古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第542話

 バーリンゲン王国の第五王女オルフェイス様と、ウルム王国のシュトーム公爵の長男レンジュ様との結婚式当日の朝。

 救出した妖狼族の巫女である、ユエ殿と朝食を食べる為に向かい合って座っている。幼女形態の為に椅子の下にクッションを厚めに敷いて高さを調整しているが、凄く微笑ましい。

 実年齢は二十歳以上なのに見た目は十歳前後、用意された紅茶もミルクと砂糖を大量に入れている。僕はレモンだけにしたが、甘党の気持ちは分かる。

 

 出された料理はバーリンゲン王国特有の大きめの皿に全ての料理が乗っている、三種類のチーズにハム。パパイヤにバナナと葡萄が食べ易い様にカットされて綺麗に盛られている。

 基本的に紅茶以外は全て冷たい料理だ。来賓客は全て同じメニューで、嫌なら自分で用意する。味は良いけど、やはり温かい料理が食べたい。

 ユエ殿を見ると両手を組んで女神ルナに祈りを捧げている、多分だが食事を通じて調理人や食材の生産や捕獲した人達に感謝しているのだろう。

 

 モア教も同じ様に食事の前に感謝の祈りを捧げる、だが貴族の中では少ない。我等は選ばれた貴種だから……これも選民思想だよな。

 短くモアの神に祈りを捧げる、向かい合う二人が別々の神に祈る姿って結構不思議な光景だと思う。

 

「美味しいです。捕らわれの身の時は神獣の姿でしたから、食事も酷い物でした。ダーブスも無頓着だったので、殆ど毎日ミルク粥でした」

 

「それは酷い扱いでしたね。大切な巫女だと言うのに、扱いが適当だから攫われるのです」

 

 食事中の会話は貴族的にはマナー違反だが、平民達は食事は家族の団欒(だんらん)として会話しながら食べるんだ。

 貴族的な体制が無い妖狼族の彼等は、きっと楽しく会話しながら食事を楽しんだのだろう。

 ん?子狼形態だと、まさかスプーンとかも無くて皿から直接食べさせられた?それは失礼極まりないだろう、這いつくばって皿に口を付けて食べろと?

 

「リーンハルト様、怒りを抑えて下さい。確かに犬以下の扱いでしたが、貞操を守る為には仕方無かったのです。まさか幼女に欲情する殿方が居るとは、人間とは驚きの種族です」

 

 同族のダーブスは育つまで待つって言ったのに、人間の中には幼女大好き万々歳な連中もいる。

 それと協定を結んでいる妖狼族の巫女の扱いが酷いのは、人間至上主義の差別意識も関係しているんだ。

 酷い扱いの中で優しく接したから、ユエ殿は僕に友好的なのだろう。恥ずかしい、同じ人間として……

 

「うん、今回の結婚式も花嫁は十歳以下だ。幼女愛好家の変態共は悉(ことごと)く滅べば良いんだよ」

 

「十四歳のリーンハルト様なら、年齢の近いオルフェイス様とはお似合いですわね」

 

「政略結婚に年齢差は関係無いのですが、結婚式まで挙げるのは少々ヤリ過ぎかな。内々で結婚して挙式は成人後とか色々と方法は有るけど、今回はウルム王国との裏の軍事協定絡みですから強行したんだ」

 

 美味しそうにフルーツだけ食べている、もしかして菜食主義とか?いや、狼は肉食だし妖狼族も同じだよな?

 今回は食事中にマナー違反だが構わず聞いてみるか、食事制限が有るなら早めに聞いておかないと駄目だ。

 特に宗教絡みだと教義に反する事を強要する事になる、誤解や知らないは通用しない。

 

「ユエ殿はフルーツしか食べていませんが、何かしらの理由が有りますか?」

 

 普通はデザートとして食後に食べるフルーツを最初に食べる、やはり菜食主義か何かしらの食事制限を課されているのか?

 

「あの、フルーツが好きでして……最近はミルク粥ばかりだったので、つい先に食べてしまいました」

 

「ああ、気にしないで下さい。教義的に菜食主義なのかと思ったのです、好きなら問題無いですね。気に入ったのなら、お代わりも大丈夫ですよ」

 

 軟禁されていた期間は知らないけど毎回ミルク粥じゃ飽きるよな、僕だって前に食べたのは『静寂の鐘』の女性陣とシュタインハウスで飲んで泊まった時の朝食で食べた位だ。

 大麦をミルクで煮込んだミルク粥だったが、他にもステック状の固焼きパンや季節野菜のサラダやフルーツも出た。ミルク粥だけではヘルシー過ぎて一日の体力が保たないだろう、だから消費の少ない子狼形態だったのか?

 二日酔いの後の体調を整える為に食べるのは良いけど、三食ミルク粥は嫌だ。飽きるし耐えられない、僕は知らない内に贅沢が身に付いてしまったみたいだ。

 

「リーンハルト様はお優しいのですね、他宗教の教義にまで配慮してくれる方は初めてです」

 

 本当に嬉しそうだな、宗教界の最大派閥であるモア教の信徒である僕が、マイナーな女神ルナを信仰するユエ殿に配慮するからか?

