古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第546話

 我がバーリンゲン王国の誇る宮廷魔術師上位陣四人とオマケ一人が一瞬で全滅?定数を揃える為に若干の選定基準を下げはしたけど、たった一人に対して全滅?

 リーンハルト殿を囲んで万全の包囲陣の五人が一斉にサンアローを撃ち込もうと準備していたのに、僅か数秒で巨大なゴーレムを錬金されて負かされたわ。

 高位魔術師の魔法障壁は強固な筈なのに、硝子みたいに簡単に一撃で砕けた……そして周囲の地面に紫色の稲妻が走ったわ。中遠距離攻撃しか出来ない彼等が、練兵場と言う狭い空間で戦うには最初から無理が有ったのね。

 

 情報によれば、リーンハルト殿のゴーレム制御範囲は半径500m。サンアローの有効射程距離は精々150m、相手は三倍以上の攻撃範囲を持つ。実戦でも見つかれば負ける、護衛を用意しても数百体のゴーレムには勝てない。

 しかも雷撃は僅かな高位風属性魔術師しか使えない、リーンハルト殿は土属性だけを扱うゴーレム特化魔術師と聞いていたのに誤報だったの?二属性持ち、しかも両方共に高位魔法を使えるとは驚きを通り越して呆れたわ。

 予想よりも桁外れに強い、だけどリーンハルト殿よりも更に強いのが、エムデン王国宮廷魔術師筆頭サリアリス殿。この二人を敵に回して勝てる国が有るの?

 

「パゥルム姉様、ウチの宮廷魔術師達が無様に負けてしまったわ」

 

「そうね……殺されはしなかったけれども、無様に命乞いをしているわね。ペチェットは恐怖で腰が抜けたみたいだわ、座り込んでしまってるわよ。情けない、普段あれだけ威張り散らしているのに……」

 

 確かに恐怖を貼り付けた顔をして、ズリズリと後ろに下がっているわね。恥ずかしい、アレが若手ナンバーワンで社交界で人気の男だとは呆れてしまうわ。三十歳過ぎなのに半分以下の年齢のリーンハルト殿に負けるなんて。

 父王と兄上達の思惑は潰えたわね、最大の障害となるリーンハルト殿を二度も始末し損ねたわ。そしてエムデン王国は、バーリンゲン王国に正当性を持って宣戦布告が出来る。

 何とかリーンハルト殿を味方に引き込もうと計画していたのに、今夜の舞踏会に出席して貰わないと駄目なのに、亡国の危機が待った無しで迫ってくる。

 

「私達の努力が、全てが水の泡と消えたわ」

 

 色々と準備していたのに、全く無意味になり果てたわ。強く握り締めた手が痛い、爪が皮膚に刺さったみたい。この苛立ちを誰に向ければ良いのかしら?

 あの二回の爆発襲撃犯も捕らえてないし、八つ当たりの相手が居ないわ。フローラは駄目、逆に私が謝らなくては駄目。ペチェットや無様に負けた連中もマドックスの爺が五月蝿い。何が国防に必要な人材だ、無様に負けたじゃないか!

 グリルビークス?パゥルム姉様に色目を使いながら無様に負けやがって!ペチェットも良い縁談では有りませんかと勧めた癖に、何の役にも立たない屑じゃない!

 

「ミッテルト、リーンハルト殿に謝罪に行くわよ。もう例のプランを進めるしかないわ、それも急いで……今晩にでも実行するわよ」

 

 例のプラン?でも、それを実行するのは今はタイミングが悪いわ。各国の賓客達が居るのよ、下手に巻き込んでも情報を掴まれても駄目だと思うのだけど……

 

「パゥルム姉様が謝罪?駄目よ、第三王女が他国の目の有る中で謝罪なんて、絶対に駄目よ!」

 

 大国の宮廷魔術師相手とはいえ、王族が頭を下げるなど有り得ない。周辺諸国が、パゥルム姉様の事を卑屈で男に媚びる最低な女だと思ってしまう。

 そんな事は許されない、許さない。何故そんな悲劇が、自国の為に苦労に苦労を重ねたパゥルム姉様に降りかかるのよ。納得なんて出来る訳ないわ!

