古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

555 / 999
第553話

 アウレール王からの緊急召集、既に全員が謁見室に集合しているわ。先ずは私達公爵五家、筆頭のニーレンス公爵。ローラン公爵にバセット公爵、私と参加を許された最下位のバニシード公爵。

 次に侯爵七家、筆頭のアヒム侯爵にラデンブルグ侯爵、モリエスティ侯爵にエルマー侯爵。グンター侯爵にカルステン侯爵。最下位のクリストハルト侯爵は当然だが来てはいない、御家断絶は逃れているけど未だ分からないわ。

 後継者が無能過ぎる、歴史有るクリストハルト侯爵家を無くしたくはないが梃入れしても上手く行かないのは分かり切っている。後継者問題を解決しないと、話にすらならない。

 

 次が宮廷魔術師達、筆頭のサリアリス様。第二席のリーンハルト様は不在。第三席のラミュール様。第四席のユリエル殿は不在。

 第五席のアンドレアル殿に第六席は空席。第七席リッパー殿に第八席から第十一席まで空位。第十二席フレイナル殿だけど、ユリエル殿と同じくハイゼルン砦に居るので不在。

 栄光の宮廷魔術師達も空位が多いわね、十二人中七人。だけど上位二人の能力が隔絶し過ぎているから今は大丈夫。でもサリアリス様の引退は近いわ。

 

 最後の武官連中ですが、近衛騎士団エルムント団長に聖騎士団のライル団長。常備三軍のアロイス将軍と、マリオン将軍はハイゼルン砦に詰めているから不在。

 コンラート将軍が戦死して後任は未だ決まっていない、彼の配下の兵士達はマリオン将軍の軍に吸収されて実質的には二軍になっている。

 不足した兵士の鍛錬を始めたけど、常備軍として機能するには能力不足ね。未だ半年とかの単位で時間が掛かるわ。

 

「アウレール王がいらっしゃいます」

 

 近衛騎士団員の声に思考を止める。今回の召集はバーリンゲン王国の件だと思うのだけれど、私が掴んだ情報だと結婚式に参加する前の王都到着まで。

 アウレール王は王家秘伝の伝書鳩による最新の情報を得ている筈、今朝方鳩小屋に戻って来た鳩を確認しているわ。全員を緊急で召集する重要な情報が有ったのよ。

 リズリット王妃を伴い謁見室に入って来た、アウレール王の表情は……楽しそうだし喜びが隠し切れてないわね。つまりリーンハルト様はバーリンゲン王国に喧嘩を売る事に成功した、この召集はウルム王国とバーリンゲン王国との戦争準備。

 忙しくなるわね、私も公爵軍の派兵準備を進める必要が有るわ。今回は私とリーンハルト様だけでバーリンゲン王国と戦うのだから、楽しみだわ……

 

「よう、全員集まっているな?良い知らせだ、バーリンゲン王国が属国化を申し込んで来た」

 

 どっかりと椅子に座るアウレール王を見詰める、全員が呆けた顔をしているのを楽しそうに見ていますわねって……

 え?ちょっと待って!小国とは言えバーリンゲン王国が属国化?ウルム王国と婚姻外交まで結んで、エムデン王国と事を構える準備をしていたのに裏切って此方に擦り寄ったの?

 当初の予定では、リーンハルト様が喧嘩を売ってから有る程度の戦力を潰して降伏させた後に属国化の話を進める筈よ。

 多民族国家の弱点である少数部族に働きかけて足元から揺さぶる準備も進めていたのに、もう既に属国化したって……

 

「皆も驚いたか?俺も驚いたぞ。何でもゴーレムマスターの奴が結婚式の余興で、バーリンゲン王国の上位宮廷魔術師四人とウルム王国の宮廷魔術師第二席の五人と多対一の模擬戦をして圧勝したそうだ。

それに脅威を抱いたパゥルム王女が、ウルム王国との謀略に固執した父王から政権を奪いエムデン王国に臣従すると申し込んで来た。ウルム王国と完全に手を切る為に、花婿であるレンジュを処刑し二心無しと証も立てたぞ」

 

 楽しそうに話すアウレール王の言葉に理解が追い付かないわ、皆さんも同じだけどサリアリス様だけが笑顔で頷いている。

 他国の宮廷魔術師五人と同時に戦って圧勝?国家の力の象徴たる宮廷魔術師が多対一の模擬戦を挑む事自体が異常だわ。そんな非常識な事を許すなんて、もしリーンハルト様の身に何か有ったら……

