古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第501話

 クリスの事を説明し忘れていた、未だ偽装死の処理の関係で僕の所には来ないと思っていたんだ。

 だが速攻で偽装死を装い、貴族としてのクリステル・フォン・マディルイズは死亡として処理をした。

 僕の所に来たのは平民の孤児である、クリスという少女だ。本来は王族専用の護衛として育てられたが、上級貴族の僕を襲った事による罰として貴族から平民に落とされた。

 その事実を正直に伝えるのは、少々問題だと思う。いや少々どころか大問題だよな、誰が元暗殺者を呑気に雇うって言うんだ?

 

 僕が遅くなるが帰る事は先に人を送り伝えてある、だから女性陣が遅くまで起きて待っていてくれた。

 模擬戦で負けて魔力切れを起こして意識を失った事は秘密だ、模擬戦後に軽い懇親会を行って泊まる事を勧められたが帰ると伝えた。

 だから夜更かしをして起きて待っていたのに、その当人が暗殺者みたいな装束を着た女性と親しく話していれば……怒るかな?怒るよな?

 

「リーンハルト様、その黒ずくめの女性と親しそうですが何方(どなた)でしょうか?」

 

「夜陰に乗じた襲撃者みたいですが、知り合いみたいですわ」

 

「リーンハルト様……」

 

「リーンハルト君?」

 

 大切な四人の女性に詰め寄られてしまったが、上手い言い訳が思い浮かばない。

 正直には言えず、だが嘘をついてもバレるし誤魔化す事は悪手でしかない。

 彼女達の信用と信頼を失う位なら、本当の事を教えるべきだろうか?いや、しかし流石に真実は無理だ。

 真実は闇に葬らねば、クリスもレジスラル女官長の一族も皆殺しになる。秘密は知る者が少ない程良い、信頼も信用も愛情も感じているが……

 

「私はエムデン王国の要人を守る為に育てられた特殊な人間、そして私の仕事はリーンハルト様をあらゆる外敵から守り戦う事」

 

「我が屋敷の防備の粗(あら)を探して貰ったんだ、未だ抜けが有ったみたいで安全には程遠いから呆れる。君達を守る屋敷だから完璧に仕上げたつもりなのだが……」

 

 この会話の流れで押すしかない、不義理と言われようが嘘吐きと言われようが耐えろ。顔の表情を何とか抑えて笑顔……いや、真面目な顔をする。

 

「王宮よりは苦労した、此処の守りを抜くのは普通じゃ無理」

 

「そうですか、リーンハルト様に王族の護り手が配属されたのですね」

 

「影の護衛、噂でしか聞いた事が無かったのですが実在したとは驚きましたわ」

 

 ジゼル嬢とアーシャは何かに思い至ったみたいだが、イルメラとウィンディアは不思議な顔をしている。

 僕も最初に思ったが、エムデン王国では『王族の護り手』や『影の護衛』は噂になる程度には実在を疑われていたのか。

 どんな国家にも同じような存在は居る、それは表に出ないから有効なのだ。疑わしき存在ほど悩む事はないからな。

 

「私は違うわ、私はリーンハルト様に負けて配下になった只の暗殺者よ」

 

 オイッ!折角纏まりそうな話をブチ壊したな、暗殺者とか負けたとか言うなよ!

 

 一瞬だが四人が固まったぞ、何を言われたか分からずに後から理解したみたいな。

 ああ、これは何を言っても駄目なパターンだ。もう真実を話して口止めするしかない。

 

「詳細は明日にしよう、もう遅いし疲れたから寝たいんだ。サラ、悪いが彼女に部屋を用意してくれ。家臣待遇で、席次は四番目でアシュタルとナナル、それとベリトリアさんの次だよ」

 

 いや本当に魔力の回復も二割程度だし早く寝たいんだ、悪いが説明は明日の朝に持ち越そう。

 玄関先で他の使用人達の前で話す事でもないし、これから僕の家臣として彼女は留守中の守りの要なのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「む、朝か……未だ疲労感が残ってるみたいだ」

 

 身体が怠い、これは魔力切れから回復した時に見られる倦怠感だ。今日は休みだから良かった、魔力切れなど久し振りだな。

 ベッドには僕しか寝ていない、昨夜はそのまま着替えて寝てしまった筈だ。記憶が曖昧だが、ジゼル嬢とアーシャが両隣に居たと思ったけど?

