古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第506話

 ザスキア公爵の諜報能力の恐ろしさを再認識した、彼女が味方で本当に良かったと実感する。

 それなりに情報漏洩には気を遣っていたのだが、まさかクリステルの事までバレているとは考えなかった。

 獣人族の件は仕方無い、レティシア達との話し合いに同席していた。リザレスク様から流れたなら隠し様が無い。

 

 別の問題は、僕に大怪我を負わせた事を知られるリスクを冒してまで、リザレスク様はザスキア公爵に情報を流した。

 ザスキア公爵に借りが有ったか、貸しを作りたかったのか……もしくは他の思惑が有ったのか、ザスキア公爵には聞けないが知らないと不味い気がする。

 常に争っていた公爵五家だが、今は僕を起点として三家は暫定的に協力体制を結んでいる。

 

 最初はバニシード公爵家を追い込む為だったが、今は国防に絡むことも多くなり当初の関係が変わってきている。

 バセット公爵とは微妙な関係だ、今は中立の立場を意識しているが、向こうも僕との関係性を模索中みたいなんだよな。

 完全な格下として扱うには無理が有る、だが対等に扱うつもりも無い。ローラン公爵やニーレンス公爵との決定的な差は此処だ、彼等とは互いに気を使う関係。

 

 だがバセット公爵は僕を格下として扱う、だから前者達とは友好的な関係を維持し、後者とは中立の関係を通す。

 身分上位者だが命令系統が違うので部下や配下じゃない、バセット公爵とは表面上の付き合いに徹する。

 八方美人は一つ間違えば周囲の全てと敵対する、上手く動かないと危険な立ち位置なので僕には無理な立ち回りだな。

 

 僕は小さな自分の親族だけの派閥を持ち、中規模のバーナム伯爵の派閥に属している。バーナム伯爵は最大規模の、ザスキア公爵の派閥に共闘という形で属している。

 僕はローラン公爵とニーレンス公爵とは友好的に接し、バセット公爵とは中立。バニシード公爵とは敵対しているのが公(おおやけ)の関係。

 細かく言えば、グンター侯爵やカルステン侯爵も敵対寄りだろう、クリストハルト侯爵達はアーシャ襲撃で一掃されたから心配は無い。

 

 アルノルト子爵とフレデリックも幽閉された、グレース嬢はエルナ嬢を頼り父上の所に身を委ねた。

 これで表面上で真っ向から敵対しているのは、バニシード公爵だけだ。本来の貴族とは複雑に絡み合った婚姻関係により、表立って敵対する事は少ない。

 大抵は双方に細い血縁繋がりが有り、誰かしらが和解に乗り出すからだ。因みに有る程度の差が有る格下の場合は適用されない、理不尽に泣かされて終わりだ。

 

 僕は、この理不尽を無くす為に権力を求めて魔術師の頂点たる宮廷魔術師を目指した。

 結果は半分成功、半分失敗だ。権力を持つ事により理不尽さに対抗する事は可能だが、より大きな義務を背負ってしまった。

 転生前と同じ様に他国との戦争を担う事になった、だが今回は失敗しないぞ。必ず生き残り、大切な人達と共に幸せになってやるんだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 いよいよ来週には、バーリンゲン王国に向けて出発する。最終調整は、レジスラル女官長達と既に終えている。

 クリステルの問題は、レジスラル女官長が間に立ちマディルイズ家と和解と言うか調整は済んでいる。

 僕がクリステルを重用すると聞いて凄く残念そうだったが、一歩間違えれば一族郎党処刑コースだから無理は言えない。

 

 完全にマディルイズ家とクリステルの縁は切れた、貴族だったクリステルは平民のクリスとして僕に仕える事になる。

 親族は残念そうだが本人は全く気にしていない、元々は彼女に特殊な訓練を強いた連中だから思い入れは殆ど無いらしい。

 唯一の例外は教育を指導していた師としての関係だった、レジスラル女官長だけだが……それでも言う事を聞かせられず今回の件に繋がった。

 

