古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第552話

 無事に『人物鑑定』のレアギフト持ちである、モルベーヌ嬢の引き抜きに成功した。彼女は名前を変えてロンメール様付きの侍女として王宮内にて働いて貰う事になるだろう。

 変な条件も付けられたが許容範囲だ、彼女にはジゼル嬢の事も教えたが何れは分かる事だから内緒にする意味は薄い。後からバレる方が問題だろう、何故教えてくれなかった信用されてないのか?と思われる。

 元々は家族と縁を切らされて天涯孤独、そして職場でも心を読めるギフト持ちだと敬遠されていた。だから柵(しがらみ)は全く無い、人間関係は希薄。

 

 直ぐに身の回りの物を纏めてエムデン王国に行く事を了承してくれた、彼女はバーリンゲン王国側の発表としては簒奪の騒ぎに巻き込まれて死亡した事になる。

 新しい身分はエムデン王国が用意し、見合った教育も施される。教育とは新しい身分に相応しいモノ、そして新しい経歴を叩き込まされるのだ。

 これでデメリットの多いバーリンゲン王国の属国化にプラス要素が増えた、細かい取り決めは本職の使節団が来て決めれば良い。僕は交渉が有利になる様に、二つの城塞都市を落として貢献度を上げれば良いんだ。

 

 パゥルム王女には悪いが結構辛辣な条件を提示されるだろう、同盟と違い属国化とは旨味だけを吸い上げられる関係だ。確かにバーリンゲン王国と言う国は残る、だが領土拡大は不可能。

 発展は頭打ち、未開の地を開拓し少数部族を纏め上げてもエムデン王国には勝てない。だが安全は守られる、他国からの干渉は無くなり自国内の安定に力を注げるだろう。

 国内全てを纏めれば、エムデン王国に対する発言力も高まる。漸く国外に兵力を派遣出来る、飛び地になるが新領土も得られる機会も有るだろう。

 

 最短でも五年、いや十年位掛かるかな?その間に変な欲をだしてエムデン王国に逆らえば、希望は遠のくだろう。

 パゥルム王女は未だ二十代半ば位だし、即位十年で国内を統一出来れば十分に有能だ。エムデン王国も悪くは扱わない、それを理解し我慢出来るかが……

 

「バーリンゲン王国の未来が幸せに溢れるか、地図上から名前が消えるか……どちらを選んでも僕は構わないですよ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 パゥルム王女達との交渉も一旦中止となり皆に新しい紅茶が配られた、気分転換と途中だが指示を出したり新しい資料を取り寄せたりと忙しい。

 僕もモルベーヌ嬢をイーリンに引き渡し私物の纏めや偽装死の手配を任せた、荷物は最低限になるだろう。死んだ事になるので天涯孤独だから遺産は国が接収する、金銭に変換し内々でモルベーヌ嬢に渡す事になる。

 そして次の議題は二つの城塞都市を攻略する時の、ロンメール様達の護衛問題だ。エムデン王国に帰って貰うにも護衛は必要だが、その護衛の要の僕が別行動だ。

 仮に第四軍に迎えに来て貰い途中で引き渡しても二十日間以上はロスする、敵も守りを固めるし逆に王都に攻め込んで来る可能性も有る。

 

「僕の単独行動の件ですが……」

 

「リーンハルト殿が二つの城塞都市を落とす迄は、私も此処に滞在します。既に交渉用の使節団の派遣は手配済みです、国境線に配置した第四軍も呼び寄せました」

 

 ああ、何枚も指示書を書いて手配していたな。エムデン王国秘伝の伝書鳩も飛ばしたから、アウレール王に詳細な情報が直ぐに行く。

 十日後にはウルム王国にも正確な情報が流れる、即日宣戦布告でも不思議じゃない。それだけ国家の重鎮の長子を処刑した意味は重い、面子も有るし文句を言うだけじゃ済まさない。

 その対応策を早く進めて欲しい、後は外交戦だな。どちらに正義が有るのか?ウルム王国は間違い無くレンジュ殿の死を理由に正当な報復だと仕掛けて来る。

 

