古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

553 / 999
第551話

 パゥルム王女達と新生バーリンゲン王国の今後の動きについて相談する事になった、簒奪は成功し政権を奪ったが維持管理は別問題。

 前王を殺したからと言って、全ての貴族や国民が黙って従う訳じゃない。三人の殿下も全員が逃げ出した、彼等を倒さない限り終わらない。

 先ずは現状勢力を維持する範囲を聞いたが、クリッペン殿下が逃げ込んだレズンの街、ハイディアの街、アブドルの街の三つを落とす必要が有る。

 

 だがパゥルム王女が用意出来る兵力は千人、王都の守りは疎かに出来ないので近衛騎士団三百人と王都防衛軍は動かせないのだろう。

 パゥルム王女に臣従した貴族は半数以下だそうだ、この状況で保留や敵対する貴族連中が居るのも驚きだが少数部族の殆どは保留らしい。

 結婚式で殆どの貴族や部族の代表が来ていたからこそ、直ぐに聞けた事だ。普通なら簒奪後に親書の遣り取りをして確認するべき事だが、集まっていたので手間が省けた。だがパゥルム王女の簒奪の賛同者は少ない。

 

 彼等の場合は間違い無く様子見だ、大勢が固まる迄は動かない。パゥルム王女に従うか反抗勢力と協力するかは未知数だが、基本的に反抗的だから取り込みも懐柔も無理。

 一族を根絶やしにしたら他の部族が交渉すら拒否してくる、最悪は連合を組んで敵対する。厄介なんだよ、多民族って自分達の部族の常識や理屈で動くから。

 倒しても完全な服従は無理、無駄な労力と犠牲だけが増える。僕ならお断りだからこそ、属国化して面倒事を押し付けたかった。

 

 それが早々に属国化して国家の安定統一の手伝いを強要されている、手を抜けば新政権が樹立し一から交渉開始で手間が掛かるから更に面倒臭いんだ。

 それを理解しているからこそ、早々に簒奪してエムデン王国との交渉の窓口に納まったんだ。友好的な相手だからこそエムデン王国も配慮する、パゥルム王女は其処まで考えた。

 彼女自身が考えた事か、それとも他に参謀的な人物が居るのか?それを調べないと危険な感じがする、勘でしかないが女王すら動かせる相手を把握出来ないのは危険過ぎる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 本日の目玉である『人物鑑定』のレアギフト持ちである侍女を呼んで貰う、彼女の名前はモルベーヌ。下級官僚の長女らしいが、既に家族とは縁を切らされている。

 時に家族は弱点となる、誘拐する為におびき寄せる餌として有効活用される。時にレアギフトは周囲を不幸にする事も有るんだ、用心に越した事ない。

 バーリンゲン王国は彼女を有効活用し絶対に逃がさない為に色々と手を加えた筈だ、彼女は縁を切られた家族を人質にされていた。

 

 これはパゥルム王女から聞いた話だ、引き抜きを恐れ家族と縁を強制的に切ったのに離反を恐れて家族を人質にされる。彼女からすれば、やるせないだろう。

 パゥルム王女もミッテルト王女も、そう言う事実が有ると聞いただけらしい。実際は分からない、だが報告ではそうなっている。

 心が読める彼女に嘘は通用しない、つまり本当にパゥルム王女もミッテルト王女も真実は知らないし知る事は駄目だった。

 

 直接的にも間接的にも接触は禁じられているから報告書でしか家族の事は知らされない、報告員の心を読んでも分からない。徹底している……だから彼女を呼ぶ前に担当者に真実を聞いた、嘘をつけば殺すと脅迫をして聞き出した。

 彼女と直接会わない本当の担当者に強制的に聞いたんだ、胸くそ悪い結果だ。予想はしていた、国家の闇の部分を突き付けられた気分だ。

 彼女の家族は既に死んでいる、事故死扱いだがバーリンゲン王国に殺された。国家としてリスクを減らす為の処置だった、パゥルム王女達は知らなかった知らせなかった真実。

 

 それを踏まえて彼女を呼んだ、部屋に入って来た時に僕を見付けて不安が増したみたいだ。お腹の上で組んだ指先が僅かに震えている、前に脅したからかな?

