古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第513話

 執務室でウェラー嬢を相手に魔法談議をしている時に、ユーフィン殿が訪ねて来た。彼女は仮初めの婚約者としての既成事実を作る為に、定期的に僕の執務室に顔を出す。

 全てが終わり婚約を解消した時も、結婚式に同行する打合せをしていたと言い訳出来る。その辺はレジスラル女官長にも協力を依頼する、元々は彼女からユーフィン殿の事を頼まれている。

 王宮内の女官と侍女を束ねるレジスラル女官長でも、ローラン公爵には配慮をするしかない。今回はバーリンゲン王国に上品な喧嘩を売りに行くから危険なんだ、レオニード公爵の息子であるサルカフィー殿との事も有る。

 

 ローラン公爵から頼まれた事は過去に因縁絡みの関係が有る、レオニード公爵家との関係を白紙に戻す事。つまりは縁切りの断絶だ、複雑に血が絡み合った親戚関係の破棄。

 それはバーリンゲン王国との戦争が前提だからだ、仮にバーリンゲン王国がエムデン王国に負けたとする。敗戦国の重鎮が戦勝国の重鎮と親戚関係にある、そこから生まれる縁を嫌ったんだ。

 バーリンゲン王国は多民族国家だ、地方には王家に反発する部族も多く懐柔や武力鎮圧に苦労している。今の政権は最大戦力を有している部族でしかない、内に敵が多いから外に出れない。

 

 だから国力が低く大国の間を外交で渡り歩く蝙蝠(こうもり)みたいな信用出来ない相手。過去には旧コトプス帝国と影で手を組んだ事も分かっている、潜在的な敵国だ。

 負けたら擦り寄って来るのは目に見えている、だからローラン公爵は親族血族親戚関係を重視する貴族でありながら、レオニード公爵家との縁を切ろうとしているんだ。

 その騒動に巻き込まれた感じだが、ユーフィン殿は過去に配下だったログフィールドの子孫なんだ。だから僕はログフィールドに報いる為にも、ユーフィン殿の事は全力で守ると決めたんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 オリビアに案内されて入って来たユーフィン殿だが、ウェラー嬢を見た瞬間に顔を顰めた。王宮で働くなら感情を表に出すのは良くない事だぞ。

 ユーフィン殿が遊びに来る時は他に来客も居なかったからか?ザスキア公爵とも鉢合わせしてないし、わざわざ一人の時を狙っているのかと思ったが偶然か……

 直ぐに固まった笑顔を浮かべたが、腹芸の一つも出来ないと王宮で仕事をするのはキツいだろう。ローラン公爵の縁者ではあるが、政敵は多いのだから。こんな考えが思い付くのは僕が薄汚れたからだな。

 

「あら?可愛いお子様ですわね、確か『土石流』殿でしたかしら?」

 

「魔術師のユーフィン殿ですね?私は宮廷魔術師筆頭サリアリス様の弟子であり、リーンハルト兄様の妹弟子のウェラーです」

 

 ユーフィン殿がウェラー嬢を子供扱いし、ウェラー嬢は魔術師として自分の方が遥かに格上なんだと言い放った。事前にお互いの立場や政治的背景を説明したが、結構攻めるな。

 貴族的立場は殆ど同格、だがユーフィン殿は王宮の侍女見習いの身分が有る。ウェラー嬢は未成年だが魔術師としての立場を強調した、魔術師としてなら断然ウェラー嬢の方が格上だ。

 笑顔で向かい合うも真っ向勝負みたいに反発したよ、歩み寄る気持ちは双方無さそうだぞ。お互い何が気に入らないんだ?僕の執務室に女の戦いを持ち込むなよ、お願いしますから!

 

「わ、私は王宮の侍女見習いです!」

 

「私は宮廷魔術師第四席の娘として、宮廷魔術師を目指しています」

 

 まただ、また反発したぞ。ユーフィン殿が王宮の侍女見習いと身分を明らかにしたが、ウェラー嬢は宮廷魔術師を目指していると言った。

 見習いが取れて侍女になっても、昇進して女官になっても宮廷魔術師には敵わない。ウェラー嬢の実力は確かだし、ユリエル殿も自分の後継者として明言している。

 この勝負?はウェラー嬢の勝ちかな、ユーフィン殿も流石にローラン公爵との関係は持ち出さないみたいだし。持ち出す事は大人げなさすぎだと思ったかな?年下の少女に言い負かされて悔しいのは分かるけどさ。

