古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第535話

 バーリンゲン王国の王都に乗り込んで直ぐに二つの問題にぶち当たった、パゥルム王女とミッテルト王女とのお茶会は予想通りだったが、人物鑑定のギフト持ちが居て僅かに思考を読まれた。

 これはロンメール様に直ぐに報告し、重要な話し合いの時は僕も同席する事にした。交渉相手に考えている事を知られる事は凄い不利だ。

 賭事で一方的に手札を晒している事と同じだから……だが一度見破った相手が同席してるなら、人物鑑定のギフトは使えない。その場しのぎの対策としては十分だ。

 

 もう一つは、モア教のシモンズ司祭からの保護要請だ。まさか最大派のモア教の司祭に対して、教義に反する事を強要するとか信じられない愚行だぞ。

 シモンズ司祭は総本山に連絡し指示を仰いだ結果、モア教の関係者はバーリンゲン王国から撤退する事になった。まぁ結婚式の為にバーリンゲン王国中のモア教の関係者は王宮に集まっているから保護自体は楽だ。

 だが大陸最大のモア教から見放されたとなれば、信仰心に厚い国々はバーリンゲン王国と国交断絶位はするぞ。少なくとも距離は置かれる、宗教を甘く見るのは駄目なんだ。理屈じゃないんだよ、信仰心ってヤツはさ。

 

 追い詰められた連中が正しい選択をするとは限らない、選択肢が狭められるし一発逆転とか狙うんだ。馬鹿なと思うかもしれないが、ハイリスクハイリターンしか生き残る手段が無い。

 僕も転生に関しては、分の悪い賭けは嫌いじゃないというか馬鹿をやったから分かる。良くもまぁ賭けに勝ったと思うよ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結婚式前日の懇親会と言う名の舞踏会に強制参加している、ロンメール様とキュラリス様が出席するのに護衛の僕が欠席とかは有り得ない。チェナーゼ殿も居るが、女性なのでキュラリス様を優先して貰う。男の僕ではカバー出来ない状況も有る。

 明日は慶事である結婚式、ウルム王国とバーリンゲン王国の思惑が合致した集大成……いや、滅びの始まりだな。十五年振りの国家間戦争、近年だとマゼンダ王国とルクソール帝国が大規模な武力衝突を行い休戦中だ。

 魔力砲の開発依頼の裏事情は、リズリット王妃の祖国海軍の底上げが目的だろう。勿論だが、我がエムデン王国の海軍も増強されるだろう。

 

 結構な人数が参加している、全員が腹に一物抱えている連中だ。笑顔を浮かべて会話しているが、多分に牽制や取り込み、騙し合いが含まれている。

 ロンメール様もキュラリス様を伴い各国の重鎮達と懇親しているが、要約すれば『近々大規模な戦争が起こるけど不干渉でいてね、協力するのは歓迎するが敵対すれば潰すから』だな。

 既に旧コトプス帝国領を支配下に置いている周辺諸国の中でも最大の勢力を持つ、エムデン王国に表立って敵対する国々は少ない。

 

 国賓達の集まりだけあり普通の舞踏会とは違う、年頃の淑女達はバーリンゲン王国の上級貴族の子女達だ。結婚式に呼ばれた連中で妻子を連れて来ている方々は少ない。

 ウチもロンメール様以外は単身で来ている、大臣連中は密談が主だから舞踏会には参加しない。比較的若い連中は、壁の花となっている淑女達を誘って楽しそうに踊っている。祝い事に参加しているとはいえ、気楽なモノだ……

 

 壁際に控える淑女達もハニートラップ要員なんだぞ、他国の重鎮達と縁を結ぶ為に用意された連中だ。彼女達も自分の美貌を武器に戦っている。

 ダンスを踊らない連中も懇親という会話をしながら戦っている、僕は友好国の宮廷魔術師達との懇親と情報交換だ。

 隣接しているバルト王国やデンバー帝国、海路で交易が盛んなマゼンダ王国、この三国とは上手く付き合う必要が有る。

 

