古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第507話

 我が屋敷で初めて催す舞踏会は、バーナム伯爵の派閥の中でも僕と親しい貴族三十六家百十七人を招いた。

 今夜は僕の親族だけの小さな派閥の御披露目が目的だ、バーナム伯爵の派閥に所属するバーレイ伯爵家一族の派閥。

 御爺様を中心としてシルギ嬢と四人の中年男性、ダルシム、ナジャフ、ソルベ、ルドルフ殿達が中核メンバーとなる。

 

 先ずは御爺様の領地の改革、その後で僕の領地の改革。地盤固めは急務だし、豊かな領地は発展し人材も集まる。

 今は圧倒的に家臣団が少ない、元々は従来貴族男爵である御爺様が筆頭の小規模派閥だったので少人数でも何とか回っていた。

 だがこれからは侯爵待遇で宮廷魔術師第二席の僕が派閥のトップとなる、求められるモノは格段に多く困難になるだろう。

 

 バーリンゲン王国の属国化に成功すれば多大な報酬が与えられる筈だ、アウレール王は次の報酬は文句を言わずに受け取れと念を押した。

 つまり侯爵待遇に相応しい領地が与えられる可能性が高い、今のローゼンクロス領も裕福だが規模は三倍から五倍相当になると思う。

 ウルム王国は旧コトプス帝国の残党共々滅ぼされる、新しい国土には反乱を防ぐ為に戦争で活躍した貴族達に細かく与えて分割統治させるのが普通だ。

 

 王家の直轄領も多いだろう、だがアウレール王は効率を考えて僕をエムデン王国に据えて自ら新領地に向かうと思うんだ。

 僕は王国の守護者としてエムデン王国の国民が不安にならない抑えだ、新領地は十年単位で不安定だろう。

 敗戦国の残党共が暗躍する可能性も高い、エムデン王国内で騒ぎを起こす事も十分に考えられるから僕を残すんだ。

 

 だから僕の報酬はエムデン王国内の王家直轄領か、新しい領地と入れ替えで誰かの領地を引き継ぐと思う。

 あとは余りにも活躍すると周囲から余計な嫉妬を買う、今でも結構酷いからな。暫くは王都で大人しくしろって意味合いが大きいのかな?

 最後はサリアリス様から知識を継承しろって事だ、五年後は宮廷魔術師筆頭として国王の右腕となるから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 舞踏会の会場は既に主賓以外は集まっている、残りは主賓である派閥の上位者の三組のみ。

 最初はデオドラ男爵とラザレル夫人だ、屋敷の正面玄関に馬車が到着したと報告が有ったので出迎えに向かう。

 唯一の側室である、アーシャだけを伴い玄関に向かう。今夜はジゼル嬢は不参加だ、主役は僕とアーシャだから……既に馬車から降りて、筆頭執事であるタイラントが対応している。

 

「ようこそいらっしゃいました、デオドラ男爵。歓迎します、ラザレル夫人!」

 

「お父様、ラザレル様。ようこそいらっしゃいました」

 

 アーシャと二人、並んで出迎える。アーシャの実母はジェニファー殿だからラザレル夫人の呼び名は様付けだ、だが男爵夫人と伯爵夫人。

 今は正式にはアーシャの方が身分上位者になるらしいが……本妻と側室、その子供達の関係は複雑で難しい。

 殆どが異母兄弟姉妹になるんだよな、だがその母親達とは血の繋がりは皆無だ。だが突っ込むと揉めるからスルーしよう、幸いだがラザレル夫人とアーシャの仲は悪くない。

 

「今までは招くだけだったが招かれる事になるとは驚いた、僅かな期間で見事な屋敷を手に入れたのだな」

 

 腕を組み満足そうに頷いている、だがこの屋敷には練兵場も模擬戦会場も作りませんよ。

 

「本当に、異例中の異例の早い出世ですわ。未成年で伯爵に叙されて貴族街に屋敷を構えた前例は有りません、素晴らしい義息子ですわ」

 

 ラザレル夫人も満足そうだ、扇で口元を隠して微笑んでいる。新しい親族の栄達が嬉しいって感じだろうか?