 此方はレンジュ殿はモア教の教義を犯し未成年との結婚を認めろと強要し、あまつさえ結婚式の進行にまで文句を言い、シモンズ司祭の身を危険に曝した事を理由にする。

 事実、モア教はバーリンゲン王国からは撤退、ウルム王国には遺憾の意を強く伝える事になっている。バーリンゲン王国はエムデン王国に属国したが、一旦はモア教の総本山に戻る事となった。

 手厚い警護と多額の寄付金も一緒に、シモンズ司祭を丁重にモア教の総本山に送り届ける。同行者はロンメール様になるので、シモンズ司祭は暫くはバーリンゲン王国に滞在する。

 

 この暫くの間で、パゥルム王女にはモア教への信用回復に動いて貰う。教会の整備、モア教徒への手厚い配慮。友愛を教義とするモア教の教えに沿った政策、孤児院設立とか色々手段は有るだろう。

 パゥルム王女は死ぬ程多忙になる、問題点を幾つか上げた時点で直ぐに理解して配下に指示を出しているが内容は僕から見ても適切だと思う。

 政務能力に関して言えば彼女は相当有能だ、実際にバーリンゲン王国の内政を全て差配していたらしい。今後は他国からの重圧はエムデン王国だけになるから、少しは楽になるのかな?

 

「リーンハルト殿は、どうやって妖狼族を配下に納めたのでしょうか?彼等は人間を見下しています、私達との付き合いも円満では有りませんでしたわ」

 

 休憩中だし、お互いの配下に指示を出している最中なのに、ミッテルト王女は会話を振って来たぞ。どうやって配下に納めたとは意味深だな、最初から繋がっていた?途中で勧誘した?人間より遥かに強い獣人族が臣従する?

 その辺りも含めての質問だな、上手くすれば同じ獣人族の魔牛族を引き込む材料に使えるとか?彼女達を味方に出来れば心強いが実際は不干渉か中立が精々だろう。

 彼女達はエルフ族を慕っている、その中でも御姉様と慕うレティシアと僕の関係を疑っている。事実は伝えられないが、凄く仲良しだと思われている。

 

「うーん、余り詳細な事は言えないと言うか、言うと別の問題が発生すると言うか……貴女達が唆した暗殺事件、その実行者四人を返り討ち。

序でに神獣を守っていた黒狼を倒して、神獣を助け出す。その時に神獣諸共に僕を殺そうとした事で、妖狼族は完全にバーリンゲン王国を見限ったから?」

 

 嘘と真実を混ぜて話す、これが詐欺で有効な方法だ。西側の塔の爆破は僕の所為じゃない、別に犯人が居る。

 そして自作自演なのに被害者の立場を得る、酷い話だが事実を言っても無意味だし嘘と詰られる証拠も無い。そもそも僕に火属性魔法は使えない。

 それとユエ殿の事は秘密にしなければならない、神獣が変化したのが彼女だとは教えられない。あの幼女形態はバーリンゲン王国側には教えられない。

 

「満月の夜の妖狼族は無限の回復力を持つ厄介な化け物です、それを倒したと言うのですね。しかも、あの失礼な裏切り者の変態妖狼族も倒した?信じられませんわ」

 

 自国の不義理をマルっと忘れたみたいに流したぞ!貴女達って言ったよ、暗殺はパゥルム女王もミッテルト王女も知っていた可能性が高い。

 少なくとも僕が狙われていると警告するべきだった、止められなくても危ないと教えるだけでもするべきだった。結果的に不信感を煽るだけだよ。

 立場的に無理だと言っても匿名で知らせるとか色々と手段は有る筈なのに何もナシだったし、序でに妖狼族を化け物とか言っちゃてるし。

 何やら配下を呼んで指示をしていた、パゥルム女王も僕等の会話が気になるのか注意を向けている。ロンメール様は知らない内に席を外して居ない。

 

「詳細は言えませんが、要は回復力を上回るダメージを与えれば良いのです。魔術師故の創意工夫ですよ、まぁ誰でも出来るかは別問題ですけどね」

 

