古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第505話

 ザスキア公爵に、レティシアとファティ殿がケルトウッドの森のエルフ族経由で教えてくれた、バーリンゲン王国の獣人族の企(たくら)みの事がバレていた。

 犯人はリザレスク様、僕の襲撃及び暗殺計画が旧コトプス帝国の残党共と獣人族の妖狼族の一部の若手と計画されている。

 もしかしたら魔牛族のミルフィナ殿とレティシアとの関係、それに彼女から託された『制約の指輪』や、ファティ殿から貰った『精霊樹の種』が撒けば樹呪童(きじゅわらし)が生えて命令を聞く危険なマジックアイテムである件も知っている?

 

 あんな危険なマジックアイテムを二十個も貰ったんだ、迂闊に調べられないし使えない。

 そしてバーリンゲン王国の攻略について作戦の軌道修正を行う為に、ザスキア公爵の執務室に移動する。

 防諜対策は僕の執務室より充実している、それに万が一の事を考えてハンナ達には話を聞かせられない。

 

 イーリンとセシリアは表向きは僕の世話係として同行するから同席している、実際にバーリンゲン王国に向かい諜報員として働いて貰う。

 勿論だが彼女達の守りは手厚くする、『魔法障壁のブレスレット』に『召喚兵のブレスレット』も持たせる。

 ダミーとして『魔法障壁の札』も制作し持たせる、これは少数量産しリズリット王妃やセラス王女から問合わせが有れば献上する。

 

 秘匿が原則の防御系マジックアイテムだが、ダミー情報としても流す事にする。単発の防御系マジックアイテムは貴重だが、攻略する手立ては有る。

 要は連続して攻撃を加えて使い切らせれば良い、だから油断が生じるんだ。ブレスレットタイプは連続で使用しても十分は保つ、助けが来るには十分な時間だ。

 それに友好的な相手でも段階を経て渡せるから交渉の材料としても有効だ。ブレスレットタイプは渡さない、単発の札タイプを少数ずつ渡す。

 

 どうしてもブレスレットタイプが欲しいのならば、相当の配慮を期待出来る。主にリズリット王妃対策かな、彼女は信用はするが信頼は出来ない。何処かで一線を引かないと駄目な相手だと理解したから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 足首まで埋まる豪華な絨毯を踏むのには勇気が要るよな、皮製のソファーセットに重厚なオーク材のテーブル。

 向かい側に座るザスキア公爵、その後ろにイーリンとセシリアが並んで立っている。

 三人共に責める様な視線を向けてくる、泣きそうになりそうなので上を向いて涙を堪えれば見事な硝子細工のシャンデリア。僕も気分転換に執務室の模様替えをしようかと考えて現実逃避する。

 

「えっと、当初のプランから僕が狙われている事は織り込み済みの対応でしたよね?」

 

 危険な事は分かっていた、獣人族である妖狼族は確かに戦闘特化種族だが人間の暗殺者も勝るとも劣らぬ程凶悪だ。

 つまり危険度は変わらないのだが心配されて責められる、これは理不尽だと思うのだが……感情に重きを置く女性には説得力は無いか?

 チラリと三人の表情を伺うが、三人共に笑顔だが目が笑ってないぞ!

 

「妖狼族といえば人間より遥かに身体能力の高い種族ですわ、彼等の部族が認めた戦士は最下級でも将軍クラスの強さを持ちます」

 

「高い敏捷性に強い筋力、その鋭い爪や牙は鋼鉄製の鎧を易々と引き裂くそうです」

 

「理知的なモンスター、獣人族とはそう言う種族です。千人前後の彼等を人間至上主義のバーリンゲン王国が優遇するのは、戦えば被害が甚大だからですわ」

 

 人間至上主義か……旧コトプス帝国やウルム王国とバーリンゲン王国の一部に広まる思想だな。嫌な顔で言い捨てたイーリンは、人間至上主義には反対か?

