古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第534話

 エムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト卿をお茶会に招いた。今の状況で一人で王女に招かれる、他国は私達に何らかの繋がりが有ると疑うだろう。

 実際に勧誘するつもりだったけど、またはぐらかされたわ。しかも人物鑑定のギフトを見破った、モルベーヌがドジったのかしら?

 高位魔術師なら気付くって言っていたけど、我が国の宮廷魔術師筆頭にも気付かれなかったわよ。やはりモルベーヌが失敗したのね、しょうがない子だわ。一番大事な相手に対して失敗するなんて……

 

「モルベーヌ、貴女が失敗するなんて珍しいわね?」

 

 パゥルム姉様も不機嫌だわ、肝心な話をする前にバレて交渉を一方的に切られた訳だから当然よね。何かしら罰が必要かしら?

 でも珍しく反抗的よね、自分は失敗していませんって事なの?彼女は他人の思考を読むから、私が言葉にする前に叱責されるのが分かるし……

 彼女のレアギフトを知るのは私とパゥルム姉様だけ、この子の存在がパゥルム姉様の切り札であり最大の秘密。無暗に罰せられないけど、私のささくれた気持ちが納得しない。

 

「いえ、何時も通りにギフトを発動させました。でも僅かな時間で気付かれたのです、直ぐにイメージなのですが心の中に高い城壁が築かれました」

 

「最初から人物鑑定のギフトの対策を知っていたって事かしら?」

 

 パゥルム姉様の言葉に、モルベーヌが頷いた。つまりリーンハルト卿は人物鑑定のギフト持ち?有り得ない、既に空間創造のレアギフトを持っている。

 二つもレアギフトを持っているなど有り得ない、それこそ神に愛されていなければ無理だわ。普通に考えれば、身近に人物鑑定のギフト持ちが居て対策を施されている。

 つまりエムデン王国にもモルベーヌと同じ人物鑑定のギフト持ちが居て、同じ様に国家に仕えている。だが高位魔術師はギフトを使わせないが正解かしら?

 

「それで、僅かに読めた内容は何かしら?」

 

「はい、ミッテルト王女のお誘いに対してですが……可愛いがあざとい、コレって……だけです。多分ですが、コレっての後に防壁を築かれたので読めたのは数秒です」

 

 あら?好感触じゃない。王女からダンスのお誘いを受けて、不安そうな振りをした私に対しての感情が可愛いって!

 

 まぁ、あざといは自分でも理解してるから仕方無いわ。でも悪感情は無いのね、レンジュ殿など『悪いな、好みじゃないぜ』だったらしいし。

 今思い出してもムカムカするわ!パゥルム姉様など『年増は呼んでないぜ』だったそうだし。オルフェイスは『美味そうな女だな、コレにするぜ』だった。色情魔め、オルフェイスには成人するまで触らせないわよ!

 

「パゥルム姉様、リーンハルト卿は私に悪感情を持っていませんわ。上手く誑(たら)し込めば、私達の味方になってくれます」

 

 ロイヤルプリンセスパワーで骨抜きにしてあげるわ、他国とは言え王女を娶るとなれば自慢出来るでしょう。

 

「結婚式の後の舞踏会が勝負ね、上手く貴女を誘って踊ってくれたなら…ダンス終了後に直ぐに婚約発表をするわよ。悪いけど代々我が国に伝わるローカルなしきたりだから、王女の貴女は逆らえないわよ」

 

「はい、結婚式の後の舞踏会で踊る相手は伴侶か結婚する相手のみですから。私は自国のしきたりを守り、リーンハルト卿と結婚します」

 

 パゥルム姉様の黒い笑みは本当に怖いわ、国の財政を担う様になってから急速に腹黒くなっていった。パゥルム姉様には苦労ばかり掛けている、良い結婚相手が居れば良いけど周囲は滓(かす)ばかり。

 私がリーンハルト卿と結婚すれば、エムデン王国と繋がりが出来る。ウチの国は滓(かす)ばかりだけど、大国であるエムデン王国ならば有能で若くハンサムで金持ちな独身貴族が居る筈よね?

