古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第545話

 バーリンゲン王国の王宮内部にある練兵場、楕円の形をしており囲む様に客席が設えてある。もはや練兵場よりは闘技場に近い、過去には剣闘士と言う奴隷を戦わせていた事も有ったらしい。

 赤土を踏み固めた地面、石造りの囲い、客席は五段も有り優に千人以上は観戦出来る構造をしている。そして広い縦50m横30mの楕円形。

 本来は国を守る兵士達の鍛錬の場所だが、今日は模擬戦と言う各国が抱える最強単一戦力同士が戦う事になる。

 

 剣闘など最悪の見世物だし奴隷制度の廃止と共に無くなったが、血に飢えた道楽者の暇人は何処にでも居るから秘密裏に行われる事も有るそうだ。そして今回はルールに則った模擬戦だから問題無い。

 客席の割付で揉めたと聞いたが、右側にバーリンゲン王国とウルム王国の関係者が固まって、左側に周辺諸国の賓客達が集まっている。

 どうも右側の観客は僕を敵視している連中が多い、隠そうともしない殺気を放つ連中が沢山居るな。ウルム王国の関係者は特にだ、僕は彼等の仲間の聖堂騎士団や一般兵士を大量に殺しているから当然だろう。

 

「さて、状況的には困った程でも無いけれど……」

 

 この程度の殺気など生易しいレベルだぞ、転生前は滅ぼした国家の領民達全員から恨まれたんだ。まだまだ全然生易しいレベルだ。

 客席に視線を送れば、同じ宮廷魔術師第二席のペチェット殿とグリルビークス殿が並んで座っているが何時の間に仲良くなったんだ?

 敵の敵は味方理論か?お互いに僕の事は大嫌いだから打ち解けたんだな、共通の話題も多かっただろう。愚痴や文句を言える友人は得難いものだ、それが泥船の友情でもね。

 

 先に練兵場の中心へと歩いて行く、敵意の他には値踏みの視線が多い。魔牛族のミルフィナ殿を見付けた時は驚いた、見目麗しい同族の淑女と三人で最前列で観戦している。獣人族なのに最前列の席を確保出来たのか、思ったよりも優遇されてるのか?

 だが周囲には若い貴族が群れていて好色な視線を隠そうともせずに送っている、アレじゃ人間に不信感を抱くのは当然だよ。

 敵対する意志もないので軽く手を振れば、笑顔を添えて手を振り返してくれた。両隣の二人の女性も驚いていた、あの二人は僕に友好的な訳じゃないんだな。

 

 ミルフィナ殿が耳元で何かを囁いたら、驚いた後に笑顔を添えて手を振ってくれた。お陰で会場の男性貴族全員から敵視された、何を言ったんだ?

 視線を周辺諸国側の観客席に向ける、外交用の笑顔を貼り付けた各国の賓客達が居る。僕の能力調査は最優先だろう、噂が荒唐無稽なレベルだから。

 単独で二千人の兵士が守るハイゼルン砦を攻略、ジウ大将軍率いるウルム王国の五千人の軍勢を二回も退ける。その時に五百人の聖堂騎士団を僅かな時間で壊滅させた。

 

 更にドラゴン種を合計で二百体近くも単独で倒している、どれだけ話が盛られてるのか普通なら疑うレベルの成果だよ。うん、自分で考えても胡散臭い。

 だが王命だから虚偽の報告は許されない、そして結果は確かに存在するが単独でって所が疑問なのだろう。

 誰か他に協力者が居たのではないか?本当に一人で達成した実力が有るのか?この模擬戦は、そんな彼等の疑問を無くしエムデン王国に敵対しないと思わせる(脅す)為のもの。

 

 強大な力を持つ宮廷魔術師を擁するエムデン王国に、ウルム王国とバーリンゲン王国が挑むが馬鹿な判断はするなよって警告を暗に含んでいる。

 それと敵戦力の間引きもしたい、どうやって引き擦り出すかな……チラリとペチェット殿とグリルビークス殿を見る、睨んだ後に二人で仲良く内緒話とは気持ち悪いぞ。

 あの二人、何か仕掛けて来そうだから企みに乗ってやるか、逆に此方から仕掛けるか……む、対戦相手の登場か……オィオィ、いくらなんでもソレはないだろ?