 

「ザスキア、そんなに怖い顔をするな。お前の活躍の場も用意されているぞ。何でもパゥルム女王の新政権を維持するには三つの城塞都市を落とす必要が有るそうだ、リーンハルトは二つを落としたら一旦帰って来る。残りは兵力を整えてから討伐するそうだ」

 

 何でもお前抜きだと叱られるからだそうだぞ、完全に姉を思う出来た弟だな。大事な姉を粗略には扱えないってか?とか笑って言われたけれど、そこにも危険な単語が混じってますわよ。

 リーンハルト様は城塞都市を二つも一人で攻略するつもりだわ、ロンメール様の護衛は引き抜けない。バーリンゲン王国の兵士達など使えない、彼等は奪還後の維持と管理を任せる事しか出来ない。

 城塞都市が三つ、バーリンゲン王国の地理を考えればレズン・ハイディア・アブドルの三都市。クリッペン殿下の支配地よね?つまり少なくともクリッペン殿下は生き延びた。

 

 パゥルム女王も詰めが甘いわね、簒奪するなら自分の兄弟姉妹は抑えなさいな。生きて逃がすから政権が安定しないのよ、リーンハルト様が一旦戻るのは長期戦も視野に入れてるわね。

 後は配下のカルナック神槍術道場だったかしら?彼等の名誉回復と汚名返上に必要な参戦と結果の為かしら?個人の武勇を誇らずに私や配下にも配慮する。

 ニーレンス公爵は余裕の苦笑い、多分だけどリーンハルト様なら可能だと思っていたんだわ。ローラン公爵はユーフィンさんの婚約者話が不発で苦笑い。でも大した問題じゃないわ、成功すれば儲けモノ程度の策略だったし……

 

 バセット公爵が呆然としているのは、中立に格下げされた相手の手柄に驚いているのでしょう。小国とはいえ一国を相手に脅しを掛けて属国化させるなど、アウレール王の話じゃなければ信じられないわ。

 バニシード公爵は怒りで真っ赤ね、どうして自分の思い通りにならないのか?リーンハルト様の成果が信じられないけど、アウレール王が嘘を吐く訳がない。

 自分の感情が納得出来ない、もう自分の手には負えなくて悔しいのね。貴方は私達の幸せの踏み台として沈みなさいな。

 

「良かったではないか、ザスキア公爵。リーンハルト殿もザスキア公爵だけには不思議と甘いな」

 

「あら?有り難う御座いますわ、ニーレンス公爵。貴方こそ驚きの成果なのに疑問に思ってないわね?不思議だわ、何かリーンハルト様の力の秘密を見せて貰ったみたいね?」

 

 この狸と妖怪婆が、リーンハルト様とエルフ族の女と模擬戦を組んだのを掴んだのは最近よ。接戦の上で負けたらしいけど、リーンハルト様は敗北を引き摺っていないわ。

 詳細迄は分からないけれど、エルフ族の女二人に認められたらしいわ。レティシアとファティと呼ばれる女達め、忌々しい!

 

「む、その様な事実は無いぞ。だが、リーンハルト殿ならばと信じられる。俺も驚きはしたが、未だ許容範囲だな」

 

 はっはっは、と笑って誤魔化したけどエルフ族との模擬戦は秘密にしなければならないわ。魔法特化種族とは言え、他種族に国家の力の象徴が負けたのは問題なのよ。

 それを招いたニーレンス公爵には負い目が有るけれど、事を公にすればリーンハルト様の名声にも傷が付くから言えない。

 本人は負けを糧に更なるレベルアップをした様なのよね、だから一概にニーレンス公爵を責められないわ。リーンハルト様は何処まで強くなるのかしら?

 

「それと他に四つ、俺に土産を寄越した。一つは古代の遺跡の発見だな、フルフの街に伝わる古代の遺跡の伝承。その謎を掴んだらしい、滞在中に見付けたとか一泊で分かるとか驚かせる」

 

「フルフの街の伝承とは、古代ルトライン帝国時代の要塞が有ったと言われる眉唾モノの噂話だと思ったが、実話だったのか?」

 

 バーリンゲン王国に縁が深い、ローラン公爵が教えてくれたけど……ルトライン帝国時代の古代要塞?リーンハルト様は失われた古代の魔法を現代に蘇らせた実績が有るわ。

 フルフの街に伝わる古代の要塞を発掘すれば、更なる力を付ける事は間違い無いわね。政敵が結果を出し更に強くなる、古代遺跡の発掘には色々な妨害が入る。

 既に二百年以上も人を寄せ付けなかった伝説の屋敷の秘密を暴いているのよ、フルフの街の古代遺跡も間違い無く解読出来るわ。

 財宝など無くても構わない、秘匿されていた要塞その物に価値が有る。何人もの盗賊や魔術師達が見付けられなかったのに、それを簡単に暴く。

 