 リーンハルト卿に条件に見合う独身貴族を紹介して貰えば良いわね、これでパゥルム姉様にも春が訪れるわ!

 

 そしてエムデン王国の助力を得たなら、ウルム王国とは縁を切るわ。オルフェイスとの結婚は破談よ、レンジュ殿とは離婚します。若くして再婚になるけど、今度は本当に好きな相手と結婚させてあげたい。

 でも本当に上手く行くかしら?何か見落としが有りそうな気がするのよ、私に対して優しい対応をしてくれるけど本当は違う様な……

 その僅かな違和感を確認する為に呼んだ、モルベーヌは人物鑑定のギフトを使い失敗したわ。つまり本心は僅かしか分からなかった。でも色々とやらかしている私を可愛いと思ったのだから、悪感情は無いのよね。深く考え過ぎかしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 パゥルム王女に呼ばれたお茶会を何とか問題無く終わらせた、変な言質も取られず相手に心理的な貸しも作れた筈だ。

 お茶会に呼んだ他国の重鎮の思考を許可無くギフトで読むとか敵対行動に近い行為だが、無闇に責めると貴重なギフト持ちが罰せられてしまう。

 貸しを作ったとはギフト持ちの彼女に対してだ、立場を考えれば問答無用で切り捨てても……は無理だな、人物鑑定のギフト持ちだと周囲に証明が出来ない。

 

 部屋の外に控えていた侍女が無言で頭を下げた後で、僕に与えられた部屋に案内してくれる。来た道順と違うのは王宮の構造と配置を知られない為の用心だな、内装が同じだから一人だと迷う。

 我々には分からない目印が有るんだ、例えば壁に彫られたレリーフが区画を示していたりする。この双頭の獅子の頭の向きに意味が有りそうだ、既に幾つかのパターンを見たし。

 双頭の向き、ポーズ、胸に刻まれたエンブレムと数字、この辺に秘密が有りそうだが短時間で解析は無理か……

 

 む、前方に修道服を来た僧侶が三人と服装から判断して司祭様が居る。未だ距離が有るのに司祭と視線が会うって事は、僕に何らかの用事が有るのだろうか?

 

「これは、リーンハルト卿ですね。初めてお目にかかります、私はシモンズと申します。モア教に仕える司祭です」

 

 痩せているし目の下の隈も酷い、疲労困憊って感じだぞ。六十歳以上だとは聞いていたが、見た目は更に二十歳は老けて見える。

 だが身体全体から温和な雰囲気を感じる、片手に持つ杖に力が入っているのが気になるな。体力が低下しているのだろうか?

 

「リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです、高名なシモンズ司祭に会えて嬉しく思います」

 

 立ち止まり深々と頭を下げる、敬虔なるモア教徒だから身分に関係無く礼儀は必要だ。そして事前調査により、シモンズ司祭の事は知っている。

 慈悲深く清廉潔白な司祭であり、僕が懇意にしているニクラス司祭の評価も高い。バーリンゲン王国でのモア教の最高責任者でもある、一つ上の司教は居ない。

 何故ならバーリンゲン王国は多民族国家だから宗教が多岐に渡る、モア教の総本山も司教クラスを送り込む程は重要視していないんだ。

 

 確かシモンズ司祭の下に何人かの助祭が居るだけで、モア教の教会も数が少なかった筈だ。一応は最大派閥であり、国民の六割はモア教徒だが……

 モア教は人間至上主義じゃない、他の宗教も受け入れる寛容さが有る。でもバーリンゲン王国の貴族階級は、人間至上主義者が多く大変らしい。

 モア教徒だと言いながら教義に反する差別をする連中だ、シモンズ司祭の苦労は相当なモノだと思う。多分だが頭髪が薄いのも、痩せているのも、体力が弱っているのも……

 

「噂はニクラスから聞いてます。勿論ですが良い噂の方ですよ、貴方は理想的な教徒であり私達の誇りでも有ります」

 

 そう言って十字を切って額に十字架を当ててくれた、でも理想的な教徒って何だろうか?寄付金が多いとか?