「これは、リーンハルト殿。久し振りですな」

 

「ミリシャ伯爵、それにウォルト殿。ご無沙汰しています」

 

 にこやかに話し掛けて来たのは、マゼンダ王国の大臣であるミリシャ伯爵だ。三男であるウォルト殿は毎回一緒だな、彼等は港街ラツィオを領地にしていて僕の領地のローゼンクロアの港街と交易し結構な利益を出している。

 リズリット王妃からパミュラス様と御子様の援助を頼まれたが、この海路による交易で逆に黒字になっている。ライラック商会を中心に任せきりなのが心苦しいけどね……

 他にもパミュラス様の祖国であるメルメスク公国とも殆ど独占的に交易しているので利益が凄い、これはコッペリス……エリアル新男爵殿の件に対する、リズリット王妃なりの詫びなのだろう。

 

 上等な領地が齎す利益は凄い、しかも代官任せで何も領地経営の仕事をしてないのに毎月膨大な金貨が送られてくるんだ。

 普通は領地経営で四苦八苦するんだ、デオドラ男爵もそうだし、お祖父様も相当苦労していた。それこそ経営が破綻する位に借金をしてまで、領民を救う位にね。

 

「リズリット王妃から例の件の進捗状況も聞いていますよ、流石は現代最強の土属性魔術師様ですな」

 

 それは軍事機密だし、僕は公式にエムデン王国とマゼンダ王国が軍事技術の共同開発をしてるとは聞いていないんだ。

 状況判断のみの予測だったが、コレで裏が取れた。アウレール王が同席で進捗報告を聞いているから問題は無いかな。

 

「まだ運用面では未知数です、これからトライ&エラーの繰り返し。実用化には暫く時間が必要ですね」

 

 一年以内には形にすると話していたが、三ヶ月程度で試作品が完成したからな。一刻も早く海軍を増強したい、マゼンダ王国にとっては気になって仕方無いのだろう。

 曖昧な表現にしたが周囲に人が居る所では控えて欲しかった、僕とリズリット王妃が協力関係なのは周知の事実。つまり彼女の祖国であるマゼンダ王国とも繋がりが有る、ルクソール帝国の大臣が此方を注意深く見ているぞ。

 嗚呼、僕と縁が深いって対外的にアピールしているのか。良くやってくれるよ、まぁ友好的なアピールは必要だから許容範囲内と思って諦めるか。

 

 流石に結婚式の前日に問題を起こす連中は居ない、変な奴等に絡まれる事も無く終わりそうだと思っていた。舞踏会の会場の隅の方が騒がしくなって来たぞ。

 漏れ聞こえる会話から判断すると、妖狼族の代表達が来たみたいだ。ヒソヒソ話から分かる事だけでも、バーリンゲン王国の人間至上主義者の陰口が酷い。

 駄犬に獣風情、それに狂犬と異教徒ね。月の女神ルナの信奉者達だったな、『月の女神に愛されし、人と獣の申し子』か……

 

 獣人族は人間とは全くの別物って解釈をしていたが、人と獣の申し子だと混血だよな?だが彼等の血は強く、伴侶が人間でも授かる子供は全員獣人だそうだ。

 この言い伝えって色々と問題を含んでる気がする、下手をしたら人体錬成の結果で人間と狼を掛け合わせた結果とか?

 

「ふふ、馬鹿な事を考えたものだな」

 

 そんな新人類の創造とかは神の領域で、僕等が手を伸ばして良い事などない。三百年前にも普通に獣人族は存在していた、それは間違い無い。

 遠目で観察するが、陰口を叩いていた連中も嫌な笑顔を貼り付けて彼等に挨拶をしている。少数民族だが人間とは隔絶した力が有るから、軽く扱えない。差別も出来ない。

 人間至上主義者でも表面上は馬鹿な事はしないって事だけど、あからさま過ぎて獣人族達には分かっていると思うぞ。

 

 舞踏会に参加しに来た獣人族、いや妖狼族は五人。中心に居る年老いた人物が現在の部族長だろう、左右の若い男性が部族長を狙う若手実力者。後ろに控える若い女性は、部族長の娘達だろうか?