 モア教の教義は友愛を大切にする、他宗教にも寛大だが他種族にも寛大だ。エルフ族やドワーフ族にも敵意は無い。

 なる程な、旧コトプス帝国の奴等が妖狼族を焚き付けたのは共倒れも有りか。彼等が弱れば約束を反故にして攻め滅ぼす位は考えていると思うな。

 

「物理的攻撃で僕を倒すのは無理ですよ、二千人規模の正規兵でも用意すれば良い勝負にはなるけど負けは無い。

妖狼族は精強だが魔法特化種族じゃない、物理的攻撃のみで攻めて来るなら問題無く返り討ちに出来ます」

 

 割と控え目でない事実を伝えたが、イーリンは下を向いて首を振り、セシリアは両目の間を揉んでいる。

 ザスキア公爵は深い溜め息を吐いた、流石に二千人は言い過ぎたか?だが平地での集団戦には絶対の自信が有る。

 暗殺対策はクリスと模擬戦を繰り返せば良いだろう、現役高位暗殺者の襲撃は良い訓練になる。

 

「妖狼族に伝承の一節に彼等の起源について、こう伝わっています『月の女神に愛されし人と獣の申し子』と……

月の女神とはルナを指し、加護は破壊と再生という二面性を持つ一部では邪神とも言われていますわ」

 

「妖狼族とは月の満ち欠けに連動し能力を底上げしてくる不思議な種族です、満月の夜は不死の狂戦士と言われる再生能力を発揮します」

 

「そして結婚式の日程は満月に近いのです、私達はリーンハルト様の暗殺は結婚式の直後と予想します」

 

 月の女神・邪神・再生能力・満月の夜に最大の力を発揮する狂戦士、何かが引っ掛かる。この小骨が喉の奥に引っ張った違和感は何だ?

 確かに結婚式が行われなければ困るから、その前に問題を起こしたくない訳か。招待客の暗殺など結婚式の延期の理由になるな、他国からの国賓を守れないとなれば国威も落ちる。

 邪魔なエムデン王国はウルム王国とバーリンゲン王国が婚姻外交で強固な結び付きを得た後で手を出す、だがエムデン王国の公爵家の縁者も何人かバーリンゲン王国に嫁いでいる筈だが……

 

 最悪の状況の前に連れて帰った方が無難だな、彼等が害される可能性も有る。戦局が悪くなれば交渉材料にされるだろう、主に人質的な意味で。

 確かバセット公爵とニーレンス公爵の縁者二人だったかな?だが配慮は必要だぞ。ロンメール様に挨拶をする為にと呼び出して保護するか、そのまま連れ帰る事が出来れば……

 無理かな、側近その他をゾロゾロ引き連れてバーリンゲン王国の王宮に来れるかは微妙だ。関係者全員を助ける事は無理、段階を分けて帰国させる?

 

「私を前に熟考に耽る、つまり押し倒しても抵抗はしませんって意思表示かしら?」

 

「すっ、済みません。色々と今後の展開を考え始めたら止まらなくて、申し訳無いです。ですが見目麗しい淑女達の心配を一身に受けられるとは、僕も果報者ですね」

 

 誤魔化す為に笑顔を添えて相手を持ち上げたのだが、ザスキア公爵は片目を上げただけで反応は薄い。

 イーリンとセシリアは真っ赤になって下を向いた、意外なのだが美辞麗句に慣れてないのか?

 見詰めていたら目が合った、直ぐに逸らされたが今度は少し怒っているみたいだ。お世辞だとバレたかな?

 

「全くリーンハルト様は恋愛には一途ながら、少々多情な殿方の素養が有りますわね。私達を口説いてると思われます、そのまま婚約から結婚の流れでも構いませんのよ?」

 

「酷い誤解を受けた!」

 

 扇で口元を隠して上品に笑っているが、口説くって内容じゃないだろ?リップサービスには違いないが……

 ああ、弄ばれた訳だな。此処で意趣返しにじゃあ結婚しましょうとか?とか冗談で返せば、間違い無くイーリンとセシリアは明日にでも我が家に嫁いで来る。

 完全な政略結婚だが、僕と公爵家とは太い繋がりが出来るし彼女達は高位貴族の縁者だから立場的にも問題は無い。

 実家や派閥の為ならばと、言質を取ったと攻めて来る。そして追い返す事は相手の家との諍いに発展するから拒否し辛い。

 

「一応ですが暗殺者対応に新しい魔法も習得しました、全方位の感知魔法と連動した自動迎撃魔法です。僕は黒繭(くろまゆ)と呼んでいますが、黒縄(こくじょう)の派生系ですよ」

 

 万が一と言うか、当初から暗殺の危険性は高かったから準備をしていたんだ。人間の暗殺者でも獣人の暗殺者でも、基本的に危険度は変わらないと思う。

 

「完全オリジナル魔法ね、全くこの子の頭の中ってどうなっているのかしら?結婚式にはアインだけでなく、ツヴァイとドライも連れて行きなさい。貴方の大切な人達の護衛は私の方で手配するわ、フィアとフンフだけでも過剰よ」

 

「それは承諾しかねます、僕は彼女達の安全は未だ足りないと思っていますから駄目です」

 