 相当不安そうな顔をしている、僕が居るからギフトで心が読めない。だから不安になる、心配になる。他人の心を読み慣れた相手からすれば、口先だけの言い分など通用しない。

 建て前も無理、真実のみを突き付けられる。その裏表に普通なら人間不信になる、オンオフの切り替えが出来なければ精神的に辛いだろう。

 

「モルベーヌ、君を呼んだのは他でもない。レアギフトの所持者をバーリンゲン王国に所属させてはおけないんだ、詳細は僕の心を読んでくれ。口に出すのは憚られる内容だ……」

 

「リーンハルト様の心を読め、そう言われるのでしょうか?」

 

 心を読むなと警告された相手に、今度は心を読めと強要される。混乱具合が良く分かる、だがバーリンゲン王国の連中が君の家族を殺したとは言えない。

 それをパゥルム王女やミッテルト王女の前で言葉にしてしまえば、エムデン王国の臣下となる彼女に非情な扱いをしたと非難しなければならない。

 そう言い出す馬鹿も居る、感情にシコリを残す事は極力避ける。今はお互いが微妙な立場だ、属国化の件は最終的にはアウレール王の承認が必要だから。

 

「そうだ。良い話じゃない、先ずは向かい側に座ってくれないか」

 

 ショックで座り込むかも知れない、失神して倒れるかも知れない。だから向かい側に座らせる、落ち着かせる為に紅茶も用意させた。

 身分上位者に気を使われて困惑し、酷い内容を読ませると言われているので不安で胸が一杯だろう。

 だが僕は彼女に家族の死を伝えて更にジゼル嬢の代わりの目眩ましの囮として、エムデン王国に仕えろと強要するんだ。最低だな、バーリンゲン王国と変わらない。

 いや、もっと悪いかな。国家の為にと強要してきた事を個人の為に強要するんだ、僕の方が悪辣だな。

 

「落ち着いたかな?」

 

「はい、ではギフトを使わせて頂きます」

 

 パゥルム王女やミッテルト王女、更にはエムデン王国の王族や宮廷魔術師と同席する異常事態にも慣れたのか?数回深呼吸をして僕と目を合わせた。

 

『落ち着いて聞いてくれ。先ず君の家族だが既に他界している、バーリンゲン王国が危険要因の排除として手を下した。

事故死を装ったが嘘だろう……パゥルム王女やミッテルト王女は真実は知らない、生きていると思ってたよ』

 

「そんな……お父様、お母様、妹達も……殺された、何で、何でですかっ!私は国家の役に立っていた筈なのに、何故なんですか?」

 

『君の家族が敵に利用されるのを防止する為だ、不安要素は排除する。国家の闇だね、糞ったれだが事実だ』

 

「私の為に、こんなギフトを持った為に、両親や妹達が殺されたのですね」

 

 両目から涙が溢れ零れる、パゥルム王女もミッテルト王女も悲しそうな顔をしたが当事者だから慰められない。

 モルベーヌ嬢にとっては、バーリンゲン王国自体が憎しみの対象であり、知らなかったとはいえ散々利用してきた相手は許せないだろう。

 ハンカチを差し出す、躊躇いながらも受け取り涙を拭いた。だが拭けども拭けども涙は止まらない、居たたまれない気持ちで胸が張り裂けそうになる。

 僕は悲しみに暮れる彼女の引き抜きをする、やってる事はバーリンゲン王国と変わらない。所属が変わるだけで、篭の鳥は同じだ。

 

「そうだとも言える、それだけ『人物鑑定』とは危険なレアギフトだ。そしてエムデン王国は君の存在を知ってしまった、その先は僕の心を読んでくれ」

 

 涙の止まらない目で睨まれた、今でさえ悲しみが一杯なのに更に追い討ちを掛けるのですかって意味だ。だが言わねばならない、故に涙が溢れる目を見詰め返す。

 逸らさない、強い意志を感じる眼差しだ。怒りが彼女の心を一時的に強くしているのか、自暴自棄になったか?後者なら困る、自殺とかは勘弁して欲しい。

 

『属国化したバーリンゲン王国に君を置いてはおけない、パゥルム王女も引き抜きに応じた。変わりに二つの城塞都市を落とせと頼まれたよ。

君はそれだけ貴重で危険だ、君自身の安全と……僕の幸せの為にエムデン王国に仕えて欲しい』

 

「幸せ?リーンハルト様の?」

 

 話が可笑しい方向に流れてますよ的な目で見られた、国家間の話し合いに個人の幸せとか言われたら混乱するよな。しかも自分の引き抜き交渉の結果が僕の幸せになる、謎だろう。

 

『僕の婚約者は君と同じギフトを所持している。認識が甘かった、こんなに危険なギフトだと思っていなかったんだ。

他国に居て初めて危険だと理解したんだ、だから……だから君を手に入れる、彼女の為に公式なギフト所持者としてエムデン王国に所属させる』

 

「こんな気味の悪いギフトを持つ女が欲しいのですか?正気ですか?誰からも気味悪いと言われて距離を取られる、酷い時には近寄るなと罵声を浴びましたわ」

 

『僕は彼女を本妻に迎える、この気持ちに偽り無くギフトを気持ち悪いとも思わない。勿論だが君が『人物鑑定』のギフト所持者だとは極力秘密にする、知るのはアウレール王と他に数人だけだ。

待遇も希望を叶える、爵位が欲しいなら新貴族男爵なら直ぐに可能だ。勿論、金銭的なモノでも構わない。希望が有れば何でも言ってくれ』

 

「では私を受け入れて下さい。そして側室か妾にして下さい」

 

「それは無理、僕の権力と地位に君が合わさるのは国家が許可しない。強行すれば僕も君も危険になる、アウレール王も許さないよ」

 

「それは心に思わずに言葉にするのですわね。黙っていてくれたなら自由に解釈出来たのですが……」

 

 苦笑された、涙目で苦笑とか彼女の内面はどうなっている?庇護的な意味での側室や妾なら考えは分かる、僕は味方に甘く敵に厳しい。

 その僕の寵愛を受けられれば身の安全は確実、だがバーリンゲン王国に所属していた彼女を娶る事は難しい。理由が無いし、政略結婚を否定した僕が彼女を引き込む為に打算で結婚?