 だけどモア教は他宗教には寛容だし、個人的な信仰は尊重するべきだと思う。勿論だが、頭には『自分に迷惑が掛からないのならば』か『味方ならば』が付くけどね。

 

「今日は色々と予定が有るので一緒には居られません。なので安全の為に僕のゴーレム、ゼクスの中に入って貰います」

 

「ゼクス?あのメイド服を着たゴーレムですね。その発想は有りませんでしたが、他人の目が無い時は出ていても宜しいでしょうか?」

 

 まぁそうだよな。トイレとかの問題も有るし中に入ったままなのは嫌だよな。その辺はイーリンとセシリアに丸投げしよう、直接的に面倒を見るのは彼女達だし。

 

「構いません。イーリンとセシリアに面倒を見て貰いますので、彼女達の言う事を聞いて下さい。あと神獣形態は駄目ですよ、姿を知られているし万が一に幼女形態になったら……分かりますよね?」

 

「私だって女性ですから、むやみやたらと全裸にはなりません!」

 

 う?怒られてしまった。だが注意は必要だったんだよ。最悪の場合、ロンメール様の同行者が全裸になるとか不祥事は駄目なんだ。

 下手したら、僕やロンメール様に幼女愛好家の疑いが掛かる。申告していない幼女を同行させていただけでも、色々と悪い噂話は作れるから。

 

「イーリンとセシリアも頼んだよ。悪いが、ユエ殿の面倒を見てくれ。念の為にツヴァイを付けるから」

 

 ゼクス達五姉妹にツヴァイが居れば大丈夫だろう。僕にはアインとドライが居れば問題無い、流石に結婚式や舞踏会で暗殺騒ぎも無いだろう。

 逆に僕以外に標的を変える可能性が高い、主に人質として確保して僕やロンメール様を誘い出すとかね。

 だから僕は、ロンメール様とキュラリス様から離れる事は極力避ける。妖狼族が喧嘩のネタに使えないし、誰か適当な相手を煽るか……

 

 ユーフィン殿との婚約の話は極力使いたくなかったが、サルカフィー殿を煽って喧嘩を売らせて買うのが簡単だ。

 後は名前は忘れたが、魔力の完全解放で絡んで来た宮廷魔術師第二席殿とか?簡単に挑発に乗るだろう、面子やプライドを刺激すれば簡単に引っ掛かる。

 うん、悪いがこの二人をターゲットにするか。僕としては第二席殿だな、模擬戦に雪崩れ込んで再起不能も有りだ。

 

「リーンハルト様?その……笑みが邪悪です、少し怖いです」

 

「ああ、申し訳無いです。僕の任務はバーリンゲン王国との開戦理由を作る事、故に今日は上品に喧嘩を売るんです」

 

「女神ルナの御神託の通りですわ。この諍いに巻き込まれたら一族は絶滅、愚かにもリーンハルト様に刃向かい滅ぼされる未来も有りました」

 

 幼女形態のユエ殿が両肩を抱いて震えているのは脅かし過ぎたんだな。巫女として大切に俗世から切り離されて育てられたんだ。

 こんな血生臭い話は嫌だろう、しかも神託で自分の種族が全滅の危機だと崇める女神ルナから言われれば相当なストレスだ。

 

「妖狼族は大丈夫でしょう。ですが早めに、ウルフェル殿には事情を説明しないと駄目でしょうね。最悪は領地を捨てて、エムデン王国領に来て貰う必要が有るかも知れません」

 

 この後、ゼクスを呼んで胴体部分にユエ殿が収まる様に改造した。出入りは頭部が外れる仕様にして、簡単に出入り自由にした。

 実年齢と真実の姿その二を知らないイーリンとセシリアは、幼女の愛らしさに態度を軟化させて面倒を見てくれるそうだ。幼女バージョンの他にも美人バージョンが有るとは教えられないな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 バーリンゲン王国の王宮内にある、モア教の大聖堂にて行われる結婚式に参加している。

 祭壇を正面にして右側がバーリンゲン王国及びウルム王国の関係者が並び、純白の布が敷かれたバージンロードを挟んで左側が各国の来賓客が並ぶ。

 各国の来賓客の中では、我がエムデン王国が最上位らしく最前列に並んでいる。バージンロード側にロンメール様、キュラリス様、そして僕の順番だ。

 

 最前列は僕等三人だけで後ろには国力の順番で並んでいる、周辺諸国で最大なのは我がエムデン王国。その最大国家に喧嘩を売る布石が、この結婚式だ。

 既に正面の祭壇には、正装したシモンズ司祭が待機している。喜びの色である薄い桃色のアルバ(ゆったりしたローブ状の祭服)に首から紫色のストラ(首から掛ける帯)を下げている。

 上級司祭しか被る事が出来ない黄金のミトラ(宝冠)に同じく黄金の司祭杖を持っている、新郎新婦が王族と公爵の実子だからだな。

 