 護衛の要のゴーレムクィーン四姉妹は残す、僕はアインだけで大丈夫なのだが不満そうだな。

 だがザスキア公爵の配下に護衛を頼むのは悪手だと思うんだ、ローラン公爵やニーレンス公爵も良い顔はしない。

 あくまでも護衛は自分が用意した連中に任せるのが理想だ、責任区分の観点からもね。もし護衛が不十分で、イルメラ達に危害が加えられたら……僕はザスキア公爵に悪感情を抱いてしまう、だから駄目だ。

 

「頑固ね、実際に戦争に突入したなら分かるわよ。でも今回は仕込みに行くのだから、護衛は私に任せなさいな。イルメラさんもウィンディアさんもよ」

 

 母性愛溢れる御言葉と優しい笑顔を浮かべているが、イルメラの他にウィンディアの事もバレている。

 アインの仮面の件で、イルメラの事はバレたと思った。だがウィンディアはデオドラ男爵から遣わされた、監視を含んだ仲間だと思うと考えていたんだ。

 甘い、甘かった。僕は心の何処かで彼女の情報収集能力を甘く見ていた。ウィンディアの事まで把握してるとは、何とも怖い御姉様だ。

 

「降参します!分かりました、アインとツヴァイとドライの三姉妹は連れて行きます。ですが護衛は不要です、ローラン公爵やニーレンス公爵が良く思わないでしょうから」

 

「バランスを取るのね、全く心配性なんだから!私に任せておけば大丈夫よ、絶対に守るから安心なさいな」

 

 ぐいぐいと押してくるな、余り断るのも不味いかな?襲撃ならば情報収集に長けたザスキア公爵の配下が有利、保険としてクリスを影の護衛にすれば大丈夫かな。

 クリスの装備を底上げしよう、もう自重は無しだ。フロートベイル(浮遊盾)も話題が凄いし、そもそもゴーレムクィーンが規格外だった。

 自律行動型ゴーレム、その戦闘力はデオドラ男爵や近衛騎士団のお墨付き。王立錬金術研究所の所長として数々のマジックアイテムを錬金している、今更だな。

 

「分かりました、護衛の件はお願いします」

 

「ええ、クリステルの事も纏めて面倒みてあげるから安心なさいな。今はクリスでしたっけ?」

 

 頭を下げたのでザスキア公爵の表情が見えないが、多分だがドヤ顔を浮かべているのだろう。

 僕は固まった、どこまで情報が流れているのか分からない。何とか笑顔を浮かべて頭を上げる、目が合えばニタリと笑われた。

 

「レジスラル女官長にしては失策ね、リーンハルト様はマディルイズ家との確執を嫌ったのかも知れないけど甘い対応よ」

 

 両手を上げて降参の意を表す、セシリアもイーリンも驚いている。王宮侍女のクリステルは病気療養の為に領地に帰り病死した筈なのに、僕の下に居るからだ。

 隠し事が出来ないって辛い、悪意で内緒にしていたんじゃない。クリスの独断だけど、僕に暗殺者を差し向けたなんてマディルイズ家がお取り潰しになる内容だからだ!

 

「クリスは有能ですからね、実家との繋がりを断たせて雇用したんです。結果的には、レジスラル女官長とマディルイズ家に大きな貸しが出来た。今はそれで良いと思っています」

 

「なら安心したわ、リーンハルト様は情に厚いから少し心配だったのよ……他の女に配慮するのが殺したい位に嫌だったのよ」

 

 え?後半の言葉が聞き取れなかったけど、後ろの二人の表情が固まってる事を想像すると……結構辛辣な事を言われたのか?

 ザスキア公爵は慈母の女神みたいな笑顔を浮かべている、とても辛辣な言葉を吐いたとは思えない。

 見間違いか聞き間違いだ、そうに違いない疲れてるんだな。今夜は早めに寝よう、最近仕事も飲み会も多いから疲労が溜まってるんだな。

 

 その後に、幾つかの計画の変更と摺り合わせを行った。一番大きな変更は、魔牛族の勧誘だ。どうやら現状の待遇にも領地にも不満らしいが、彼等は旧コトプス帝国の甘言には乗らなかった。

 ならばバーリンゲン王国を捨てて、エムデン王国に鞍替えさせれば良い。ザスキア公爵は僕がレティシアから『制約の指輪』を貰った件も知っていた。

 エルフ族との伝手が有る僕ならば、彼等も交渉のテーブルには着いてくれるだろう。妖狼族は無理だが、強大な力を持つ獣人族は仲間として心強いかな。

 


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