「古代要塞の発掘は国家が主体で行うべきですな、専門の調査チームを組み当たらせるべきですぞ」

 

「そうだな、リーンハルト卿は多忙だ。遺跡発掘などに手間は取らせられないだろう、誰か他に担当を決めた方が良いな。ウチの抱えている土属性魔術師達ならば、古代遺跡の秘密に辿り着けますぞ」

 

 グンター侯爵とカルステン侯爵が頷き合っているけれど、リーンハルト様以外に誰が調査出来ると思っているのかしら?

 貴方達の抱えている魔術師は、宮廷魔術師第二席よりも能力が高いと思っているの?馬鹿馬鹿しい、無理に決まっているじゃない。

 ならば魔術師ギルド本部に協力を要請する?お馬鹿さんね、彼等はリーンハルト様の協力者よ。彼を裏切る事など有り得ない。

 盗賊ギルド本部?可能性は低いけど、古代遺跡の探索なら手を貸すかしら?でもリーンハルト様が手に入れた屋敷の調査に随分と被害を受けた筈よ。

 古代遺跡とはそれだけ危険なのよ、欲に目が眩んでも無理なモノは無理。犠牲が増えるか、貴重な古代遺跡そのものを破壊してしいまうわ。

 

「グンター、カルステン?お前等は少し黙れ」

 

「そうじゃな。リーンハルトが見付けた古代遺跡を取り上げるのか?リーンハルト以外に誰が古代の遺跡を調べられる?誰が調べられる能力を持っている?利権絡みの下らない思惑で喋るでない!」

 

 アウレール王は静かに叱り、サリアリス様は激昂した。知識の習得を是とする連中から、その機会を奪う。しかも自分が見付けたのに、国家に報告した忠義を薄汚れた欲望で汚した。

 リーンハルト様なら古代遺跡の秘密を暴ける、でも利権等はアウレール王に差し出すわ。彼は知識を得れた事で満足してしまうから。

 そしてアウレール王が公平に判断し利益を分配すると信じている、独り占めとか最初から思ってないのよ。それをアウレール王は理解している、彼等の関係には私も憧れるわ。

 

「古代遺跡の調査など、この国難を凌いだ後の話だ!そんなモノを調べる余裕が有る魔術師を抱えているなら、最前線で戦え!」

 

「そ、それは……土属性魔術師達ですから、戦闘向きではないのです」

 

「そうです。戦費調達の為にも、是非とも我等に古代遺跡の調査をお命じ下さい」

 

 二人の釈明に他の人達も呆れているわね、本当に馬鹿だわ。土属性魔術師が戦闘向きじゃない?現宮廷魔術師第二席のリーンハルト様は常に最前線で戦う英雄よ。

 クリストハルト侯爵が御家断絶の危機に瀕しているのに、それを教訓としないで馬鹿な妄言を言い放てる思考回路は何かしら?

 この二人、まさか旧コトプス帝国の残党達と絡んでないわよね?怪しい、欲望にまみれた馬鹿じゃないわ。何かしら企みが有る……

 

「土属性魔術師が戦いに不向き?馬鹿な、リーンハルト卿の力は本物だぞ。その鋼の精神もな、我等聖騎士団はリーンハルト卿を戦友と認めている!」

 

「近衛騎士団もだ!最前線で我等と共に戦える稀有な男だぞ、下らぬ利権争いのダシにする事は許さぬ」

 

 両騎士団の団長が、リーンハルト様を擁護したわ。戦いが大好き、武器や防具が大好き、何よりエムデン王国を守る事を誇りに思う男達に唯一認められた魔術師。

 彼等が国から支給された誇り有る鎧兜に固定化の魔法を掛けて防御力を二倍にした、その所為も有るのでしょうけど……両騎士団員達からのリーンハルト様に向ける好意はカンストしているわ。

 近衛騎士団の中堅層には我が子の様に扱われている、飲み仲間認定もされているのよね。もう殆ど身内扱い、そしてリーンハルト様も彼等を本来の王国の守護者と評したわ。

 誇り高い近衛騎士団員達が、リーンハルト様だけならばと下に付くのを認めた。エムデン王国の主戦力の要に位置していると言っても良いの。

 