 

「ふむ、身に覚えが無さそうな顔ですな。貴方に救われた教徒達は多い、旧クリストハルト侯爵領の領民を助けた事や、不幸な女性達をトラピス修道院に預けた事は、院長であるマリアからも聞いていますよ」

 

「あれは王命であり僕に課せられた義務です、強い権力を持つ者が行わなければならない当然の義務なんです。誉められる事では有りません」

 

 シモンズ司祭との会話に集中し過ぎて周囲に気を配るのを怠ってしまった、後ろに控える修道女達はキラキラした目を僕に向けているが案内役の侍女は無表情で待っている。

 それに話題もモア教の誇りとか理想的な教徒とか変な方向に向かっている、一度別れて後日改めて面会に行った方が良いだろう。

 廊下で立ち話にしては長いし、そもそも他国の王宮内だ。不用意な行動と取られたら、双方が不利益を被る。

 

「廊下で立ち話も……」

 

「おお、そうですな。もう少し話したいので大聖堂に行きませんかな?老人の暇潰しに付き合って下され」

 

 ん?暇潰し?目の下に隈を作るほどに疲労困憊なのにか?いや、何かしらの話が有るのだろう。侍女の前では出来ない話が……

 モア教の教徒である僕に断る選択肢は無い。それにニクラス司祭が信用するに値すると評した彼が、変な話を持ち掛けたりはしないだろう。

 バーリンゲン王国の関係者の前では出来ない話、少し焦臭(きなくさ)いが話を聞くか……

 

「僕も夕食までは暇なので、お邪魔しても宜しいのでしょうか?荘厳な大聖堂を結婚式の前に見れるとは嬉しいです」

 

 外交用の笑顔を浮かべて了承する。修道女達も嬉しそうなのは、シモンズ司祭の抱えている問題が解決出来ると思っているんだろう。

 

「案内役の貴女には悪いが、シモンズ司祭と少し雑談するから案内は此処迄で大丈夫ですよ」

 

 特に表情も変えずに黙って深々と頭を下げたか……彼女の動きはクリスに通じるモノが有る。つまりは王族の影の護衛だ、小国とは言え人材には恵まれているのか。

 こんな多民族国家を纏めているのだから無能じゃないよな、だが蝙蝠外交でフラフラするのは認められないんだよ。

 一方的にエムデン王国の理由を突き付けて悪いとは思う、だが敵対するなら容赦はしないよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕等が見えなくなる迄、その場で頭を下げていた侍女の気配を確認しながら大聖堂に向かう。尾行とかは無さそうだが、上層部に報告は行ったと考えておくか……

 王宮内部の一角に建つ大聖堂は、清廉潔白で清貧を重んじるモア教らしく華美な装飾は一切無い。無骨な石組みの外観、飾り気の無い扉、唯一の豪華な装飾はステンドグラス位だろうか?

 シモンズ司祭自らが正面の扉を開けて僕を中に招いてくれたので、一礼してから大聖堂の中に入る。

 

「広いですね……この静謐(せいひつ)な雰囲気は好きです、静かで安らかで……華美じゃない所も自分には合っています」

 

「神の住まう家だからと、やたらに豪華にするのは間違いです。モアの神は清貧を好みます、それを理解しない連中が多い。王宮内部に貧しい建物など不要だとか、嘆かわしい事を言う者も居るのです」

 

 困り顔のシモンズ司祭の気持ちは分かる、エムデン王国の王宮内部にも当然だが大聖堂は有る。無駄な装飾は無いが全て黒御影石で組み上げたので、見た目は地味だが価値は高い。

