古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第557話

 ディバム領内のウェステルス山脈の中腹にある、妖狼族の里に到着した。山奥の隠れ里が一番しっくりする、自然に溶け込んだ山里だ。

 妖狼族は全体でも千人弱、平均寿命は三百歳と長寿だが長寿種に有りがちな緩やかな人口減少に陥っている。

 聞けば百年から百五十年前に出産ブームが有り、その後は毎年数人しか新生児は産まれてない。

 人口の半数は、この出産ブームで生まれた連中だ。老人中年五割、若手四割、子供が一割の歪なバランス。若手達が結婚し子供を作れば問題は無いんじゃないか?

 因みに成人と認められる年齢は五十歳、百歳前後で才能が有れば完全獣化する可能性が有るらしい。嫁を貰うには幾つかの試練が有り、これが結婚の妨げになっている。

 妖狼族の弱い男は嫁を貰えない、人間だったら経済力の無い男は嫁を貰えない。要は守れるか、養えるかだな。

 そして現在だが、僕は非常に困った状況に追い込まれている……

「リーンハルト殿は酒豪だと聞いたぞ!この酒は山の恵みの果実を発酵させた物だ、グィっと空けてくれ」

 溢れてます、手に持つ椀から溢れて手にかかってます!

 ウルフェル殿は相当酔っ払っている、巨大なお椀みたいなコップに並々と酒を注いでくれる。

 一杯がワインのフルボトル一本分位有るんだ、何杯も飲めないぞ!

「はぁ、頂きます」

 妖狼族が全員で接待してくれるのだが、右側にウルフェル殿が座り頻(しき)りに酒を勧めてくるし、左側にユエ殿が座り料理を取り分けてくれる。

 野趣溢れる料理だ、基本的に肉主体で川魚が少し。後は山菜や果実だが穀物は少ない。最近は上級貴族として肩肘張った料理ばかりだったので逆に新鮮だ。

 部族長と巫女が左右で持て成してくれて、目の前では若い妖狼族の女性達が民族舞踊を舞っている。扇情的な衣装に腰をくねらせる艶っぽい仕草、遠巻きに若い男達の嫉妬と羨望の眼差し。

 僕の強さはウルフェル殿とユエ殿、それにフェルリル嬢達が保証してくれた。巫女であるユエ殿の言葉は絶対、そしてウルフェル殿に次ぐ強さだったダーブスを倒した事。

 これが熱烈歓迎の理由であり、強い男の子種が欲しい。異種間で交わっても妖狼族しか生まれない、だから人間でも強ければ大丈夫?

 そんな事も遠回しに言われたが、ユエ殿が笑顔で女神ルナの御神託により駄目です!と一喝して収まったのだが……御神託、万能過ぎる。

「バーリンゲン王国の連中に途中で襲われたそうですね?森の境界線の警備は増員しましたが、大丈夫でしょうか?」

「む、大丈夫だな。二百人程の雑兵達だったが、俺とリーンハルト殿とで半数ずつ倒した。俺は五分掛かったが、リーンハルト殿は僅か十秒位だったな。呆れる強さだぞ」

「おお!流石はリーンハルト様ですわね」

 交代制なのか若い妖狼族の女性達が挨拶に来て短い会話の後で次に代わる、二百人位の未婚女性が居るらしい。

 彼女達が結婚して子供を授かれば問題は解決だが、同数位居る独身男性でウルフェル殿が認めた強い男は五十人に満たない。

 選定基準が厳しいのか?だが強い男が彼女達に認められるかが別問題らしい、その強い男達よりも更に強い女性も多い。

 女神ルナの恩恵は女性の方が授かり易く、この微妙な力関係が結婚の妨げになっているらしいが……僕では男女間の事など解決は不可能だろうな。

 同種族の男女間でも力関係が発生する、フェルリル嬢達に襲われた時は男女二人ずつ四人組だったが男達の方が関係は強かった気がしたけど違うのか?

 あれ?ギョングルだっけ?パゥルム女王が好きとか言ってなかったか?同族じゃなくて他種族に恋慕してた?あれ?

「どうされましたか?表情がクルクルと変わりましたが……百面相ですか?」

「ん?いえ、そのアレです。物事って上手く行かない時は、まるで駄目なんですね」

 ユエ殿がナマ優しい目で見詰めた後に背伸びをして頭を撫でてくれたが、何と勘違いしたんだ?

 周囲の連中も巫女であるユエ殿と僕が親密である事が嬉しいのか、くすぐったい位に視線が優しいのだが勘弁してくれ。

 これでは幼女に甘えるか慰められる情けない男みたいではないか!僕は……魔法と戦闘以外の仕事面ではザスキア公爵とジゼル嬢に、私生活面ではイルメラ達に甘えているな。

 うん、間違いではないし間違ってもない。それにユエ殿まで増えるのか?それは男として一寸情けなくないか?

