実用書は大抵がオンリーワンだ。
後は国が記録として纏めている歴史書とか……
時間を見付けてギルド本部の図書館に行って書き写そう、そうすれば早い段階で学校で学ぶ事が無くなり卒業出来るだろう。
あと三週間は基本的に強制実地訓練がメインだ、一般のギルドの依頼はそれ以降からしか請けられない。
ギルさん達とのお試し依頼は未だ先だな……
◇◇◇◇◇◇
実地訓練の報告会、今回は揉めると思っていたが最初から詰問調で始まった。
此処での会議の結果をギルド本部に報告しなければならない。
聞かれた相手は問題の魔術師の担当教師だ、彼は独自の判断でビックビー討伐を命じた。
流石に無謀を通り越している、教育者として間違った判断だと皆が思っている。
「先ずは報告を聞こうか、今回は随分と無理をさせた様じゃないか!我々は彼を潰すつもりは無いのだが?」
「そうだ!単独でビックビー討伐など無茶苦茶だぞ!万が一の事が有ったらどうするんだ!」
「私怨でも混じってるんじゃないのか?」
会議に参加している教師陣から一斉に非難めいた意見が飛び交う。
だが件の担当教師は平然とし用意されたお茶を飲んで、その態度が周りを刺激する。
「確かに無謀と思われるかも知れない。だが他の生徒達の為にも彼は無理をさせてでも早く卒業させるべきだ!
同期にあんな奴が居れば、悪影響しかないぞ。自分と比較し、その差に絶望する……」
なる程、初心者連中には自分に劣等感を抱かせる比較対象でしかない。
勿論、件の魔術師を入学させた時点で問題になる事は予想していた。
過去に同じ様な事例は何度か有った、だが稀に現れる強力な冒険者とは皆そうだ。
周りと比較する事自体が間違っているし、ギルドにどちらが大切かなど言わなくても分かるだろう。
「だからどうした?そんな事は最初から分かっていただろ?我々は冒険者ギルドにとって有能な人材が大切なのだ!
その辺の有象無象な連中よりもな、これは冒険者ギルド本部の決定でもある。
彼を潰す様な行いをした君は処分の対象なのだぞ!分かっているのか?」
冒険者ギルド本部の通達は『リーンハルト・フォン・バーレイに可及的速やかにDランクを取得させ卒業させる』と『盗賊ギルドから派遣されたメンバーと引き合わせる』この二点だ。
立場が不安定な彼のランクを早く上げて強化し、冒険者ギルドも介入し易くする事。
魔法迷宮攻略に必要不可欠な盗賊職の仲間を与える事。
この二つが噛み合い漸く彼のレアギフトが冒険者ギルドに貢献出来る下地が出来るのだ!
「我々は教師だ!特定の生徒に便宜を図るなど出来る訳がない!」
「君の理想は立派だが我々は慈善事業じゃないんだよ、ウーア君。彼に危害を加えようとした事の是非を問うているのだ!」
彼は冒険者ギルドに利益をもたらす金の卵、扱いは慎重になるしかない。
魔術師ギルドや他国に亡命でもされたら損失は甚大!
「危害?危険?まさか……
一つ質問だがアレン、お前も土属性の魔術師だがストーンブリットを一日に何回撃てる?
奴はゴブリン相手に拳大の岩を150発以上撃っても平気だったぞ。
その後もビックビー相手に200発近く撃っている。
両手と片足を潰し無抵抗で動けない様にして、他の連中に止めを刺させたんだ。
だが急所に当たれば致命傷になる威力だ、手加減はしていないぞ」
問われた魔術師は暫し考える、自分がレベル21だった頃の魔力保有量を……
「一日に350発だって?レベル21だろ。魔力石で回復すれば可能だが普通なら50発から70発位だな。
レベル29の俺でも一日に100発は撃てない。
そもそもストーンブリットじゃビックビーは倒せないぞ、あの外殻は固いから何回か当てないと駄目だな。
ストーンランスなら一発で効果は有るが……」
「ビックビーはドテッ腹に20㎝位の大穴が開いてたぜ、女王は心臓部分に綺麗な穴が開いていた。
奴は未だ何か隠してるな……レベル21なのは最近更新したギルドカードで確認したから間違いは無いが、普通じゃない」
あの魔術師の少年は普通じゃない、レアギフト?違う、もっと異質な存在。
深く関わる事に抵抗を感じる何かとんでもない秘密を隠している!
会議は白熱したが育てようとしている魔術師が有能な事に異論は無い。
結局は彼の成果を冒険者ギルド本部に報告し、ビックビーの討伐部位を持ってきた場合は正規の手続きでギルドポイントを渡す事にした。
残りの強制実地訓練は三回、終わる迄は一般の依頼は請けられないが指名依頼はOKとした。
魔法迷宮バンクの責任者パウエルからもレアドロップアイテムの依頼を出したいと問合せが有ったそうだ。
既にバンクの三階層のボスを倒せる実力者に、果たして冒険者養成学校の授業が必要なのか?誰しもが疑問に思うが口にはしなかった。
◇◇◇◇◇◇
「午前中は授業、午後は冒険者ギルド本部の図書館通いって、真面目過ぎじゃない?」
「だって後三回は強制実地訓練を終えないとギルドの依頼が請けられないだろ?
学校も午後は武術訓練だから僕には不要だし、でも魔術の授業は無い。
ならば早く知識を蓄えて依頼を請けられる様になったら速やかに達成出来るだけの情報を集めておくべきだ」
「そうね……私達、クラスで浮いた存在だし一年間も通う必要もないし。
一般の依頼が請けられる様になったらイルメラさんを交えて相性を確かめるんでしょ?私達も頑張らなくちゃね!」
「負けるつもりは無いわ」
いえ、ウィンディアは最初から対象外だよ。君は魔術師だろ?