 戦闘に特化した肉体と思考、それに不要と思われた感情を排した少女は凄く歪(いびつ)に育った。

 戦う事だけが全て、つまり脳筋に磨きが掛かった戦闘狂の中の戦闘狂。一族郎党処刑コースより自分の欲望を優先した彼女は……

 戦う事が生き甲斐、いや全てと言って良いのかも知れない。だから彼女から戦いを奪う事は難しい、困った事にね。

 

「未だ甘いぞ!来ると分かっているのなら迎撃する、力押しは無駄だ」

 

「むぅ?幻術が効いているのに効果が無い、なのにっ!」

 

 暗殺者として鍛えられた彼女は、戦う事が三度の飯より大好きだ。つまり定期的な戦いを行う必要が有り、負ける事は出来ない。

 

「自分の魔法を過信するな!効果が有るか無いか、安易に判断せずに常に最悪の状態を考えて行動しろ。二手三手先を考えて余裕を持て、行き当たりばったりは悪手だぞ!」

 

 悪くない、訓練相手としても最上だろう。だがクリスの暗殺の手段は幻術を軸に組み立てている、視覚や聴覚までも錯覚させる事は凄いの一言しかない。

 だが僅かな違和感も有る、幻術は数は少ないが現代にも伝わっているから気付かれる可能性は僅かに有るんだ。

 女性故に小柄で軽く小さい体躯、接近戦では技量と速度で押すしか手段が無い。真正面からの戦いに弱いのは、暗殺者全般的に言える。

 

「幻術に惑わされたら視覚や聴覚を捨てて感知魔法に切り替えて対応する、想定外よ!」

 

「上手いぞ、無駄話による攪乱か。聞こえて来る方向に意識が向いてしまう、だが死角からばかりじゃ単純だし読まれるぞ」

 

 話が聞こえて来る方に意識を向けさせて、真後ろから襲う。だが幻術と分かっていれば、馬鹿正直に死角を警戒しない訳がない!

 離れた距離から飛掛かって来たのだろう、土属性魔法による大地の振動では感知出来ない。だが空気中に漂う魔素に触れた事で情報を得れた、見えなくても面で防御すれば良い。

 

「魔法障壁全開!」

 

 球形に展開する魔法障壁に、クリスが振り下ろしただろう武器が接触し魔素がスパークする。

 だが幻術の効果で視覚的には彼女が見えない、ただ魔法障壁を突き破ろうとするナニかと干渉し散っている僅かな火花が見えるだけだ。

 魔力障壁に魔力を注ぎ込み放出する、すると魔力の衝撃波が相手を吹き飛ばす。全方位に放出するので見えなくても外さない、地面に叩き付けた筈だが全く見えずに何も聞こえない。

 

「黒縄(こくじょう)よ、相手を絡み取れ!」

 

 跳ね飛ばしたと思われる周辺に黒縄を多数伸ばし、見えなくても触れたモノに巻き付かせる。

 合計三十本の黒縄が巻き付き中身が透明な人型を形成する、この段階でも視覚と聴覚が騙されているのが凄い。

 襲撃の第一撃が防がれても逃げ出せば相手は追えないだろう、今の僕でも防げない幻術は凄いな。本来なら逃げて再度襲えば相手は根負けする、常に襲撃に備える事は精神をガリガリ浪費するんだ。

 

「負けた、また負けたわ。降参するから解いて欲しい」

 

 鋼鉄製の蔦人形が僅かに動く、蔦状でもそれなりに重いから大量に巻き付けば結構な重量だ。

 僕の最大の拘束方法は巨大な鋼鉄のキューブに、対象の首だけ出して埋める事。

 固く重く身動き一つ出来ない、だが搬送もゴーレムルークを使わないと無理な極端な拘束方法だが……

 

「凄い訓練になるよ、クリスのお陰で他のどんな暗殺者にも負けない自信が付いたよ」

 

「代わりに私のプライドがズタズタよ、全戦全敗か……負け無しで天狗になっていた過去の私を叱りたい気分ね」

 