◇◇◇◇◇◇

 宴会が終わり僕は妖狼族の女神ルナを祀る神殿内の部屋を割り当てられた、普通は部族長の屋敷だと思うのだが……

 集落に流れる川の上流、小さな泉の脇に妖狼族の簡素な神殿が建っている。川の流れる音を聞くと心が休まるな、神域なので厳格な雰囲気は……感じないか、未だ建物が新しいので歴史の重みを感じないんだ。

 この集落は先祖伝来でなく十年程前に引っ越して来たそうだ。前の集落はモンスターの大量発生による襲撃で壊滅的な被害を受けた、人的被害は殆ど無かったが水源を汚されたらしい。

 部屋は二階、一応ベランダも有る豪華な造りだ。貴賓客用の寝室なのだろう、集落全体が見下ろせる。人工の明かりが一切無い森は真っ暗で、星が出てなければ夜空との境界線が分からない。

 中央の広場では篝火が焚かれて明るいが、揺らめく炎が作り出す影が怪しく蠢いている。未だ村人達は飲み足りないのか、車座になって盛り上がっている。

 男女の小グループに別れて飲んでいるみたいだ、お堅い宮廷マナーなど関係無く楽しんでいるのは羨ましい。

 僕があの輪の中に入り楽しく飲み食いする事は出来ない、バレたら色々と騒ぐ馬鹿も居る。全く気楽にしていた半年前が懐かしい、もう取り戻せない過ぎ去りし輝かしい日々……

「リーンハルト様、そろそろお休みになられた方が宜しいです」

 控え目なノックの後に返事を待たずに部屋に入って来た、人間の貴族的マナーは学んでないのだろうか?

 今後は必要になるかな?いや、ならないな。彼女を他の貴族達に引き合わせる事はしない、女神ルナの巫女は本来は神殿の奥に居るから神秘性が有る。

 それが気軽に会えるとかは無いな、碌な目的で会いたいとも言うまい。だから彼女には、もしもの時に対応出来る最低限のマナーだけ学んで貰えば良い。

「うん?先ずは何故、ユエ殿は枕を抱えているか聞こうかな?」

 夜着らしい真っ白で簡素な服と身体に似合わない大きな枕を抱えているが、一緒に寝るとかは無しだぞ!

 ん?とか首を傾げて私は分かりません的な雰囲気を醸し出しているが、僕には分かります。それは問題を発生させる、僕は実地で学んだから間違い無い。

「一緒に寝る為です。山間部の朝晩は冷え込みますし、私達の部族には……その、夜這いと言う伝統が有ります。リーンハルト様の子種だけが欲しい、その様な女達も沢山居ます」

 真面目な顔で何を言った?沢山居るの?夜這いって、過疎化の進む村で人口増加を推進する伝統的な悪しき風習じゃなかったっけ?

 婚姻関係を重要視する貴族にとって、勝手に屋敷に侵入されて娘と関係を持たれる最悪な行為。既婚者の浮気にしても招かれざる不法侵入者だ、バレたら最悪の場合は離縁される。浮気はルールを守れって、こう言う事案が多いのか?

 やる方はスリリングな恋愛を楽しめるとか馬鹿な言い訳をするが、もしバレたら相手が格上の貴族であっても現行犯なら手打ちも有りだ。実際に毎年何人か馬鹿な貴族男性が捕まり何らかの処分をされている、火遊びの結末は火消しが出来る能力が有るか無いかで……

 金と力の有る奴は夜這いなんかせずに多少は強引でも合法的に女性を手に入れる、実家的に家の危機を招く夜這いなんてしない。

 バレたら大抵は金銭的な事で済ませて秘密にし大事にはしない、未婚の淑女なら嫁ぎ先が無くなる事態になるから……

 責任を取って娶れば良いのだが、そう言う連中には大抵本妻が居て側室として迎えられても長くは保たない。

 浮気性な男は次々と浮気するし、夜這いをする連中は密かに回状が廻り最終的には親か親族連中が人知れず処分する。

 それが血族や親族を大切にする貴族なんだ、不義理を働く男など一族には不要。だが馬鹿な男は割と絶えない、でも今回って女性からだから逆夜這い?

「僕のゴーレム警備網を抜けて来る連中など居ませんから大丈夫です。僕は一人で寝れますよ」

 一人で寝れますとか子供みたいだな、この神殿の基本警備だって有るのに夜這いに来れるなんてザルみたいな警備じゃないだろ?

 いや、ダーブスはユエ殿を誘拐したんだよな?この神殿の警備網って、もしかしなくてもザルか?だから夜這いを心配されたのか?

