古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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Saytol 54様 緑のたぬき様 vari様 すたた様 トマス二世様 よもぎもち様 
朱悠様 陵戸 紫苑様 新堀松助様 ひふみん様 暖簾色様 誤字脱字報告有難う御座いました。

特に朱悠様とひふみん様は大量の誤字脱字報告を有難う御座いました。凄く助かりました。


第508話

 自分の屋敷で催した初めての舞踏会は成功の内に終わった、自分の派閥の構成員である御爺様達の紹介も無事に済んだ。

 これで貴族街に屋敷を構えた後の最初の試練を終えた事になる、後は定期的に開催し他の貴族達との友好関係を広めていけば良い。

 掛かった費用は総額金貨約九百枚、楽団に金貨三百枚と百十七人に対して料理等を含めて一人金貨五枚弱。規模的には中級クラスだが、舞踏会を定期的に行うには年金以外の収入が無いと無理だな。

 

 男爵クラスだと新貴族が年間金貨三千枚、従来貴族でも年間金貨五千枚。家臣達の給料込みだとギリギリだろう、父上だって他に聖騎士団副団長の報酬が有るから何とかなっている。

 無官無役で爵位の無い連中は所属する派閥の構成員として働き報酬を得るか、自分で仕事を探して金を稼ぐしかない。

 冒険者として活動する貴族達の内、生活費を稼ぐ為の連中は誰かに雇われるのが嫌だから冒険者になった者が殆どだ。見栄と面子を重んじる貴族って生き物は本当に大変だ、実際家計は火の車な人も多い。

 

 ダルシム殿達も僕の配下となったので年間金貨五百枚の報酬を払う、副業も許可しているし下級貴族としては平均年収だろう。

 旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業に従事した土属性魔術師達は、そのまま継続雇用して御爺様と僕の領地の農地改革を行わせたい。

 出来ればそのまま雇用し僕の魔導師団の下部組織として抱え込みたい、魔術師ギルド本部に相談しよう。

 農地改革は土属性魔術師達にとって錬金術の鍛錬には最適だ、潅漑事業や農地改革のスペシャリスト集団を目指すのも良いな。

 

 土壌改良は作物に土地の養分が吸われて減るから、数年に一度は土地を休ませるしかない。常に何割かの農地は遊んでいる、つまり収入が無い。

 だが錬金により農地に含まれる栄養素を満たしてやれば、土地を休ませずに毎年収穫出来る。これだけで収入が何割かアップする、まぁ労働力不足とか問題は有りそうだが……

 コストに見合った収穫が得られるなら継続的な依頼も貰える、今までは領地を跨いで農地改革などしなかったしアイデアは悪くないな。

 

「うん、貴族にとって領地経営は必須だ。収入の殆どが農地の領地も多い、継続して錬金すれば練度も高まるから工期短縮でコストも安くなる。やってみるか……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 王都の魔術師ギルド本部に向かう、旧クリストハルト侯爵領の潅漑事業の任務を終えたリネージュさんが戻っている筈だ。

 メルカッツ殿達は一足早く帰って来ていたので一週間程の休みを与えた、長期の派遣任務だから報酬と休暇は必須だ。若い嫁さんを連れて来た連中も多い、彼女達の思惑は別としても幸せならば問題無い。

 住み込みから新居を購入し新婚生活を始めた奴等も多い、憧れの王都で上級貴族の配下の旦那との新婚生活か……

 

 生きるか死ぬかの極限状態を経験したんだ、もう元の虐げられた貧しい農民に戻る事は嫌だろう。良い旦那を捕まえられたねと褒めるべきだよな、メルカッツ殿も若い嫁さんに捕まったし。

 我が家臣団の中に幸せ新婚家庭が量産された訳だ、その子供達が僕に仕えてくれれば譜代の家臣団の誕生だ。長いな、これが地盤の全く無い僕の弱点だ。

 やはり家臣団の補強は急務、だが信頼の置けない者を配下にするのは躊躇する。堂々巡りなんだよな、信頼の置ける有能な家臣候補なんて居る訳ないか……

 

 馬車の中は孤独な空間、色々と考えは纏まるが時間が経つのも早い。思考の海に浸るのも程々にしないと駄目なのだが、全く改善しない。

 魔術師ギルド本部が見えた、訪問は事前に知らせてある。既に出迎えの準備は万端みたいだな、正面入口前に職員が整列している。

 それを見た民衆達が僕が来ると感づいたのか周囲は一寸した人溜まりが出来ている、裏口で構わないのに正面入口で出迎えるのは僕と魔術師ギルド本部は強い結び付きが有るとアピールする為か……