 

「フローラ殿?」

 

 ゆっくりとしか動けない彼女に近付いて話し掛ける、距離は10mも離れていない。

 

「リーンハルト殿、笑いたければ笑って下さい。いや、もう本当に笑って良いです、私も自分が情けなくて笑いたいのですから……」

 

 瞳に宿る光が無いだけじゃなくて、虚ろな表情が足された?

 

 コレって悪意有る上役から強制的に着させられたんだよな?パゥルム王女とミッテルト王女には釘を刺したのに、未だ重装備の足枷ドレスアップを止めなかったのか。

 しかも更に豪華になってる、金糸銀糸で刺繍され宝石が散りばめられているのは未だ良い。ペチコートで広げられたスカートは戦闘向きじゃない、あんなのじゃ普通に動けないだろ?

 元々可愛い系の淑女だから観客席からの声援も美辞麗句が多いけどハンデを理解してるのか?普通に歩く事さえ苦労している、舞踏会じゃないんだぞ。

 晩餐会や舞踏会でも珍しい様なドレスに高価な装飾品を大量に身に付けているけど、模擬戦だから汚れたり壊れたりするよ。壊したら誰が弁償するの?国宝級を壊したとか、僕に請求するのか?

 

「その、フローラ殿の美しさは十分に理解しましたから……時間を置いて着替えてから再戦にしましょう。良いモノを見せてくれたので、観客も文句は言わないでしょうし、誰にも文句は言わせませんよ」

 

 流石に駄目だろ、僕の方が駄目だ。豪華絢爛にドレスアップした淑女と戦う?向こうから仕掛けて来た罠だが、貴族連中からすれば僕を叩ける良い材料になる。

 エムデン王国としても不味い、貴族は紳士たれ!って建て前に真っ向から喧嘩を売る事になるんだぞ、いくら模擬戦とは言え最悪だな。

 これを仕込んだ奴は相当な切れ者で嫌な奴だ、能力的には圧倒してるが戦って負かせるには問題が多過ぎる。もう僕の戦う気力は半分以下だぞ。

 

「私からの棄権は許可されていないのです、一思いにヤッて下さい」

 

 上を向いて目を閉じた、一撃食らって負ける気か?だがその瞼から溢れる涙を見てしまっては……

 これで僕が無抵抗の彼女を攻撃すれば、勝負には勝てるが体面は丸潰れだ。バーリンゲン王国は負けても傷付かず、エムデン王国は勝っても傷付く。

 実際に見ている連中は誤解しないが、噂話として広まれば事実と違う内容で広まるだろう。いや、広めるな。そしてエムデン王国には悪い評判が……

 

「バーリンゲン王国の宮廷魔術師達よ!フローラ殿を辱めて楽しいか?貴様等に欠片程の羞恥心が有るなら直接掛かって来い、卑怯者共に宮廷魔術師を名乗る資格など無い。纏めて面倒を見てやるぞ!」

 

 もはや挑発するしかない、有耶無耶にして模擬戦自体を壊すしか手が思い付かない。どうみても見世物以下の模擬戦に成り下がっている、まるで子供の喧嘩だな。

 着飾って模擬戦に挑まされたフローラ殿も評判が下がる、つまり王女派の彼女の失脚も込みか?ミッテルト王女の配下の彼女に命令を聞かせられる連中は少ない筈だ。

 そして準備万端とばかりにフル装備で立ち上がった四人の魔術師、彼等が国王と殿下達の派閥の宮廷魔術師で間違い無いな。若手が多いのは何処も人材不足か……

 

「リーンハルト卿、我等を愚弄するか!その女は自らの意志で、その場に居るのだぞ」

 

「そうだ、彼女の意志を尊重せずに我等を愚弄するとは呆れた男だな」

 

 向こうの企みに乗った形になったか……どうやらフローラ殿の姿に文句を言われるのは想定内、その対処に用意された連中が四人。四人なら僕に勝てると思ったのなら間違いだぞ。

 しかも彼女の意志とか建て前を喚いている、自分達の正当性を強調しているんだ。フローラ殿が泣いていても彼女はバーリンゲン王国の意向には逆らえない、つまり否定はしない……追い込まれたかな?

 ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべて自分達の勝ちを確信してるのだろうが、せめて憤慨する位の演技はしろよ。大根役者ばかりじゃ興醒めだぞ。

 

「どうやらバーリンゲン王国の宮廷魔術師の男共には躾が必要みたいですね。ペチェット殿、貴方もロンメール様に敵意溢れた魔力を放出し威嚇した。その場で引き返し宣戦布告しても良かったのだが、結婚式と言う祝い事の為に我慢したのですよ。

それを茶番劇まで仕込む悪辣さで、僕と一対一の戦いを避ける狡猾さ。その企みに乗ってあげましょう、四人で足りますか?不安ならグリルビークス殿も一緒でも構いませんよ、寧ろ一緒に掛かって来い。纏めて叩き潰してやる!」

 

 長い啖呵を言い切った!フローラ殿は展開に付いて行けずにオロオロし、ペチェット殿は自分の悪行をバラされて慌てている。

 小さな事も積み重ねれば大きな理由になる、これで口撃は互角に戻せた。どちらに正当性が有るかは水掛け論的に微妙だが、後は多対一の戦いに持ち込み数の暴力を非難する。

 

「な?貴様、それは手打ちにした筈だぞ」

 

「他国の王族の一行に噛み付く駄犬め、躾が必要だと理解した。全力で掛かって来い、貴方はロンメール様に対して牙を剥いた愚か者。よって僕が重い躾を行う、覚悟しろ」

 

 さて思いっ切り強引だが、もう引き返せない。この流れで押すしか今の僕には考えられない、多分だがザスキア公爵やジゼル嬢は不合格だと怒るだろう。

 怒り狂ったペチェット殿達が練兵場に駈け降りて来る、グリルビークス殿も一緒とは相当仲良くなったのか?だが向こうも合法的に僕と有利な条件で戦いたかった、だから茶番劇を仕掛けた。

 その愚か過ぎる企みに乗ってやるよ、喜び咽(むせ)び泣いて詫びろ。お前達に慈悲は無い、悪意には悪意を返す。だが更なる建て前は必要、正当性は言った者勝ちで勝てば官軍。

 

「練兵場にお集まりの皆様!大変申し訳有りませんが、ここは僕の意地を貫かせて頂きます。淑女に対する仕打ち、仕えし我が主に対する度重なる無礼。もはや我慢の限界なのです」

 

 両手を広げて観衆に自分の正当性を訴える、こんなモノは言った者勝ちだ。周辺諸国の賓客達がザワザワと周囲と小声で話し合っている、だが非難も止めようともしない。

 ロンメール様がニヤリと笑い頷いている、この場当たり的な対応に一応の許可をくれた。もう止まらないし、止められない。馬鹿な行動だが、僕に考えられるのはコレが限界。

 ペチェット殿達五人が真っ赤な顔をして向かい側に並んだ、僕を貶める罠を仕掛けたのに逆ギレされた上に言い掛かりを付けられたからだ。予想外の事に正常な判断が出来ないのだろう。

 

「名乗りの時間くらいは差し上げましょう。なんなら詠唱を始めても構いません、精々足掻いて自分達の悪行を反省なさい」

 

「貴様!栄光のバーリンゲン王国宮廷魔術師第二席から第五席、火属性魔術師の我等を愚弄したな。燃やし尽くしてやるぞ!」

 

「ウルム王国にまで喧嘩を売るとは愚かな子供だな。良かろう、友好国たるバーリンゲン王国の為に一肌脱ごう」

 