 笑顔で応えるが、これも疑問だ。僕はアーシャとジゼル嬢と結婚はする、だがラザレル夫人は彼女達の実母ではない。

 だが義理の息子の関係になるらしい、デオドラ男爵家の娘を貰ったから、デオドラ男爵と正妻のラザレル夫人が義理の両親という解釈かな?

 

「有り難う御座います、歓迎します。この屋敷は百年以上も住人を寄せ付けなかった曰く付きですが、古代の魔法技術による防御機能でした。今は人払いの陣は解除しましたので安全ですよ」

 

 両手を広げて歓迎の意を示し招き入れる、この屋敷の秘密を解いた事は今此処で公表する。

 これで新たな古代の魔法知識と技術を手に入れた伏線と、より魔術師として力を付けた事を示す。

 僕には敵が多いが手を出す事を躊躇わせる事も防御方法の一つ、迂闊に手を出せば痛い目を見ると分からせる。危険な有毒生物みたいで嫌になるが似たような扱いか?

 

 人間は痛い目を見ないと学習しない馬鹿も多い、属性の有利さを盲信した火属性魔術師達が良い例だ。

 もはや四属性に優劣は無いのだ、残念ながら火属性魔術師が一番強いと過信した奴は教育した。

 アーシャ襲撃により宮廷魔術師団員の火属性魔術師達は、サリアリス様からも厳しく指導された。

 次に怪しい動きをすれば迷わず潰す、あの凍えるような冷気を伴う魔力で脅されたんだ。もう反抗など不可能だろうな……

 

「しかし模擬戦無しとは悲しいぞ!我等バーナム伯爵の派閥構成員ならば、舞踏会は武闘会なんだ」

 

 ああ、やっぱりだ。最近は両肩を掴まれて前後に揺すられるんだ、そして模擬戦をしろと強請られる。

 

「おほほほ、旦那様?今夜は優雅にダンスを踊る舞踏会です、剣を振るう武闘会では有りませんわ。勿論ですが、分かりますわね?」

 

 僕は沈黙し苦笑いを浮かべて揺すられるままだが、ラザレル夫人は旦那であるデオドラ男爵に意見し武闘会を諦めさせた。

 この辺の配慮は流石に本妻だなって思う、興奮している戦闘狂の戦鬼に言う事を聞かせるのは僕では無理だ。

 だが武闘派のバーナム伯爵の派閥に属するならば、何時かは自分の屋敷で武闘会も催さないと駄目なのだろうか?

 

 ライル団長やバーナム伯爵とも同じ様な遣り取りが有り苦笑してしまった。そんなに僕と戦いたいのですか?

 全員が揃った後は、アーシャと御爺様達を伴い挨拶回りを行う。僕の新しい派閥の構成員だ、来客全員に知らしめる必要が有る。

 新生バーレイ伯爵家の派閥は親族で固めた、彼等は僕の派閥の中核メンバーだ。御披露目は成功、これで僕も正式に公(おおやけ)に自分の派閥持ちになったんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 舞踏会は方舞から始まる、先ずは主催者と主賓が踊りパートナーチェンジの有るポルカからパートナーチェンジの無いワルツの流れだ。

 今回の参加者は若手独身男性貴族が極端に少ない、故に武闘会の要望が少なかったのだが……バランスが悪い。

 三十六家百十七人の参加者の内、当主と本妻殿以外に未婚の紳士淑女は合計四十五人。内訳は女性三十二人男性十三人だ、男女比が三倍近いとか有り得ない。

 

 僕とアーシャ、ライル団長とデオドラ男爵が本妻殿と三組六人で方舞を踊る、バーナム伯爵は養女のエロール嬢しか連れて来なかったので不参加だ。

 派閥トップがそれで良いのかと思うが、そもそも武闘派の脳筋連中だし誰も気にしていない。だがエロール嬢にはダンスを申し込まないと駄目だな。

 気配りは主催者側として必要だ、もしもポルカやワルツの人数が少な過ぎる場合は、人数調整の為に何人かの壁の華と化した淑女達も誘う必要が有る。

 

