古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第517話

 バーリンゲン王国との国境線の領主館に滞在している、此処は対バーリンゲン王国との戦争では最前線基地となる要所だ。

 既に周辺に分散させて、ザスキア公爵の私兵軍とアウレール王からお預かりした第四軍を配している。有事の際には即行動が出来るように、秘密裏に且つ入念に準備をしている。

 スプリト伯爵が催してくれた歓迎会の時に、妙にエムデン王国の軍備について詳細を知りたがる令嬢が居て怪しんだ。ネロと名乗った令嬢だが、もしかして敵国と繋がる諜報員じゃないだろうか?

 

 有り得る話だ、国境線付近ならばバーリンゲン王国の関係者との接触も容易だ。情報を売って亡命もし易いだろう、既にアーシャ襲撃犯の前例も有る。

 この妙にキラキラとした目で僕を英雄と煽(おだ)てて情報を引き出そうとしている令嬢だが、二つの意味で怪しい。

 敵国に通じた諜報員にしては稚拙だ、鼻息も荒く話を強請るなど諜報としての技術としては最下級だが素人令嬢なら仕方無いだろうか?

 

 だが素人にしては貴族令嬢が興味を持つには不自然な軍事関連しか聞いて来ない、このアンバランスさが怪しさに拍車を掛ける。

 疑ってくれと言わんばかりに不自然に話題を振り話を聞きたがる、これを怪しまないで誰を怪しめば良いのだ?

 今も聖騎士団の内情というか、ライル団長以下の必殺技を聞いて来る。有名なのは剣撃突破や斬撃波疾走だな、これは公式に知れ渡っているが生身で受けて無事な者は少ない。

 

 あれ?最初は怪しんだけど今思えば、この令嬢って戦闘狂が大好きなだけの偏愛異常者じゃないか?ライル団長やデオドラ男爵、それにバーナム伯爵との模擬戦の話に異様に食い付くし鼻息も荒い。

 ギラギラした目つき、荒い鼻息、口元からはヨダレが見え隠れしているし掴まれた腕にも力が入っている。変態性欲者、倒錯的な性的嗜好、不審者だ、不審者が此処に居るぞ!

 単純に強い男が好きとかってレベルじゃない、この態度は一線を越えた戦闘狂偏愛者だ。間違い無く一族に一人は居るって言われる変態性欲者だな、僕の体臭フェチの他に身近には幼女性愛者や露出狂のサドに罵られるのが大好きなマゾも居る。知り合いに変態性欲者が多くて地味に凹む……

 

「り、リーンハルト様は、ライル団長の必殺技を受けられて……その、どの様に感じられましたか?詳しく教えて下さいませ」

 

「繰り出すスピードに威力、効果範囲等素晴らしいですね。僕の魔法障壁の何枚かが破られるなど自信を無くします」

 

 本心は怖いし痛いだ、ネロ嬢の異常さに周囲がドン引きしだした。スプリト伯爵に非難する視線を送ると、漸く再起動したぞ。

 本当に嫌そうに止めさせようと声を掛けようとした時に、ネロ嬢も正気を取り戻したのか口元に手を当ててヨダレを拭きつつ上品に笑った。彼女はバーナム伯爵クラスの人外戦闘狂が好きな変態性欲者、僕も人の事は言えないが……

 微妙な空気が漂いだした会場から少々疲れましたのでと、ロンメール殿下に断りを入れて退場する。流石にネロ嬢の異常さに気疲れしたと思われたのか快諾してくれたが、出来れば助けて欲しかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 歓迎会も終わり招待客達が帰った後、漸くスプリト伯爵達との打合せの時間が取れた。時刻は後二時間程で日付が変わる、夜の冷え込みは厳しく暖炉の薪がパチパチと音を立てている。

 揺らめく炎を見ていると落ち着くのは何故だろう?先に応接室で待たせて貰っているので、打合せの内容を再確認する。

 ザスキア公爵が先に説明している筈だが再度確認をしておく、上手く喧嘩が売れれば即開戦だ。場合によっては直ぐに国境線に敵軍が展開する可能性が高い、国境線を封じて僕等を逃がさない為に……

 

 お互いに国境線には常備軍が詰めている、規模は同等らしいが二千人程度なら蹴散らせる。問題は魔術師、それも宮廷魔術師クラスが陣取っていた場合だ。

 負けるつもりは全く無いが守るべき対象が多いと取りこぼす可能性が有る、ロンメール殿下を最優先にすると別行動の連中に危険が及ぶ。移動速度は落ちるが、極力全員で纏まって行動するしかないな。

