古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第558話

 ウェステルス山脈の中腹に有る妖狼族の山里、ディバム領に来ている。

 男子禁制、女神ルナを祀る神殿で巫女と同衾。宗教関係者に真っ向から喧嘩を売る感じになってしまったが、ユエ殿は特に動揺していない。

 自らカートを押して朝食を運んでくれた、少し時間が掛かったが思考の海に沈んでいたので問題は無い。

「手早く作ったので、お口に合うかどうか……」

「え?この料理はユエ殿が作ったのですか?」

 嬉しそうに笑顔を浮かべてくれたが、巫女が自ら料理を振る舞ってくれるとか待遇が良いのか人手不足なのか悩む。

 小さな幼女形態の彼女が厨房に立ち料理する、背が合う調理台が有るのか踏み台を用意したのか?料理をする風景が浮かばない。

 テーブルに並べられた料理は、水で溶いた小麦粉を円形にして薄焼きにしたパンに近いモノ。名前は忘れたが、他の料理を挟んで巻いて食べる筈だ。

 挟み込む具材だが、ジャガ芋をスライスして油で揚げた物にトマトと唐辛子を一緒に煮込んだ物。

 小さな川魚の素揚げに、干し肉と数種類の野菜を一緒に煮込んだスープ。あとは山羊の乳に、デザートの木苺かな?

 山岳民族の料理みたいだ、前に同じ様な料理を食べた事が有る。寒暖の差が激しい高山では、保温の為に辛い料理を食べたりする。

 ジャガ芋は比較的育て易く丈夫な野菜だ、この山里の環境でも栽培出来るのだろう。干し肉と一緒に煮てある野菜は山菜みたいだ、独特の食感と苦味が有るそうだ。

「素朴だけど美味しそうだね」

 高級食材は一切無いが、お持て成しの意味では満点だろう。僕は肩肘張った高級料理よりも、簡素だが気持ちの籠もった手料理に飢えている。

 立場上、もうイルメラやウィンディアの手料理は食べられない。何かしらの理由がなければ、バレなくても控えなくてはならない。

 こんな面倒臭い立場だが、この地位と権力が無ければ僕の望む幸せが掴めなかったんだ。だから後悔はしていない、割り切っている。

「正直、リーンハルト様に出しても良いか迷いましたが、これが私達の日常の食事なのです」

 つまり狩猟民族かと思った妖狼族は野菜や家畜も育てて生計を立てているのか、平地に新しい領地を割り当てても生活は大丈夫かな?

 だが支援は必要だ、千人弱の生活基盤を支えるとなると初期投資だけでも金貨三十万枚は必要だろう。仕事の斡旋は、農耕と狩猟と私兵への雇用で何とかなるか?

 向かい合って座り、各々の信仰する神に食事の前の祈りを捧げる。ユエ殿は女神ルナに、僕はモアの神に……

「「頂きます」」

 熱々のスープは干し肉から良い塩梅の塩味が出ていて美味い、ユエ殿を見習い薄いパンらしきモノにトマトの煮込みを塗って素揚げした川魚を乗せる。

 クルクルと巻いて頭から食べる、トマトの酸味と唐辛子の辛味が素揚げした小魚の淡白さと合う。僕の知らない香辛料が入っているのか、癖は有るが普通に美味い。

 辛くなった口の中に塩のみで薄く味付けしたジャガ芋が合う、口直しに丁度良い。山羊の乳は、僕は少し苦手だな。癖が強いのと温めると独特の臭味が有る、問題無く飲める範疇だけどね。

