古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第555話

 先ずは妖狼族の領地、ディバム領へと向かう。ユエ殿を妖狼族の領地に送る為だ。ウルフェル殿は子爵位をバーリンゲン王国から貰っており、正式な名前はウルフェル・ディバム・フォン・ガーフィー。

 妖狼族的には、ウルフェル・ガーフィーとなる、エムデン王国に鞍替えした場合はディバム領は与えられない。正式にエムデン王国から子爵位は叙される予定だが領地は未定。

 千人以上も居る妖狼族の新しい領地は、僕がアウレール王に頼まなくては駄目だ。ローゼンクロス領では手狭だし、他に領地を拝領するしかない。

 手柄は立てた、だが妖狼族は僕を暗殺し損ねた事実が有る。彼等の事を良く思わない連中も多い、獣人だからと差別する奴等が……

 だからレズンの街とハイディアの街を落とすのを手伝わせる。城塞都市の攻略に従軍すれは手柄にはなる、それで暗殺未遂事件を相殺するしかない。

 僕は人間至上主義者達に喧嘩を売った、ドワーフ族とエルフ族には知り合いが居るし、妖狼族は一族纏めて面倒を見る。彼等からすれば、僕は忌々しい博愛主義者だろうな。

「リーンハルト様、準備が出来ました」

 フェルリル嬢とサーフィル嬢を従えた、ユエ殿が笑顔を浮かべて走って来る。幼女形態の時は危なっかしい、パタパタした感じで走り寄り飛び付いて来た。

「ちょ、ユエ殿?危ないですよ」

 跳躍力は凄いのか、僕の首に両手を回して抱き付いて来た。幼女特有らしい高い体温、それに良い匂いが……

 ブルブルと首を振る、僕は女性の体臭好きな自覚有る変態だが隠し通している。こんな所で自分の性癖をさらけ出す愚かな行為はしない。

 あれ?自覚有る変態とか、ナチュラルに自分で認めちゃったよ駄目だろ。不味い、この僕が何か殻を破ったか一皮剥けた、駄目な方向に覚醒した?

「ユエ様は、すっかりリーンハルト様に懐かれましたね」

「こんなに楽しそうなユエ様を見るのは初めてです、神殿にお篭もりの時は大人しかったのに……」

 フェルリル嬢達がジト目で僕を見る、敬愛する妖狼族の巫女が他種族の男に懐けば面白くもないのは分かる。だが少しは僕に配慮してくれ。

 君達は僕を暗殺しようとした過去が有り、今回はその罪を清算する為に行動してるんだ。巫女様とだけ仲良くするのは狡いとか意味不明、いや意味を分かりたくない。

 ウルフェル殿が彼女達が僕に服従のポーズ(腹見せ)をしたと知った時の顔は……娘を末永く宜しく頼むとか意味深だから止めてくれ!

「リーンハルト様は、女性の匂いが大好きなのですね?女神ルナが教えてくれました、私の体臭は好みでしょうか?」

「な?」

 首に抱き付き耳元で囁く様に言われたので、フェルリル嬢達には聞こえてないと思うが……女神ルナの御神託って、何でも分かるのか?