 僕のリトルキングダムも現状だと制御範囲は800mが限界、ゴーレムクィーン達を分散させる事はしたくない。大事なのは速やかにスプリト伯爵に援軍を送って貰う為の連絡手段だよな。

 

「待たせてしまって済まない」

 

「構いませんよ、考えを纏めていたので問題は有りません」

 

 イーリンの案内でやってきた、スプリト伯爵だが少し疲れているみたいだな。派閥のトップであるザスキア公爵からの指令書に、王族であるロンメール殿下の対応と確かに気を使い過ぎても仕方無い状況か。

 しかもバーリンゲン王国と即開戦の可能性も有る、国境線を守る領主としての責任も重大だ。しかも戦力の殆どが、ウルム王国攻略に割り振られている。

 その辺の心細い詳細情報も知らされている筈だ、だが関係者も呼んでくれと頼んだのにスプリト伯爵一人とは……信頼出来る配下が居ないのか、単純に人材不足か?

 

「お一人ですか?他に今回の件で対応する方は居ないのですか?」

 

「あー、うん。居るには居るのだが……少し問題が有るのでな、私だけが聞く事にした」

 

 向かい側のソファーに深々と座り込んだ、スプリト伯爵の表情は暗い。つまり謀略や計略が苦手な脳筋しか配下に居ないって事か?

 国境線の防衛任務だから武力重視の編成なのか?だが突撃か撤退しか知らない脳筋な最前線の指揮官達だけなのは不味い。

 特に今回は色々と臨機応変な対応を求められるんだ、部隊指揮だけじゃない独自で判断し行動出来る者が望ましい。いや、絶対に必要だ!

 

「今回の件ですが、僕等と連携し遠距離でも連絡を密にした体制と緊急時には独自の判断が出来る指揮官が必要不可欠です。もし居ないのならエムデン王国第四軍の団長か副団長を呼び寄せましょうか?」

 

「む?いや、私だって対バーリンゲン王国の最前線を任された男だぞ。指揮権の譲渡はしない、ウチにも優秀な指揮官は居る。居るのだが……それは参謀役としてのネロなのだ」

 

「は?あの人外の戦闘狂大好きの令嬢がですか?」

 

 思わず彼女を貶めるような失言をしてしまったが、スプリト伯爵を見詰めると真面目な顔で頷かれた。指揮官に個人的武力は無くても良い、適切な判断と部隊の指揮と指示が出来れば良いんだ。

 武器を片手に最前線に飛び込んで無双しろなんて言わない、言わないが……あの不審者令嬢で大丈夫か?失礼を承知で言えば不安でしかない、だが逆に納得出来る理由でもある。

 

 人外戦闘狂が大好きならば、軍事関連にも詳しくなければ駄目だとか?有り得るが人外が好きだから軍事関連を覚えたのか、軍事関連の好きが高じて人外を好きになったのか……どっちだ?

 

「出来れば呼んで下さい、不安は有りますが贅沢は言えません。もし彼女が最前線で参謀役として指揮を振るうならば、色々と意見も有るでしょう」

 

「私が心配するのは変なのだが、大丈夫か?ネロはバーナム伯爵達が、その……大好きだから、リーンハルト殿は質問責めになるぞ」

 

 真面目な顔で心配してくれるなら暴走する彼女を止めて下さい、その質問責めは打合せ後って事にして有耶無耶にしよう。

 仮にも派閥上位者の人外三人とゲルバルド殿は既婚者だし未婚の令嬢を紹介する訳にもいかない、独身の若い人外だと……僅かに届かすミュレージュ様やレディセンス殿、それにゲルバルド殿の息子のスカルフィー殿かボームレム殿くらいだけどさ。

 王族に公爵の子息、現役近衛騎士団員を紹介するのは無理だ。常識を疑われる、側室や妾でも娶られるのは不可能だぞ。

 

「スプリト伯爵は、僕にネロ嬢の為に人外の戦闘狂を紹介しろと?多少の情報は教えられますけど、現実的には無理です」

 

「そうだな、私もネロの性癖には難儀している。所属する派閥で、アレの気に入る相手は居ない。バーナム伯爵やライル団長、デオドラ男爵に嫁ぎたいとか可能性はゼロだったのだが……」

 

「バーナム伯爵達と知り合いの僕と会えたから、僅かながらの可能性を見出した?あの三人に嫁ぐのは政治的配慮を考えて不可能、同程度の独身貴族は居ません。僅かに武力が足りない方々は王族か公爵の子息、それに現役近衛騎士団員ですが……」

 

「止めてくれ、私の胃が無事では済むまい。ネロの質問やお願いは無視してくれ、それでも良ければ呼ぶが?」

 