 

「二人とも少し落ち着いた方が良いよ、淑女がはしたない言い争いなどしちゃ駄目だ。ユーフィン殿も何か用事でも有りましたか?」

 

 関係が拗れる前に仲裁する、全く少女二人が全面抗争みたいにならないで欲しい。お互いに何が気に入らないのか……

 確かにウェラー嬢は『土石流』の二つ名の通りに周囲に被害を撒き散らしていた、一番の被害者はフレイナル殿だよな。懐かれてはいるが、基本的に同格かそれ以下の扱いだし。

 まさか、ユーフィン殿は過去にウェラー嬢から被害を受けていたとか?有り得そうだが怖くて聞けないな。

 

「いえ、その……大きな魔力の反応を感じたので、何をしているのかなって思いまして……」

 

「それは侍女見習いの仕事ではないのでは?」

 

 む、またバッサリ切ったな。確かに侍女見習いの仕事の範疇(はんちゅう)ではなく王宮内で危険行動をしたって警備兵の管轄だろうか?

 だが多かれ少なかれ宮廷魔術師達の執務室では魔法の行使は行われている、物を壊したり異音や異臭騒ぎじゃなければ黙認の筈だ。

 ウェラー嬢は宮廷魔術師の父親が居るから、その辺のローカルなルールを踏まえての指摘だな。もしかしなくても、ウェラー嬢とユーフィン殿って仲が悪い?

 

「ユーフィン殿は気になっただけじゃないかな?僕等宮廷魔術師達は、自分の執務室でも魔法を行使するよ。今回は妹弟子である、ウェラー嬢の課題の成果と見本の為にだね」

 

「そうです、秘匿が必要な魔法も有りますから毎回練兵場で公開する事は出来ないんです。悪い事はしていませんから安心して下さい」

 

 ドヤ顔を浮かべるウェラー嬢だが、ドヤ顔って淑女達の中で流行っているのか?メディア嬢などテヘペロを見せてくれたし、年頃の女性の感性は謎ばかりだ。

 勿論だが謎解きなどしない、意味が無いし深く考えたら負けな気がする。凹まされたユーフィン殿の気分を回復させないと駄目だな、仮初めでも婚約者だし……

 立ち話も何だし表情をクルクルと変えて言い合う二人をソファーに座る様に勧めるって……アレ?

 

「何で並んで座らないの?そして何故、僕を見詰めるのかな?」

 

「リーンハルト兄様、私の隣に座って下さい」

 

「ささ、リーンハルト様。私の隣に座って下さい」

 

 甘かった、仲を取り持とうとしたのに配慮がバッサリ切られたよ。妹弟子か婚約者か選べって事か、二択を迫られた訳だな。

 どちらも可愛い嫉妬だろう、兄弟子に近付く低レベルな魔術師。自分の婚約者が配慮する年下の女の子。どちらの立場でも受け入れられないか、モテモテとか勘違いはしない。

 だから自分の執務机に向かう、逃げるが勝ちとかじゃないぞ。どちらを選んでも角が立つから仕方無いんだ、明日から王都を離れるのに胃の痛くなる事は止めてくれ。

 

「可愛い競争心だけど後々で問題になりそうだから座らないよ、暫く二人で歓談して親交を深めてくれ。僕はやりかけの仕事を片付けるから……」

 

 ユリエル殿に報告する項目が増えた、魔術師としての鍛錬は成功している。反面、貴族の子弟としての鍛錬が不足している。

 ウェラー嬢は宮廷魔術師第四席の実子で後継者だ、公に貴族院も了承している。サリアリス様の愛弟子として、僕の妹弟子として有名になりつつある。

 つまり縁を結べばメリットが大きく多い、今まで以上に擦り寄って来る連中が増える。だが対処が拙い、ユリエル殿が側に居れば問題無かったけど、今は無防備に近い。

 

「淑女の教育は家族の役目だ、ユリエル殿の正妻殿に依頼するしかないな」

 

 まさか夫妻両方に親書を書く羽目になるとはな、確か夫人も魔術師だった筈だ。余り表には出ない方だが、丁寧に詳細に理由を書いて伝えれば良いかな。

 貴族の本妻達は表には出ないが侮れない実力者が多い、モリエスティ侯爵にガルネク伯爵、デオドラ男爵も本妻殿は中々の人物だ。ガルネク伯爵の本妻殿なんて、未だ未成年のリンディ嬢だぞ。