 多分だが、僕の素性も分かっているのだろう。相手は女神だ、人の身で勝てる訳が無い。だが無闇に御神託で人の秘密を教えるのは勘弁して欲しい。

 期待に満ちた目で見詰める、ユエ殿の背中を軽く二回叩いてから下ろす。回答はしないで有耶無耶で誤魔化す。

 今回の同行者は、ウルフェル殿とフェルリル嬢、それにサーフィル嬢とユエ殿の四人の少数行動だ。

 他はロンメール様の護衛として、ゼクス五姉妹と共に残す。バーリンゲン王国の兵士達は別ルートで、五日後にレズンの街の手前で合流予定だ。

 彼等は僕が落としたレズンの街の維持管理を頼む事になる、攻略の手伝いはさせない。手柄は僕と妖狼族とで頂くから……

「その御神託の情報は、危険ですから秘密にして下さいね」

「二人だけの秘密ですね。いえ、女神ルナも合わせれば三人だけの秘密です」

 いや、女神は勘定に入れちゃ駄目だと思うぞ。フェルリル嬢達も不思議そうに僕等を見ている、女神ルナが噂話好きな女性みたいになってるぞ。

 さて、準備は出来た。僕等は先ず妖狼族の領地にユエ殿を送り届ける、そして妖狼族の戦士達と共にレズンの街を落とす。

 バーリンゲン王国の兵士達との合流は五日後、妖狼族の領地には準備を含めて二日間の滞在を予定している。今日中に着かないと日程的に厳しい。

「では出発しましょう」

 バーリンゲン王国手配の地味だが高級仕様の馬車に全員で乗り込む、僕等の身元がバレない為の措置。

 パゥルム女王は国内外にエムデン王国への属国化を伝えたが、当然だが反発する連中も居るだろう。

 単純な馬鹿は僕等を襲うだろう、だから極力身元が分からない手段を取る。王都から離れれば何とでもなる、この馬車も途中で乗り捨てだ。

「では頼みます、出発しましょう」

「はい、お任せ下さい」

 御者に声を掛けて出発を促す、王宮の正門でなく裏門から出て真っ直ぐ外へと向かう。馬車はカーテンを閉めて中が見えない様にする、上級貴族のお忍びだな。

 魔力探索を行い襲撃者に備える、馬車に向かい魔法で攻撃されると厳しい。ユエ殿達は守れても御者や馬達は無理だ。

 パゥルム女王は護衛兵を付けると言ったが信用出来ない相手を同行させても足手纏いだし、妖狼族の領地に大勢の人間を連れて行くのも問題だから断った。

 チラリとカーテンの隙間から貴族街や商業地区、住居地区の様子を見る。混乱は収まったみたいだが、焦り気味な兵士達が巡回し店も半分は閉まっている。

 人通りは少なく活気も無い、簒奪によるパゥルム女王の新政権の船出は順調じゃないのを肌で感じた。

 国民達が受け入れていれば喜びを露わに街は活気付くものだが、慎重に家に籠もってるのは不安で様子見。パゥルム女王の手腕が問われる。

「街の様子を見ましたが、静か過ぎます。国民達はパゥルム女王を歓迎していない、不安で様子を伺っているみたいだ」

「人間の事は分からないのだが、確かに嵐の前の静けさみたいな空気を感じますな」

 む、歴戦の戦士であるウルフェル殿の感じ方は不吉だぞ、嵐の前の静けさなんて一波乱有るって事だ。

 アドム殿達護衛兵にゼクス五姉妹を残して来たが大丈夫かな?第四軍も王都に呼んだし、戦力的には十分な筈だ。

 敵戦力は、これから潰しに行く。問題は無い筈だが不安は感じる、やはりアインは無理でもツヴァイかドライを残すべきだったかな?

「何故、リーンハルト様は、ユエ様を膝の上に座らせているのでしょうか?」

「この馬車は狭くはないです」

 え?確かに指摘されるまで気付かなかった、ユエ殿は僕の膝に座っている。僕の視線に気付いたのか上目使いで……

「リーンハルト様の膝の上は安心します、嫌でしょうか?」

 むぅ、これは断れない。この不安一杯で見上げられたら断る事など難しい、いや無理だろ。駄目だ、ユエ殿に対して何かしらの感情のプラス補正が入ってないか?

「嫌では有りませんが、少しだけ自粛して貰えると助かります」

 不安を抱えているのだろう、妖狼族の未来は彼女の小さな両肩にのし掛かっている。少し前までは拉致られて西側の塔に幽閉されていたし、黒狼に貞操を狙われていたんだ。

 頭を撫でると細目になり僅かに微笑む、ああコレが父性ってヤツだな。実年齢は年上でも、この仕草にはクルものが有る。

 少しヤバいか?ウルフェル殿は固まり、フェルリル嬢やサーフィル嬢はニヤニヤしている。僕は幼女愛好家の変態じゃない、只の匂いフェチだぞ!

◇◇◇◇◇◇

 途中で馬車を乗り換え短い休憩を挟み、妖狼族の領地まで後二時間位の位置で馬車が止まった。休憩じゃないし、御者が僕等に声を掛けずに逃げ出したとなれば……

「襲撃か、御者も敵の仲間だったみたいですな」

「ええ、取り囲まれてますね。だが目的地には真っ直ぐ向かってくれた、他に連れてかれては困りますからね」

 僕は魔力探索で、ウルフェル殿は気配を感じたみたいだ。しかしパゥルム女王も脇が甘いのか、わざと裏切りそうな連中に護送を頼んだのか?