 

「リーンハルト様、到着致しました」

 

「有り難う、悪いが待機してくれ。この後で王宮に向かうから」

 

 御者に待機する事を頼み馬車を降りる、左右の手前に見目の良い若い女性魔術師から並び奥には幹部達が並ぶ。

 正面には、レニコーン殿とリネージュさんが満面の笑みを浮かべて待ち構えていたが、こういった配慮は要らない。

 まぁ事前に新しいマジックアイテムの製作依頼と魔導書を渡すと伝えているからな、知的探求心が刺激されて楽しみで仕方無いって訳だ。

 

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様」

 

「急な訪問に対応して頂き有り難う御座います」

 

「ささ、中の方にお入り下さい」

 

 急かさないで下さい、礼儀的な挨拶をバッサリ切って早く入れと急かされた。僕等魔術師の性(さが)とはいえ、最低限の様式美は整えて欲しい。

 魔術師ギルド本部のトップとNo.2の痴態に並んでいる方々は苦笑いだぞ、魔術師ならば誰でも理解出来る仕方無さ?

 両側から挟まれる様に魔術師ギルド本部内に押し込まれる、そう言えば最近僕の研究室が(無断で)出来たそうだ。

 

 僕は此処では研究はしない予定なのだが、隣のサリアリス様の研究室と同等の広さが有る立派なモノらしい。

 魔術師ギルド本部内に専用の研究室を持つ事は、魔術師にとって素晴らしく誇らしい事らしいが……

 これって王立錬金術研究所以外の研究を此処でしてくれって意味だろう、個人の研究成果である武器や防具関連の錬金に少しでも絡みたいのが本音かな。

 

 最上級の応接室に通された、慌ただしく紅茶や焼き菓子が用意される。茶葉も最高級だろう、芳醇な匂いで分かる。

 先ずは何も入れずにストレートで飲み、次に砂糖だけ二杯いれる。このティーカップって耐火硝子製だな、僕の硝子の護身刀と構成が似ている。

 つまりは錬金で作ったのか、現代には硝子職人も居るが職人が作った物か錬金した物かは直ぐに分かる。

 

「見事な硝子製のカップですね。強固な固定化の魔法に耐火性能を有している、銘は……ジュベルヘイム、え?ジュベルヘイム?」

 

 カップの取っ手の部分に刻まれた銘にはジュベルヘイムの名前が有る、彼は僕の転生前も生きていた高名で高齢だった変わり者エルフ。

 確かに彼の魔力の構成や癖のような残滓を感じる、だが微妙に違うとも思う。この違和感は何故だ?完成度から見て初期の作品、いや違うな。

 未だ熱い紅茶を飲み干しカップの裏側を見る、じっくりと見るが彼の作品のようで作品じゃない。だが中の液体の保温効果の魔力構成は彼の特徴が良く出ているが……

 

「贋作か?いや魔力構成は同じだが習熟度が甘い、初期の作品とも違う。晩年の時の魔力構成だ、円熟時に拙い出来映えの作品だと……惚けたか?」

 

 改めて確認すれば、レニコーン殿やリネージュさんのカップは普通の陶磁器製だな。僕だけ硝子製のカップだ、コレって試されているのか?

 空間創造より過去に手に入れた、ジュベルヘイム殿のカップを取り出して見比べる。やはり錬金精度が僅かに甘い、贋作というより弟子か襲名した別人か?

 耐火硝子製の保温効果有りのカップとしては及第点だが品質が一段落ちる、我を忘れて鑑定していたが二人を放置していた事に気付いた。

 

「リーンハルト様の持っているカップですが、もしかして初代ジュベルヘイムの作品でしょうか?」

 

「現存というか存在すら疑われた初代ジュベルヘイムの真作、並べて見れば私にも分かります」

 

 初代?やはり弟子か襲名した者の作品か……エルフである彼は変わり者であり、とんでもない精度の日用品や工芸品を作った。

 その数は少なく、魔法大国ルトライン帝国の宮廷魔術師筆頭の僕ですら手に入れたのは僅か数点だ。人間には殆ど売らなかったんだよな、だから入手には本当に苦労したんだ。

 彼は当時で二百歳を越えていた、ならばこのカップは二代目の作品かな?でも不味いな、僕の所有するカップって今の話を聞けば伝説級の品物になるぞ。

 

「エルフ族である、レティシア殿から無理を言って譲って貰ったカップと比較してしまいましたが二代目以降のジュベルヘイム殿の作品なのですね」

 

 レティシアを理由にするのも無理が有るか?いや、同族のレティシアなら所有していた可能性は低くない、人間には流通させなかっただけだ。だが問合わせは行かないよな?