 

「嫌よ、嫌だわ!パゥルム姉様の評価が落ちるなんて認められない、責任を取るのは無様に負けた連中よ。そうだわ、奴等全員の首を切って詫びれば良いのよ」

 

 あの五人を処刑して、序でにレンジュも始末してウルム王国に送り付ければ良いのよ。手切れの証としてなら最高よね、それでエムデン王国に同盟を申し込めば成功するわ。

 エムデン王国はウルム王国と旧コトプス帝国の残党と戦うから、後方支援は必要な筈だから悪い申し入れじゃない。

 バーリンゲン王国も蝙蝠(こうもり)外交なんかしないで、エムデン王国と協力体制を築くと宣言すれば良い。ウルム王国に勝てば、エムデン王国の評判は上がる。

 

 その威と協力を得られれば、バーリンゲン王国は国内を纏める事が出来るわ。私とリーンハルト殿が結婚すれば、本人が国内の反乱分子の鎮圧に力を貸してくれる筈よ。

 嫁の祖国に協力するのは旦那様の義務だし、バーリンゲン王国の情勢不安は、お互いにデメリットしかない。大丈夫、いけるわ!

 

「駄目よ。リーンハルト殿は最初はバーリンゲン王国に配慮していたけど、度重なる不義理な行動に本気で怒ってるわ。彼は一人でも我が国に喧嘩を売れるだけの実力が有ったのに、賓客として呼ばれた立場故に自重していたのよ。

そのリーンハルト殿に対して、私達は挑発行為を繰り返したの。もう我慢の限界、でもフローラには配慮したのは……」

 

 確かにそうね。憎い敵国の宮廷魔術師など排除の対象なのに、話す時に優しい笑顔まで浮かべているのは……

 

「リーンハルト殿はフローラが欲しい?やはり出来は良くても、殿方は皆同じく女好き?」

 

「違うわ。一国に対して喧嘩を売る程に怒っていても、礼節は忘れてないのよ。フローラだけが、リーンハルト殿に対して誠意を見せていたわ。あの子、最初は無抵抗で負ける気だったのよ。だからその仕打ちにキレたのが、今の状況ね」

 

 だから誠意を見せる為に、パゥルム姉様が多数の目の有る中で謝罪する。確かに一国の王女が体面や面子を潰してまで謝罪すれば、最高の誠意だとは思うわ。思うけど……

 冷静になる為に深呼吸を繰り返す、もう時間は殆ど無いわ。周囲の状況を見回して確かめる……あれは、ロンメール殿下の態度が落ち着き過ぎてないかしら?

 臣下が勝手にバーリンゲン王国に喧嘩を売ったのに、態度が余裕過ぎる。側室のキュラリス殿も同じだわ、少なくともキュラリス殿は状況を理解すれば慌てたり不安になる筈よね。

 

 周囲の警護する連中も同じだわ、全く慌てていないし不安すら感じてない。あの噂の自立行動型ゴーレムが護衛に配置されてるから安心とか?

 違うわ、この事は想定内だったんだわ。少なくとも挑発行為を繰り返していた事に対して、昨夜の内にでも対応を決めていたんだ!