「リーンハルト様。今後の事ですが、今は同行する戦士の選抜を行っています」

 食事の途中でも会話を振ってくる、この辺のマナーの違いは他の貴族連中から悪く言われるので注意が必要。何時誰が見ているか分からない、下手な足の引っ張り合いは御免だ。

「この山里の守りの維持が優先、僕に同行する連中は少なくて構わない。移動力重視、十日間で二つの街を落としたら直ぐに帰って来る事になります」

 参戦した実績だけで良い、だが移動に手間取るのは困る。パゥルム女王が手配する兵士達との合流には時間制限が有る、この山里からのエムデン王国への移動は暫く後になる。

 ウルム王国に勝利した後の論功行賞の時に、一緒に評価されて新しい領地を賜る事になる。場合によっては半年から一年位は先かも知れない、国家間戦争は時間が掛かる。

「私達の山里の警備は住人達で交代で警戒し、物理的な対処は専門の訓練を会得した者達が行います。モンスターと人は違いますから……」

「つまり過去に人間が攻めて来た事が有る、そう言う事ですね。ならば僕に着いて来る連中は四十人前後で良いかな」

 言い辛そうなのは僕も人間だからだ。少数部族が争い纏まらない国だけど、まさか獣人達の山里を襲う奴等が居たとは驚いた。

 彼等は人間を遥かに凌駕する肉体的スペックを誇る、故に危険だと排除に動いたか?複数の部族が協力したとも考えられる。

 だが険しい山々の中に有る、この山里を襲うのは厳しい。千人以上の兵力が無ければ彼等と互角には戦えない、だが険しい山道は数の利を完全に潰す。

 おびき寄せるにしても何を囮にする?巫女か神獣、或いは同族愛を利用して仲間を捕らえて誘い出す?どれも無理だな、同族のダーブスだからこそ内部からユエ殿は攫う事が出来たんだ。

 それに現状で妖狼族に拘る連中は居ない、エムデン王国に臣従するか戦うかの二択しかない。妖狼族を戦力として取り込むなら分かる、だが交渉材料が無い。

 それなりの戦力を残しておけば大丈夫、交渉の使者が来ても保留させれば良い。拒否は即敵対とか言いそうだが、レズンの街を落とせば敵対勢力は引き上げる。

「それでは少な過ぎませんか?対人として訓練を積んだ戦士は三百人は居ます。他にも対人訓練は積んでませんが、モンスター討伐等で鍛えた者達も同じく三百人は居ます」

「部族全体の半数以上が戦士と猟師か……でも四十人で大丈夫、僕はゴーレムを即五百体は錬金して運用する事が出来る。妖狼族を戦力としてはカウントしない、参戦する事に意味が有る。分かるよね?」

「私達の立場の向上と明確化、ならば私も同行します。此処はウルフェル殿に任せれば大丈夫です」

 あーうん、予想通りの展開だ。ユエ殿は付いて来る気が満々だったのは薄々だが気付いていた。短い付き合いだが、興味本位や利己的な考えじゃないのは分かる。

 だが本来は神殿の奥に居て外界と遮断されている、女神ルナに仕える巫女が参戦など駄目だろう。多くの人の目に曝されるのは神秘性とかに問題が……

「勿論ですが、この姿では同行しません。神獣形態で同行します、体の良い妖狼族の御輿です」

「む、だが十日間も神獣のままだと大変だよ。確かに僕は自分が身体を動かして戦わないから、近くで守る事は出来るけど……」

 一般兵だけだと弱い、将が必要だがウルフェル殿以外は不安要素が多い。フェルリル嬢?不安しかないな……逆にウルフェル殿を連れて行けば山里の警備に不安が有る、神獣なら御輿としては十分だ。

 幼女形態のユエ殿を連れ回すよりは問題は無いが、彼女が幼女と子狼に変身出来る事をイーリン達は知っている。

 確実にザスキア公爵に報告される、僕が何日も幼女を同行させていたなど知られたら……碌な事にならない。

 食べる事を止めて考え込んでいた為か、不安そうな顔をしているユエ殿を放置してしまった。長くは思考していない筈だが、僕は彼女の不安そうな顔に弱い。

 やはり精神的に補正が入っているみたいだ、父性なのかもしれないが判断が甘い。甘いが彼女の安全だけなら問題無い、どうにでもなる程度の事だ。

 僕の方の問題が厳しい、ザスキア公爵やジゼル嬢には洗いざらい白状されそうだが浮気でも何でもないから平気だよな?だよね?

「ウルフェル殿に説明して許可を……巫女の言葉は絶対でしたっけ?」

「はい、リーンハルト様と出来る限り一緒に行動する事が大切だと御神託を頂いています」

 万能だな、女神ルナの御神託は……

 だが僕の転生の秘密もバレているっぽい、だから極力逆らわない方が良さそうなんだよな。相手は神様だし勝てる訳ないんだよ。

 前情報で妖狼族の戦士は人間の百人分相当の戦力になると言われているが、そのレベルに達するのは数人だ。

 対人訓練を受けた連中で三十人前後、普通なら十人程度、ローグバッドやギョングルは満月付近なら百人以上は大丈夫だったな。

 妖狼族は能力解放に縛りが有る、満月付近の数日がピークで普段は隔絶した能力の差は無い。人間の数の暴力と戦術で何とかなりそうなんだ。

 だから険しい山中に山里を構えたのか?守り易く人間との接触が難しいから……いや、女神ルナの神託は今の所万能に近い精度と先読みだ。

 神が自分を信奉する者達を危険に曝す事はしない、だが信仰心を無くしたり信者達を危険な目に合わせれば簡単に排除する。

 ローグバッドもギョングルも、ダーブスだって僕に殺される未来が見えていた。ユエ殿も言ったが、妖狼族の未来の最適解を神託で示すんだ。

 そして今回の同行も女神ルナの神託だ、拒否れば妖狼族に不利益か利益が無いかのどちらかだ。残念ながら女神ルナの神託に僕の利益や不利益は考慮されてないか優先度は低い。

 だが転生の秘密を握られているから無下には扱えない、幸いだがユエ殿は協力的だし何とかなるか?レズンの街を落とすのも難しくはないし、同行させても大丈夫かな。

「世話係としてフェルリル殿とサーフィル殿を同行させて下さい。いくら神獣になれるとは言え、有る程度の信用の置ける者の手助けは必要。それに同行する者達との伝令役としてもね」