 胡散臭く曖昧な笑みを浮かべる。煙に巻くつもりは無いが凄惨な方法だったし、フェルリル嬢達はトラウマを植え付けられたし言わない方が良い。

 流石に身体を細切れにして箱詰めにしてバラバラに埋めたとか女性達に言うのはアウトだよな、この王宮には四人の死体が埋まっているし……ミッテルト王女よりも残酷だよ。

 僕の微妙な表情に何かを感じたのか、所持魔法の秘密に繋がると思ってくれたのか質問は終わった。そんな中で、ずっと無言で静かに座っているフローラ殿が怖い。

 

「あの、フローラ殿?」

 

「何でしょうか?」

 

 無表情で応えてくれたが、彼女の精神状態は結構深刻な状態じゃないかな?過去に見掛けた戦場で悲惨な目に遭った兵士に似ている、彼等は徐々に精神を病んだ……

 

「気晴らしになる様な何かは有りませんか?その、フローラ殿が精神的に追い込まれている気がしてならないのです」

 

 無表情で首だけ動かして僕を見詰める、やはり瞳は暗く濁っているし目の下の隈も凄い。内向的って言うか、自分の責任だと溜め込むタイプみたいだ。

 確かに同僚四人を捕縛するか倒すかしたらしいし、味方殺しと罵倒する奴も居るのかも知れない。パゥルム女王の治世も安定してない、突け込まれ易いか?

 

「昨日から寝てないですよね?目の下の隈が凄いですよ」

 

 寝不足気味で不機嫌なのだろう、タレ目なのに視線がキツくなった。眠いのに寝れない、寝る事が出来ないんだ。張り詰めた緊張感は、一度解さないと危険だぞ。

 

「寝れる状況では無かったのです、心配は嬉しいですが無用ですわ」

 

 目つきがキツい顔から少しだけ非難する様に変わった、確かに寝れる様な状態じゃなかっただろう。それはパゥルム女王もミッテルト王女も同じだが、魔術師は精神力(魔力)を消費し魔法を行使するんだ。

 同僚四人、席次の上の宮廷魔術師を倒したんだ。魔力も大量に消費しただろう、パゥルム女王達より辛い筈だぞ。

 

「バーリンゲン王国の宮廷魔術師筆頭殿は、どうされたんですか?」

 

 この言葉に、フローラ殿は顔を背けた。聞かれたくなかった事なのか?

 

「マドックス殿は引退しましたわ。弟子であり後継者のペチェットが処罰され、他にも火属性魔術師三人も処罰された……もう自分が居る必要は無いと、屋敷に引き籠もりましたわ」

 

 パゥルム女王が代わりに教えてくれたが酷い無責任な内容だ、一国の宮廷魔術師筆頭が簡単に引退出来る訳がない。後継者すら指名していない、そんなに軽い役職じゃないぞ!

 一国の宮廷魔術師筆頭が仕事を放棄して自分の屋敷に引き籠もっただと?それは、パゥルム女王の新政権には協力しないって意味だぞ。

 十人中、上位五人が隠居と処刑って残り下位五人で何とかなるのか?定数を揃える為に選定条件を引き下げたとか言っていたけど……

 マドックス殿は無責任過ぎる!前王への忠誠の為とか理由は有るかも知れないが、国難真っ只中に隠居は駄目だろう。それは残りの城塞都市や、殿下二人が逃げ出した領土の奪回に魔術師が使えないって事だぞ。

 

「他国ながら理由はどうあれ、無責任過ぎると思います。それは魔術師は今回の戦力には組み込めないって事ですよね?残り四人の宮廷魔術師達は?」

 

 知識だけだが、未だ風属性魔術師と土属性魔術師が居た筈だ。一応見て大体の能力は確認した、全員がレベル40以下の微妙な連中だったが居ないよりマシだぞ。

 

「殿下達と共に、全員王都から離れましたわ」

 