 念の為に左右の枕の臭いを嗅いでみたが、彼女達の臭いが残っている。深く深く吸うと身体の怠さが抜けて……

 

「見ていたのか、アイン。恥ずかしいじゃないか、照れるぞ」

 

 側室と婚約者が使っていた枕を交互に嗅ぐところを見られてしまった、性癖を知られるのは結構恥ずかしい。

 アインが首を左右に振って『大丈夫、気にしてません』アピールをしたが余計に気にするぞ。

 ベッドから抜け出して閉まっていたカーテンを開けると快晴だ、太陽の位置から考えると正午くらいかな?

 

「昼前まで寝ていたのか、随分と寝坊してしまったな」

 

 アインが部屋から出て僕が起きた事を知らせに行ったみたいだ、ゴーレムクィーンの長女は良く出来た世話焼き姉さんになった。

 窓から見下ろす庭の一角で、クリスが他のツヴァイ達と四対一の模擬戦をしている。

 ツヴァイ達の連携プレーに翻弄されているな、本来の彼女の力である幻術が効かないから単純に身体能力で戦うしかないからな。

 

「ふむ、ドライの一撃を避けきれずにダウンか。ゴーレムクィーンは護衛として優秀だな、これにクリスが加われば安心だ」

 

「私は不安ですわ、あの娘の手綱を御しきれる自信が有りません」

 

 背後から声を掛けられたが、近付いていた事は察知していた。この状況から考えれば、皆でクリスを尋問し彼女は正直に答えたのだろう。

 だから不安を感じた、己の戦いたい欲望を抑えられない事に不安を感じているな。

 多分だが間違い無く『人物鑑定』のギフトで、クリスの思考を読んでいる。それを踏まえて御しきれないと判断したな、彼女の人格形成は特殊だし仕方無いか……

 

「クリスから全てを聞いたんだろ?」

 

 窓の近くに並んで立って、クリスとゴーレムクィーン達の模擬戦を見下ろす。僕の質問に頷いたのは横目で見えた、クリスは質問攻めに有っただろう。

 そして彼女の性格から殆どの事は包み隠さず話しただろう、話さなくてもジゼル嬢のギフトでバレた筈だ。

 悪い娘じゃないし、今となっては手放す事も出来ない。彼女の面倒を見る事は、レジスラル女官長に対する誠意でも有る。

 

 こんな戦う事しか知らない世間知らずを世に放ってどうする?禄な事にはならないぞ!

 

「はい、戦う事のみを教え込まれたそうですわね。感情の殆どが欠落している、私はクリスが怖いです」

 

「理解出来ないから?」

 

 少し悲しそうな顔をして、ジゼル嬢を見る。最初は僕の事も理解不能で怖いと言われたんだ、気持ちは理解出来るけど……

 いや、悲しい顔は駄目だった。僕もクリスも普通じゃないんだ、その異常性を棚に上げて彼女を責めるのは卑怯者だ。

 ジゼル嬢を軽く抱き締める、その華奢な身体は小さく震えていた。

 

「確かに僕やクリスは異常だよ、それを怖がるのは普通だ。だが彼女は育ちが特殊だけど真っ直ぐな性格だ、それは理解しているだろ?」

 

「はい、悪気が無いのは分かります。ですが純粋過ぎて怖いのです、あの娘がリーンハルト様に向ける感情が……」

 

 む、ジゼル嬢が僕を強く抱き締めてきたぞ。嫉妬なら非常識だとは思うが嬉しい、だがそんな単純な感情じゃない。

 ジゼル嬢は僕や他の連中を大切に思っている優しい娘だ、そんな彼女が僕が配下にすると言ったクリスを怖がる。

 僕の事を信用してる筈なのに、それでも否定的になる要因は何だろうか?

 

「クリスは僕に勝ちたいと思っているのだろ?それは僕を害すると警戒した、違うかい?」

 

 ジゼル嬢の背中をポンポンと軽く叩く、少しでも落ち着く様に優しくだ。

 それに応えるかの様に顔を胸に押し付けて来た、思えばこんなにストレートな感情をぶつけてきたのは初めてだな。

 ジゼル嬢の額に軽くキスをする、髪から漂う仄かな良い香りがだな。いやいや、今は真面目に対処する場面だぞ。

 

「クリスの感情は戦闘面に偏っている、だから感情を抑えられずに僕を襲ったのは事実だ。戦う事に強い意義を感じている、だから自分や自分の一族の不利益に構わず行動した」

 

 その事実に腕の中のジゼル嬢が頷く、言葉にすれば一族皆殺しのリスクより自分の戦いたい感情を優先し実行した。

 もし同じ事をしたらどうする?この事態に安心出来る回答を得られない限り、彼女はクリスを受け入れない。

 戦った者同士だから分かるとか、そんな感情論じゃ駄目なんだ。それこそ魔術的に首輪を嵌める位の事をしないと、納得しないな。

 