 淑女達のネットワークという情報交換会も凄い、頻繁に行われる音楽会やお茶会による情報共有。それが影から嫁ぎ先の家を守る女性達の強かさなのだろう……

 

「私達を放置して仕事とは、少々寂しく思いますわね」

 

「仕方ありませんわ、リーンハルト兄様は宮廷魔術師第二席で伯爵様なのです。未だ未成年なのに自分の領地も派閥も持っていますから、色々と大変なんです」

 

 む、放置は駄目だったか?ユーフィン殿が拗ねて、ウェラー嬢がフォローしてくれたぞ。確かに肩書きだけ見れば大した役職だよな、同じ伯爵でも国家の要職に就いている者は少ない。

 ウェラー嬢の言葉に、ユーフィン殿が僕を尊敬の眼差しで見詰めてくれるが……正直少しキツいな。仮初めでも婚約者の栄達は誇らしいって感じか、過去の僕に纏わり付いていた女性達と被る。

 いや、それは彼女に失礼だな。それが貴族の淑女の常識だ、実家に利益の有る旦那に嫁ぐ事が現代の貴族令嬢の正しい姿なんだ。だが久し振りに側室達から子種が無いのかと詰(なじ)られたのを思い出したよ……

 

「悪いね、バーリンゲン王国に行く前に仕事を片付けたくてね。一向に減らないからストレスで精神が病みそうで辛いんだ」

 

「エムデン王国最強の剣であり王国の守護者で英雄様の弱点は政務とか、現実は笑えませんね」

 

「何でも出来る完璧超人だと噂される、リーンハルト兄様が書類仕事に負けそうとは……でも親しみを感じます、噂は所詮噂でしかないわ。リーンハルト兄様だって普通の殿方なのですから」

 

「役職に就かず仕事もしない、ウェラーさんには理解出来ないのでは?」

 

「ユーフィンさんよりは、リーンハルト兄様の苦悩は分かります。他人から押し付けられる無責任な期待など、重荷以外の何物でもないわ。

リーンハルト兄様は一人の人間なのです!苦手が有って当然、弱音を吐いて当たり前、本人と触れ合える私達まで酷い感情をリーンハルト兄様に押し付けないで下さい」

 

 ウェラー嬢の剣幕に、ユーフィン殿が苦々しい顔をした。僕はウェラー嬢に英雄と呼ばれる事を割り切って許容していると教えた、その苦悩を理解してくれたのかな?

 僕は年下のウェラー嬢に甘えた感じになるのか?何とも情け無い男だな、愚痴れる相手が少ないとはいえ年下の少女に甘えてどうする?

 ユーフィン殿は僕に憧れに近い感情が有るのは薄々気付いていた。そう親しくもない相手だ、噂話が先行しても仕方無いだろう。だがウェラー嬢に感情の機微を悟られるとはな、情けないと言うか何と言うか……

 

「ユーフィン殿、そんな顔をしないでくれ。僕だって人間だからね、得手不得手くらいは有るんだ。僕はね、英雄と呼ばれる事を喜びはしない。

国家に仕える者の義務だと思って我慢しているんだ、英雄なんて望んでなる者じゃない。でも今後のエムデン王国には必要な駒だ、それを僕は完璧に演じるよ、全てはエムデン王国の為にね」

 

 そして僕と僕の大切な人達の為に……僕は味方からは英雄と、敵からは悪魔でも死神でも何とでも呼ばれようと許容する。

 僕は決めたんだ、もう迷わない。迷ってもやり遂げる。迷いはイルメラ達を危険にするんだ、例え一万人を殺しても血塗られた手をしても……他人の不幸の上にしか成り立たない幸せでも、僕は許容する。

 他人を不幸にしたら自分は幸せになれない?良心の呵責?大勢から恨まれるから無理?人殺しは罪だから償え?

 

 くははっ、今更だよ。そんな良心など既に擦り切れて無いよ、悪いが僕は僕の幸せを最優先するよ。何万人に恨まれても、この手を真っ赤な血に染めても……僕はイルメラ達と幸せになる、これは決定事項だ!

 




予定通りにGW特集として次回4/27(木)から5/7(日)まで連続投稿を行いますので、宜しくお願いします。

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