「なる程、分かりました。では同行者の選別は任せて下さい、男女二十人ずつがバランスが良いですね」

 男女の差別の無い妖狼族ならではの選別方法か、でも女性の方が強そうなんだけど……昨夜、逆夜這いに来た連中もフェルリル嬢並みに強かった、彼女達を娶る為には彼女達より強くなければ駄目なのか……

 結構ハードルが高い、だから他種族の男の種を欲しがるのか?妖狼族は他種族と契っても生まれるのは妖狼族だけでハーフは居ない。

 強さに固執する種族だから強ければ問題無いとか単純だな、デオドラ男爵やライル団長ならハーレムが作れそうだ。強い男が好き、妖狼族の女性達とネロ殿は気が合うかもしれないな。

◇◇◇◇◇◇

 元バーリンゲン王国王位継承権第一位、クリッペン殿下の治める三つの城塞都市の一つである、レズンの街を攻略する。

 条件は当然だがレズンの街は極力無傷で、敵兵も極力倒さずに降伏させて配下に取り込みたい。台所事情の乏しい、パゥルム女王からのお願いだ。

 圧倒的戦力差を見せ付けて戦意を折る、これが一番簡単で効率的だろうが僕じゃなければ無理難題だぞ。

 敵兵の推定数は常駐軍で三百人、だが逃げ出した連中や周辺からも集まっているから五百人位だろう。一般の市民は三千人、彼等を傷付ける事は出来ない。

 こちら側の戦力は僕以外で五百人、だが敵兵が全て降伏し武装解除したら管理し切れるか?無理だな、非武装とは言え同数近い人間を制御下には置けない。

 やはり間引きか……いや、有る程度の兵力は逃走させるしかないな。折角レズンの街を落としても、直ぐに奪還されたじゃ困る。

 敗残兵をハイディアの街に追い込む、そして最後のアブドルの街に、クリッペン殿下ごと追い込む。殿下は三人居る、長兄のクリッペン殿下が生き残れば、弟二人のどちらかを味方に引き込む筈だ。

 または三人で駆け引きを行い、誰が次の王になるかで揉めるだろう。民衆も弟達が兄を殺して王位を奪うとかになれば、パゥルム女王と同じだと非難する。

 クリッペン殿下を殺してしまうと残り二人の弟達が、競い合って反抗してくる。今のパゥルム女王の新政権では辛い戦いになる、政治的基盤を固める時間が欲しいんだ。

 最も政治的基盤さえ固めてしまえば、パゥルム女王には建前が有る。エムデン王国に対抗するのは無理だった、だから国を残す為に属国となり、実際に国は残った。

 前王と息子達はバーリンゲン王国を破滅へと導こうとした大罪人、そう言う話の流れに持って行けば民衆は納得する。その為にも、レズンの街とハイディアの街は圧倒的戦力差で落とす必要が有る。

 エムデン王国に敵対したら負ける、酷い負け方をせずに属国化となり国力を消耗させなかったパゥルム女王の評価は上がる。そう言う風に扇動するんだけどね……

「僕も悪くなったモノだな、真っ黒だ」

「いえ、リーンハルト様は真っ白です。女神ルナ様の御神託の中で、リーンハルト様だけが私達から何も奪わないと言われました。他に頼ると酷い事になるそうです、男は強制労働、女は……その……」

「その先は言わなくても良いよ」

 エムデン王国も旧コトプス帝国の国民達に近しい事をした、国力回復の為に敗戦国の国民にツケを払わせたんだ。

 ユエ殿が僕に協力的な理由は色々と有るんだな、有る意味で安心した。数ある未来から、妖狼族にとって最も良い未来を引き当てた。

「さぁ、同行者も決まったみたいだから出発しようか。エムデン王国と妖狼族の輝かしい未来の為に!」

「はい、私とリーンハルト様の幸せな未来の為に!」

 ん?国家と部族との未来の為にで、僕とユエ殿の個人的な事では無いんだけど?

 


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