 無表情だった彼女も、戦闘面に関しては嬉しいや悔しい等の表情の変化が現れ始めた。

 僅かな変化でしかないが大きな一歩だろう、負けて悔しいとか年頃の女性としては微妙では有るが無いよりマシだ。

 だが負けて分かる事も有る、勝てない相手に勝つ為の鍛錬と創意工夫は武人として必須だからな。

 

「天狗?東方に生息する翼人だっけ?鼻が高い種族的肉体的特徴を鼻高々に自慢するに掛けたんだっけ?」

 

 拘束を解いて立ち上がる為に手を貸す、幻術を解いたから漸(ようや)くクリスが認識出来た。これはこれで凄い技術で、僕では真似が出来ない。

 パンパンと手で軽く衣服に付いた泥を払うと、空気に溶け込む様に見えなくなった。

 僕は新しく編み出した感知魔法に頼るが、デオドラ男爵達なら勘とか不条理な理由で対応しそうだな。僕の黒縄(こくじょう)の隠し武器である魔力刃を何となくで分かる化け物だ。

 

「屋敷の内外限定で襲撃は許可したし、建物内とかの条件付きの環境での戦いは為になるが……」

 

 自分の周囲が所々傷んでいるのを見て、タイラントに叱られるなと溜め息を吐く。

 だが室内での襲撃の可能性が一番高いと考えているので、この訓練を止める訳にはいかないんだ。

 錬金による補修で殆どの無機質の傷は直す事が出来る、だが花瓶は直せても活けられた生花は直せない。

 

「まぁ必要経費と割り切ろう、今は暗殺者対策が急務だからね」

 

 錬金術で直せるだけ直して後はタイラントに任せる事にする、僕の屋敷にも錬兵場が必要かな?アレを作るのは戦闘狂みたいで嫌なんだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今夜は初めて自分の屋敷で舞踏会を開催する、自分の派閥の御披露目を含んでバーナム伯爵の派閥構成員の中で友好的な方々を呼んだ。

 バーナム伯爵はエロール嬢と一緒に、ライル団長とデオドラ男爵は本妻殿を連れて来る。因みに模擬戦は無しだ、無しったら無しだ!

 御爺様であるバーレイ男爵と腹心のシルギ嬢、それと一族の中で御爺様が集めた連中も来る。父上も僕の派閥に入った、バーナム伯爵の派閥から脱退する必要も無いから。

 

 あくまでもバーナム伯爵の派閥に所属する小規模な派閥の一員となっただけだし、インゴの件も有るので干渉し易い様に明確に派閥に加えたんだ。

 インゴは脆い、ニルギ嬢が頑張って努力する様に頼んでいるが成果は出ていない。弟か妹が出来る危機感が無いんだ、僕が自分を優遇するから安心している節が有る。

 継続する努力が苦手みたいなんだ、自分に甘いと置き換えても良い。武門バーレイ男爵家の後継者は聖騎士団員になる事が絶対条件、怠けては駄目なんだぞ!

 

 招待した貴族は三十六家、出席の返事は百十七人で欠席は居ない。本人と家族だが圧倒的に娘が多い、本妻殿や後継者を伴う貴族は殆ど居ないよ。

 エムデン王国でも話題になっていた何百年も人間が住む事を拒んだ曰く付きの屋敷、その一階の大ホールで催される舞踏会。

 噂好き珍しいモノが好きな連中には堪らないだろう、だから呼ばれた連中は更に僕と更に深い関係になろうと娘を差し出すんだ。

 

「リーンハルト様、バーレイ男爵様御一行が到着しました」

 

 執務室で物思いに耽っていたが、サラの言葉に意識を現実に戻す。御爺様には少し早く来る様に頼んでいた、今夜は僕の派閥の御披露目であり中心は御爺様だからだ。

 バーレイ一族から信用の置ける者達を集める事を頼んだ、彼等が御爺様の領地を改革する中心メンバーだ。

 それを試金石とし成功すれば家臣団に引き上げる、先ずは地盤固めが急務なんだ。

 

「此処に通してくれ」

 