「彼女の欲望は強くなる、強い相手と戦いたい。その二つの感情が強く、他は割と適当だ。だが僕は彼女に無傷で勝ったし、彼女の為に強い連中と模擬戦も組める。

そして戦争になれば、死ぬ程の戦う場所を提供出来る。クリスは自分の欲望が満たされる限りは裏切らない、それは理解してくれるかい?」

 

「不本意ですが、理解はします」

 

 今でも眼下では僅かに口元に笑みを浮かべて、ゴーレムクィーン四姉妹と戦っているが勝てないだろう。

 バーナム伯爵やライル団長、デオドラ男爵と戦い大好きな人外の連中も居る。そして彼女は彼等には勝てない、純粋な戦闘力では高い壁が有る。

 此処はクリスにとって理想的な職場だ、故に裏切らずに僕に尽くすだろう。それに……

 

「それにね、戦うだけの感情しか持たないクリスの治療もしたいと思っている。幸いだがエルフ族に伝手が出来たし、精神操作関連の魔法は彼等の得意分野だよ」

 

 他の感情を蘇らせるのが正解だとも思えない、彼女は相当の闇を見てきている筈なんだ。

 当然だが敵を殺す事はしているだろう、他の感情が生まれた時に過去の悪行を飲み込めるか?

 僕は無理だと思う、倫理観とか芽生えたら過去の自分を憎悪すると思う。そして許せない自分の事をだな……

 

「全く、婚約者の私を前にして他の女性の心配ですか?その様な顔をさせる程、クリスは大切なのですか?」

 

 痛いぞ!久し振りに膝を抓られた、割と本気の力加減でだ。何とか無様に叫ぶ事は我慢したが、上目使いとか何処で覚えたんですかっ!

 えもいわれぬ罪悪感が生まれてしまった、最近のジゼル嬢は少し嫉妬と独占欲が出てきたかな?

 それは嬉しい事でも有るが、解消しないと後々で問題になると思う。

 

「大事なのは、君やアーシャ達だよ。クリスは君達を守る為に雇ったんだ。未だ足りない、僕は大切な人を守る為には手段を選ばないよ」

 

「過剰ですわ!メルカッツ殿達警備兵に、隊長であるニール。ゴーレムクィーン四姉妹に、白炎のベリトリアさん。頂いた魔法障壁のブレスレットに召喚兵のブレスレット、未だ足りないのですか?」

 

 言われて思い出したが、ベリトリアさんって何しているんだろう?

 屋敷の一室を与えたけど、その後の行動を把握して無かったな。何かの研究に没頭してるらしいけど、本当に何をしてるんだろ?

 忙しくても放置は駄目だよな、イルメラが色々と世話を焼いているそうだし聞いてみよう。

 

「未だだ、未だ全然足りない。僕は未だ全然安心していない、君達に何か有れば僕は狂うだろう。もし敵国の仕業だったら、国ごと滅ぼすつもりだ」

 

「本当に独占欲が強くて我が儘で、我慢強くない魔法馬鹿なんですから……」

 

 スリスリと頬を胸に擦り付けてくれる、ジゼル嬢の髪の毛にキスをする。彼女にしては珍しく甘いスキンシップだな、寂しい思いをさせているのか?

 だがもう直ぐバーリンゲン王国に行かねばならない、王命だし近い将来には属国化の為の戦いを仕掛ける事になる。

 また彼女達を残して王都を離れる事になる、だからこそ準備には妥協はしない。

 

 転生して漸く大切な人達と心が通じ合えたんだ、この幸せを奪う者には容赦はしないぞ!

 僕は二度目の人生で漸く人並み以上の幸せを掴んだ、もう失いたくないんだ。

 

「そろそろ戻りましょう、これ以上だと僕の自制心が持たないよ」

 

「あら?婚前交渉も良いのですよ。リーンハルト様は真面目で堅物との噂ですが、本当は情が深い少しスケベな殿方なのですから……」

 

 あ、いや、えっと……淑女にスケベな殿方とか言われてしまったが、僕の噂ってどうなっているんだろうか?

 

 




毎日連続投稿は今日で終了、次回は2/2(木)から通常週一連載に戻ります。次回はゴールデンウィーク辺りに連続投稿をやりたいです。
気が付けばUA850万を超えました、驚きです。評価や感想も沢山頂き有難う御座いました、凄い励みになります。

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