 アウレール王も王族の結婚式を挙げる大聖堂を建てるのに苦労したと言っていた、地味に上品に高価に……

 

「教義に反する事では有りますが、他国の重鎮を招くともなれば仕方無い一面も有ります。僕も国政の一部を担う様になってから考え始めた事ですが……」

 

 祭壇に祀られたモアの女神像の前に跪いて祈りを捧げる、白亜な女神像は古代の高名な土属性魔術師が製作した物だ。悪いが此処に祀られている女神像は少し小さいし質も、それなりだな……

 モア教も優先順位を付ける、バーリンゲン王国はモア教にとっては優先度は低い。だが女神像の数には限りが有る、近年に作られた物じゃないだけマシだろう。

 因みにニクラス司祭は数百年前に作られた女神像を教会に祀っている、彼が若い頃から熱心に信仰を捧げた女神像だ。あの女神像を継承するのは誰になるのだろうか?

 

「そうですな、国家の威信を示さねばならない。だが女神像を金色に塗れなどと言われても、その要求は飲めません」

 

 金色?モアの神を成金趣味丸出しの金色に塗るだと!クリストハルト侯爵の屋敷じゃないんだから、信仰を集める女神像を金色に塗るなど暴挙以外に有り得ない!

 

「は?今、僕等モア教徒に喧嘩を売られた気がしましたが?」

 

「それが普通の感覚でしょうな。だが彼等は私達の教義とは合わないのでしょう。今回の結婚式も、オルフェイス王女は未成年なのです。だが彼等は私を脅して、結婚式を挙げさせ様としている」

 

 未成年なのは知っていたが……彼等って事は、バーリンゲン王国とウルム王国の両方の関係者だな。シモンズ司祭に強要するとなれば、新郎と新婦の実家だろう。

 

「シモンズ司祭、僕の助けは必要でしょうか?」

 

「結婚式自体は、オルフェイス王女も納得しているのです。私達王族は国が決めた相手に嫁ぐのですと……」

 

 未だ会っていない未成年の王女は、王族として立派な覚悟を持っているんだな。国の為に嫁ぐ、だが嫁ぐ事でエムデン王国から敵対認定されて、属国化させられる。

 何て皮肉な未来だろう、国を思い国を滅ぼすか……いや、属国化だけど言い換えれば保護国化だ。富は吸い取るが安全は保証される?

 いや、されないや。多民族国家の面倒事は自分達で何とかして貰って富だけ吸い取るんだった。だが有る程度の敵対民族は潰してあげる必要が有りそうだ、飴と鞭って奴だな。

 

「結婚式の後で、我々の身柄を保護して欲しいのです。モア教の決定事項なのですが、教義に反する事を強要する国には居られないのです」

 

「それは……」

 

 モア教がバーリンゲン王国を見放す?それって大事だぞ、だが教義に反する事を強要されたなら当然の報復処置なのだろう。

 バーリンゲン王国内で活動するモア教の僧侶達も順次引き上げるだろう、モア教は他宗教には寛大だが自身を脅かす存在には冷たい。自業自得だから仕方無いけど、シモンズ司祭の国外脱出は認められない。

 身柄を確保し軟禁する、モア教の撤退は教徒を不安にさせるし多くの慈善事業をしているのが一斉に止まる。間違い無く国中が混乱する、ならば付け入る隙も多くなる。

 

「分かりました、ロンメール様にも確認は取りますが問題は無いでしょう。助祭や修道女、神父達も纏めて保護します。ですが持ち出す荷物は少なくお願いします、脱出はなるべく素早く行いたいのです」

 

 まさかのモア教の撤退、バーリンゲン王国の苦難の旅はこれから本番だな。この混乱も利用する、悪意をウルム王国側に向けるかな。

 レンジュ殿にも被害が行くとは思うが、そこは自業自得だな。幼女愛好家の屑は滅びれば良いんだ!

 


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