「出過ぎた事を言ってしまった。謝罪しよう」

 

「そうですな、少々早とちりしてしまった。申し訳無い」

 

 悔しそうに頭を下げた、だがアウレール王もサリアリス様も彼等を睨んでいる。未だ三つも成果が有るのに一つ目で騒げば当然よね。

 

「ふん。お前達の思惑も分からんでもない、だが無用な反発は止めろ。二つ目だが、妖狼族を丸ごと配下に加えた。そのままリーンハルトに任せるつもりだ、妖狼族も望んでいる」

 

 獣人族、人間よりも遥かに力強く長寿な連中よね。バーリンゲン王国には、妖狼族と魔牛族の二つの部族が居るわ。

 共に戦闘力は凄まじく、彼等一人に対して人間は百人でも勝てないと聞くわ。この過剰な戦力をリーンハルト様に預ける、これには全員が顔をしかめたわね……

 理由は簡単、リーンハルト様の保有戦力が侯爵家を凌ぐから。敵対されたら負けが確実、それを認める事は出来ないでしょう。

 

 特に敵対してるか、これから敵対する相手ならば……

 

「アウレール王、流石にそれは不味くはないでしょうか?」

 

「過剰な戦力です、獣人族など信用に値しない野蛮な獣ですぞ。そんな連中をリーンハルト卿が御し切れるとは思えない」

 

「自分もそう思いますぞ!リーンハルト卿から獣人共を引き離すべきです、危険過ぎます」

 

 あらあら?バセット公爵にバニシード公爵、それにラデンブルグ侯爵が反発したわ。政敵の戦力増強は認めたくない訳よね、今でさえ敵わないのに更に強くしたくない。

 でも惰弱な人間を見下す連中が、リーンハルト様に臣従するとは驚きね。イーリンからの手紙が待ち遠しいわ、早く詳細が知りたい。知りたくて堪らないわ!

 黙って不満げな表情をする、バセット公爵を見詰める。中立に格下げられて焦っているのでしょうけど……アウレール王の前では隠さなければ駄目だったわ。

 

「奴等は人間を見下している、リーンハルト以外の奴の下に付けても抑えられない。奴等が認めて臣従したのはな、リーンハルトに負けたからだ。尻尾を股の下に挟んで命乞いをしたんだよ」

 

「あの暗殺計画、それを実行したのね?配下などにせず、全滅させるべきじゃないかしら?駄犬には躾が必要だわ……ああ、そう言う意味で、リーンハルト様に預けるのですわね」

 

 ケルトウッドの森のエルフ族から入手した情報、リーンハルト様は暗殺対策に新しい魔法を生み出し習得していたわ。

 暗殺計画は分かってはいた、でも感情が許さない。奴等は一度はリーンハルト様に牙を向き、全てを叩き折られたのね。

 獣は負けた相手に服従する、負かせた相手しか認めない。例えアウレール王でも彼等は認めはしない、だからリーンハルト様に預ける。

 リーンハルト様はエムデン王国とアウレール王を裏切らない、故にリーンハルト様に臣従する妖狼族も結果的には裏切らない。

 

「ザスキアの言う通りだな、リーンハルトは俺を裏切らない。ならば奴の配下の妖狼族も同じ、奴なら上手く使うだろう。この話は決定事項だ、反発は許さない」

 

 バセット公爵にバニシード公爵、ラデンブルグ侯爵にグンター侯爵とカルステン侯爵。この五人は、リーンハルト様に悪感情を持っているわ。

 感情を隠せない愚かな男達、特にグンター侯爵とカルステン侯爵には注意が必要ね。どうにも怪しい、私の勘だけれど……

 

「三つ目は、モア教のシモンズ司祭がリーンハルトに保護を求めた事だ。グンター、カルステン。お前達に、この意味が分かるか?」

 

 突然アウレール王に質問された事で酷く動揺したわね、そして必死に意味を考えているけど分からないみたいね。

 国王の問いに答えられない臣下など役には立たない、それを理解しているから必死に考えてはいるけれど分からない。

 それなりに有能ではあるけれど、配下頼りな所がある名門貴族。単にリーンハルト様が強いから庇護を求めたじゃ失格よ。

 

 あらあら、額に汗まで滲ませてどうしたのかしら?全く滑稽な殿方、でもモア教の存在意義が分からなければ無理な問いよね。

 アウレール王もニヤニヤして見ている、これはグンター侯爵とカルステン侯爵には……

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。