 全員が痩せ型と言うか、しなやかな筋肉の持ち主だと分かる。敏捷性に優れるのは野生の狼と同じ、金髪に浅黒い肌をして瞳は……男性は銀色だが女性は金色と性別により違いが有るのか?

 精悍な美男美女達だ、確かに言い寄る連中も居るだろう。いや、舞踏会の参加者の様子を窺うと淑女達は全員が嫌な者を見る目をしている。逆に紳士達は、紳士らしかなぬ欲情の籠もった目で見ている。

 

 これじゃ獣人族達は人間に好意的な感情など持たない、蔑みと欲望の目で見る相手と我慢して付き合うのは敵対したら長期的な目で見れば負けると理解しているからだ。

 互いが利用価値を認めて仕方無く付き合っている関係、だからこそ双方に利が有る様に誘導されて僕を暗殺しエムデン王国に戦いを挑むのか。

 まんまと旧コトプス帝国の思惑に乗せられた訳だが、優しく対応すると思うなよ。む、部族長がバーリンゲン王国の高位貴族っぽい中年と会話した後に僕を見て更に何かを話している。

 

 一瞬だけ見せた殺意、暗殺計画は妖狼族の若手実力者の暴走じゃなかったかな?何故、彼等五人が一瞬とは言え敵意の籠もった目で僕を見る?

 今回の計画は最初から予想外、想定外の事が多いな。簡単にバーリンゲン王国を属国化出来ると思っていたが甘かった、未だ誤差の内だから良いけど、これ以上のイレギュラーは止めて欲しい。

 妖狼族達が僕の方に歩いて来る、妙な迫力に押されてか他の連中が道を開けて彼等を通す。必然的に彼等を見ていた僕との間には誰も居ない空間が出来てしまった。

 

 ロンメール様とキュラリス様は少し離れた場所に居る、護衛のチェナーゼ殿に目配せしたら頷いてくれた。まさか妖狼族達が此処で何か仕掛けるとは思えないが用心は必要だ……

 妖狼族達との距離は10m、この段階で会場に居る連中が何かを感じ取ったのか僕等に注目している。ダンスを踊っている連中まで気にし始めたぞ。

 

「お初にお目に掛かる、俺は妖狼族の部族長ウルフェル。人間族的には後ろにディバム・フォン・ガーフィーが付くらしいな」

 

 軽く頭を下げるだけの挨拶、子爵が伯爵に対する礼儀としては減点だな。つまり彼等は人間の決めた爵位に重きを置いていない。序でに肉体が惰弱な魔術師に対して思うところ有り?

 最初に痩せ型と評したが間違いだ、彼等は全員が引き締まった筋肉を持っている。部族長は子爵位を与えられていると聞いた、つまり領地がディバムで本来はウルフェル・ガーフィー殿か。

 人間に与えられた名前は仕方無く名乗っているんだぞって意味だな、最初から敵意丸出しだ。殺気で皮膚がピリピリするけど、デオドラ男爵達程じゃない。

 後ろの若い男達は敵意丸出しで、女性達は殆ど無関心だな。無関心は敵意より酷い場合も有る、存在すら認めてないからだ。

 

「僕はエムデン王国宮廷魔術師第二席、リーンハルト・ローゼンクロス・フォン・バーレイです。妖狼族の方々とお会いするのは初めてです」

 

 外交用の笑顔を貼り付けて貴族的礼節に則って一礼する、敵意丸出しな相手に同じ様に敵意を表すのが正解だとは限らない。

 部族長は滲ませていた敵意を消して、女性達は僅かに関心を向けて来た。若い男達は変わらない、彼等の関係や思惑が何となく分かって来たぞ。

 部族長と女性達は自分達の放つ殺気に臆する事無く、礼儀的に対応した事に此方の評価を少し上げた。若い男達は生意気かいけ好かないって感情が足されたな、暗殺対象だし憎らしい位が丁度良いのだろう。

 