 サラに指示を出して暫く待つと、御爺様にシルギ嬢、それと四人の男逹が入って来た。

 我がバーレイ一族郎党の中で使える者が四人とは、多いと喜ぶべきか少ないと嘆くべきか……

 全員が三十代の鍛えられた肉体をしている、つまり貴族特有の不摂生をしていない、自分を律する事が出来る連中なんだな。

 

「早目に呼び出したりして申し訳ないです、歓迎致しますよ」

 

 立ち上がり両手を広げて歓迎の意を示す、僕の方が爵位は上だが祖父であり年上でも有る。

 初めて会う連中も、僕と御爺様の関係が良好な方が良いだろう。一方的な上下関係は楽だが一族結束の意味では悪手だと思う。

 上下関係による忠誠心など信用に値しない、より上位者に迫られれば簡単に手の平を返すだろう。そう言う連中にも一定数の利用価値は有るが……

 

「凄い屋敷だな、流石は自慢の孫だ」

 

「宮廷魔術師第二席であるリーンハルト様でなければ、この屋敷の秘密は暴けなかった。古代知識をも凌駕する現代の英雄、巷の噂が凄い事になってますわ」

 

 シルギ嬢の追従に顔が固まる、何だよ古代知識を凌駕するってさ!

 

 昔なら警戒され潰されたが、宮廷魔術師第二席と王立錬金術研究所の所長と言う肩書きが此処で生きる。

 今の僕なら百年以上も住人達を拒んだ曰く付きの屋敷の謎も大丈夫だって事だ。解いても不思議じゃないと納得してくれる、肩書きをくれたセラス王女には感謝だな。

 

「噂は所詮噂ですよ、それよりも同行者の紹介をお願いしても宜しいでしょうか?」

 

 本当に時間は少ないんだ、もう三十分もすれば序列の低い者達からやって来るだろう。全員が集まる迄には一時間位は掛かるかな?

 招待状には招待者のリストも載せた、この面子はバーナム伯爵の派閥でも僕に親しい連中で固めた親バーレイ伯爵派だ。

 呼ばれて来ない者は敵対的だと判断する材料となる、彼等も理解している。派閥の№4に喧嘩を売れるか売られるか、または友好的関係を結ぶかの踏み絵だと……

 

「おお、そうだったな。右側から、ダルシム、ナジャフ、ソルベ最後がルドルフだ。全員が後ろはフォン・バーレイだな」

 

 名前を呼ばれた時に立ち上がり頭を下げてくれた、何とか顔と名前は覚えたぞ。流石に若くて有能な者は居ないか……

 男の三十代は脂の乗りきった働き盛りだ、成人して二十年近い実績を積んだ者達な訳だな。

 彼等は僕と遠縁だが、御爺様と父上が疎遠だった為に僕も初めて会う連中だ。だが視線や態度に不満や敵意は無い、流石は御爺様の選んだ連中か。

 

「時間が無いので手短に説明します。今夜の舞踏会は僕の派閥の御披露目です、貴方達はバーレイ伯爵である僕の派閥構成員であり、一族で結束する中核メンバーです。

先ずは御爺様の領地を改革し足元を固めて経験を積んで貰います、その後は僕の親族であり家臣団として御爺様を中心に活動して貰います」

 

 此処までで何か質問が有りますか?と聞いたが、全員が首を振った。年下の僕の配下になる事も了承済みなのか、御爺様の評価を一段上げねばならないな。

 残念ながら御爺様の子供達、父上の兄弟で爵位持ちは前大戦の英雄である父上の新貴族男爵位だけだ。

 御爺様は領地持ちの従来貴族男爵位、他は貴族だが爵位持ちは居ない。初めて知ったが僕の親族は遠縁も含めて六十人も居ない。

 

 彼等を率いて先ずは御爺様の領地の改革、次が僕の領地の改革だ。基礎生産量と治安の向上、安定した収入と領民の生活環境を良くする。

 人間は衣食足りて初めて与えた人間に忠誠心を向ける、生活環境を安定させない領主など心の底から認めない。

 僕はアウレール王と共に国民の生命と財産を守ると誓ったんだ、先ずは自分の派閥の領地から健全に経営する。

 

 これは最初の一歩なんだ!

 


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