 エムデン王国はバーリンゲン王国とウルム王国、それに旧コトプス帝国と三国を相手に勝つつもりでいる。国家の最大戦力である宮廷魔術師を五対一で余裕で勝てた事で可能性を示した。

 

「パゥルム姉様、私も一緒に謝罪します。リーンハルト殿は、いえエムデン王国はバーリンゲン王国とウルム王国、旧コトプス帝国の三国を相手に勝てると思って行動しています。ロンメール殿下の安全が確保されたら、即日開戦ですわ」

 

 ロンメール殿下とキュラリス殿をエムデン王国領内に移動させて、アウレール王に報告。即日、使者が来て開戦を告げる。

 周辺諸国も口出しは出来ない、ウルム王国も助けてはくれないだろう。バーリンゲン王国は地図から消える事になる、手を握る相手を間違えたから。

 妖狼族や魔牛族の動きも怪しい。可能性として最悪なのは、既に妖狼族はエムデン王国に組み込まれた。武力を尊ぶ一族だから、負かした相手に服従したとも考えられるわ。

 

 巫女って言うか、女神ルナの神獣も護衛の黒狼も行方不明。更に最悪なのは、神獣の身柄もエムデン王国が確保している。だから、ウルフェルの行動が怪しい理由になる。

 昨夜の内に暗殺を退けて神獣も確保した、まさか爆発事件の犯人はエムデン王国と通じている?いや、流石に其処までは考え過ぎよね。

 

「私もミッテルトと同じ事を予測したわ。もう私達が謝罪しても宣戦布告は止められない、ならば属国化でも構わない。国が残る方法を模索しなければ駄目だわ」

 

 甘かった、甘い考えだったわ。エムデン王国と対等に同盟を組めるとか、助力を必要とされているとか愚か過ぎる考えだったわ。

 エムデン王国は最初から、この政略結婚の話が出た時点でバーリンゲン王国を敵対国と内々で認定していたんだ。

 体面良く開戦出来る理由を探す位な考えで、この結婚式に参列したと考えた方が辻褄が合うし、その筋書き通りに私達は動いてしまった……

 

「ミッテルト、行きましょう」

 

「はい、パゥルム姉様。先ずは謝罪、そして引き留めですわね。直ぐに帰しては駄目、少なくとも明日の朝迄は王宮に居て貰わなくては駄目ですわ」

 

 もう形振り構わず最後の手段を使うしかないのね。準備は進めていたけど、本来は精神安定剤代わりの計画だったのよ。急がないと駄目だわ、テレステム伯爵を呼んで最終の詰めを行う。

 私達は腹を括らなければならない、例えソレが茨の道で有ろうとも……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自分でも呆れる野蛮な言い掛かりで模擬戦に雪崩れ込み、そして勝った。流石に殺害は出来ないので、魔法障壁を雷光で打ち壊して直ぐ隣の地面に大穴を開けて終わり。

 多少の礫は当たったが、軽い打撲か擦り傷程度で済んだ筈だ。一人は感電して麻痺したみたいだな、彼等のプライドはボロボロだろう。それが目的だから悪いが諦めてくれ。

 当初用意し考えていたプランは全滅、行き当たりばったりのグダグダだったが何とか開戦の理由付けは出来た。周辺諸国の来賓達にも状況を示せたので、エムデン王国が理由無く戦争を吹っかけたとは思われない。

 

 最低限ではあるが王命は果たせた、果たせたが内容を知られたら誇れない。僕は本当に謀略面では並以下だな、だが戦場にザスキア公爵やジゼル嬢は呼べない。

 事前に打合せた内容とズレると直ぐにボロが出る、今後の課題だな。そして茫然自失のフローラ殿のフォローも必要だ、彼女とは明確に敵対する事になるが今は違う。

 フローラ殿は自分の出来る範囲で、国家に逆らわない範囲で、僕に対して誠意を見せてくれた。機動力重視の戦法を多用するのに、重石を付けて模擬戦に挑まねばならない矛盾。

 

 下手をしなくても対戦相手を舐めてるとか愚弄してるのかとか判断されても仕方無い、それを無抵抗で負ける事で自分が泥を被り終わらせようとした。

 ペチェットはそれを承知で僕を煽るつもりが、逆に煽られてハンデ込みで無様に負けた。ウルム王国の宮廷魔術師である、グリルビークスも巻き込んで負けた。

 さて、伝令を出して国境線までエムデン王国第四軍団の翠玉軍を呼び寄せるか。王宮に居る騎士団や警備兵だけなら僕だけでも負けない、早々に帰るか……

 