「アーシャ、手を……ファーストダンスの始まりだよ」

 

 差し出した手にアーシャの白く華奢な細い手が乗せられる、優しく握って微笑み返す。夫婦仲は良好ですのアピールは必要。

 僕はアーシャとジゼル嬢と熱愛中な事を知らしめる必要が有る、要は虫除けだな。この熱愛夫婦に側室や妾を押し込む事に少しでも躊躇が生まれれば儲け物程度だが……

 それ位じゃ気にもしないのが貴族って奴だ、今夜の参加メンバーを見れば分かる。友好的な貴族達は考え方を変えれば親族付き合いもOK、つまり政略結婚も可能だってね。

 

「はい、旦那様」

 

 僕達がホール中央に歩き出すと、楽団が演奏を始める。彼等は王都でも有名な楽団で一晩約金貨三百枚で雇える、モリエスティ侯爵夫人が紹介してくれた。

 僕に合わせて、デオドラ男爵とライル団長が各々の本妻殿と方舞の輪に加わる。何時も戦ってばかりだが、初めてデオドラ男爵達のダンスが見れる訳だな。

 超脳筋の戦闘狂達で、貴族服が筋肉ではち切れそうだが、驚くべき事に見た目は渋い紳士にしか見えない。

 

「俺が正式なダンスを踊るのは何年振りだ?」

 

「何時も剣ばかり振り回しているからですわ、ルーテシアの御披露目以来です」

 

 おお、此方も熱々だな。厳ついデオドラ男爵にスッポリと抱え込まれたラザレル夫人が熱っぽく旦那に囁いている。

 この辺の駆け引きは流石に熟年淑女だろう、アーシャが真っ赤になっているのは両親の熱々振りは目の毒とか?

 だが八人の本妻側室を問題無く平等に扱っているらしいし、考えれば凄い事なんだよな……

 

「む?そうか……久々だが身体を動かす事は得意だぞ」

 

 デオドラ男爵のボケにラザレル夫人が突っ込む、そう言えばルーテシア嬢は既に成人していたな。

 彼女とは絡みが殆ど無いから気付かなかった、状況も変わったし今度鎧兜を錬金してあげよう。

 ウィンディアと幼馴染みらしいし、装飾品じゃなければ大丈夫だろう。だが余計に婚期を逃すと叱られるかな?

 

「おお、見事ですね!ダイナミックで見応えが有ります」

 

 方舞が始まった、流石は肉体的スペックが人外だけあり見事にパートナーを振り回している。

 ラザレル夫人も問題無く振る舞っている、凄い事だぞ。あの人外のパワーで扱われても大丈夫なんて、見た目は華奢な淑女なのに本当に凄いな!

 ドレスの裾が広がるが下品には見えない、蝶のように舞う?何だろう、このダンスは伝統的ではないが情熱的で目が追ってしまうぞ。

 

「リーンハルト殿は技巧派だな、お手本のように教本通りだ。なる程、独学の弊害は基本に忠実か……」

 

 む、勘違いしてくれたのか?王族として厳しく教育された時は基本に忠実が当たり前だったんだ。

 アレンジ等は必要無い、連綿と受け継いだ事を後世に残す事が大事とかだったかな?

 だがルトライン帝国と王家は滅んだ、それでも基本的な事はどんな国でも同じらしく困らない。

 

「そうですね、デオドラ男爵みたいにアレンジを加えるのは苦手です。ですがアーシャは優しく慎重に扱って下さい、振り回しては駄目ですよ」

 

 僕はアーシャをリードしている、華奢な彼女を振り回すのは無理だ。だから釘は差しておく、方舞はパートナーチェンジが有るんだよ。

 あんな人外パワーで振り回されたら怪我をしてしまう、デオドラ男爵は配慮が少し足りない気がするんだ。

 周囲の連中は貴方達人外とは造りが違うのです、脆いんですよ!