 無理だな、周囲が邪推する。接点が無かった彼女を側室に迎える?多分だが僕の情報は調べ尽くされている、余計に駄目だろ。

 

「リーンハルト様が私を気に入って側室に迎える。理由としては弱いのでしょうか?自慢では有りませんが、私も見た目は良い部類です。私を見る大体の殿方の思考はそうでしたわ、レンジュ様など酷いモノでしたわ」

 

「あーうん、そうだね。男って大体そんな感じ?否定は出来ないな、特に君にはね。散々男の欲望の声が聞こえただろ?」

 

「はい。視姦に心の声が足されて最低でしたわ……」

 

 両手で自分の肩を抱いて身震いしている、確かに笑顔を浮かべながら心の中で酷い事を考えられたら異性には恐怖しか感じないよな。

 彼女はギフトを公言してしまった、極力隠すタイプのギフトなのにだ。エムデン王国に来て貰えれば情報管理は万全にしよう、ロンメール様の世話になれば……

 

「リーンハルト様?心を読めと言ってくれましたが、対話でなく普通に思考されては困ります。心を読まれても大丈夫なのでしょうか?」

 

「慣れた、エルフ族は大抵そうだから」

 

『ジゼル嬢、僕の婚約者も持ってるし偶に心を読むしね。それに心に城壁を築いて防止も出来る、だから大丈夫』

 

 副音声付きで答えたけど大丈夫かな?まだ涙が滲んではいるが気分は切り替えられたみたいだな。良かった、あのまま泣かれていたら罪悪感で押し潰されそうだよ。

 大体無茶振りなんだよ、パゥルム王女はさ!勝手に属国化宣言するのに、僕の暗殺計画は教えてくれないし止めないしさ。

 何で僕が貴女の政権維持の為に城壁都市を二つも短期間で落とさないと駄目なんだ?しかも兵士は投降させるから極力殺さないでくれとかさ。

 

 何なんだよ、この国ってさ。我が侭過ぎるぞ、蝙蝠(こうもり)外交もそうだし国家の在り方がおかしくない?

 普通なら攻略の準備に一ヵ月、攻略自体だって籠城とかされたら相当時間が掛かるんだよ。それを十日で二つ落とせとか無茶苦茶だよ、少しは遠慮しろよ!

 

「モルベーヌ殿も、そう思わない?」

 

「ナチュラルに心の声で質問しないで下さい。そして回答は出来ません、私にも立場が有ります。ですが、リーンハルト様がお世話して下さるなら引き抜きに応じます」

 

「勿論だけど最大限の配慮はする。待遇も安全も任せて欲しい、希望も側室や妾以外なら叶える。それで良いかな?」

 

「はい、こんなに表と裏の無い殿方は初めてですわ。少しだけ、女性としての自信が揺らぎましたが……」

 

 呆れられた、さっきまで泣いていたのに今は呆れた笑みを浮かべている。だけど気持ちは切り替えられたかな?

 

『僕は裏表も激しいし隠し事も大量だからね!その辺は配慮してくれると助かる、結構墓場まで持ってく秘密も多いんだよ。バレたら諸共地獄行きなので宜しく』

 

「守秘義務は厳守致しますわ。その事は徹底的に仕込まれています、安心して下さい。唯一の希望ですが、私には心を閉ざさないで欲しいのです」

 

 自国や他国の薄暗い部分を聞き続けたからの要求だろうか?僕の抱える闇は深いけど、守秘義務は徹底的に仕込まれているなら平気かな?

 どちらにしても油断すれば心は読まれるし、恥ずかしいとか嫌らしい事を考えなければ問題無いよな?魔術師だし感情や思考の制御は慣れている、問題は無いよな?

 アレ?あの性癖ってバレたら最悪じゃない?いや彼女達だって嫌がってないし強制もしていない、ギリギリセーフだよな?

 

「分かった、その希望を叶えよう。それでエムデン王国に所属してくれるなら安いモノだ、勿論だけど他の報酬は応相談だよ。役職や俸給は別問題だからね」

 

 良かった、引き抜き成功したが変な条件を付けられたな。心を閉ざさないでか……拒絶しないでって事で良いのかな?

 

 




日刊ランキング十位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。