古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第549話

 誰も予想出来なかった、パゥルム王女とミッテルト王女が主導した王位簒奪による政権交代劇。バーリンゲン王国は一夜にして親ウルム王国から親エムデン王国に鞍替えした。

 女性故の思い切りの良さだろうか?反ウルム王国を国内外に宣言する為に、昨日結婚式を挙げた新郎であるレンジュ殿は処刑された。外交的大問題で愚策過ぎるぞ。

 僕と模擬戦を行った、グリルビークスを除くぺチェット達四人の宮廷魔術師達も全員が処刑された。ミッテルト王女の冷酷さが、遺憾なく発揮されていて怖い。

 

 ペチェット達を捕縛し処刑したのがフローラ殿だった、あの濁った瞳の理由は味方殺し、同僚殺しの為だった。暗器を用いた接近戦を得意とする彼女に近付かれては、惰弱な魔術師では勝てない。

 彼女はバーリンゲン王国の未来を信じて、ペチェット達同僚を倒したのだろう。その業の深さに精神的に参っている状況だ、他国の淑女の事だが心配だ。

 そして吐いた言葉は飲み込めない、ロンメール様も属国化を認めた。突き放しても無意味だが、勝手に巻き込まれた事に腹が立つ。先ずは状況の確認、それと対策だ。

 

 完全にバーリンゲン王国は弱体化している、属国化したのは良いが政権が維持出来るか分からない。他国からの介入は殆ど無いが、自国内の勢力がパゥルム女王を倒して新しい政権が生まれる可能性もある。

 または各地で武装蜂起が起きて群雄割拠時代に突入なんだよ。属国とは言え独立国家として維持出来る力が有るかは、今は全く分からない……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 部屋に戻って最初にロンメール様と考え方の摺り合わせがしたい、その後でパゥルム新女王に謁見の申し込みだ。これからは時間との勝負になる、ウルム王国に事実が伝われば向こうから難癖を付けて開戦だな。

 何たって婚姻外交を結んだのに花婿を殺されたんだぞ、普通に国交断絶の上で宣戦布告だ。国の重鎮であるシュトーム公爵の長男だし、面子の関係でも妥協は許されない。

 当然だが、エムデン王国も巻き込まれる。同時に宣戦布告だな、しかも悪し様に罵って来るだろう。婚姻外交を仕掛けてバーリンゲン王国と連携する予定が、逆に罠に嵌まった感じになってるから。

 

 足早に部屋に戻り警備と防諜対策を何重にもしてから今後の件を話し合う、参加者はロンメール様にキュラリス様。僕とユエ殿……ん?ユエ殿?

 座るのも待てない位に質問をぶつける、先ずはロンメール様の考えを聞いて可能か不可か判断する。ロンメール様と僕だけの意見交換会、そしてアウレール王の指示により決定権は驚くべき事に僕に有る。

 

「経過は予定外でしたが、結果は当初の予定通りですね。無事にバーリンゲン王国を属国化出来ました、リーンハルト殿の力にパゥルム新女王が恐怖しウルム王国派の連中を始末して擦り寄って来た」

 

「はい、あの状況ではエムデン王国に鞍替えは絶対に不可能だと思って油断しました。昨夜は王宮内が騒がしかった筈なのに、全く気付きませんでした」

 

 反対派の王族や貴族達の殺害か捕縛、現役宮廷魔術師四人も殺害された。これだけの軍事行動を多数の来賓客に知られずに行う、パゥルム新女王は内政派だと聞いていたが違うのか?

 もしかしてスメタナの街以外にも、王都周辺に戦力を用意していたのかも知れない。パゥルム新女王は油断ならない、ミッテルト王女の冷酷さも馬鹿に出来ない。

 普通は婿入りした他国の重鎮の息子を簡単には殺さないぞ、戦力の要の宮廷魔術師も同様にだ。それを躊躇無く簡単に殺した、後戻りは出来ない意志かも知れないが酷過ぎる。

 

「元々簒奪の準備はしていたが、リーンハルト殿が最後に背中を押した……それで良いでしょう。今後の動きですが、どう考えます?」

 

 ロンメール様の言葉に納得する、思い付きで実行するには無理が有る。確かに事前に準備を進めていて、僕の行動が切欠となり実行した。

 ならば辻褄が合うし納得も出来る、パゥルム新女王は結構前から用意周到に簒奪の準備を進めていたんだ。

 そして僕が切欠となり簒奪と言う誉められない手段により王位を奪う、だが迷いも躊躇も無かった。多分だが人選には、あの『人物鑑定』のギフト持ちの侍女が関わっている筈だ。

 

 絶対に裏切らない人選による簒奪、疑心暗鬼や裏切りを警戒し情報を隠し通せたのには彼女の心を読むギフトは有効だったろう。

 あの侍女は是が非でもエムデン王国に引き抜く、バーリンゲン王国には置いてはおけない。それを属国化の条件にしたい、それがこの残念な属国化の唯一のメリットだろう。

 