 イマイチ信用出来ない、まぁ関係は希薄な方が良心が痛まないから良いか。変に情が生まれると突き放せなくなるからな。

 更に魔力探索の範囲を広げる、取り囲んでいる襲撃者は二百人前後。魔術師は一人だけだが、レベル30未満かな。

「約二百人か、甘く見られたものだ。十倍は用意しないと勝負にすらならないのに……ユエ殿は馬車の中に居て下さい、さっさと片付けて来ます」

「俺も行く、身体が鈍りそうだった」

 グルグルと肩を回すウルフェル殿を見て、敬語を使ったりと無理をしていたんだなと悟る。まぁ彼の戦闘能力を知るチャンスだから良いか……

「じゃ半分に分けましょう、僕は右側を片付けます」

「俺は左側だな、分かった」

 ニヤリと笑い合い左右の扉を開き外に出る、遠巻きに取り囲んでいる連中を見回すが完全装備だな。弓を装備する者は少ない、コイツ等は貴族のお抱えの私兵だと思う。

 装備の質も良いし動きも統率もされている、隊長は唯一の魔術師みたいだ。真っ黒なローブ、長い樫の杖、しかし結構な高齢だな。

「一応聞いておくが、野盗の類(たぐい)か?」

 一番偉そうな魔術師に向かって聞いてみる、多分だが三人の殿下の誰かの派閥貴族の配下だろう。僕等の情報がザルみたいに漏れて広まっている、引き締めは無理そうだ。

 此方の見下した問い掛けに切れたか?真っ赤になって怒りを露わにしているが、簡単な挑発に乗るなよ。

「我等はエムデン王国の傀儡になどならんぞ!お前を殺して此方から宣戦布告をしてやる」

「傀儡国家は正解、エムデン王国は背後でバーリンゲン王国がチョロチョロするのが嫌だったんだ。攻撃するなら反撃する、死を以て償う事になるよ?」

 一応は最後通告をする、敵対してるとは言え最低限の義理だな。建て前でも直ぐに戦わず対話をした実績作りだ。

 どうも彼等は騙されて僕の正確な戦闘力を知らないっぽい、二百人程度で威張られる程度の実績は積んでないぞ。

「馬鹿にするな!此方は二百人以上は居るし、お前達は二人じゃないか!その馬車の中の女は、お前達を殺してから可愛がって……」

「死ね!黒縄(こくじょう)よ、切り刻め」

 アーシャの襲撃を思い出させる不快な言動、そんな言葉を吐く奴等に情けは無用。全く馬鹿ばっかりだな、嫌になる。

 両手を前に突き出し、鋼鉄の蔦を左右五本ずつ合計十本伸ばして魔術師に突き刺す。胴体に風穴を十ヵ所開けて即死させた。

 そのまま左右に腕を開き半円形の範囲の敵を切り刻む、迂闊に近寄るから負けるんだぞ。身体を何分割かにされた兵士達が崩れ落ちる、自分でやってもトラウマモノだよな。

 振り向けば、ウルフェル殿が両手だけを部分的に獣化し敵兵の中に飛び込んで行くのが見えた。

 パンパンに筋肉が張って少し長くなった両腕、しかも爪が30㎝ほど伸びている。強力な腕の一振りで、同じ様に敵兵が分割されてるよ。

 聞いた話では満月の周期だけど昼間に女神ルナの御加護による獣化が出来るのか、凄いな。アイアンアーマーが紙みたいに簡単に裂けてる、完全に獣化したらどうなる?

 黒狼のダーブスよりも強くないか?ギョングル達とか若手実力派とか言ったが全然駄目じゃん。

「貴様等は皆殺しだ!巫女殿に危害を加える奴は、五体満足で死ねると思うなよ!」

「ああ、ユエ殿や愛娘を汚すと言ったんだ。あの怒りも仕方無しだな、哀れな敵兵に同情だけはしてやるよ」

 もう、ウルフェル殿無双だな。うん、デオドラ男爵クラスの身体能力に強靭な爪、切れ味は魔力刃にも迫る。

 その腕を振るうと5m位の斬撃波が飛んでいる、必殺の間合いだ。しかも体術がトリッキー過ぎる、人間では不可能の体裁き。

 片手で倒立し腕の力だけで飛び上がるとか予想外の動きで翻弄された敵兵達は、殆ど抵抗出来ずに倒されている。

「ば、化け物め!」

「ひぃ?無理だ、逃げろ。死ぬのは嫌だ……」

 半数以上を倒した辺りで敵兵達の心が折れたみたいだ、武器を放り出して逃げ出した。だが逃がす訳には行かない、御者も少し離れて様子を見ていたが直ぐに逃げるべきだったな。

 極限状態の人間の行動って不思議だ、四方八方に逃げれば助かる確率は高いのに最初に逃げ出した奴を全員が追い掛けている。

 身体能力に劣る連中が同じ方向に逃げれば、追う方は取り逃がしが無く倒せる。実際にウルフェル殿が追い掛けながら、敵兵を倒している。

 御者にも追い付いて後ろから袈裟懸けに切り裂いた、奴は生かして捕まえて尋問したかったけど仕方無いか……

「ウルフェル殿、ご苦労様でした」

「其方は瞬殺でしたな、ダーブスが倒されるのも納得した。御者は殺したが、俺やフェルリルは御者の代わりも出来るので安心してくれ」

 両腕の肘から下を敵兵達の血で真っ赤に染めているし、知らぬ間に上半身も獣化したのか上着が弾けて鍛え抜かれた筋肉が見えている。

 約五分で百人を無傷で倒したか、流石は獣人だと思えば良いのか武人と感心するべきか悩む。

「先ずは身体を清めて下さい。服は……適当に錬金します」

 近くに泉が有るらしく、ウルフェル殿が凄いスピードで走って行った。流石に領地周辺の地理には詳しいんだな、確か女神ルナは泉とも関係してるらしいし。

 待ってる間に魔術師と襲撃犯の何人かの首を錬金した鉄箱に入れて空間創造に収納する、襲撃の証拠用だ。

 それと惨劇の痕跡を隠す為に死体は埋葬し、その上の土を一枚岩に錬金。掘り出せなくする、証拠の隠滅防止だな。

 パゥルム女王の手配の御者が裏切り、バーリンゲン王国の貴族の配下に襲われたんだ。ある程度の譲歩は引き出せるだろう、目標はフルフの街の調査をエムデン王国主体で行う事。

 欲しい物は全部貰ってあるけど、あの遺跡を調査した名目で使用を控えているマジックアイテムとかを解放する。入手先や情報元が曖昧な技術も有るし、利用させて貰うか……




日刊ランキング四位、有難う御座います。

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