 

「全く過保護だな。最初は俺の娘を娶(めと)る事を拒んだのに、今じゃ王族の姫君達より大切に扱われている」

 

「まぁ!お父様ったら……」

 

 王族の姫君達か、確かに護衛的な意味ならば正解だ。二つのブレスレットにゴーレムクィーンが居れば、正規騎士団百人単位と張り合える。

 だが必要な備えだ、僕的には未だ足りないと感じている。もっと必要だ、妥協は許されない。

 笑顔で肯定する、今のアーシャはセラス王女よりも安全だ。だが未だ足りない、本来なら大丈夫なんだが僕の気持ち的に安心感が無い。

 

「さて、パートナーチェンジだな。安心しろ、我が子を乱雑に扱う親など居ない」

 

「あらあら、ならば本妻である私は乱雑に扱われているみたいですわ。リーンハルト様、慰めて下さいな」

 

 アーシャをデオドラ男爵に渡し、ラザレル夫人の手を取るが凄い媚びを含んだ目で見られ身体を寄せて来た。

 これは年上の淑女の余裕で遊ばれているんだな、だが迎合すれば義父と最愛の側室から怒られる。僕に出来る事は……

 

「無理です、それはデオドラ男爵の役目でしょう。僕には荷が重すぎますね、諦めて下さい」

 

「まぁ?薄情な義理の息子ですわね」

 

 バッサリ拒否しかない、割と本気な力加減で掴まれた右腕を抓(つね)られたが何とか耐える。

 新しく出来た義理の母は結構な腹黒みたいだ、あの人外の正妻だから普通じゃないよな。少し甘く見ていた、反省しよう。

 次のダンスパートナーである、ライル団長の本妻殿は普通に深窓の令嬢だったらしくお淑やかで控え目な方だった。

 

 ファーストダンスである方舞を終えたら次はポルカだ、それと同時に立食形式の食事の用意も行う。

 朝からコック達が準備をしていた料理が並ぶ、メニューは由緒正しき宮廷料理でレシピはデオドラ男爵家のコック長から譲り受けた。

 僕が錬金したルトライン帝国時代に流行った意匠の大皿に見栄え良く盛り付けられた料理は……

 

 牛の脂と骨髄を刻み込んだ牛のパテとウナギのパテ、ブーダンと呼ばれる豚の血と脂の赤ソーセージ・ひき肉とジャガイモを詰めたパテ。

 それと玉葱と葡萄酒入りの兎肉シチューに空豆の濾し汁、牛と羊の大ぶり塩漬け肉だ。

 普通の食卓には登らないエムデン王国の王宮に伝わる懐かしき古式正しいレシピに基づいた料理だ、つまり味は近代の洗練された美味しさは無い。

 

 だが歴史と伝統を重んじる貴(とうと)き血を受け継ぐ貴種たる我等は……的な事を貶すと貴族社会では異端として爪弾きにされる。

 こういう些細な事が知らない敵を作り出す遠因でもある、面子やプライドに因習は馬鹿に出来ないんだ。

 だが今夜の舞踏会は問題無く終わりそうだ、困った事は紳士の絶対数が少なく毎回僕がダンスを踊る事になった事だ。

 

 三十六家中、十四家の令嬢にダンスを申し込む。主催者側のホストだから許される行為で、普通なら多情の浮気癖の有る男って烙印が押されるぞ。

 次回は参加者のバランスを取るか、いっそ武闘会って事にしてダンスの重要性を下げるか……

 

「駄目だ、それじゃ思考がバーナム伯爵と同列だ。もしかして彼等が武闘会にする意味って?」

 

 嫌な考えに行き着いた、この考えは忘れよう。うん、駄目だな、コレは駄目だ。ダンスが面倒臭くて闘う方が楽とか、思っちゃ駄目なんだよ!

 


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