 いや文句じゃなくて名乗れよ、多分だが多対一の戦いは既に打ち合わせ済みなのだろう。ペチェット殿を中心に扇状に広がった、射線が被らない十字砲火陣形。

 五人共に高位の火属性魔術師達、だが最前線で戦った事は無さそうだ。今回は護衛が居ないんだぞ、お前達を殺す意志の有る敵が20m先に居るんだぞ。

 ウルム王国もバーリンゲン王国も引けない所まで来ている、旧コトプス帝国の時と同じ流れとは呆れる。

 

「フローラ殿は練兵場の外へ、巻き添えを食らいますよ」

 

「リーンハルト殿、私は……私はですね!」

 

 嗚呼、泣かせてしまった。これで戦争待った無しになった、原因は自分だと思っているんだ。自分さえ我慢すれば戦争は回避出来たと……

 だが無理なんだよ、三国が戦争を望んで理由を探してたんだ。だから僕の拙い挑発に乗った、貴女が何をしても無駄だった。

 最低だな。僕は自国の利益の為に、フローラ殿を泣かせた男だ。それが国益を守る宮廷魔術師と言う暴力装置の任務であり、僕も望んだ展開なんだよ。

 

「僕はフローラ殿との模擬戦を純粋に楽しみにしていました。その場に自国の利益をねじ込んで来た馬鹿共の思惑に乗ってあげるのです、直ぐに片付けますから下がって下さい」

 

 フローラ殿の両肩を掴んで後ろに向かせて押し出す、心許ないノロノロ歩きで僕から離れて行く。彼女は状況を正確に理解していない、絶賛混乱中だろう。

 前を向けば血走った目で僕を見る連中が居る、既に詠唱を始めている。完全に殺る気だな、面白い。単純な力押しで僕を倒せると思うなよ!

 

 右手を水平にして拳を握り締めてから親指を上に突き出す。

 

「そろそろ始めましょう、準備は万端か?」

 

 そのまま勢い良く立てた親指を下に向ける。

 

 この挑発に対戦相手がキレた、高貴なる貴族様に向ける動作じゃないからな。相当頭に来た筈だ、挑発に乗り怒りで魔法制御が乱れてるぞ。

 流石は最年長のグリルビークス殿だな、怒りで制御は乱れたが威力は上がった。感情に左右され易い、典型的な火属性魔術師か……

 

「愚かな自分に泣き喚いて、惨めに負けろ!」

 

「貴様!塵も残さず焼き尽くす」

 

「暴虐の白熱線に晒されて爆死しろ」

 

「我が一撃は全てを灰燼に帰す」

 

「我等の繁栄の礎(いしずえ)となれ」

 

「くたばれ、小僧!」

 

 最後のグリルビークスは本音が駄々漏れだな、そんなに殺したいほど僕が憎いか?

 構えた杖の先に眩い光球が集まる、全員がサンアローか。ビッグバンは周囲を巻き込むから選択出来無い、そして僕の後方は無人だから直線攻撃を選ぶしかない。

 練兵場は壊れるが遠慮無く全力で攻撃出来る、この為の席順で時間が掛かったか。僕の正面には観客が居る、怪我でもさせたら国家間問題に発展する。この観客の配置も巧妙な嫌がらせだな、僕に不利な配置だし……まぁ関係無いけどね。

 

「クリエイトゴーレム!ゴーレムルークよ、叩き潰せ!」

 

 彼等の5m手前に全長8mのゴーレムルークを数秒で錬金、驚く連中に向かい巨大雷光を大上段に構えて……振り下ろす!

 瞬間的に詠唱を止めて魔法障壁に張り替えたが、雷光は物理攻撃と共に雷撃も与えるんだ。魔法障壁と雷撃がせめぎ合い、紫電が練兵場の床に走る。

 バキンと硝子が砕ける様な音が響き、五人の魔法障壁が砕けた。ファティ殿の古代樹の結界防御も抜いた一撃だぞ、人間の魔術師の魔法障壁になど押し負けるもんか!

 

 




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