「ふむ、流石は同族を三千人以上も殺す男だな。我等の覇気にも臆さぬ胆力には感心するぞ」

 

 覇気?殺気の間違いだろ?この程度の殺気など可愛い部類だよ、伊達にエムデン王国最狂の武人達と模擬戦を繰り返していない。

 最初は嫌々だったが、今となっては凄く役立つ鍛錬だったんだなと思う。戦闘狂みたいで本当に嫌だったのだが、今は感謝しか無い。今度は極力模擬戦を受けよう。

 

「同族殺し?獣人族の方々は同族愛が強いと聞いてますから、人間達が同族で争う事は愚かしいと感じているのですね。人間は数が多い、故に味方には優しく敵には厳しくです。仕えし主が居て守るべき者達も居ます、今後もう一桁位は増えるかも知れませんね」

 

 笑顔で嫌味を言う、敵対するなら皆殺しにするぞって意味を込めた。実際に他国の重鎮に暗殺という非合法な手段を講じたなら、一族抹殺も有り得る。

 個人的な復讐心とかじゃなくて、国家としての面子の問題だ。軽く考える事など有り得ない、報復を邪魔するなら諸共処分だろうな。

 彼等は人間を甘く見ている、数の暴力や国家の面子。少数民族では有り得ない常識が有るんだ、不条理と思うけどお互い様だよ。

 

「ほぅ?それは剛毅だな。万を相手に戦うと言うのか?」

 

「戦争に勝つ。それが我等宮廷魔術師と呼ばれる人種の最低条件、相手の人数など気にする事は有りませんよ。敵対すれば倒す、そこに個人的な感情は挟まない。敵に掛ける同情や憐れみは、味方を殺す害悪でしかない」

 

 覇気(殺気)には覇気(殺気)で返す。暗殺対象の確認だったのだろうが、簡単に殺せると思うなよ。物理攻撃オンリーだと僕には通用しないと思え!

 だけど……転生前は国家の歯車に組み込まれて使い潰されて、最後は冤罪で処刑された事を恨んだのにな。今は自分から国家の歯車になる事を自ら認めている。

 父王とアウレール王の違い、共に戦った配下の魔導師団とイルメラ達守るべき人との違い、人間って同じ状況でも感情により感じ方が違うとか笑えるな。

 くくく、本当に笑える。転生後は苦難の連続だが、こんなにも楽しく感じるって凄いな。愛する人の存在って凄い、故に彼女達に危害を加える連中は……

 

「心底嬉しそうに笑った後に滲み出る殺気、リーンハルト殿は我等に通ずるモノが有るみたいですな」

 

「お互い守るべき人達が居て邪魔者は排除する、ですが言葉が通じるなら前段階で幾つか方法が有ると思いますよ」

 

 やはり暗殺計画は若手実力者の暴走じゃなくて部族長も絡んでいる、一族全てと敵対する事になるのか。何か理由が有り、それを解決すれば敵対しないで済むだろうか?

 その為に話し合いの場を設けようと遠回しに言ってみたが効果は無さそうだ、明日の結婚式以降の暗殺対策は厳重にしないと駄目か。また計画が崩れた。

 

「ふむ、そうだな。闇雲に振るう牙は野生の獣と変わらない、知恵有る者なら対話からか。だが逼迫した状況も有る、理想通りには行かぬ事も多いのだ」

 

 どう言う意味だ、その一瞬だけ見せた悲しい表情は何だ?妖狼族は追い込まれているのか?何に対してだ?

 ウルフェル殿も言葉の外に意味を持たせて来た、まさか僕の暗殺を強要させられている?最初の話だと妖狼族の待遇向上の為に、バーリンゲン王国と手を組んだ筈だぞ。

 暗殺して来たら返り討ちとか迂闊だろうか?この暗殺計画の根は深そうだぞ。リーマ卿の謀略を甘く見過ぎただろうか?

 

 妖狼族への対処だが、此方も当初の予定と変更だ。取り敢えず難易度は上がるが、暗殺を仕掛けて来たら捕まえて事情を聞くしかないな……

 


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