「先ずはパゥルム新女王の政権基盤の確認です、国王は殺したが三人の殿下と配下の連中はどうしているか?最悪の場合は領地に籠もり戦力を整えて反撃して来るでしょう」

 

「確かにパゥルム新女王体制を維持出来るか、無理ならば一旦は国を捨ててエムデン王国に逃げ込むしかない。属国化と言っても最低限の権力は必要です、少なくとも王都近郊の領地は押さえる必要が有りますね」

 

 仮に勢力を維持出来る戦力が無ければ、一旦引く事も選択肢に入れて良い。下から数えた方が早い悪手だけど背に腹は代えられない。

 僕が残って逐次殲滅すれば可能かも知れないが、余り取りたい手段では無い。だが現実的には、僕が速攻でパゥルム新女王体制に反対する勢力を潰すのが最善策だ。

 ある程度の領地を確保して反対勢力を弱体化させて漸くエムデン王国に帰れる、七割位を掌握すれば大丈夫だろう。後はパゥルム新女王に任せて旨味だけを引き出す、まぁ後方の安全確保だけでも十分だけどね。

 

「ふむ、方針は固まりましたね。では一応の敬意を払い、此方から謁見の伺いをたてますか……」

 

「そうですね。最後に一つ、パゥルム新女王の配下の侍女に『人物鑑定』のギフト持ちが居ます。彼女の確保は最優先にしたいです、エムデン王国に引き抜きましょう」

 

 これは絶対に譲れない、彼女は交渉事に鬼札になる。そしてジゼル嬢のダミーとして、そのギフトをエムデン王国の為に役立たせる。

 それ程に『人物鑑定』は危険なギフトで、バレれば所有者は国家の管理となる。もしもジゼル嬢が『人物鑑定』のギフト持ちと周囲にバレたら……

 僕等は引き離されるだろう、現状でも相当な権力を持ちつつある僕に危険なレアギフト持ちが本妻となる。敵対する連中からすれば、絶対に受け入れられない。

 

 勿論だが、見返りも待遇も最上位にする。金銭でも宝飾品でも可能な限り応える、権力者の誰かの側室や妾として拘束もしないし身の安全も守る。

 バーリンゲン王国としてはゴネるかも知れないが、勝手に巻き込んだ詫びとして必ず奪い取る。それ位しか見返りが無いと周囲を説得出来ない、それが属国化を受け入れる最低ラインだな。

 

「リーンハルト様、今回の戦いに妖狼族も参加させて下さい。私達の種族の戦士百人は、人間の兵士千人と同じです。それと、リーンハルト様の配下として参加する事に意味が有ります」

 

 む、袖口を掴み軽く引っ張りながら上目使いで提案してきたぞ。あざとい、鼻の奥がツンッてしてきたが……ああ、これが前にイーリン達が鼻を押さえて顔を背けた理由か。

 納得した、この攻撃力は凶悪だな。味方にしか使えない、ある程度の好意が無いと効果は薄いが、僕には通用する。それも相当効果的にだ……対抗策を考えておかないと駄目なレベルだぞ!

 

「分かりました。でもユエ殿は同行させませんよ、危ないですからね」

 

 対外的にも僕の配下となった事を知らしめる為、それと妖狼族内部でも僕に反発する連中を抑える為に力を間近で見せろって事だ。

 見た目は幼女なのでギャップが激しいけど、僕より年上なんだよな。しかも曖昧な笑みを浮かべて首を傾げた、僕の問いに答えなかったし、勘でしかないが彼女は付いて来そうなんだ。

 妖狼族の巫女が僕と懇意にする意味を深く理解している、それはエムデン王国内にも僕等が蜜月だと思わせる事。なんたって最初は暗殺されかけたんだし、本来は微妙な立場なんだよ。

 

 下手をすれば一族抹殺とか騒ぐ馬鹿共も居るだろう、確固たる地位を掴む為にも分かり易い成果が必要だと理解しているんだ。僕のゴーレムと妖狼族の戦士百人か、それだけ居れば何とかなるかな?

 謁見を申し込んだのだが、向こうから訪ねて来ると言って聞かなかった。宗主国に対する礼儀だそうだ、未だ正式に属国化は認めてないけどね。

 各国の賓客達の前で宣言してくれたので、属国化の件は既成事実となっている。今更否定しても無意味だしメリットも無い、結果的には良かったのか今でも悩む。

 

 ウルム王国の連中は、レンジュ殿の遺体と共に直ぐに祖国へと向かった。海路と陸路の組合せだから、どんなに急いでも十日は掛かる。

 つまり猶予は十日間は有る、この十日を有効に使う必要が有る。バーリンゲン王国の領内を掌握し、パゥルム新女王の政治基盤を固める。ウルム王国は間違い無く攻めて来る、だが陸路はエムデン王国が有るから無理。

 迂回するには海路しかないが、外洋には恐ろしい大型モンスターが多数生息してるから慎重に進むしかない。開戦前にエムデン王国領内の近くの海域を通過する事は難しい、敵対行動と取られて迎撃される心配も有る。

 

 だから二国同時に宣戦布告をするだろうが、現実的にはバーリンゲン王国には攻め込めない。先に此方から宣戦布告するか、アウレール王ならどう判断するかな?