 今の二人の反応から考えれば僕の為に珍しいマジックアイテムを用意したのに、それ以上の物を持ち出して比較した事になる。

 これって結構空気を読まない愚かな行動だった、折角の彼女達の気持ちを台無しにしたかな?

 

「ジュベルヘイム殿の作品は希少で高価な物です、コレも中の紅茶が冷めない特殊な保温効果が有ります。ですが希少品故にセットとして数は揃えられない、コレは僕に解析しろって事でしょうか?」

 

「いえ、単純に魔導書の対価の一つと思っていましたが……」

 

「まさか初代ジュベルヘイムの作品を持っていたとは驚きです、それは二代目の作品なのです」

 

 残念そうに言われてしまった、しかもリネージュさんは涙目になっているのは入手に相当苦労したんだろうな……

 確かに本物ではあるが二代目と初代では価値が桁違いだ、転生前に入手した時でも今の相場に合わせると金貨一万枚以上。今なら更に価値が上がっているかな?

 紅茶好きを自認する連中ほど冷めずに何時までも熱い紅茶が飲める事に拘る、そして欲しがる。

 

「耐火硝子製は無理でも保温効果の有る陶磁器製品のカップとポットは錬金出来ますよ、良かったら譲りましょうか?」

 

 過去に見本を元に模倣したんだ、僕のゴーレムに付加した耐火構造の基礎は、エルフ族謹製の耐火硝子製のカップなんだ。

 だが中身が見える透明なカップはイマイチ人気が無かった、飲んだ量を相手に知られるのが嫌だったみたいだ。

 僅かに残った紅茶を啜る姿は恥ずかしいとか、飲んでいる時の口元が相手に見えるとかが主な理由だったかな?だから陶磁器製のカップとポットにしたんだ。

 

「はい、これです。ティーカップのセットが四組にティーポットです。シンプルな白磁製ですが、固定化の魔法を重ね掛けしているので落としても踏んでも割れませんよ」

 

 空間創造から取り出してテーブルに並べるも、えらく恐縮されて断られた。このティーカップのセットは他人に知られると相当ヤバいから王家に献上が望ましいと言われた。

 王家に献上か……アウレール王に献上するか、確か相当な紅茶通で趣味が茶器集めだと聞いたような?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 気持ちを切り替えて本題に入る、既に魔導書の話はしてあるから用意してくれた二代目ジュベルヘイム殿のティーカップは無駄になった。

 コホンと咳払いを一つして気持ちを切り替える、これからが本題の交渉だ。王立錬金術研究所の新しい課題と前回の課題の成果の確認。

 それと前回雇った土属性魔術師達の継続雇用、一ヶ月単位での出張仕事になるから家庭持ちには厳しい内容だ。

 

「今回の課題は身体能力up系のマジックリングです。具体的には筋力up・敏捷up・耐久upの複合系、所員で20%から30%up。僕で初回50%、頑張って80%upですね」

 

 今回は魔導書は一冊、前半が各能力upの魔力石の構成、後半が三つの能力upの為の制御方法。単発では不要だが複数の効果を問題無く発揮するには調整が必要、これが難しい。

 

「なんだと?複合系能力upとか有り得ないだろう?」

 

「本当に禁書扱いの魔導書ですわね……」

 

 おお!互いに半分ずつ抑えて読んでいる、真剣な表情だから嘘は言ってない。禁書扱いは大袈裟だと思うが、現在のマジックアイテムの流通量を考えれば……

 魔法迷宮の最下層で稀にドロップするクラスのアイテムが、定期的に錬金で製作可能ならば価値は計り知れない。

 だが今の僕の地位と立場ならば大丈夫だと思うが、未だ危ういのだろうか?

 

 姿勢を正して僕を見詰める、レニコーン殿とリネージュさんの態度を見て多少の変更が必要だと理解した。

 これが転生し三百年前の知識と常識を持つ僕と、現代の魔術師の常識との違いなのだろう……

 

 


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