「フローラ殿、僕等の模擬戦を邪魔した無粋な連中は排除しました。着替えて模擬戦を始めましょう」

 

「リーンハルト殿、でも私は……その、最低の裏切り行為をしたのです。自分から模擬戦を望んだのに、それを汚してしまったのです」

 

「お互いに所属する国の意向には逆らえない、それは仕方の無い事です。それは僕にも適用される事ですから」

 

 駄目だな、フローラ殿は心が折れ掛かっている。模擬戦の再開は無理そうだ、実際此処で模擬戦をしても二連戦で負けたら彼女の立場も更に悪くなるか……

 お互いに所属する国の意向に逆らえないって意味は、エムデン王国がバーリンゲン王国との開戦を望むなら僕は断らないって事だよ。

 それにパゥルム王女とミッテルト王女が近付いて来る、今回は慌てずに歩いている。だが顔には焦りが浮かんでいる、開戦待った無しだし。

 

 残念だが彼女との模擬戦はお流れかな、王女二人が乱入すれば話は拗れる。もうナァナァで済ます事は出来ない。開戦理由の嵌め技は決まった、もう後戻りは出来ない。

 王女二人の方に身体を向ける、さてどう言って来る?あの視界の隅でコソコソと逃げ出す男五人を警戒しつつ胡散臭い笑みを浮かべる。

 彼等も王女達の前で無様な姿を見せられないと思ったのか、足早に練兵場から逃げて行った。負けも認めず、フローラ殿に謝罪もしないとは呆れる。

 

「我が国の宮廷魔術師達の不祥事、大変申し訳有りませんでしたわ」

 

「彼等には厳しい罰を与えておきますので、どうか謝罪を受け入れて下さいませ」

 

 予想外な謝罪、王女二人が衆人環視の中で頭を下げた。周囲の連中も騒ぎ出した、僕は自分の意地を通して他国の王女に頭を下げさせたんだ。

 可能性は一番低いと思ったのだが、まさか体面や面子を重んじる王族の直接的な謝罪は困った事になった。しかも女性だ、紳士として対応するしかないのだが……

 場を上手く使うし自分の対面や面子を犠牲にして交渉のカードとして切って来た、多少の妥協や歩み寄りは必要かな。いや、即答を避けるか。

 

「パゥルム王女、ミッテルト王女。頭を上げて下さい、自分の品位を下げては駄目です。僕自身は謝罪を受け入れても良いのですが、事はエムデン王国にも関わります。アウレール王の判断を仰ぐ事になります」

 

「そうですか、それは仕方の無い事です。ですがお詫びの意味を兼ねてお持て成しをしますので、今夜の舞踏会は参加して下さい」

 

 む、偉く簡単に引き下がったな。アウレール王に判断を仰ぐと言ったのは、ロンメール様やユエ殿達をエムデン王国領に逃がしてからって時間稼ぎでしかない。

 早馬で伝令を走らせるから結果は変わらず、此方の準備は万端で事を起こすのだけれど……未だ何か企んでいるのかな?

 

「返事はロンメール様に報告した後で、お伝えします」

 

 どちらにしても僕には判断出来ないし決定権も無い、ロンメール様に委ねるしかない。その返答に少し考えてから、もう一度軽く頭を下げてからフローラ殿を連れて行った。

 僕もロンメール様に報告と相談だ、舞踏会に参加するなら支度を考えると猶予は三時間位しかない。帰るなら直ぐに行動しなければならず、欠席にしても直前での返事は失礼に当たる。

 どうにも思惑通りに物事が進まない、失敗はしてないが評価は限り無く低いんだよな。引き上げるなら妖狼族と魔牛族にも連絡は必要だ、仮にも開戦準備に入るのだから。

 

 全く魔法関連と戦う事以外は並以下だな、僕は……

 

 


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