「一人寝は寂しいのです。一緒に寝て下さい、お願いします」

 ちょこんと頭を下げた後に、魅惑的に微笑んだが……子供らしいのか、年頃の淑女の誘惑なのか、両方の条件を満たしているから判断に困る。

 幼女であり淑女であり子狼でもある、だから判断に困る。だが状況的に駄目だ、妖狼族の神殿で巫女と同衾?駄目だろ!

「いや、お互い困ると思うんだよねって……ユエ殿?」

 大きめな枕は神獣形態の時のクッション代わりか、だけど着ていた服を脱ぎ散らかすのは止めて欲しい。考え込んでいる隙に子狼状態になり、素早くベッドに飛び込んでしまった……

 まぁ何度か一緒に寝ているし今更って事で諦めるか、明日の午後にはレズンの街に向かうしユエ殿と一緒に寝るのも最後だし。

 ユエ殿も寂しいのだろう、諦めて戸締まりを厳重に行い見張り用のゴーレムナイトを窓やドアの前に二体ずつ配置する。

 脱ぎ散らかした服は纏めてソファーの上に置く、流石に畳むのは無理だ。脱ぎ立ての下着とかも有るんだぞ、直接触る事には抵抗が有る。

 多分だけど父性を刺激されるんだろうな、僕には転生前も実子には恵まれなかった。エレさんの事を妹か娘みたいに感じるのも同じ事、僕は実子を望んでいるんだ。

「灯りを消しますよ」

「きゅーん!」

「明日の朝は、フェルリル嬢達にバレる前に自分の寝室に戻るんですよ」

「きゅう!」

 器用に片手を上げて了解的なジェスチャーをしてるけど、本当に分かっているのかな?でも潜在的な敵国の領内で一人でも緊張せずに居られるのも、ユエ殿のお陰かな?

「あ?こら、腹の上に乗らないで!」

 直ぐにクッション代わりの枕に飽きたのか、僕のお腹をクッション代わりにする為に布団に潜り込んでよじ登って来たが……正直くすぐったいぞ!

「きゅーん!」

 腹枕ですか?そうですか?満足そうですね、僕も暖かいから良いですけどバレたら大事なような……

◇◇◇◇◇◇

 深夜に三回程、見張り用のゴーレムからラインを通じて不審者を捉えたと連絡が入った。本当に逆夜這いに来たらしい、直ぐに拘束を解いて帰したけど……

 まさか僕が逆夜這いに合うとは驚いた、しかもミッテルト王女みたいに政略結婚とかじゃなくて純粋に子種が欲しいのが理由でだ。

 本当に結婚相手は強くなければ駄目なのか、強さの基準って誰なんだ?ウルフェル殿クラスじゃないよな?ギョングルかダーブス?

「おはようございます、リーンハルト様」

「うん、おはよう。不用意に幼女形態にはならない、昨夜脱いだ服はソファーの上だよ。僕の見てない内に着替えて下さい」

 僕は服を着ているけどユエ殿は全裸だ、その彼女が僕の腹の上で朝の挨拶をするのって不味いよな。うん、見られたら既成事実有りと思われても反論出来ない、何故昨夜の僕は同衾を許可した?何かしらの補正が掛かってる?

 少なくとも早く服を着せる、横を向いて目を閉じる。布擦れの音が劣情を誘うとかは全くない、僕は健全だ。幼女に劣情など抱かない、でも彼女の言葉は何となく受け入れてしまう……

「では朝食の準備をしてきますので、暫くお待ち下さい。今、フェルリルに洗顔用の水を用意させます」

「この神殿には、何人の妖狼族が居るのかな?」

 この質問に、フェルリル嬢とサーフィル嬢が巫女である彼女の世話役。他に下働きの女性が数人しか居ないと教えてくれた、男子禁制なんですよって言われたが……

「僕は男だぞ、男子禁制の神殿で巫女と同衾する。女神ルナに真っ向から喧嘩を売ってないかな?売ってるよな?」

 ユエ殿がカートを押して朝食を運んでくれるまで考えに耽ってしまった。顔を洗う水を張った洗面器が知らない内に有ったけど、もしかしなくてもフェルリル嬢が持って来たんだな。

 うん、彼女に気付かない程に考え込んでいたのか。この思考の海に沈む癖は中々直らない、気を使っているのに全然駄目だ。

「リーンハルト様、冷めない内に食べて下さい」

「ああ、御免ね。直ぐに顔を洗うから待ってて下さい」

 おかしいな、らしくないぞ。今日はレズンの街を攻略しに出撃するんだ、気を引き締めないと駄目だ。

 属国化したバーリンゲン王国の安定化、今はやるべき事をやるしかない。それがユエ殿達の……妖狼族の立場の安定にも繋がるんだぞ、しっかりしろ!

 




日刊ランキング四位、有難う御座います。

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