 最上級の礼装だが、シモンズ司祭の顔色は優れない。この結婚式には反対だからだ、新婦オルフェイス王女は十歳以下の未成年。

 モア教では未成年の結婚は原則認めない、それを脅迫と言う形で強行したんだ。この暴挙により、バーリンゲン王国はモア教から見放される事になる。

 結婚式を挙げた後、シモンズ司祭と関係者は全員がエムデン王国へと避難する事になる。ウルム王国には大教主様から遺憾の意が伝えられる、破門こそされないが重い処置だ。

 

「リーンハルト殿、新郎新婦の入堂ですよ」

 

「いよいよ始まりますね。このモア教から祝福されない結婚式が……」

 

 右側新郎新婦関係者の連中の嬉しそうな顔がムカつく、二国間で血縁関係を強くし、エムデン王国を滅ぼす幻の始まりだからな。

 フルオーケストラのウェディングマーチに合わせて大聖堂の扉が開いた、新郎レンジュ殿は媒酌人と共に。新婦オルフェイス王女はブライドメイドと呼ばれる二名の介添えの侍女と共に進んでくる。

 参加者が全員起立しバージンロード側に身体を向ける、新郎は得意気に新婦は無表情に静かに歩いて来る。

 

 国の為に政略結婚を受け入れた、オルフェイス王女は真っ直ぐに祭壇を見詰めたまま歩いていたが、チラリと僕に視線を送って来た。

 会った事は無いが来賓客側最前列の三人の中で一番若い僕は分かり易いだろう、視線の意味は考えない事にする。

 パゥルム王女かミッテルト王女に何か吹き込まれているのかも知れない、悪いが味方にはなれないよ。

 

 司式者(ししきしゃ)であるシモンズ司祭が、この結婚の神聖を説く。教義に反する為に苦々しい顔だ、祝福を受ける側のレンジュ殿が不満そうだ。

 

「この婚姻が道にかなわないか否か?」

 

 シモンズ司祭の問いに無言で肯定する。異議の無い事を確認した後、シモンズ司祭はモア教の教義の一節を朗読する。

 教義の中の夫婦の務めに関する章を朗読し終えた後、長い祈祷が行われる。その後が説教だ、これを終えて漸く結婚の誓約が始まる。

 

「モアの神の定めに従い、命有る限り、固く固く節操を守り、互いを慈しむ事を誓いますか?」

 

 固く節操を守りって普段は入れない言葉だが、レンジュ殿の多情に対しての戒めか?しかも固くを二回も言ったのは未成年に手を出すな?

 

「はい、誓います!」

 

「……誓います」

 

 新郎と新婦の温度差が酷い、叫ぶ様に誓ったレンジュ殿と抑揚の無い小声で誓ったオルフェイス王女。

 来賓客の連中も何か違和感を感じたのか、ザワザワと話し声が聞こえる。最後に誓いの接吻だが……シモンズ司祭は新郎と新婦に握手をさせ、その上に自分の右手を乗せた。

 

「新郎新婦の婚姻を此処に認める」

 

 この結婚式は成立したと、シモンズ司祭が宣言した。段取りと違う進め方だったのか、レンジュ殿がシモンズ司祭に小声で文句を言っている。

 小さく首を振って文句に取り合わない、レンジュ殿はオルフェイス王女と誓いの接吻がしたかったのだろう。だがシモンズ司祭は認めなかった、夫婦の営みも成人後まで引っ張るかもな。

 元々が政略結婚自体が目的だ、レンジュ殿とオルフェイス王女の新婚生活など無くても構わない。パゥルム王女が満面の笑顔で頷き、ミッテルト王女が小さく握り拳を胸元に当てているのが証拠だな。

 

 結婚式は挙げた、だが夫婦生活は目的を達してから。つまりエムデン王国に戦争で勝つしかないが、それは不可能だ。

 不満を隠さないレンジュ殿に強引にオルフェイス王女と指輪を交換させる。これで結婚式は無事に終了した。

 バージンロードを外に向かって歩く、双子らしいフラワーガールが先導し花弁を撒いて彼等の前途を祝うが……

 

「茶番の前半劇が終了しましたね、次は舞踏会と言う後半劇です。リーンハルト殿の仕事はこれからですよ」

 

「はい、既に布石は打って有ります。どちら側に仕掛けるかは、今夜の舞踏会の状況次第ですね」

 

 祝福を装い、パゥルム王女とミッテルト王女が新婦に抱き付いて泣き出した。感動の場面だが、そのまま新郎を残して新婦を引っ張って行った。

 全く政略結婚に反対なのはわかるが、王族内でも現王と殿下達に王女達が反発してるって他国にバレたぞ。

 バーリンゲン王国の上層部が割れている、この情報を知った周辺諸国の動きには注意が必要だ。エムデン王国に靡くか、ウルム王国とバーリンゲン王国の連合軍に靡くか……

 

 やれやれ、僕の喧嘩の売り方によって日和見の周辺諸国の動きを誘導出来そうだ。政略結婚如きで、簡単にエムデン王国に勝てると思うなよ!

 

 


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