 お願いしますと頭を下げる、彼女を交えた打合せは必要なんだ。実際に話して性格や能力を知りたい、それで頼める内容が決まるから。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 興奮気味に応接室に入って来た淑女、ネロ嬢を改めて観察する。エムデン王国の貴族の典型的な金髪碧眼、髪はストレートで肩より少し下で切り揃えている。体型は胸が豊かで背が低いのでアンバランスな感じだな。

 大きな目が特徴的でチャームポイントだが、残念ながら未(いま)だに興奮状態なのか潤んでいるし口元もだらしなく半開きだ。良く見れば鼻も僅かに広がっている、残念な淑女だな。

 黙って普通にしていれば、十人中七人は美女だと言うだろう。年上なのは間違い無いが、未だ二十歳は超えていないかな?

 

「リーンハルト様、お招きありがとうございます。何か私に聞きたい事が有るとか?私も聞きたい事が沢山有るので、何でも聞いて下さいませ!」

 

「えっと、ネロ殿がこの地の軍事的な事を取り纏める立場と聞きましたので、今回の件の最終確認をしたいと思いまして……」

 

「スプリト伯爵だけでなく、私にもでしょうか?」

 

「君が指揮官で参謀で軍師役、そう聞いた。話してみて不安ならば、第四軍から人材を派遣する」

 

「まぁ!第四軍から武官の方々がいらっしゃるのですか?でも駄目です、指揮権は渡せませんわ」

 

 ほぅ?最初は只の変態性欲者と思ったが、身に纏う雰囲気が変わったな。これはイーリンやセシリア、それにジゼル嬢に通じるモノが有るが、ザスキア公爵程じゃない。

 辺境とは言わないがエムデン王国領内の最果て、僻地に飛ばされた貴族って訳じゃない。国境線を任せられるスプリト伯爵にして、軍事関連を任せられる人材か……

 逆に此方を値踏みする様に見られている、知らない内に扇子を取り出して自分の膝を軽く叩き始めたぞ。

 

「リーンハルト様の心配事は、自分達の行動に私達が合わせられるかですわね?」

 

「そうだ、場合によっては即開戦。この地に敵軍が攻めてくるだろうし、ロンメール殿下達を避難させる行動に合わせられるかだね」

 

「最悪の場合、連絡も無くバーリンゲン王国の行動を観察するだけで、リーンハルト様達に合わせる事が出来るか?ですが、それは可能です。

ザスキア公爵様は伝令兵の育成に力をいれてます、それに私達も連絡手段として……」

 

 ネロ嬢の言葉を纏めると、彼等の連絡手段と方法は発達している。個々の伝令兵の精度は高い、その他に狼煙(のろし)による連絡方法だ。

 単純な内容じゃない、しかも文面と狼煙の組合せは完全にランダムだ。日にちと暗号表を組合せているので、同じ狼煙でも毎日意味が違う。

 国境線を挟むソレスト荒野は幅が3㎞、長さは10㎞に及ぶ平地だ。見晴らしも良く天候も雨は少ない、狼煙を上げるには最適だ。悪天候時は鏡による反射を利用する、夜間は焚き火による光を利用する。

 

 人工の灯りが無い荒野では、僅かな光でも余裕で3㎞先まで届く。焚き火の裏側を黒い幕で覆えば、バーリンゲン王国側には分からない。これで連絡方法の精度と運用の高さは理解した。

 因みに防衛軍の陣容だが、基本的に三つの砦に常時二百人が詰めている。そして迎撃要員の移動には多数の馬車を利用、10㎞の範囲をカバーしている。

 それらにザスキア公爵の私兵軍千人とエムデン王国第四軍二千人を合わせれば何とか対応出来るだろう。だが第四軍は僕が指揮杖を預かっている、故にスプリト伯爵とネロ殿に命令権は無い。

 

「リーンハルト様、暗号関連の内容については私が理解していますので大丈夫です」

 

「そうですか……では第四軍には、僕の方から有事の際には協力する様に指示しておきます。さて、明日も早いですから終わりにしましょう」

 

 ザスキア公爵の縁者のイーリンが暗号関連を理解しているなら大丈夫だな。何かを聞きたがるネロ殿を残して応接室から客室に帰る、明日からが敵地に乗り込む本番だ。

 今夜はゆっくり暖かい布団にくるまれて寝たい、ネロ殿の質問責めは嫌なんだ。引き止めたかったネロ殿をスプリト伯爵が止めてくれたので助かった、本当にありがとう……

 




日刊ランキング三位有難う御座います。

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