 ああ、うん。そうなるよな。宮廷魔術師を四人も処刑する政権なんて怖くて居られないよな。だけど先を見通す考えを持てば、名目上は逆賊に荷担した事になる。

 負ければ極刑だが、軍部と強い関係が有る宮廷魔術師だし、殿下達に説得され易かったのだろうか?同僚が簡単に殺されたし、甘言に乗りやすい状況だったし……

 これでバーリンゲン王国を平定したら、現役宮廷魔術師達で残るのはフローラ殿だけだ。その重圧も感じているのか、そりゃ精神が病みそうにもなるよ。

 

「宮廷魔術師団員は、どうですか?」

 

 ウチにも百人近く居る、数が纏まれば使い道は有る。特に単純な攻撃しか出来ないが、数の暴力は有効だ。

 風属性魔法だと決定打には欠けるが、複数でウィンドカッターを唱えれば雑兵位なら楽勝だ。全身鎧甲を纏われたら威力は半減、金属は切り裂けないから。彼等の使い道が難しい。

 

「私達の側に残っているのは三十六人、半数以上は兄上達に付いて行きましたわ」

 

 半数残った事を安心するべきか、半数も出て行った事を不安になるべきか……前途多難だ、やはり簒奪を急ぎ過ぎた感じがする。

 宮廷魔術師団員も実家は多分だが貴族、殿下達に付いて行った理由には実家の思惑も有る。パゥルム女王は、バーリンゲン王国の貴族を半数以下しか押さえていない。

 これは微妙だぞ、殿下三人を切り崩していけば寝返る貴族達は増えるだろう。だが最初から居た連中との確執も生まれる、それの調整も大変だ。恐怖政治じゃ簡単に破綻する。

 

 まさに何度も思うが前途多難、この泥船政権を木製の小船、いや丸太船政権くらいに押し上げないと駄目なんだよ。

 宮廷魔術師も使えない、宮廷魔術師団員も使えない、一般兵が千人動員されるが維持管理要員だから使えない。

 単独で城塞都市二つか、だが妖狼族も政治的配慮で活躍させないと駄目なんだ。当初の予定より大幅に狂ったから調整が難しい。

 

「そうですか……此方側は侵攻戦に魔術師が使えない、王都の防衛に残りの宮廷魔術師団員は必須。向こう側は防衛戦に宮廷魔術師や宮廷魔術師団員が使える、難易度は上がる」

 

 僕は問題無い、なるべく殺さずは難しいが絶対条件じゃない。敵対すれば倒す、なるべく殺さずだから無理なら守らなくても文句は言われないし言わせない。

 問題は残された最後の一つ、アブドルの街をバーリンゲン王国勢だけで落とせるかだ。僕が一旦戻れば往復の日数と滞在期間を考えれば、一ヶ月近くは戻れない。

 無理だな、最後のアブドルの街は僕が戻る迄は攻略出来ない。戦力が足りない、一ヶ月はお互い戦力増強期間となるのか。

 

 バーリンゲン王国反乱軍に、ウルム王国が接触し増援を送るのにも時間が足りない。だが残り二人の殿下を倒す時は?海路で増援を送る?

 エムデン王国の領土の沿岸を通れば分かるし迎撃も出来る、僕は約束通りにクリスに戦わせる事とメルカッツ殿達の名誉回復と汚名返上の為に参戦させる必要が有る。

 私的にも戦う事が必要だな、つまりパゥルム女王には余計な戦力を消耗するよりも調略に力を注いで貰った方が良いな。下手に手伝わせて自分達も戦いの成果を出させるよりも、全てエムデン王国にして貰った方が良い。

 

 その方が上下関係がより分かり易くなるだろう、与えられた政権だと貴族や国民達が思い知る。その方が支配体制が分かり易くて良いな、そうしよう。

 ロンメール様が戻って来たら相談し、問題が無ければパゥルム女王に話して許可を取ろう。向こうにもメリットが有るが、建前的には戦力が揃う迄は引き抜きと懐柔に専念。

 僕が戻って来る迄は大人しく防衛に重点を置くで良いだろう、細かい詰めは後から来る交渉団に任せれば良い。

 

 うん、クリスやメルカッツ殿達との約束も守れそうだ。先ずはユエ殿を妖狼族の領地に送り届ける事からだ、午後には出発する様に準備を済ませるか……

 


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