 その確認の為にも、早急にバーリンゲン王国を安定させてエムデン王国に帰る。でも直ぐにバーリンゲン王国に戻る事になるだろう、小国とは言え平定には二ヶ月から三ヶ月は掛かる。

 一旦強固な地盤を作れば後は放置で良い。パゥルム新女王は有能みたいだし簒奪するだけの裏工作も厭わない、つまり裏と表で活動出来る。綺麗事じゃない暗部な仕事も可能、ならば長く政権を握っていられる。

 

 少しだけ心配なのは彼女の旦那になる奴が、どう言う考えを持っているかだ。独立戦争を仕掛けるか、属国化のままで良しとするか……

 可能性としては、エムデン王国の王族との婚姻だろうな。それが一番安全で確実だ、実権は握らず女王統治で構わない。監視目的だから有る程度の権力は必要、王位継承権二桁クラスの誰かだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お待たせして申し訳有りませんわね。少し雑務が有りまして、遅れてしまいました」

 

「いえいえ、お構いなく。色々と忙しいでしょうから……」

 

 三十分ほど待っただろうか?パゥルム新女王は、ミッテルト王女とフローラ殿を従えてやって来た。簒奪して直ぐだから、未だ全部を掌握し切れてないのかも知れない。

 だが王宮は平常に機能、問題無く賓客達を送り出している。この辺は政務の殆どを掌握していた、パゥルム新女王の手腕だな。

 全員が着席する、此方の参加者は僕とロンメール様だけだ。キュラリス様が全員分の紅茶を用意してから退室した、漸く話し合いの始まりだ。

 

「さて、急な属国化の話では有りますが……我々エムデン王国側は予測していました。正確には属国化する為の布石を打ちに来たのです」

 

 穏やかな笑みを浮かべるパゥルム女王、明らかな作り笑いのミッテルト王女、そして濁り切った目をして暗い笑みを浮かべるフローラ殿。三者三様の笑顔だな、ロンメール様の言葉にも浮かべた笑顔を微動だにしない。

 

「つまり私達の裏切り行為とも捉えられる婚姻外交、その真意を探り場合によっては……でしょうか?」

 

 回りくどい話はせずに直球で話し始めた、その質問に当たり障りの無い無難な応えを返した。真意を探るとか複数回答が有る言い回しだ、挟撃一択だった筈だぞ。

 しかも裏切り行為とも捉えられるって、完全に裏切り行為だろう。ミッテルト王女にとって前王の失策だって割り切っているな。私達は違う、だから簒奪してまで誠意を見せた位は言いそうだ。

 言葉遊びみたいな問答を暫く続けた、やはり新生バーリンゲン王国は過去とは関係無いスタンスか……

 

「さて、茶番劇とは言いませんが実りの無い会話は終わりにしましょう。此処からは、リーンハルト殿に引き継ぎます。彼は我が父王から二方面作戦の片側の総司令官を任命されている、その決定には私でも異を唱える事が出来ません」

 

「二方面作戦の総司令官?つまり、リーンハルト殿はバーリンゲン王国攻略の総司令官だったのですね?最初から私達を倒す為に遣わされた訳ですか……」

 

 ロンメール様の言葉に、ミッテルト王女が初めて反応した。最初から攻略対象として、敵として対応されていたと知らされたんだ。

 彼女達から見れば僕は我慢に我慢を重ねて最後に切れた感じだったのに、最初から敵対有りきで切れるタイミングを伺っていた訳だ。

 非難混じりの視線を送って来た、ミッテルト王女の顔を見れば分かる。裏切られた感じが酷いが、最初に裏切りを計画したのは貴女の国ですよね?

 

「えっと、仮に敵対が本当だった場合に迅速に対応する為にです。最初は様子見でしたが、次から次へと不義理を働かれては我慢の限界で有り……見限ったのですが、良かったですね?」

 

 非難の視線に嫌味で返したが、対応としては良くはないな。交渉事の初歩の初歩で、自分達を被害者側っぽくしたかっただけだ。

 本来の僕は宮廷魔術師として戦う事が本業、他国の王族……女王や王女と交渉するのは不向きだと思うのだが、ロンメール様は可能と判断した。

 故にコレからの対策を話し合い纏めなければならない、更に実行迄だよな。気を引き締めて臨むしかない、ユエ殿の事も有るし頑張るしかないか……

 

 




日刊ランキング二十三位、有難う御座います。

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